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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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鏡の国の戦争 4


 千代田基地から程近い市街地は、天使と天使の争いの被害が特に顕著な地域である。ほとんどの建物は崩れ、瓦礫が山になってそのままになっている。
 そんな場所を、三機のクェイルがぎこちない様子で歩を進めていた。
「センサーを睨みつけても、私は見つからないわ」
 各パイロットの無線に、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の声が響く。さらにその無線から、衝突音みたいなのが聞こえたかと思うと、三機編成のクェイルがバランスを崩して倒れこんだ。
「だめね、このぐらい自分で建て直しなさい」
 倒れたクェイルに別のクェイルが向き直り、ライフルを向ける。弾は装填されていないが、引き金を引いた情報を発信するので、正確な命中判定はともかく、意味のある攻撃だったか否か、ぐらいは判断する事ができる。
 今の射撃は、倒れた仲間に追い討ちをしただけで、目標は既にその場に無かった。
 銃撃をしたクェイルは、まだ近くに居るはずのリカインの姿を探して、首を巡らせる。その見回した範囲の外側から、リカインの咆哮が打ち込まれた。
 射撃姿勢が中途半端だったクェイルは、そのまま無様に倒れてしまう。
 最後の一機は、全身を使って動き、なんとか瓦礫から瓦礫に身を隠しながら動いているリカインを発見しようと動く。
 そのパイロットの耳に、耳慣れない音が聞こえる。それが、コックピットハッチが外側から無理やり開けられようとしている音だと気付いた時には、リカインのしなやかな指が視界に入っていた。
 何かが割れるような音がして、コックピットが太陽の下にさらされる。
「ばーん、ゲームセット」
 指鉄砲を向けられたパイロットは、呆然とするしかなかったようだ。
「あ、あー、聞こえるか。これから、リカがどう動いてたか説明する」
 キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)はリカインにつけていた小型のカメラの映像を転送しながら、イコンパイロット達の動きがどう見えていたかなどを説明しはじめた。
 イコンは人間を踏み潰すために作られたものではない。積んでいるセンサーも装備も、人を意識されてはいないのだ。そのためイコンのサイズに怯まず、かつイコンに対して有効な攻撃手段を持つ個人を相手にした際、頼れるのは操縦者の腕だけになってしまう。
 正直これは、パイロットに慣れてもらうしかなく、こうして実機を使った演習を行っているのである。
 演習を見守る装甲車で、パイロットに解説をするキューのところに、リカインが戻ってくる。
 リカインは説明をするキューの横を抜けて、あまり冷えていないスポーツドリンクを手に取った。間もなく、キューの通信も終わる。
「はぁ」
 キューはリカインを見るなりため息をつく。
「ため息をつきたいのはこっちだわ。中の下ぐらいと思ってたけど、あれじゃ下の下ね。対イコン戦の訓練にもなりはしないわ」
「我がため息をついたのは……いや、それでもまだ訓練を始めて数日だ。動かせる、というだけでもマシだと思っておくしかないだろ」
 一体どんな調整を行ったのか。一応、パイロット候補の兵化人間は貴重なので、そこまで非道な調節はなされていない、と信じたいところである。
「固定砲台の方がマシよ」
「固定砲台がイコンを撃退できると?」
「固定砲台は足が無いもの、あんな簡単にコケたりしないわ」
「重心を崩すように攻撃している癖に」
「何か言った?」
「いいや、何も」

 アナザーにイコンは存在しない。そのため、イコンを整備するための設備が整っていない。
 佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)もその事は重々承知していた。その為の準備も一通り対策してきてあった。だが、設備うんぬんよりも、イコンを整備するための箱が無いのが結構厄介だった。
「天候の機嫌がいいままだと祈るしかないですね」
 時間が無い中、教導団の整備班と共にイコンの整備作業をこなしていく。
 主な内容としては、かき集められた旧式のイコンがちゃんと稼動するかのチェックと、その整備。あとは、大型イコンの一度取り外した装備の再装着だ。
 契約者が自分で持ち込んだものは、一品物である場合が多いのでどうしても手間がかかる。旧式は、どういう場所に置かれていたかで状態に差があるので、一概に同じ作業というわけにはいかない。また、かき集められた機体も、旧式という括りではあるがバラバラだ。
「あー、こりゃ相当なもんじゃのう。どっから手をつけたもんか」
 先の戦闘で負傷したカスケード・チェルノボグ(かすけーど・ちぇるのぼぐ)も、この整備作業に参加していた。負傷しているため、アナザーの技術者数人を従え、指示を出していた。
 オリジンの技術の扱いは慎重に行うべきものだが、背に腹は変えられないのも現状である。教導団の方針としては、シャンバラ技術の根幹にある機晶石に関する部分は特に慎重に扱う事になっている。
 教導団の人間でないカスケードの作業分野には、牡丹は全て目を通している。実弾を扱うライフルなどの調整や、単純な武装の取り付け作業以上の仕事は与えていない。この方針には、カスケードも了承しているので取り決めをつくるのは簡単だった。
 時間と作業に終われつつ作業を進めている整備班のところに、駆け込んでくる姿があった。レナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)だ。
「あのー」
「どうしたんです?」
 作業の手は止めず、牡丹はレナリィに返事をする。
「クェイルが六機、追加されますねぇ」
「はい? これ以上のイコンの搬入は無いと聞いてるんですが……」
「歩行訓練で、ドミノ倒しになったとの事だそうです」
「……」
「あと、訓練でコックピットハッチを壊しちゃったごめんね、と手書きのメモも預かってますねぇ」
「訓練でイコン壊すんじゃねーよ! あー、時間が、時間がぁ!」
「がはは、こりゃ休憩時間は返上せにゃならんなぁ」
「笑い事じゃねぇ!」
「がははは」

 アンズーのドリルが唸り、地面を削り取っていく。
「調子に乗ってやりすぎるなよ」
 柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)は無線を片手にアンズー隊に指示を出していた。
 イコンの搬入が可能になってから、拡張工事は一応の一段落がつき、イコンの搬入作業へと移っていった。今はそれも一段落つき、イコンの訓練や整備調整などがメインになっている。
 しかし、現状のサイズでは機動要塞の搬入は不可能だ。これらが導入を可能にするため、道の拡張作業は再開されたのだ。
「あまり人員をまわす事ができなくて申し訳ありませんわ」
 拡張工事の様子を見に来た沙 鈴(しゃ・りん)が桂輔に声をかける。
「アンズーがいるから、むしろ順調な気がするし大丈夫」
 人の数は確かに減ったが、操縦訓練として一部のイコンが工事に参加して荷物の運搬などを行っているし、先日行われた際に手法などはある程度確立されている。
「でもこの調子じゃ、例の作戦には間に合わないな。よくて、その日の夕方ぐらいになると思う」
 アンズーのドリルが調子よく地面を削っているので、話をするには大声になってしまう。
 一回目では鈴は反応せず、同じ事を二回いって、やっと反応した。
「お疲れですか?」
 アルマ・ライラック(あるま・らいらっく)が鈴の顔を覗き込む。
「いえ、そんな事は」
「瓦礫と土を運び出しに行くので、基地まで送ってあげたらどうです」
 アルマが桂輔にそう促す。
 工事の下準備や予定作りに、アルマと鈴は何度か顔を合わせている。その為、鈴がどんな仕事をしているかをはっきりとわかるわけではないが、大変な仕事をしているのはなんとなくわかる。
「ん、そうだな。乗ってくといいぜ。ただ、乗り午後地はあんまよくないかもだけどな」
 大した距離ではないからと、鈴は申し出を丁寧に断った。船でないので大丈夫だとは思うが、揺れる乗り物に今乗るのはな、と思うぐらいに疲労を自覚はしていた。まだ、顔に出してはいないはずだ。
 桂輔はそれからすぐにトラックに乗って土砂を運び出しにいき、鈴も基地に戻ろうとしたところで、意外な人物を見かけた。
 アナザー・コリマだ。
「工事は順調のようだな」
「ええ、そのようですわ」
 工事の音が鳴り響く中、なんとなく並んで工事を眺める事になる。
「そろそろ休憩時間ですね」
 アルマが時計を気にした様子でそういって、作業員への所へ歩いていった。あるいは、気を使ったのかもしれない。
「そうだ、羅参謀長から聞いたのだが、過去のシャンバラについて興味があるそうだな」
「あ、は、その話ですか……ええ、まぁ……」
「申し訳ないが、君の期待には答えられそうにない。私が覚えている事は、ごく僅かなのだ。今では、それがまるで夢であったかのように遠く霞んでいる」
 コリマは自分の手のひらに視線を落とした。
 大きく節くれだった手だ。
「君達は知っているかもしれないが、私もかつて契約者だった。彼らは力と共に、多くの叡智を、記憶を共にしていた。今は、ただの搾りかすのようなものだ。それでも、まだできる事がある以上は動かねばなるまい」
 アナザー・コリマの顔は、どこか寂しそうに見えた。
 契約者同士の関係は人それぞれだ。オリジンの存在を感知し、一度はその土を踏み、オリジンのコリマが存在すると知った彼は友との邂逅は無いと気付いたのだろう。
「知識は人の本質を変える……君達を見ていると、私はもう一人の私と仲良くできるかわからんがな。さて、そろそろ戻るとしよう。君には苦労をかけている、少し休んでいくといい」
 アナザー・コリマが立ち去ると、入れ替わるようにして綺羅 瑠璃(きら・るー)がやってきた。
 瑠璃は鈴を見つけると、駆け足でやってくる。
「こんなところに。業務引継ぎのマニュアルの件で、羅団長補佐が呼んでるわよ」
「何か、問題でもあったのでしょうか?」
「詳しくは……けど、問題があったなら私一人に探しにいかせないと思うわよ。ちょっとした確認じゃない? 急ぎでもないけど」
「今から向かいましょうか、休むのも疲れてしまいますもの」
「よくわからないけど、なら行きましょうか」