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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

リアクション

9.覚醒


 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)たちからの報告を受け、城内は緊迫度を増していた。
 侵入者を追い求め、兵士たちは駆け回るが、単身突入してきたナダの魔力には歯が立たない。
 やがてついに、ナダはたどり着く。
 ……青い光に満たされた、あの水槽の部屋に。

「あら。お迎えありがとう。でも、素敵な殿方は一人きりなの? 残念ですわ」
「あ、オカマだ!」
 姿を現したナダに、リン・リーファ(りん・りーふぁ)があっさり言ってのける。
「……性別を超越した者、と呼んでくださいません? その呼び名、エレガントさに欠けて好みませんの」
 整えられた眉毛をひくつくかせ、ナダは「そんなことはどうでもいいんですのよ」と水槽に向き直る。
「レモさんは、渡しません。「エネルギー装置」を使う使わないは、私達が決めることでも口を出すことでもないと思います。同時に、誰にもレモさんや『カルマ』さんの意思や自由を奪ったり、騙したりして利用する権利もないと思います」
 関谷 未憂(せきや・みゆう)の緑の瞳には、強い意志が宿っている。
「あら、それが貴方のお考えなのね。でもねぇ……正直、どんな選択も、最後は無駄になるものですのよ」
 ナダが酷薄な笑みを浮かべる。周囲にわき上がる蒼黒い炎の輪。そこから、穢れた炎の礫が未憂たちへと迫る。
「させません!」
 山南 桂(やまなみ・けい)が、咄嗟に『オートバリア』を展開し、彼女らを守ろうとする。鈍い音をたて、闇の炎と聖なる力がぶつかり合い、はじけ飛んだ。
「リン、お願い!」
「……はい……」
 リン・リーファ(りん・りーふぁ)が、未憂の声に答え、歌いだす。それは、地上の世界の歌だ。
 偶然にも、それは、カルマが選んだ歌と同じだった。暖かい、希望ある歌声が、未憂たちの心を強く励ましてくれる。
 その間にも、ナダの攻撃は激しく続けられる。
「さすが……きついですね」
 桂の『オートバリア』でも、全てを防ぎきることは難しい。その上、とても反撃に出る余裕はなかった。
 精一杯、未憂とリンが二人で『氷術』でもって、ナダの足止めを狙うが、それもすぐに青黒い炎に溶かされてしまう。
「お子様たちに私を阻めると思いまして? あまり舐めないでくださいませ」
 ナダの瞳が毒を帯びて光る。
「倒せるとは、思っておりませんよ。ただ、だからといって諦めるわけには、いかないだけです」
 桂はそう言い切り、さらに集中直を高め、バリアの強度を限界まで増す。
 幾度も攻撃を防ぐうちに、桂の体力もぎりぎりだが、精神力だけで彼は堪えていた。
「桂さん……!」
 それでも、じりじりとナダの攻撃に追い詰められているのは確かだ。
(レモさんが目覚めるまで……ここは、守ります!)
 未憂がリンに目配せをし、リンが頷く。
 決意とともに、『古びた懐中時計』で未憂はナダの動きを遅くさせた。そのタイミングで、リンが渾身の魔力をこめた『光術』でナダの目を眩ませる。
 その瞬間だった。
「はッ!!」
 『同田貫義弘』が神速の漸撃を放つ。
 今まで『光学迷彩』で身を潜め、機会をうかがっていた祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)が、長い黒髪をなびかせて、気合とともに一気に斬りかかったのだ。
 そのまま二度三度と、急所を狙い祥子は義弘を振るう。手加減など、一切しない。むしろ、祥子は、持てる力の全てをもって、ナダに相対していた。
 少しでも気を抜けば、その力に飲まれてしまうのはわかっている。
 そんな祥子に、背後から未憂も『バニッシュ』を放ち、ナダの防御を削ろうとする。
 しかし。
「……ッ!」
 危険を察知し、祥子は義弘の力を借り、一端後方に瞬間移動する。
 祥子の残像にむかって、ナダは強烈なツメでの一撃を振るっていた。
「いやぁね……貴方、お名前は?」
「……宇都宮祥子、よ」
「宇都宮義弘だー」
 祥子と義弘は、ナダの問いかけに答え、その名を名乗る。
「そう……」
 細い首筋を撫で、そこに一条の傷跡を見つけたナダの口元が、横に大きく裂けるような笑みを浮かべた。
「……貴方がたは、特別になぶり殺しにしてさしあげるわ……でも、その前に……」
 ナダを取り囲む炎が、さらにその勢いを増し、膨れあがっていく。
「きゃあっ!!」
 轟々と音を立て、青黒い炎のつむじ風が室内に吹き荒れる。咄嗟に身を伏せてそれを裂けたリンたちの上で、さらに、激しい爆発が起こった。
 透明な水槽の表面にヒビが入り、亀裂から激しく水が噴き出す。共工の力が溶け込んだ水に、ナダの勢いが削がれるが、それでも怒りに狂った彼女を制止するには足りなかった。
「さぁ、いらっしゃい、僕……」
 吹き荒れる炎の風の中、ナダは水槽へと手を差し入れ、青い石へとその指を伸ばす。
「させ……ない、わっ」
 もう一度、祥子は義弘の力で、一瞬にしてナダと水槽の間に移動する。そして、枯れ木のような細い腕を両手で掴んだ。『強化骨格型スポーン』の触手がナダの腕に巻き付き、『怪力の籠手』の能力も借りて、祥子はナダを止めることには成功した。
 だが、このままでは、祥子もろくに動くことはできない。
「……正直、どこまでも小生意気な小娘ね
 ナダの目が怪しく光り、祥子の細い首をもう片手が掴む。
「ぐ……っ」
 指先が祥子の首筋に食い込み、気道を圧迫する。同時に、ナラカの穢れが祥子の精神までも蝕もうと奔流となって襲いかかった。
「祥子、しっかりするんだよー!」
 義弘がそう声をかけ、『超人的精神』を発揮する。だが、それでも長くは持たないだろう。
「あ……ぅ……」
 視界が狭まり、息苦しさに祥子の瞳に涙が浮かぶ。マイナスな感情を想起させるような記憶ばかりが蘇り、あるいはねつ造され、精神面からもナダは祥子を傷つけようとした。
「苦しんでちょうだい? まだまだ、楽にはさせなくてよ……」
 あざ笑うナダ。しかし。

 突然、青い光が迸った。

 眩しさにその場にいた誰もが目が眩み、前が見えなくなる。しかしその光は、どこか安らかで、暖かい。
「……レモ……さん?」
 未憂は、そう呟いた。
「はい。みんな、待たせてごめんね。守っていてくれて……ありがとう」
 青い光を纏った青年が、部屋へと入ってくる。
 金色の髪に、青い目をした彼は、しかし、記憶にあったレモの姿ではない。
 年齢でいえば、17、8といったところだろうか。薔薇の学舎の制服を着て、姿勢正しく立つ姿は、すでに子供とは到底言えなかった。
「大丈夫ですか?」
 レモに付き従うようにしてやってきた神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が、桂や未憂たちに声をかけ、介抱する。
「……なるほど、そういうわけね」
 ナダが祥子の身体を解放し、不快そうに顔をしかめて後退した。
「はい。万が一にも、レモ君の目覚めを邪魔されるわけにいきませんでしたから」
 それは、翡翠の策だった。
 この青い石は、ただのダミーだったのである。
 実際には、レモは共工の玉座の裏に隠されていた。そこで新たに作られた、小型の水槽の中で眠っていたのだ。
 共工がぎりぎりまで見守り、その後は翡翠がついていた。
 一か八かの賭ではあったが、本気でダミーを守る彼らの姿に、ナダはうまく騙されてくれたというわけだ。
「なんとか成功して、よかったです」
 翡翠にしても、危険なことはわかっていた。そのため、祥子たちには、いざというときにはこちらにすぐに駆けつけてもらえるよう、準備もしてはいたのだ。
「バカにしやがって」
 ぼそっと、ナダがいつもの上品さをかなぐり捨てて吐き捨てた。
「貴方がたの負けです。お帰りください」
 強くレモは言うと、ナダへと鋭い視線を向ける。それに気圧されたように、ナダは「今日のところはね」と答え、そして、ついにその姿を消した。
「祥子さん! ……ごめんなさい、無理をさせて」
 レモはもっとも傷を負っている祥子に近づき、その手で軽く触れるようにして祥子に残されていたナラカの穢れを払う。それから、彼女を両腕で抱き上げた。軽々と持ち上げられることに、祥子は弱々しいながら、微笑した。
「驚きね。貴方にお姫様抱っこされるなんて」
「そうですね。僕も不思議です。……手当をしてもらいにいきましょう。未憂さんたちも、大丈夫ですか?」
「大丈夫! ……けど、ほんとにレモっちなのー??」
「僕ですってば」
 怪訝がるリンに、レモは笑い、そして。
「共工様のところに挨拶をして……早く、タシガンに戻ろう」
 そう言うレモの横顔は、毅然とした青年のものだった。



 レモの目覚めに呼応するようにして、同じ時、カルマもついに覚醒の時を迎えた。
 金色の光が水晶柱の根元からわきおこり、天へと駆け上っていく。水晶全体が太陽のように輝くと、残っていた穢れは全て払われ、清家もまた糸が切れたように動きを止め、気を失った。
「……カルマ?」
 きらきらとした輝きが、水晶柱の前で渦を描く。それがおさまったとき……そこには、一人の少年が立っていた。
 薔薇の学舎の制服を着て、おずおずとあたりを見回す。小柄な身体に、銀色の髪、そして青い瞳の少年は、髪の色をのぞけば、初めて現れたときのレモに生き写しであり……同時にまた、ウゲンにも似た少年だった。
「ようやく、会えましたね」
 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が声をかけると、カルマははにかんでうつむきつつ、その手首に巻かれたミサンガに触れた。本体のミサンガはそのままだが、思念だけがカルマとともにサイズを縮めて現れたようだ。
「ヨんで……くれタから。人の形に、なれタよ」
 どこかぎこちない発声で、カルマは答えた。
 目覚めたのはレモの呼びかけだが、カルマ本体はあくまで巨大な水晶柱だ。それが人型の分身をとったのは、薔薇の学舎の生徒たちの想いが届いた結果だった。
 ぎくしゃくと歩き出し、手をかざして北都の汚れを癒やすと、それから今度は、清家とルドルフにむかって行く。
「ヒゃ」
 身体の扱いに慣れていないのか、転びそうになったカルマに、デイビッド・カンター(でいびっど・かんたー)が手を貸して支えてやった。
「ありがトウ。……セイケ、さん」
 気絶した清家を悲しげに見つめ、カルマは手で触れると、はらはらと涙をこぼす。そして、清家と同時にルドルフの穢れも浄化した。
「ごめんなサイ……」
「君が悔やむことではないよ。ただ、彼が気づいたときに、……笑いかけてあげてくれないか?」
 ルドルフはカルマの頭を撫で、そう言った。
「ハイ」
 涙を拭い、カルマは頷いたのだった。