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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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鏡の国の戦争 2


 ほんのりと甘い香りに誘われるようにして、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)の周りに子共達が集まってきていた。
「ねーねー、何作ってるのー?」
「ん、ホットケーキですわ」
「ホットケーキ? アイスはあるの! アイスは!」
「む、贅沢ですわね」
 ホットケーキの材料は、スープ・ストーン(すーぷ・すとーん)がカカシに頼んで用意してもらったものだ。これといった交渉も必要なく、頼んだらあっさり了承してもらえた。残念ながら、アイスは用意していない。
 調理を行っている場所は、家庭科室だ。
 捕虜と子共達を集めている場所は、どうやら小学校の校舎であるようだった。ただ、階段のあたりは黒い大樹の樹木らしきもので覆われていたり、窓の先に真っ暗な通路が続いていたりする。どうも、一階層だけ樹木の内側に千切られながら飲み込まれたようである。
 若干備えられた器具の高さや、椅子に座れず机を椅子代わりにしたりなどの不便はあるが、学校にあるものはおおよそ手に入りそうである。
「あ、スープだ!」
 家庭科室に、スープが入ってくるなり子共が指差しながら宣言する。
「……むぅ」
 スープは勢いとその場の感情で動き回る子共の対応まだ慣れていない様子で、それを横で見ているティー・ティー(てぃー・てぃー)はくすくすと笑っている。
「そろそろ出来上がる頃かと思いまして」
「ジャストタイミングですわ」
 ティーは子共達と一緒にお皿を用意する。ティーと一緒にいるのは女の子が多く、イコナの周りには男の子が多い。これは、最初の方に威勢のいい武勇伝を披露した結果、男の子が食いついたからである。
 子共は、年齢のばらつきはあるが、おおよそ六歳から十歳までの間のようだ。やんちゃで怖い物知らずな頃合であり、カカシが辛いというのも、なんとなく理解できなくもない。
 子共達と一緒におやつのホットケーキを食べると、男の子は目的は果たしたといわんばかりの勢いで去っていき、女の子もそれぞれ集まったりして自分達の時間を満喫しているようだ。
 そんな様子を視界の隅に捉えながら、ティーは静かにイコナに話しかけた。
「子どもたちに訊いてみたのですが、ここの子達はみんな両親や家族がいないようなのです」
「そ、そうなの?」
「ダエーヴァが来る前から施設の子もいれば、天使と天使が争った時に、という子もいるようです。ただ、話を聞く限り、家族を殺された、といった様子ではないみたいです」
「うーん、家族の話はしないよう気をつけますわ」
「それと、カカシさんは食事を作ってはくれないそうです」
「あの人、見るからに不器用そうですものね」
 食事に関して言えば、決まった時間に運ばれてくる。スープなどが鍋ごと運ばれてくるのを見ると、地球の日本出身の人は小学校の給食を思い出すようだ。運んでくるのは、ゴブリンがほとんどで、よく見れば動きにどこか違和感がある。どこか負傷しているのかもしれない。
 食事は暖かく、味も悪くない。案外、近い場所で作っているのかもしれないが、それがどこかはまだ判明していない。
「あと、男の子に探検の話を聞いたんですけど、子ども達に幽霊が出るから止めた方がいいと諭されました」
「古典的な方法でござるな」
 子共達から開放されたスープが会話に混ざる。
「あれだけ真っ暗ですものね」
 家庭科室の窓にも、通路に繋がるものがある。ただ、そこには一切明かりが見えない。校舎から繋がる通路に、明かりが設置されたのは一つだってないのだ。
 怪物達は夜目が利くのだろうし、契約者もちょっとした魔法や技術で暗闇を克服する事ができるが、ごくごく普通の子共には厳しい。そこに、幽霊の話が加われば、例え子共が飛び出したとしても途中で挫折してしまうのだろう。風の音や、樹木が軋む音といった、幽霊と思えてしまう現象には事欠かないのもある。
「ところで、その話ってやっぱりカカシさんが言い聞かせてるのでしょうか」
「幽霊よりも、見た目は怖いと思うのでござるが……」
「なつかれてますよね、カカシさん」

「素手というか、格闘術だよ。それに、元を正せば、君達が色んな武器を作っても、格闘術を残し続けたから僕がこうなってるのであって、原因は君達にあるんだよ。まぁ、こっち側の、だけど」
 ザリスはホットケーキにナイフを入れながら、源 鉄心(みなもと・てっしん)の素手である理由の問いにそう答えた。
「それに、確かに間合いは狭いし、スペックが同じなぶん火力も残念なものだけど、いい点もあるよ。自分自身が武器だから、武器が壊れる事がないんだ。銃が一人しか残らなかったのは、誤作動で戦えなくなったっていう事故が原因なのも少なく無いんだ。その点、銃剣は弾が撃てなくても槍だと主張することができる。他にも、複雑な武器も壊れたりしたね。武器の優劣を決めるという前提がある以上、そうなったらおしまいだからね。馬鹿みたいな表現だけど、僕だけは殺されなければ死なないんだ」
「なんというか、妙に潔いというか、ルールに厳格だというのは理解した」
 ザリスとお茶を飲みながら、鉄心は相手の所作を観察する。
 戦うつもりは全く無いようで、いつも通り気の抜けた様子だ。
 このザリスは武器を持たないザリスである。見分け方は簡単で、ザリスは有事であろうとなかろうと、自分の獲物は見えるところに持っている。それが、唯一のアイデンテティかのようにだ。
「相手の武器を破壊するというのは、有効な手段だったよ。悲しい事に、自分だけの必殺技にならないのが僕達のさだめだけどね」
「ふむ。記憶の共有だったか、そんな事を以前聞いたな」
「そだね、僕達は常に情報を交流させていたんだ。同じ性能を保つために、同じミスを繰り返さないようにね」
 全く違う獲物を違う、ほぼ同一の存在。
 これに記憶を共有させる意味があるのかだろうか。少なくとも、一つの武器を使った経験が消えないという点では意味があるのだろうが、しかしルールに厳格な彼らが果たして緊急時だからといって他人の獲物を利用するかは疑わしい。
 本来の性能と彼らの行動は乖離が激しいのだ。
「それで、本題だが……どうにも君の行動を見てると気が進まないことを仕方なくやってる……と言う印象しか受けない。世界を裏返してくとかそういうのが仕事だとしたら、上司は何者なんだ?」
 少し慎重に、ザリスの様子を伺った。
 特に変化は無く、そしてあっさりザリスは質問の答えはじめた。
「うーん……上司、っていうか、創造主だと思うけど、それは僕達の記憶領域には無いんだよね。たぶんこれは、他の兄弟も同じだと思うよ」
 ザリスが兄弟と口にする場合、他のザリスの事ではなくダルウィや、他の地域に落下した種子の主の事を指す。
「記憶にない、と?」
「記憶にないのか、あるいは削除されたのかもしれない。まぁ、創造主なんて言い方したからわかってると思うんだけどさ、確かに僕達は誰かの意図に沿って作られた存在だよ。でさ、創造主はこうなる事まで想定していた―――じゃあ、元を簡単に辿れるような情報を、末端に残したりしないのも不自然じゃないよね」
「理屈でまるめこもうとしているように聞こえるな」
「そう僕は納得する事にした、って話なんだけどね。もしも、父親か母親か知らないけどさ、僕達を作った何かがあるんなら、僕をもう一度改造できると思わない?」
「より強くなるために、か?」
「いや、余計な機能を削除して欲しいだけだよ。強さは、特に興味無いからね。さっき言ったよね、記憶を共有しているってさ。それ、僕達の意思は反映されてないで勝手にやってるんだ、これを自由に制御できるようにしてほしかったんだよ。僕達は一つの大本が全員を動かしてるわけじゃなくて、個々にそれぞれ意思と微妙な違いがある、違いができたのかもしれない。まぁいいや、とにかくソコをもう少し気を使って欲しかったんだよ」
 話を聞く限り、至極真っ当な訴えに聞こえる。怪物といえども、プライバシーが欲しいのだろう。
「そうそう、僕は特別君に感謝しているんだ。だから、ダルウィも知らない秘密を教えてあげるよ……実のところ、武器の優劣はオマケで、僕達はね、それぞれ自分がたった一人の僕になる事が夢だったんだ。僕達には手を出せない根幹の命令から逸脱せずに、かつ、自分じゃない自分を排除する方法―――ルールの範疇でやりたい事をしようと足掻いてみた結果が今の僕達なんだよ。まぁ、世界が滅んじゃえば、こんな悩みともおさらばできるはずだし、それは最も大事な命令だからね」

「ちょっと休憩、ね?」
 遠野 歌菜(とおの・かな)の提案に、子共達は渋々といった様子で従った。
 彼らと混じってサッカーをしていたのだが、これはごくごく普通のサッカーだったが、小さな子共とサッカーをするのは実はすごく難しい。
 まず子共の動きが予想できない。わっとサッカーボールに群がるのだが、なんとかボールに触ろうと各自が行動するので、敵も味方ももみくちゃになる。そんな中に、ぽんと放り込まれるのだ。
 下手に動けば子共を蹴ってしまうかもしれないが、動かずにいればがんがん子共に足を蹴られる。
 かといって真面目にやれば、ボールを終始抑える事もできちゃうわけで、それでは子共達はつまらない。なんというか、身体も疲れるがそれ以上に気を使うのである。
「はー、カカシさんのしんどいって意味がちょっとわかったかもです」
 最初話を聞いた時のカカシの言葉が思い起こされる。
「そういえば、カカシさんの子共がいるってわけではないみたいでしたね」
 子共の数は、捕虜の数より一人多かった。カカシも点呼に含まれているという意味のようだ。カカシを排除したとしても、子共の数が減るシステムに影響はないと暗に宣言していたようである。
 自分達がどの程度の場所に居るかはわからないが、大樹の中であるのは間違いなく、何が起こってもおかしくない現状を考えれば、カカシの有無は実のところそこまで意味は無いのだろう。
「ダエーヴァというのは、一体どんな組織なのかよくわからなくなってきました……」
 ここに居る子共達は、どの子も親を亡くすか、あるいは行方不明になっているらしい。そして彼らがここに居るのは、東京が壊滅した時に、怪物達が救助活動を行ったからだという。
 瓦礫を掘り、人間達を彼らは救助したというのである。少なくとも、助けてもらったと語った少年には、言わされている気配は無かった。
 少なくとも怪物達には、人間を皆殺しにする、という物騒な目標は無いようである。カカシと子共達の対応は、どこか教師と生徒のようにさえ見えてくる。
 そのカカシは、月崎 羽純(つきざき・はすみ)と一緒に、離れたところでサッカーを眺めていた。
「親の居る子はここには居ないみたいだが……」
「子と親を引き剥がすような真似はしておらんよ。まぁ、片方には仕事に従事してもらってるがね。人質といわれれば、否定はせんよ」
 カカシは羽純の方を見ず、子共達に視線を向けたまま答える。
 子共にせがまれたりしなければ、カカシはずっと椅子に座って子共を日長一日眺めている。契約者の行動に口を挟んだりせず、何かを頼まれれば可能な範囲であれば対応してくれていた。
 監禁場所が学校というのもあってか、自分達が捕虜であるというのを失念してしまいそうな程、ここでの生活は穏やかだ。ただ、久しく日の光を見てないのは少し息苦しい。
「あんたはずっとここに居るつもりなのか? 例えば、ここから俺達と一緒に出ていく事とか、考えないのか?」
「お主達にはどう見えるかわからんが」
 パンパンと途中で途切れた足を叩く。
「こんな身になっても見捨てず、役目を与えてくれるというのに、反する真似などできるわけなかろう?」
「そう、だな。しかし、子ども達はどうなる? あんたは、子ども達を殺したいなんて思ってない。見ていればわかるさ」
「それは、おぬし達次第だろう。まぁ、伝え聞くように、世界が新たに創造されるというのであれば、今生の命を惜しむ理由もないだろうな」
「新たな世界の創造、か」
 カカシと話をしていると、何度かこの単語を耳にする事になる。どうやら、彼らはこの戦に勝てば、より素晴らしい世界に転生できると信じているようだ。
 その世界で新たに産まれるには、この戦に協力すればいいらしい。その範疇は、怪物に従わされて強制労働に従事している人間も含まれるらしい。中には、この伝説を信じ、彼らに積極的に協力する人間もいるようだ。
 彼らの信仰は根深く、もはや朝になれば日が昇るほどに当然だと考えているように見えた。彼らが勇ましく戦場で戦える理由の一つに間違いはなく、しかしだからといって積極的に死を選ぶわけでもなく、負傷して戦えないのであればこうして別の仕事を割り振られている。
 今の生と、その世界での生は彼らにとって、地続きのものであるようだ。
「もし俺達が、子ども達を連れて逃げ出したら」
「無論、追うに決まっている。しかし、この足では恐らく点呼の時までに追いつけるとは限らんな」

「シャワーが使えるのは救いよね」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、水気の残る髪をタオルで拭きながら、狭い宿直室を見渡した。
 何故か知らないが、各所にある蛇口を捻ると水が出る。この水は一体どこのものなのか、誰かが樹液かもと言っていたが、よくわかってはいない。
 ただ、毒も魔力も検知されず、単なる水道水であるのは確かだった。そう、塩素は入っているようだ。飲めるし、子ども達も飲んでいる。
 さすがに彼女は蛇口の水を口にしたいとは思わないが、怪物が出す食事を口にすれば、同じ穴の狢である事ぐらいは承知している。気分の問題だ。
「さて、定期連絡定期連絡と」
 秘めたる可能性が、セレアナにテレパシーを授ける。

「ねぇ、さっきここに僕来なかった? 何も持ってないのなんだけど」
 そう言いながら捕虜達の前に顔出したのは、長刀を背負ったザリスだった。甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)は鉄心がザリスと一緒に居たのを思い出し、二人が歩いていった教室への案内がてら少し話しかけてみた。
「伝え聞く所ではシャンバラ女王を殺害し、アナザーとオリジンのパラミタを衝突させ、どちらも消滅させる事が目的なのですよね……それは、どなたの意思なのですか?」
「僕達を作った何かの意思、としか答えられないなぁ。それは、君達のような人みたいな生き物かもしれないし、もしかしたら次元の違うものかもしれないし、偶然という名前の現象かもしれない」
 僕達の記憶は劣化しないはずなんだけどね、とザリスは付け加える。
「でしたら、その目的は、あなた達にとってどんな存在なのです?」
「えー、あー、そうだね。これは伝えるのに苦労しそうだなぁ……」
 ザリスは辺りを見回してみる。ザリスの顔の前を小さなハエが飛び去っていくのを目で追って、それから、一人でうんと頷いた。
「なんでさ、生き物は子孫を残そうとするの?」
「え? その、どういう事でしょうか?」
「本質的には違うけど、僕達にとってそれはそれぐらい、当然というか、行動原理の底に敷かれてるんだよね。たぶん、そのどなたがそういう疑問を抱かせないようにしようとしたんじゃない? だから、僕達は偶然産まれたわけではないんじゃなかな?」
 ザリスの答えは曖昧なものではあったが、はぐらかそうといった雰囲気は感じられなかった。
「そうそう、面白い話なんだけど、ここの兵士のほとんどは僕が設計したんだけどさ、僕は設定してないのに世界の破壊と創造についての知識だけは勝手に設定されるんだ。君達風に言えば、遺伝子に記憶されてるって感じかな」
「自分の意思で、それ以外の事をしようとは、ダエーヴァという存在は想わないのでしょうか?」
「思うよ、思うけど、消えたくはないからね」
「消えて、しまうんですか?」
「うん、あれは誰だったかなぁ。確か、日本刀持った僕だったと思うけど、突然接続が断絶してね、その場で砕けちゃったんだ。もしあの僕が残ってたら、今の面子はちょっと違ってたかもしれないなぁ。それで、まぁ、僕達なりに結論を出した結果、禁止されてる思想に手を出したんだろう、ってね」
「そう、なんですか」
 ザリスの語り方は、故郷を思い出すような、そんな懐かしさを感じさせるものだった。自分達で殺し合いをしてきたと語る怪物にとって、自分達の理不尽な死に対する感情は、簡単に理解できるものではないのだろう。
 それでも、少なくともこの事件は彼らに何かを感じさせるものがあったのではないか、そんな風にユキノには聞こえた。
「あ、この事はダルウィ達には内緒ね。一応、兄弟達とは仲良くしておきたいからね、表面上だけでもさ」
「命令に疑問を持ってしまったら、仲間にも反逆者扱いされてしまうんですか」
「十中八九呆れられるだけだと思うけど、絶対の自信はないね。僕の根底のシステムと、他の兄弟が同じである可能性の方が低いからさ」
「あ、確かここです」
 ユキノが鉄心と武器を持たないザリスが入った教室の前で立ち止まる。
 ザリスは扉に手をかけたところで、思い出したように振り返った。
「ああ、それにね。やる事がはっきりしてるってのは、別に悪い事じゃないよ。どうして生きているのか、そんな事に悩むのは時間の無駄でしかないからね。ま、僕達に誰も嘘をついていない、という前提が必要なのは悩みどころかな」
 そこまで言い切って、ザリスは扉を開けた。端っこに机が集められた教室だ。教団の辺りに、鉄心が一人机に腰をかけている。
「……逃げたな」
 ザリスは開いた窓を見ながら、そう呟いた。