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【光へ続く点と線】遥か古代に罪は降りて (第3回/全3回)

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【光へ続く点と線】遥か古代に罪は降りて (第3回/全3回)

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遺跡でお祭り その1

 菊の協力でスポーンの町の広場には各種屋台の設営が始まった。お祭りの屋台などはもともと素早い設営と片づけを念頭において設計されたものである。みるみるという言葉そのまま、タコヤキや焼きそば、焼きイカや綿菓子といった食べ物の屋台から、射的やヨーヨー釣り――水は水として機能するのだが、ここはいわば空中が水中でもあるため、金魚すくいは魚がは空中にも漂い出てしまい失敗となったが――といった遊戯系、お面や風船と言った売り物系など、続々と立ち並び始めていた。ウゲン・カイラス(うげん・かいらす)は今回は見物に徹することにしたようで、のんびりとした足取りであたりを散策している。
 急ピッチで進む祭りの準備の中、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は誰でも演奏やパフォーマンスを行えるステージの設営を行っていた。ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が設営に忙しいスポーンのスタッフたちの間を縫い、香菜を連れて戻ってきた。
「へえ〜。ライブやイベントのためのステージかー。いいね」
香菜が言ってステージに飛び上がった。小柄なスポーンに合わせ、低めに作られたステージ部分は組みあがり、周囲の飾り付けに入っている。呼雪は香菜に尋ねた。
「やっぱりまだ……ウゲンに対しては、複雑な想いがあるのか?」
「……うーん……実感がないっていうか……でも、兄弟なのよね……」
「光条世界への道が開かれれば、ウゲンはまた彼の目的の為に動きだすだろう。
 そうしたら……再び離れ離れになるかも知れない。
 何が起こるか分からないところだ、お互いまた死ぬような目に遭う可能性だってある。
 もし何かウゲンに伝える事、伝えたい事があるなら今のうちじゃないか?」
香菜は黙って考え込む。ウゲンに伝えたいこと……何があるのだろうか? 今はまだウゲンに対してようやく兄弟として親しみのようなものを感じ始めただけの段階だ。そしてウゲンが香菜に対して何を思うか、彼女に知るすべはない。本来なら近いはずなのに、遠慮のいらない関係のはずなのに、どこか遠い。
「……悪いがまた協力してくれないか?」
「どういうこと?」
香菜がまっすぐに呼雪を見た。
「香菜、歌い手として俺たちと一緒にステージに立ってくれないか? ウゲンにも楽器演奏をしてもらえないか打診するつもりだ。
 今回限りの即席バンドだ。歌や音楽は、時に言葉の壁も越える。スポーンたちの心を育てるにはうってつけだろう?  歌は俺もコーラスでサポートする。レナ達の為、光条世界への扉を開く為にも協力してくれないか?」
「……いいわ」
「難しく考えることはない。自分の気持ちをぶつけるように歌ったら良いだけだ」

 祭りが始まった。街のスポーンたちを始め、調査隊や今回の戦闘に加わっていない契約者たち、そしてルシアとレナトゥス、アラム・シューニャは護衛を兼ねて一緒に楽しもうという契約者たちと共に、おのおの気の向くままに立ち並ぶ屋台の間をぶらついていた。匿名 某(とくな・なにがし)は浴衣姿で屋台の間をうろつくウゲンを凝視していた。
(諌められていたけど、あの虐殺発言……ウゲンめ……あいつまたよからぬ事を企んでやがるんじゃねえのか。やっぱり放ってはおけないな。
 ……しかしあいつ、浴衣なんて持ってたっけ?
 屋台といい、もしかして最初から割と楽しむ気満々とか……あいつも随分と丸くなったんだし、その影響できっと軽い冗談ってノリで言っただけだろう。
 が、ここはひとつ万が一を考えてして監視しよう)
ウゲンは思いもかけぬあっけなさで、匿名の同行を受け入れた。
「なぁ、なんか見たいものでもあるのか?」
「いや。ぶらついてるだけだけど?」
そこにすごい勢いでシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が駆けて来た。お目付け役のリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)も無論一緒である。
「ウゲーン!なにぼさっとしてんだ、遊びにいくぜ! 光条世界の前座に、まずこの街を手に乗せてやるんだっ!」
「いや、すでに祭りに参加してるつもりだけど?」
「さあウゲン、遊び倒そうぜ! オレもお前ととことん付き合ってみたくなってきた。
 とことんお前についていって……いや、お前こそ遅れるなよ?
 オレは元来欲しがりで欲張りなんだ。小難しい知恵回してるうちに、お前の欲しいものもとっちまうかもしれないぜ?」
そう言って、ウゲンの手にしたタコヤキのパックからひとつつまんで口に入れる。
「お前のタコヤキのほうが格段にうまいな。お。スーパーボール掬いがあるな」」
匿名が叫んだ。
「よーし! スーパーボール掬いで勝負だッ! ……物騒な戦いじゃない勝負だったらいくらでも相手できるしな!」
ウゲンは薄く笑うと受けてたった。シリウスも無論否というわけがない。リーブラはお手上げと言った様子で後ろから熱狂するシリウスと匿名を眺めていた。だが、恐るべきパワーを秘めた男、ウゲンはスーパーボール掬いですらその才能を如何なく発揮した。匿名が側のガーデンチェアにどさっと座った。リーブラがみなにさりげなく気を利かせて購入してきたかき氷を配る。匿名がふーっと息を吐き出す。
「うーむ。惨敗か……。しっかし、ウゲンとこうして一緒に祭をまわるなんて少し前までなら想像すらできなかったよな。
 なんせちょっと前まではパラミタの滅びを賭けて戦った間柄なんだからさ。
 きっと当時の俺達に『このあとお前ら一緒にお祭を楽しんでる仲になるんだぜ』とか教えてもきっと信じなかったよな。
 少なくとも俺は信じられない。ウゲンだって絶対信じなかっただろう。けど今はこうして肩を並べて祭を楽しんでる。
 過去に遺恨があろうと、それを受け入れて共に時間を共有できる……それも『人の心』が成せる事の一つなのかもな。
 必ずしも最後はそうなるってわけじゃないが」
それを聞いたシリウスも実感をこめて頷いた。
(世界が欲しい、オレって存在を認めさせてやりたい…そんな心、オレにもあったんだ。
 オレの場合、それで辿りついたのが音楽だったってだけで。
 スケールは違っても、アイツはアイツで世界を探してるんだろうな
 まっ、こんなこと口には出さないけど!鼻で笑われそうだし、オレも恥ずかしいからな! ……言わなくてよかった)
匿名が照れたように呟く。
「……って俺も偉そうな事言っちまったけどまあ無視してくれていいさ。俺自身言ってから小っ恥ずかしくなってきたからな」
シリウスが素早く話題を変えた。匿名のいたたまれなさを実感と言っていいほど共感できたからだ。
「お、向こうのステージでちょうど出演者募集してるみてぇだぞ?」
そういってシリウスはおもむろにウゲンにハーモニカを投げ渡した。
「ちょっと付き合え、ウゲン! ……あ。それは店でさっき買ったもんだから、間接キスにはならねーからな!
 ドレミくらいは吹けるだろ? 素人芸なら十分さ。面白いもんだぜ、音楽の世界も。
 オレが最初に手に……乗せた世界がコイツさ。もちろんそれだけで終わるつもりもないけどな。オレは本気だぜ。
 もっと何かを見たい、知りたい……光条世界も勉強も音楽も、オレに取っちゃそういう意味で一緒さ。
 さ、いこうぜ!」
シリウスが野外設営舞台のほうへ2人を引っ張ってゆく。あとに続きながら、リーブラは肩をすくめた。
(シリウスがふっきれたみたいなのはいいのですけど……これはこれで心配の種が増えただけのような……はぁ。
 まぁ…一人でも二人でも、問題児の面倒を見るのは一緒ですわ)
彼女はふっと笑った。
「まあ、あまり暴走が過ぎるようなら、いつもどおり止めて叱るだけですね」

 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)とこの街で休養を取っていたが、今朝はなんだかいつもより人通りも多く、かすかに音楽も聞こえてくる。
「なんだか朝から賑やかだね?」
さゆみはアデリーヌに声をかけた。
「なんだか、スポーンの街の広場でお祭りがあるそうですわ」
「……お祭り!?」
さゆみは怪訝そうな表情でアデリーヌに問いかけた。メールをチェックしながらアデリーヌがさゆみに答えた。
「香菜さん、ルシアさんが中心になって、スポーンたちに『楽しい心』というものを教える目的で開催されるそうですわ」
「へぇ〜。楽しいことを教える、ねえ……。人を楽しませるには、自分自身が楽しめないのでは話にならない。
 下手な理屈を並べるよりも、まずは実際に歌ったり踊ったりする方がいいに決まってる。
 スプレアイドルユニット<シニフィアン・メイデン>の出番ね」
「衣装を持ってくれば良かったですわね……」
「いいわよ、このままで。楽しければそれでオッケー!
 そうだ、ステージより、スポーンたちの中へ入って行って、そこで歌と踊りを披露しながら、広場の中心へ向かうっていうのはどう?
 私はノリのいいリズムの曲を中心に、皆が盛り上がりそうなのを景気良く歌っていくわ」
「では、わたくしは反対側から落ち着いた、しっとりと情感のある歌を披露しながら広場へ向かいますわ。
 スポーンにもきっとそれぞれ好みもあるでしょうから、中には物静かな印象の歌を好む個体もいると思いますし。
 広場中央には、誰でも使える演奏、パフォーマンス用ステージもあるそうですわ」
「じゃ、そこで合流ね!」
さゆみは陽気でエネルギッシュな歌声を、熱狂と幸福の歌のスキルを使いながら披露した。周囲のスポーンたちははじめは驚いていたようだが、そのうちにパワーに惹かれて、手拍子をとりながらあとについてくるスポーンも現れ始めた。アデリーヌは深く静かな歌声で、バラードを歌いながら、さゆみとは反対方向から広場を目指す。時に甘く、切なく、胸にせまるメロディに惹かれたスポーンが、もっとその歌を聞こうとアデリーヌのあとを追う。ふたりは広場中央に設営された呼雪のステージ前で合流し、同じ歌を絶妙のハーモニーで歌い上げ、フィナーレを奏でた。空中に歌の余韻が漂う中、二人が手を振ると、スポーンや契約者たちのあいだから、歓声と拍手が沸き起こった。
 匿名、シリウスと共にステージ前にやってきたウゲンを目ざとく見つけ、ヘルはウゲンのわき腹をを軽く小突いた。
「ね〜、こんな風にお祭り回るなんて、薔薇学の学園祭以来じゃない? 懐かしいねー」
ウゲンはヘルのテンションをよそに、何か考え込むような目つきで呼雪とステージ打ち合わせをする香菜を見つめていた
「ねぇウゲンってさ、イエニチェリだったくらいだし、楽器のひとつやふたつ楽に演奏出来ちゃうよね?
「香菜ちゃんと浴衣や着物DEお祭りバンドやろうと思ってるんだけど、どう?」
「ほう? だが僕が参加する意味がどこにあるのかな」
ウゲンが皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「だって光条世界の扉が開かないとウゲンも困るでしょ?
 フクザツな兄妹の感情を知るのも、スポーン達が心を成長させるのに イイと思うんだけどなー。
 あ、もしなんもできないならさ、トライアングルとかでも良いよ?」
そこにリーブラが以外にも口を挟んだ。
「本当にね、ウゲンさんは小うるさい人と思ってるかもしれないですけれど……。
 シリウスも相当にやんちゃで欲張りで……ほっとくと何するかわからない人なんですよ。
 だから、あなたと付き合うくらいには慣れっ子ですから」
そこで一旦言葉を切り、普段あまり見せない強い態度で言った。
「と、いうわけで、何処までもついていきますよ。差し当たってはステージの上、いきましょうか?
 あなたの演奏で、わたくしも歌ってみたいですわ」
ウゲンはふっと笑った。
「困りはしないが、まあいいだろう。楽器は、ダニェンなら弾きこなしていたものだしね」
ヘルが意外そうにウゲンを見た。
「へぇ〜。じゃ。ラストに別途独演してもらっちゃおうかなー。実はあったりするんだ、これが!」
さゆみらに惹かれてやってきたもの、ステージに興味を持ったもの、舞台の前にはさまざまなスポーンたちが集まっていた。ルシアやアラムとともに、レナトゥスの姿も見える。明るくアップテンポでありながら、その歌詞には悲しみを歌った古い名曲などを幾つか用意してある。準備は万端だ。
「雅艶の着物はどうも目立つ気もするけど……まぁ、良いか」
呼雪はギターを抱え、香菜とヘル、共に演奏の練習をしてきたスポーンたちと共にステージに立つ。
「今日の祭りは、最後まで賑やかに盛り上がっていこう」
熱狂と震える魂を発動し、元気よく声をかけると演奏を開始した。香菜の歌声が、明るいメロディに乗せて心を深く沈みこませようとする悲しみを吹き飛ばそう、と歌う。繰り返しの部分ではスポーンたちやヘルらもコーラスを歌う。呼雪も香菜とウゲン、二人の心の距離が少しでも近付くようにと演奏する楽器に乗せて祈りながら歌声を響かせた。スポーンたちは一心に聞き入っている様子だった。香菜のステージが終わると、ウゲンがダニェンを手に現れ、エレキギターの演奏を思わせるような踊りを交え、素朴なメロディを爪弾く。ステージの演奏はライブカメラを通じて、各所に中継されている。アピスは強く興味を引かれた様子で、モニターをじっと見つめ、長い触角を震わせていた。その様子をアクリトはじっと見つめていた。
 割れるような拍手とともに一連のステージが終わると、ヘルはウゲンに声をかけた。
「夏休み最後のお祭りは、充実してる?」
「……さあ、どうかな」