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古の白龍と鉄の黒龍 第4話『激突、四勢力』

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古の白龍と鉄の黒龍 第4話『激突、四勢力』

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「アム、この前の手合わせ……端から勝つつもりはなかっただろう?」
 魔神 アムドゥスキアス(まじん・あむどぅすきあす)の下へフィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)がやって来て、まずは先日の龍族との手合わせの件を引き合いに出す。
「幾ら戦闘を好まないとはいえ魔神の一柱であるアムが、あの程度で敗れる道理もない。
 一方で龍族側もそれを咎める様子は無かった。つまり――お互い暗黙の了解の上での相手の手札を見極め合う戦いだった。違うかい?」
 その言葉に対してアムドゥスキアスが何か言葉を返す前に、フィーグムンドが続けて言葉を重ねる。
「ただ、な――アムはそれでいいとしても私は到底、納得しかねる。
 アムが――私にとり、何より大切な存在が負ける所なんて、見たくも無かったからだ」
「うーん。キミにそこまで言われちゃうと、ボクとしては返す言葉が無いんだけどなぁ。
 あの手合わせは三月や和麻が主役であって、ボクやナナたんはおまけ……って言うとキミが怒りそうだけど、そういう感じで、勝ってやろう、とは思ってなかったね。
 相手の手札を……は、難しく言えばそうなるのかな。ボクはナベリウスの『みんなきっとわかりたかった』という意見を推すね」
 アムドゥスキアスが少々困った顔で、フィーグムンドに言う。
「前回、手合わせしたといっても、それは信頼関係の取っ掛かりが芽吹いたに過ぎない。
 今このタイミングで、陣地へ出向いた所で会談なり意見交換なりが実現すると、アムは考えているのか?」
「それは難しいだろうね。せいぜい、ボクたちが龍族を護ったなら「ありがとう」と感謝されるくらいじゃないかな。
 十分な成果とは言えないけど、それだけでもまずは大きな進歩、と言える、ボクはそう思っておきたいな」
「……やはり、龍族側として此度の決戦に参戦する心積りなのか? アム」
 フィーグムンドの問いに、今の状況を鑑みればそれが最善だろうね、とアムドゥスキアスは答える。
「尤も、ボクが直接手を出す必要は無いかもしれない。ボクの友人が頑張るのをボクは支える、ナナやモモ、サクラの友人が頑張るのをみんなは支える。
 それもまた、戦いの一つの方法なんじゃないかって、ボクは思うんだ」
 そう言って、アムドゥスキアスは出発の準備をするためその場を後にする。一人残されたフィーグムンドは一瞬何かを思いかけ、背後のローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の存在に気付いて思考を切り替える。
「……龍族と鉄族の決戦の場に、デュプリケーターの新たな攻勢があると思うか?」
「五分五分、かしらね。先日のルピナスの拠点襲撃は、デュプリケーター側にも多大な損害を与えたはず。
 龍族と鉄族が同じ場に相対する絶好の機会とはいえ、打って出る余力が彼らにあるかと言われると微妙ね」
 分析に基づいた結果をローザマリアが答え、フィーグムンドが思考する。龍族と鉄族の双方に契約者が付いている現状、龍族を護る、もしくは鉄族を護る、それだけでは確固たる信頼関係を築くのは難しい。個人個人の信頼関係より強固な、種族間――契約者と龍族・鉄族――の信頼関係を築くには、それらの共通の敵、デュプリケーターに対する対策を怠るわけにはいかない。
「出てこなければ不発だが、出てきた時に早急な対策が打てれば効果はある、か。
 ローザマリア、アム達を戦場へ送り届けた後は、デュプリケーターの動向を注視してくれ。彼らを私達契約者が迅速に対処することで、関係をより有利な方向へ運べるはずだ」
「了解」
 ローザマリアが頷き、準備のためその場を駆け去る。
(アム……君はそれでいいかもしれない。だが私達は魔神、そのような小さな器で満足していいのか?)
 魔神であるならば、何千何万の軍勢を率い、圧倒的な力で持って威厳を示すべきではないか。それを今のアムは、一人二人の契約者のために力を尽くすことをよしとしてしまっている。
(……やはり、これが必要になるのか……)
 フィーグムンドが取り出した腕輪、それはかつて己が分けた身体を再び宿し、在りし日の姿へと戻るための『最後のパズルの一欠片』。
 それはこの戦いに決定的な効果をもたらすばかりでなく、アムドゥスキアスに本来の魔神の姿を見せるためでもあった――。


 魔神 パイモン(まじん・ぱいもん)は臣下である佐野 和輝(さの・かずき)と、“灼陽”の現在を把握するため偵察に出ていた。
「この流れは予想内だったが、通信網がやられたのが痛いな。早急に独自の情報網を整備する必要がある」
 そう口にする和輝は、既にある程度の手を打っていた。まずは情報を拡散する母体としてArcemを選び、そこに情報を集めて拡散する流れを構築していた。
「……で、だからどうして魔族の王自らが偵察行動に出るんだ。王は要塞でどっしりと腰を据えているべきではないのか」
 和輝の口から流石に、苦言が漏れる。パイモンが王らしからぬ、まるで一兵卒のような行動を取りがちな点は理解していたが、やはり実際に行動として取られると文句の一つも言いたくなった。
「いつ戦端が開かれるか分からない状況では、偵察行動がそのまま戦闘になる可能性が高いと言ったのは和輝、君ではなかったか?」
「…………だから、自分が行った方が確実に情報を持ち帰れるとでも言いたいのか。大した自信家だな」
「そのくらいの自負はしてもいいと思うのだが?」
 和輝とパイモンの、王と臣下というよりはまるで腐れ縁の同僚のような物言いに、背後に控えるアニス・パラス(あにす・ぱらす)がくひひっ、と笑い、魔鎧として装着されているスノー・クライム(すのー・くらいむ)は呆れたと言いたげな感情を寄越し、リモン・ミュラー(りもん・みゅらー)も面白そうな表情を浮かべていた。
「……コホン。それよりも、だ。あれを見てどう思う、パイモン」
 話を切り上げ、和輝が正面を航行する超大型艦船、“灼陽”を示す。一見単艦プラス鉄族を随伴しての行動に見えるが、和輝は周囲に複数のイコンが隠れていると示唆する。
「単艦で移動している件については、何らかの作戦が事前に取り決められた、と見るべきだな。彼を改造した者の意見が反映されていると見るが?」
「俺もその意見に同意だ。“灼陽”を改造した奴が乗る機動要塞『オリュンポス・パレス』は龍の耳近辺にて所在が確認されている。別行動を取って龍族の戦力を分断させる狙いだな」
 そう分析が済んだ所で、では次に周辺の部隊に光学迷彩が施されている理由を推察する。
「鉄族には光学迷彩を施していないのか。“灼陽”を囮に彼らを敵陣深くまで進め、中枢部を奇襲する策ではないようだな」
「鉄族だけ姿を見せているということは、彼らもまた囮にするつもりなのではないか」
「“灼陽”だけなら怪しまれるが、鉄族が随伴していればそれが全勢力と思うだろうな。そうして引き寄せられた戦力をキルゾーンにおびき寄せて火力を集中、各個撃破の策か」
 パイモンと和輝が推測を重ね、鉄族の作戦を暴いていく。
「はぇ〜、何話してるのかさっぱりだよ〜」
『二人は今、鉄族がどんな事をしようとしているのかを見抜こうとしてるわけ。何をするか先に分かっていれば、対策が立てやすいでしょ?』
「なるほど〜、そういうことだったのか! ありがとなのだ〜」
 スノーから説明され、理解を得たアニスが納得の表情を浮かべる。
『和輝、そろそろ戻った方がいいわ。大体の事は分かったでしょうし』
 そしてスノーは、偵察と情報網の確保のために特殊なスキルを行使している和輝の体調を気遣い、休むようにとの意図を込めて帰還の打診をする。
「もしも体調が優れないようなら、私が治療してやるぞ?」
「和輝には触れるなー!!」
 リモンが進み出るのを、アニスが身体を張って制する。何かと仲の悪い二人がこれ以上いがみ合う事の無いよう、和輝は“灼陽”に背を向け『Arcem』に戻る事を決める――。

 『Arcem』に戻ったパイモンはルカルカ・ルー(るかるか・るー)に、接敵の際は“灼陽”ではなく光学迷彩で隠れているイコン――どうやら空を飛ぶ巨大戦艦と推測された――を『Arcem』の主砲で狙い撃ってほしいと申し出る。そうすることであちらの作戦をこちらは見抜いていると知らせることが出来、出足を鈍らせることが出来るかもしれない、パイモンはそのように伝える。
「分かったわ。ダリル、敵艦の位置は――」
「既に捕捉している。かすり傷から機関部への直撃までは行えるな」
 ルカルカが言う前に、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は分析を行い、隠れている巨大戦艦が『伊勢』であると解析を終える。共に本拠地クラスのイコンであり、戦艦というだけあって強固な装甲を備えているため、主砲であっても一撃で大破まで持っていくのは厳しいが、移動を大幅に止めることは出来るだろうというダリルの発言であった。
「可能な限り直撃狙いで頼む。その方が相手に誤射ではないと認識させられるだろう」
「心得た」
 ダリルが頷き、調整に入る。パイモンが魔神 ロノウェ(まじん・ろのうぇ)を呼び、決まったことを伝えた後二人で部屋を出ようとした所で、ルカルカが二人を引き止める。
「ちょっとだけ……お話しない?」

「天秤でも何でも、バランスって保つのが一番難しいよね。端から見てるとそれはとても穏やかで静か。
 だけど、水面下で払われる努力は大きい」
 パイモンとロノウェに飲み物を振る舞って、窓の外に広がる景色を見つめながらルカルカが口を開く。……大多数の者は、自分が今を過ごしている平和な日常が、実は多くの努力の上に成り立っている事を知らない。
「平和も同じだって思ったわ。国と国とが真の友人になるのはとっても難しい。どうしたって国益が絡むから。
 現実は綺麗事では、済まないものね」
 国を動かす者は、自分たちの国を基本的には一番尊重する。真の友人の定義の基準が『全く同じ』とするなら、それは余程のことがない限り成立しない。
「私は、地上を欲した考えは貴国の正義としてはとても正しいと思ってた。
 その利害がぶつかり合った戦いの果てに、こうして少しずつ行き来も出来るようになってきたのは奇跡かもしれない」
 ルカルカの評価を、パイモンはありがとうございます、と微笑んで受け止める。あの壮絶な『魔戦記』を、憎しみと嫌悪感でなく『過去の一つ』として互いが口に出せるようになった所に、人間と魔族の友好が根付いているのが見て取れる気がした。

「いやぁ、正直な所、ホッとしたぜ。
 世界は違っても龍、どうしても気持ちは龍族の方にあるしよ」
 ルカルカがパイモンとロノウェと去った後で、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が安堵の感じられる声を発する。中立の立場にある契約者故、状況次第では龍族の牽制に動くことも考えられた。もちろんそのように方針が決まったからといって放棄するつもりは無かったが、今の方針――鉄族、特に“灼陽”の戦力を減じ、天秤の傾きを是正する――に決まったことを好ましく思っていた。
「分析結果からも、これが最善と判断出来たからな。
 それに……カルキが苦しむと知ってて龍側の牽制に進むのは、一寸な」
「おぉ?」
 微笑を浮かべてそんな事を口にするダリルを、カルキノスは目を大きく開いて見つめた後、傍に居た夏侯 淵(かこう・えん)を小突いて小声で囁き合う。
「おい、今の見たか」
「見たぞ見たぞ。ダリルもあのような顔をするようになったのだな」

 二人の様子を、ダリルは首を傾げて見つめている。彼の事をカルキノスは最初、感情も思いやりも無い効率一辺倒の機械みたいな男と評していた。
 しかし、そんな電算機とまで言われていた――その点は今でも変わらないが――彼も、ルカルカやカルキノス、淵と過ごす間に少しずつ“人”へと変わっていった。そしてカルキノスは、ダリル自身も自分の状態を把握し――彼はかつて封印される時、危険度を下げる名目で魔術的な処置により心の一部が切除されていた。それがダリルが感情を実感できなかった理由であった――、今のような変化を自身に齎す為、人知れず苦闘していた事を知っていた。
「良かったな」
「……? さっきから何だ」
 カルキノスの、そんな思いを含ませた言葉を、ダリルは気付いていない素振りで受け止める。
(気がつかないくらい自然になったってことか。ああ……本当に良かった)

 そして、状況を総合的に判断した上で、今回の決戦における契約者の――『Arcem』を中心とした範囲の――行動方針が決定される。
『現状、天秤は鉄族側に大きく傾いている。これは少々の介入では容易に戻らないほどだ。
 よって、この決戦の間、我々は龍族に与して戦うものとする! その上でこの戦闘宙域内で最も戦力を有する“灼陽”への攻撃を集中させろ!』
 淵が方針を、各前線へと伝達していく――。