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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第3回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第3回/全3回)

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第14章 森の南

 西の方角で起きている戦いの光は、南のオズトゥルクがいる場所からも見えていた。
「おー、何やら向こうが騒がしいなあ」
 どれ、見に行ってみるか。
 よっこらしょ、と腰を上げてそちらへひょこひょこ歩き出したオズトゥルクの前に、佐野 悠里(さの・ゆうり)が腰に両手を置いて立ちふさがる。
「どこ行くの? おじさん」
「ゆ、ユーリ。これはだな……えーと…」
「おじさんのお仕事は?」
「……ここにいること」
「そう! それが見定め役のおじさんのお仕事だって、言ってたじゃないの。ふらふら離れていいものじゃないでしょ」
「……はい。スミマセン」
 3メートル超の大男が自分の半分にも満たない少女にがみがみ叱られてしょぼくれている姿に、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)はとまどった。
「なんや、あれ」
 滑稽な様子ではあるが、オズトゥルクは東カナンの要人だ。宿に戻って普段着から騎士服に着替えてからは、特にそう見える。正直笑っていいものかとまどっていると、にこにこ満面の笑顔で笑っている佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)が目に入った。
「あらあら。悠里ちゃんったらオズさんに甘えてるのですぅ」
 と、ちょっとズレた認識の発言をしながらも悠里の母親でオズトゥルクとも付き合いがある彼女が何の心配もなくああして見守っているのだから、多分問題はないのだろう。そう思うことにして、肩から力を抜いた。
 今、彼らは北カフカス山のふもとの森にある、開けた場所にいた。ここから北ではアタシュルク一族による対話の儀式が行われている。山をはさんでいるため今は見えないが、先ほどイルルヤンカシュがそちらへ向かって歩いて行くのが遠くに見えていた。神出鬼没のはずの竜だが、やはり対話の巫女にはある程度竜の動きを操るか知ることができるのだろうか。
 そんなことを考えつつ、イルルヤンカシュの消えた山の尾根を見ていると。

「オーーーーズーーーーーッ!!」

 だれが聞いても激怒していると分かる声が背後の方からした。
 村へ続く道の入口に、肩をいからせた女性が立っている。
「おお! オレのめが――とと、シャオ!」
 頭から湯気でも出ていそうなぐらい怒り沸騰している今のシャオの様子が見えないはずはないのに、騎兵隊がやって来たとばかりにオズトゥルクの面に驚喜が浮かんだ。
 そそくさとそちらへ歩いて行く。
「助けてくれ、ユーリが勘弁してくれないんだ」
「あっ、おじさん!?」
「ん? おまえだけか? オレのカワイイもう1人の女神は――」
「……人をハメて、ゴチャゴチャと裏で何してんのよ、あんたわーーーーーッ!!!!」
 ヘラヘラ能天気装って笑ってんじゃないわよッ!!!
 無邪気に近づいてくるオズトゥルクに向け、中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)は紅蓮の走り手を放った。
 炎をまとった聖獣がオズトゥルクへ突進をかける。
「!?」
 まさかシャオに攻撃されるとは。驚き目を瞠るオズトゥルク。
「オズ殿! おさがりください!!」
 次の瞬間アルトリア・セイバー(あるとりあ・せいばー)の放ったヴォルテックファイアの紅蓮の炎が横手から走り、聖獣を飲み込んで消えた。
 オズトゥルクの前にはルーシェリアが立ちはだかり、かばうように手を横に上げている。
「そこをどいて!」
「なんだか全然分かりませんけどぉ、落ち着いてほしいのですぅ」
 ルーシェリアとしてはシャオと戦う気は毛頭なかった。そもそも、なぜ彼女があんなにもカッカしているのかからして分からない。きっと何か誤解して腹を立てているのだろう、という認識だった。
「オズさんも、わけが分からないって顔してるですぅ。きちんと話し合えば解決するですぅ」
「そっ、そーよ! お母さんの言うとおりだわ!」
 悠里も目をぱちくりさせながら後方から叫んだ。本当は母親の横に並びたいのかもしれなかったが、しっかりアルトリアが肩を押さえていて、それ以上前に出さないようにしている。
 オズトゥルクをかばう彼女たちの存在に、シャオはますます頭にきたようだった。
「いいからどきなさい! あたしたちを利用したそのボケナスには、1発入れてやらないと気が済まないんだから!!」
「……シャオ、ルーシェリアさんの言うとおりだよ、ちょっと落ち着いて」
 そこでようやく追いついてきたセルマ・アリス(せるま・ありす)が、なだめようと肩に手を置く。頭上では青い小鳥型ギフトのレーレ・スターリング(れーれ・すたーりんぐ)が、心配そうにクークー鳴いて旋回していた。
「クー…(シャオが何だか怖いです……落ち着いて)」
「放してセルマ! こういうバカはね、一度とことん殴られないと分かんないのよ!」
「だからといって、いきなり攻撃はないだろ。そんなことしたって向こうは暴力ふるわれたと思うだけで、意味なんか伝わらないよ」
 ああ、しまったなぁ。話すの失敗したかも、と内心思いながらセルマはシャオの説得に乗り出す。
 気を許していた相手だからこそ、シャオはこんなにも腹が立っているのだ。裏切られたという心の痛みが怒りになっている。そして、オズトゥルクが今置かれている立場を心配する思いも、少し。
「放しなさいってば!」
「クーククー(セルマの言うとおりですわ。心を静めて、シャオ)」
 すべてを理解し、シャオのことを思って心を痛めながらレーレも鳴いて説得した。
 セルマとレーレの2人がかりでシャオをなだめにかかっているその光景を、ルーシェリアにかばわれているかたちで見守っているオズトゥルクに、ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)が近付く。
「オズ、大丈夫? ごめんね、シャオがいきなりあんなことして」
 正面に立ったミリィはのどを伸び切らせてオズトゥルクと視線を合わせた。
「いいさ、女神のせいじゃない」
「非礼は詫びるけど、でもされてもしかたないと思ってるわよ? ワタシだって殴りたくてうずうずしてるんだから」
 その言葉を聞いて、ルーシェリアがかばうようにさっと半身を入れた。
「ねえ、洞窟のクリスタルを地下水脈に落としたのは、あなたなの?」
「えっ?」
 ルーシェリアはきょとんとなり、オズトゥルクを見上げた。
 オズトゥルクは祥子を見る。
「話したのか?」
 祥子は肩をすくめて見せる。
「内情に興味はないと言っておいてこれじゃあどうかだけどね。でも、知った以上はほっとけないのよ。
 どうせ私が話さなくてもいずれはみんなたどり着くわ。彼女だってばかじゃないし、私たちには私たちの情報網がある。それに……あなた、話してほしかったんじゃないの? 本当は。あなたのことだから、こうなるのは考慮済みだったと思うんだけど」
「いや、そんなことはないぜ?」
 どうとでもとれる声と表情でうそぶき、オズトゥルクはルーシェリアの肩をアルトリアや悠里の方へ軽く押した。
「……でも」
「いいから」
 しぶりながらも、ルーシェリアはオズトゥルクに従って彼らの元まで戻る。
「先の返答だが。ああ、オレが落とした」
「どうして!? 返答によっては、ワタシも殴るわよ」
「そうだなあ……まあ、いくつか理由はあるな。1つは、オレが12騎士だから。あんたに言った理由がこれだな。もう1つは――」
「僕たちに危機感を持たすためや」
 先を奪うように答えたのは泰輔だった。
「そやろ? オズさん。
 このことが一番引っかかってたんや。あの傷をつけたのがあんたとして、なんであんたがそんなことしたか? で、考えてみたんや。あれがなかったら、僕たちはどうしてたか? ただ「山んなかでクリスタルに閉じ込められた女性を発見したわー」だけで終わっとったんやないかな」
 あれを銀の魔女と結びつけたのは、アガデで始祖の書について調べた者がいたからだ。普通にツアーに来て、イルルヤンカシュを追って行っただけで発見したのでは眠ってる=魔女とは結びつかない。
「落とされて、クリスタルをねろうとる者がおる、クリスタルを守らな、と僕たちは思うた。それなかったら、今ごろ村でのんきに「あのクリスタルの女性はだれやったんやろうなー?」とか言うて茶ぁ飲んで、クリスタルはアタシュルクに回収されとったかもしれん。そうなったらほんまにオワリや」
「……なるほど。
 ミリィ、ちょっときて」
「うん」
 シャオをなだめる役をミリィに代わってもらったセルマが、あらためて会話に加わる。
「でも、乱暴すぎませんでしたか? 二度とクリスタルが見つからなくなる可能性だってありました」
「愚問ね。12騎士としては、見つからない方が都合がいいんだから」
 じり、とさらに一歩オズトゥルクへと距離を詰める。
「ねえ? ひとつ確認しておきたいんだけど。もし魔女が目覚めたら、バァル公と12騎士が対立して内戦……なんてこともあり得るの?」
「それはない」
 オズトゥルクは断言した。
「おまえたちがどこまでこの国を理解しているか分からないが、カナンで領主は絶対的な権力を持つ。オレたちがある程度自由にできているのはバァルが独裁を好まずそれを許しているからだ。乱暴な言い方になるが、12騎士の卓議などバァルのひと言で即座に解散になる。
 バァルが魔女のことを知り、あの書の内容を覚えていれば、バァルは従うだろう。オレたちはその決定に口をはさめない。進言はするが、勅令が出れば従うのみだ。たとえナハル派の騎士たちであってもな」
「そう。ならバァルの権限で、始祖と銀の魔女の約束を違え魔女を眠らせ続けた「反逆行為」を突いて現在のアタシュルク家を取りつぶす、ってことも可能なわけね」
 祥子の言葉にオズトゥルクはにやりと笑う。そうくると思っていた、という表情だ。そしてやおら真面目な顔になって、首を振った。
「無理だ。証拠がない」
「だって――」
「おまえたちは何を根拠にしている? すべて推論じゃないか。
 いいか? 始祖の書にあったのは「銀の魔女が目覚めたならば。そしておまえたちの前に現れ、乞うことがあれば」だ。魔女は眠っている、いつか目覚める、ということしかない。アタシュルクが魔女を眠らせ続けた、という証拠はどこにある? イルルヤンカシュとの結びつきは? イルルヤンカシュの出現がなぜ魔女の目覚めにつながるんだ?」
「それはハリールが――」
「では彼女を説得してみせろ。対話の巫女の能力を有する彼女になら可能かもしれん。だが彼女は告発するか? 国家反逆は重罪だ。しかも数千年の間国を裏切り富を謳歌していたというのであれば、死罪は免れない。ざっと数十人単位で首を刎ねることになるな。さらに処罰はアタシュルク一族郎党までおよぶ。そのなかには女子どもも含まれるだろう。
 憎しみに憎しみをぶつけ、さらなる憎悪と悲劇を生み出す……オレはあの娘にそれをする覚悟があるとは思えんがな」
 セルマも祥子もハリールという少女のことを知らなかった。だがオズトゥルクの言葉には説得力があった。死罪を含む数百人への処罰、罪のない子どもたちをも巻き込む事態に発展することを行える者は少ない。血の十字架を背負えと説得するだけの決意が自分たちにもあるだろうか? 親を亡くす悲しみを知っている女性に、同じことを行えと?
 しん、と静まり返ったなか。オズトゥルクが口を開いた。
「次におまえたちは、バァルならそうならないように取り計らうことができるかもしれない、と考えるかもしれない。できるかと問われれば、オレはできると答える。しかし、それをさせるな。それができるだけの力を持つからこそ、あいつは常に公正であろうと自分を戒めている。あいつは死ぬほど苦しむ。どちらを選択してもな」



「なんだか……まいっちゃうわね」
 空を見上げ、少しほうけた声で祥子はつぶやいた。
 思いついても遂行する覚悟がない。そこまでオズトゥルクたちは見透かしている。
『罪は罪だ。だが数千年前に始めた者の罪で今の者が裁かれるのも酷というものじゃないか?』
 ともオズトゥルクは言った。罪を生み出し、継続してきた者たちはすでに鬼籍。唯一現在の対話の巫女であるバシャンが罪を知る者ではあるわけだが、ことが発覚すれば彼女1人の首ではすまない。まさかとは思うが、直系の者としてハリールにまで死罪が適用されないとも限らなかった。
「私たちを巻き込んで、罪を隠ぺいするような行為をしていると思ったけど……あるいは、この方法が一番ましだったんじゃないかって思えてきたわ。感情的には納得しづらいけどね」
「……うん。
 でも、このことにバァルさんが関係してないって分かって、ちょっとほっとしたかな」
 腕にとまったレーレをなでながら、セルマはためらいがちに笑む。
「考えてみれば、イルルヤンカシュが目覚めたからって魔女の目覚めと結びつくわけないんだ。俺たちも向こうのチームから聞かされるまでは知らなかったことだし……ハリールさんだって、アタシュルクの人から聞かされるまで知らなかったわけで」
 ドラゴン・ウォッチング・ツアーにセルマたちを誘ったのはバァルだった。どこまでバァルは知っていて、黙っているのか、少し心配だったのだ。もし何もかも承知した上で魔女の目覚めを阻止するため、オズトゥルクやセテカに指示を出していたとしたら……そして自分たちを利用していたのだったら、幻滅せずにはいられなかっただろう。
「んん? じゃあなぜオズたちは知っていたのかしら? だれも知らないことだったんじゃないの? イルルヤンカシュと眠る魔女のつながりは」
 首をひねる祥子に、そういえばとセルマも遅れて気がついた。
「聞きそびれちゃったな」
 あのあと。オズトゥルクは祥子のもう1つの提案――魔女の子を新しいアタシュルク家当主とする。その後見にハリールを据えるというもの――を聞いて、面白そうにくくっと笑った。そしてやはり残念そうに首を振ったのだった。
『それはオレには何を言う権利もないな。まず魔女の子を見つけること、アタシュルクを説得すること、ハリールを説得することができての話だ。あとの2つはかなり難易度が高いと思うが……まあ、がんばれ』
 そしておもむろに空を見上げ、こうつぶやいた。
『知ってのとおり、オレは退屈なことがきらいだ。特に仕事をサボることでは定評がある。……儀式が終わるまでボーっと待ってるなんて役目、オレがまともにこなすなんて思うやつはいないだろう』
 そして悠里を手招きして呼ぶとひょいと担ぎ上げ、肩に乗せた。
『ユーリ! 今から楽しい所へ行かないか?』
『楽しい所?』
『そうだなあ……露店回りでもして、土産物でも買うか。欲しい物、買ってやるぞ』
 今度ばかりは悠里も止めなかった。難しい話はよく分からないが、雰囲気的になんとなく彼らの間の空気は読める。
『しかたないわね』
『おい、おまえたちもつきあえ』
 くいっと泰輔たちにも指で合図を送る。
『さあ、まいりましょうルーシェリア殿』
『お買い物なのですぅ』
 素直に喜ぶルーシェリアたちと連れ立って、オズトゥルクは来た道を下って行った。
「あれは、どう見ても想定内って態度ね」
「そうだね。まだまだ彼らの手の内であるのは間違いないと思うけど……でも、オズさんたちは邪魔してこないって確証は得られたよ、少なくともね」
 セルマは苦笑し、そして深々とため息をついたのだった。