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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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鏡の国の戦争 15


 レッドラインの部隊に、敢えて飛び込んでいく機影が一つ、ゴスホークだ。
 怪物達にとって、自分達に向かってくるイコンは珍しい。彼らの対イコン戦闘もまたこれが初の経験ではあるが、この戦場においてイコンとは下がりながら射撃を繰り出すもの、というイメージが彼らで共有されていたのである。
 先頭のレッドラインは盾を掲げてこの突進を止めようと試みる。
「遅い!」
 ゴスホークはすべるようにレッドラインの横に回りこむ。柊 真司(ひいらぎ・しんじ)のパイロキネシスがプラズマライフル内蔵型ブレードのブレード部分を赤く揺らめかせる。脇の下から反対側の肩口に向かって、肉を焼ききった。
 周囲のレッドラインは足を止めたゴスホークに向かおうとするが、レーザービットがその足を阻む。
 その弾幕を敢えて怯まず踏み込んでくる者もいる。この僅かな時間で、ゴスホークを危険と判断した者達だ。自身の損害よりも、危険を排除する事を優先したのである。
 飛び出したのは二機、だが、歩調が合っていない。それぞれ、僅かにずれた先に槍を繰り出した。彼らに見えていたゴスホークが、揺らぎ、掻き消える。
「残念ですが、そちらは幻影です」
 レッドラインが突き刺した相手は、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)がミラージュで見せた幻影だ。
「ラプター2、ラプター3、任せる」
 明後日の方向に槍を繰り出したレッドラインを背中に置き去りにし、ゴスホークは前へ進む。その背中を追おうとして振り返った二体のレッドラインは、背中を大型ビームキャノンに焼かれて倒れた。
「ふむ、少しはマシになってきたようじゃのう」
 コールサイン、ラプター2、コームラントのサブパイロット席に座るアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)はパイロットの背中にそう声をかけた。戦闘開始頃の緊張もだいぶやわらいでいる。
 同じく、ラプター3のコームラントのサブパイロット席には、アニマ・ヴァイスハイト(あにま・う゛ぁいすはいと)が入り、指示の再確認や、操縦技術についてのレクチャーなどを行っている。
 彼ら、アナザー用に用意されたイコンのサブパイロット席は飾りも同然で、またいくつかの機能のオミットなども行われている。一人が操縦するように最適化されていると言えば聞こえはいいが、操縦感覚は全くの別ものでとてもじゃないが扱えたものではない。
「こちらに向かってくるつもりのようですね」
 レッドラインのうち、四体がこちらに向かってきているのをアニマは確認した。
「ちとこれは、相手にするには厄介じゃのう」
 ラプター2、3のどちらもだいぶこなれて来たといっても、あくまでゴスホークの支援に徹した場合だ。それに、レッドラインの距離で戦うのに有効な武器も持ち合わせていない。
 一方、ゴスホークの方はレッドライン六機を相手にしていた。
 数で押し切られないようショックウェーブで行動範囲を確保しながら戦っている。だが、何体か弾き飛ばしても、それを補えるだけの数が既にレッドライン達にはあった。
「……数が多いって、わけではないんだよな」
 レッドラインの数は有限だった。それがこうもうじゃうじゃとまとわりついてくるのは、彼らの敵が少なくなったからだ。
 レッドラインは自身は装甲は脆いが、反応がいい。単純な数値を比較しても、ゴスホークと差異はほぼ無いだろう。その分、このサイズでの戦いの経験が差となって現れている。
 しかしその差は、数で十分塗り潰せるものだ。エネルギーに限界はある。援護の僚機は、監督を乗せてなんとか自立させているが、何かを任せるにはトロ過ぎる。切り札を切っても、敵を全滅させるまで届かなければ、息切れしたところを仕留められるだろう。
「真司、後ろの敵が」
「どうした?」
 後方の映像を小さな窓に映して見せる。
 レッドラインの一機が、頭上に盾を掲げて停止し、その後方から走ってきたもう一機が、それを踏み台にして高く飛んだ。
 狙いは、ラプター2、ラプター3、それぞれに一体ずつレッドラインが向かう。
 ラプター3、アニマの乗る機体は、早くから回避行動を行い、肩口を槍で削られ、ふらつくもののなんとか空中を維持した。
 ラプター2は間に合わない。レッドラインはラプター2に抱きつき、そのまま地面に引きずり落とす。通信から、アレーティアの「しまっ」という声と、パイロットの絶叫が響く。
「離れろぉ!」
 ショックウェーブで道を塞ぐレッドラインを吹き飛ばそうとする。だが、そのすぐ後ろのレッドラインが、持ち上がった仲間を受け止め、道を開かない。さらに槍、槍、そして槍がゴスホークを狙う。行動予測で攻撃を全て回避するが、完璧とはいえず一部の装甲を削り取られた。
「私が、なんとか!」
 レーザービットを操るヴェルリアが、ラプター2を援護しようとするも、横から伸びてきたレッドラインの腕がビットを掴み、握りつぶす。
「そんな」
 二人の見ている前で、ラプター2はレッドラインにマウントを取られる。イコンでこのような状況から抜け出す訓練を、彼らはしていない。
 落ちた際に、レッドラインは槍を落としたのだろう。マウントを取った状態で、拳で殴打を繰り返す。激しい音が通信機からも伝わってくる。
 ラプター3は、レッドラインに追われていて援護に迎える状態ではない。
「いつの間に、こんなに……」
 レッドラインの数は、気が付けば数十体にまで増えていた。
「今助けるわ!」
 その声は、島本 優子(しまもと・ゆうこ)のものだった。
 周囲に機体全てに行われた通信に続いて、真司の機体にだけ別回線が繋がる。
「自力で切り抜けられる?」
「切り抜けます」
「了解」
 短いやり取りが行われる。
 その短いやり取りの間に、ウィッチクラフトライフルの一撃がマウントを取っていたレッドラインの肩を貫いた。鋭い一撃はレッドラインを吹き飛ばす事は無かったが、続いて弾丸の通り道を最大速度で駆け抜けてきたLSSAHが、機晶ブレード搭載型ライフルを振るってレッドラインを弾き飛ばす。
「損傷が酷い、機体は破棄するよう伝えてくれ」
 クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は優子にそう伝え、優子はすぐにラプター2にそう伝えた。
「鋼竜隊、対象は敵大型怪物、攻撃開始ですわ」
 サブパイロット席の島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)は、鋼竜六機で組まれた部隊に指示を出す。この時、ゴスホークは包囲網を切り開いて、十分な距離を取っていた。
 弾幕が群れていたレッドラインの足を止める。その間に、地上では輸送部隊のトラックが、先ほどのイコンのパイロットを回収したり、地上歩兵部隊への牽制なども同時に行われていた。
「ノルトがないだけでここまで動きに差がでるか」
 ノルトの情報を失ってから、自分達の部隊ですら動きに無駄が出ているのをクレーメックは感じていた。それでも、敵の砲撃の手がかなり薄くなった事を思えば、損害は向こうの方が大きい。
「通信回線をこちらに」
「わかったわ、今繋ぐ」
 優子はゴスホークとの通信を再度繋げる。
「救援が遅れてすまなかった」
「救援? 助けを呼んだ覚えはないんですが……助けられたのは事実ですね。礼をいいます」
「……そうか、撤退指示が届いて無かったとようだな」
「撤退? 状況は悪いとは思ってましたけど……」
 ヴァルリアの声。
「済まない。我々も全軍全てを把握できていたわけではなかったのだ。だが、この地点で戦闘を継続してくれた事を感謝する」
 真司が喋ろうとしたところで、「ちょっと待ってくれ」と遮られる。
「今、イコンのパイロットの回収が完了した。メインパイロットは頭を打って出血しているが意識はある、サブパイロット、なぜサブパイロットが、まぁいい、サブパイロットも倒れた衝撃で頭を打ったそうだが、意識ははっきりしているそうだ。二人はこのまま後方に送るが、問題ないか?」
「ああ」
 イコンが無い状態で戦場に置いておくわけにはいかない。
「そして、悪いがもうしばらくここで戦闘を続ける必要がある。こちらも部隊を集めているが、間に合いそうに無い。協力してくれるか?」
「……アニマ、いいか?」
「はい、お母さんをいじめた悪い人に、おしおきします」
 真司はヴェルリアに視線を送る、ヴェルリアも頷いて答えた。
「わかりました、協力します。それで、あとどれだけやればいいんですか」
「あと長くて三十分、ここまでの移動時間もあるから、そうだな、二十分は切っているはずだ。時間になれば、わかりやすい合図が届くはずだ」
「わかりやすい合図、ですか」
 具体的な情報が一切ないが、わかりやすいと断言するのだからわかりやすいのだろう。こうしている間にも、敵が迫ってきている。鋼竜六機の弾幕でも、足を止めきれはしないようだ。
 目的は時間を稼ぐ事に変更だ。
 だが、ここで倒せるだけ倒して、損があるわけではない。
 向かってくるれ度ラインに、ゴスホークは下がらず、ファイナルイコンソードに手を伸ばして前へ踏み出した。



「よし、アンズー隊は下がれ。アンズーは以後は、後方に控えるだ。他の機体が動かせるのであれば、乗り換えてくれ」
 ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)フルンズベルクからイコンの部隊に指揮を出していた。その数は多い、今回の作戦で任されている部下を大きく超えている。
 それにはわけがある。
 ここで、ハインリヒの指示を受け、活動しているイコンは一度前線に立ち、そしてここまで撤退してきた機体なのだ。彼らの多くは、指揮官を失い、単独であるいは指揮官の判断により後方に撤退してきたのである。
 既に士気は低かった彼らを集め、激励し、率いてハインリヒは作業の規模を拡大した。
「なんとか、形になったね」
 川原 亜衣(かわはら・あい)のモニターに映し出されているのは、ゆるくカーブした一本の溝だ。その溝は深く、かがめばイコンも隠れられるだろう。
「イコン用の塹壕なんて、掘る事になるとは思わなかったけどな」
 実際には、掘る作業よりも、周辺の瓦礫を集めて山を作る作業が中心だった。中途半端に崩れかけたビルを解体したり、地面を掘削するのにアンズーは思いのほか役に立ったが、これを使った戦いには使い道はないだろう。
 ハインリヒは後方で、陣地の強化を行うのあ主任務だった。当初想定していたのは、敵の歩兵や機甲部隊だ。だが状況は、敵の大型怪物がここまで攻め入るのも時間の問題である。
「騎兵突撃の時代はとっくに終わってるって、奴らに教えてやるぞ」
 塹壕には、コームラントやクェイル、焔虎などが配置されていく。
 やる事はシンプルだ。塹壕に陣取り、攻め寄せてくる敵を迎撃するのである。イコンの操作に対する意識を極力減らし、弾幕を形勢するのである。
 彼らに普通にイコンで戦わせるよりは効率がよくなるはずだ。
 彼らを指揮する人手が足りず、教導団の生徒を集めたのだが、レッドラインの近接戦闘能力に翻弄され、アナザーのイコン部隊に適切な指示を出せていなかったのが実情である。一部の契約者が指揮する部隊は、撃墜率も低く戦果をあげている点を鑑みても、これは無視することできない問題だ。
「前線に残ってる部隊に撤退の指示、出しました」
「よし、事前砲撃を行う。弾はケチるな、派手にでっかくやって、あいつらの心を挫いてやるぞ」
 長距離砲撃が可能な機体と、その後ろに配備した砲撃部隊が一斉に火を噴いた。
 これが夜空であれば、空を切り裂く閃光を目視できただろう。そうなるまでの時間は、あと僅かだ。
 絶やす事なく砲撃を続ける。
「迷子にならずに、ちゃんと帰ってきてくれたみたいだな」
 ぽつぽつと、見知った機体がモニターに姿を現していくのを確認し、ハインリヒはほっと息をついた。追ってくる敵影は無い。
 最後に姿を現したLSSAHから通信が入る。
「これを突破するのは手間がかかりそうだ」
 クレーメックの声には疲れの色が濃い。
「そう言ってもらえるのなら、急いだかいがあるってもんだ。それで、この次はどうします?」
 突破するのを前提としたその言葉は、この陣地も何もしなければいずれは突破されるのを意味しているのだろう。
「ここから、勝つ手段を考えるさ。だがその前に、確認すべき事が山のようにあるな」
「了解。こっちが限界になるまでに、最高の作戦を用意して下さいよ」
「最大限の努力をしよう」
 中距離攻撃部隊のクェイル隊が道をあけ、彼らを出迎えた。
 彼らの背中を追わずに、フルンズベルクは前だけを見つめてその場に残った。