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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第3回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第3回/全3回)

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第16章 銀の魔女の目覚め

「何をするの!?」
 身を起こそうとする手をとり、後ろ手に押さえつける。
「動かないで! これ以上暴れると、痛い思いをすることになりますよ。
 あなたたちもです! 近づけば、容赦なくハリールの心臓にこれを突き立てます!」
 最後は周囲の者たち全員に向けて発した言葉だった。
 背中に立てた十二天護法剣は木剣だが、その強度から力ずくで押し込むことはできる。
「あなた、一体…」
「すみませんね、ハリールさん。本当はもう少し紳士的にあなたにお願いをするつもりだったのですが、そうもいかなくて」
 本当は、暗示をかけて従わせるつもりだった。だが想定外のの登場で、それをする暇がなかった。
「さあ、あの竜に命じてください。僕に従い、僕の言うなりに動くとね」
「あなた、間違ってるわ。イルルヤンカシュはそういう竜じゃないのよ」
「それは僕が判断することです」
 玄秀が揺らぎもしないことに、ハリールは歯噛みする。
「さあ」
 ぎり、と手を拘束する力を強めた、その瞬間、彼の周囲で力の風が吹き荒れた。
 カタクリズムの嵐のなか、紛れ込むように超霊の面をつけた銀 静(しろがね・しずか)がサバイバルナイフを手に走り抜ける。
「! なに!?」
 驚愕する玄秀の背が深々と切り裂かれ、血しぶきが上がった。苦痛に身を折った玄秀は思わず傷へ手をやる。拘束が緩んだのを感じたハリールは、這い出すようにして彼の下から出た。
「イルルヤンカシュ、いや、エルヴィラーダ・アタシュルク!!」
 突然岩壁の上から少年の声が響き渡った。
 玄秀の元へ駆け寄ろうとしていた全員が、はっとなってふり仰ぐ。
 そこに立っていたのは音無 終(おとなし・しゅう)本人だったが、逆光である上にだれも彼の顔を知らなかったため、彼が何者か知る者はいなかった。
「聞こえますか? 聞こえてるんでしょう? 本当は。あなたは、眠りのなかで何もかも聞いているんだ、そこの竜を通じてね!」
 終はアタシュルクの魔女たちに目を移す。
「おろか者たち。同じ血を引く者だからと、ただそれだけであなたたちを信じたその人をだまし続けて得る繁栄に、どれほどの価値があるんでしょうね。彼女は心の底から信じてましたよ、平和になったらあなたたちが自分を起こしてくれると、だから今は眠りにつくと……疑いもせず。
 まあ、そんな盲信、裏切られて当然といえば当然ですけどね。ええ、本当に。純真な彼女の願いは、みごとに裏切られましたよ。この世が善人で満ちあふれていたら、争いなんか起きませんからね。みんな、自分の欲望には逆らえない。彼女は滑稽ですか? 笑いますか? どうなんです!?
 笑ったらいいじゃないですか。ばかな女だと。そのばかな女の、たった独りの尊い想いを裏切って、あなたたちは一族の繁栄を得てきたんでしょう? 
 知らなかったはずがないんです。びくびくとおびえる小心さが、この不可侵なんていうばかげた儀式をつくり上げたんだから!
 あなたたちは、目をつぶっただけなんだ! 見ないふり、気づかないふりをしていれば、あなたたちのちっぽけな良心はごまかせた。
 でも本当に、何も感じなかったんですか? そんなはずないですよね? それでも今手にしている富と権力を失いたくなくて、すがりついた…。
 でもね、たとえ今の平穏が壊れたとしても、そこで終わりではないでしょう? どんなことがあっても立ち直れるだけのものを、今のあなたたちは持っている。今は5000年前とは違うんです。2年前とも違う。
 今いる人達が力を合わせれば、一見絶望的な状況であっても何とかなっちゃうんですよ。ええ、それは俺が良く知っています……バァル・ハダトとその仲間たちには、それだけのものがある」
 次に終は、運ばれてきたクリスタルのなかのエルヴィラーダへ目を向けた。
「だから、もう起きていいんですよ、銀の魔女。あなたが眠り続ける必要はどこにもないんです。たしかにあなたの記憶にあるものは、この地上に何1つ残っていないかもしれません。ですが、ないのであれば、今から得ればいい、今から作ればいい!
 その手が空ならば、今からいくらでも掴むことができる! その機会は、今をもってしかないでしょう! だから目覚めろ!! 今この世界は、まさにあなたの望んだ通りのものだ!!」
 それはまさに魂から振り絞られた、心の底からの叫びだった。
 これに勝るものはない。
「……目覚めて、銀の魔女」
 ぽつっと、そんな言葉が生まれた。
「目覚めて」
「そうよ、目覚めるのよ」
「あなたが眠り続ける理由はもうないんだ」
 口々に広がっていく。
 それに呼応するように、クリスタルが輝き始めた。内側から発せられる光。そればだんだん強くなり、エルヴィラーダの姿がかすんで見えなくなる。
 目を射る光にそれでも耐えて、じっと見守っていると、光はやがて球の形に集束し、上昇してクリスタルの上で人型となった。
 夕陽を浴びて、虹色の輝きを放つ銀色の髪。ツインテール。
 大きなとんがり帽子。だぶだぶの衣。
 石のついたタクトを持つ手は幼い。

「あたしはスウィップ スウェップ(すうぃっぷ・すうぇっぷ)。集団無意識世界の図書館リンド・ユング・フートの筆頭司書で、あなた方がエルヴィラーダ・アタシュルクと呼ぶ者です」

 半透明の精神体で現れた少女は、厳かな口調でそう言った。



「スウィップ、くん…?」
 呆然とつぶやくリカインに、スウィップはにこっと笑う。
 そしてこほっと空咳をして胸を張ると、再び話し始めた。
「皆さんのあたたかなお気持ちはとてもありがたくいただきました。ですが、残念なことをお伝えしなくてはなりません。エルヴィラーダは目覚めることはないでしょう。彼女はあまりにも長く眠り続けました。今の彼女には、もうその力がないのです。決して皆さんのせいではありません、その点を誤解なさらないでください。
 ただ、彼女はあなた方にであれば、自分の宝を託してもいいと考えました」
 タクトが振られ、空間を打つ。ポーーンとピアノのキーのような音がした次の瞬間、ハリールの前の空間に子どもが現れた。
「きゃあ!」
 あわてて受け止めた衝撃に、ハリールはそっくり返って彼女を支えようとした舞香佳奈子を巻き込んで倒れる。
「いたた…」
 しかし子どもは目を覚ます気配もなく、3人の上でくうくうと安らかに眠り続けていた。
「その子はアガデ家最後の当主リタン・アガデとエルヴィラーダの友人の間に生まれた子どもです。名はリタン・ジェドヴェリ・アガデ。エルヴィラーダは彼の行く末をとても心配していました。どうかあなたたちでこの子を守ってあげてください。そして――」
 と、スウィップは次に歌菜リーラの方を向く。またもタクトが空間を打ち、ポーーンという音とともに、2人の前の空間にビーチボールほどの小さな白い仔竜が現れた。
「イルルヤンカシュを大事に思ってくれてありがとう。あなたたちの真摯な呼びかけがこの新しい魂を生み出しました。この子はもうエルヴィラーダの欠片ではなく、1個の命です。大切に育んでいってください」
 そして最後にスウィップは両手をかざした。その先に神剣グラムが出現する。グラムは見守る彼らの頭上を越え、アタシュルクのなかにいる、1人の男の前で回転し、足元にゆっくりと突き刺さった。
「その剣は今ここに役目を終えました。遅くなりましたが、今こそ正統な主へお返ししたいということです。どうか、ハダド家当主の元へお持ち帰りください」
「承知した」
 剣を引き抜いたのはセテカ・タイフォン(せてか・たいふぉん)だった。
 彼がそこにいたことに全員ぎょっとなって絶句したが、だれかが何か口にする前にスウィップがまた語り始めて、全員彼女へ視線を戻した。
「それでは皆さん――」
「待って!」
 ノアが走り寄る。
「銀の魔女さんは、本当に目覚めないんですか!? このまま、もう二度と!?」
 死ぬまで…?
 涙のにじんだ彼女の目に、スウィップはほほ笑む。
「それは答えられません。未来に何が起きるかなんて、だれも知る者はいないでしょう。彼女の命は絶えるわけではなく、このクリスタルのなかで眠り続けるだけです。命が続く限りいつだって、どんな可能性も、奇跡も起こり得ます」
 それでは皆さんごきげんようと会釈をすると、スウィップはおもむろに頭上でタクトを振った。
 タクトの先端からきらきらと光がこぼれて彼女を包み始め、またも光が集束していく。
 そのまま消えていくかに見えた、一瞬。
 スミレの瞳がぱちっと開き、もう耐えられないという感じでいたずらっぽく輝いた。

「みんな! また無意識世界で会おうねっ!!」

 さっきまでの淑女然とした態度はどこへやら。外見にふさわしい、子どもっぽい動作でぶんぶん手を振ると、今度こそ光のなかへ消えていく。
「また?」
「え? どういう意味?」
「だれかあの子のこと知ってる人いる?」
 ざわざわとざわめき立つなか、榊 朝斗(さかき・あさと)がセテカの元へ走り寄り、無防備でいる彼を殴り飛ばした。
「あんたの腹積もりがどこにあったかなんて知らないけどね、ひとつだけ言わせてもらうよ。いつ僕が絶対善と言った?」
 突然の出来事にあっけにとられた者たちが注目するなか、仁王立ちして言う。
「問答無用だな…。
 こちらも言っておくが、そんなことを口にした覚えはないぞ」
 切れた口元を押さえ、セテカが立ち上がる。
「なんだと――」
「まあ待てよ。落ち着け」
 高柳 陣(たかやなぎ・じん)が割り入って、掴みかかろうとした朝斗の胸を押し戻した。
「なんだよ。あなただってこうしたいんだろ!」
「気持ちは分かるが、血がのぼりすぎだ。ちょっと向こうで素数でも数えててくれ」
 振りほどくようにして離れた朝斗が、そのままルシェンたちの元へ戻るのを確認してからセテカの方を振り向く。
「よお、満足か? おまえの望みどおりになって」
「完全に希望どおりというわけではないが、まあこんなところだろうとは思っている」
「とぼけんな。はじめから、おまえは俺たちと敵対する気も、ハリールを殺す気もなかったんだ。魔女を目覚めさせ、あの子どもともどもシャンバラへ亡命させる気だったんだろ。
 子どもには昔の領主の忘れ形見だの、みにくい政争の具になるような未来じゃなく、自由な未来を掴ませたいと考えたんだ。シャンバラならそれができる。血筋とか関係なく、大きくなったら自分自身でやりたいことを見つけりゃいい。それができるようにするために俺たちを巻き込んだ。俺たちにあの子を託すために」
「陣、分かっていたならなぜ止めん?」
 あきれ返った口調で義仲が言う。陣はきっぱり答えた。
「こいつは一度思いっきり殴られた方がいいからだ」
「そんな、お兄ちゃん…」
 苦笑するセテカの胸を、どんと陣が突く。
「俺たちに任せとけ。何が起きても、あの子はだれにも渡しゃしねーよ」
「……頼んだ」
 ぱんぱんと腕をたたいて彼の元を離れると、セテカはハリールの元へ行った。
 彼女の腕に抱かれて眠る子どもの頭をなでて、ハリールに言う。
「決してこの子を連れてこの地へ戻るな。バァルを苦しめることになる」
「分かったわ」
 セテカと目を合わせたままうなずく。ハリールも、すべてが終わった今ではこの国にいる意味はなかった。彼女の生活の基盤はシャンバラに、心は獣人たちの村にある。
「この子にはジェド・トゥンナーンと名乗らせるといい。竜が守っていたんだ、その名にふさわしい」
 そしてセテカはこの場を去った。
 まだやり残したことがあるから、と言って。