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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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『あなたと私で、一人の私』

「もうじきこことも、おさらばってやつか。
 ……ふぅん、改めて見りゃ、悪かねぇじゃねぇか」
 契約者の拠点、その屋上から広がる空を眺め、ウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)が呟く。パラミタの空とは違うこの世界独特の空が消滅することは、ウルフィオナの耳にも届いていた。
「……色々、あったな。
 戦争は終わったけど、“レイナ”の事は――ま、あたしがどうこう考えても、な」
 ひび割れたような光を発する空を掴むように、両手を伸ばす。その手で掴んだ二つの手を――“一人”の感覚を思い出す。
(脆いところもあったし、あぶねぇ時も何度もあったけど……あいつは、“レイナ”は強ぇ。
 自分の先をちゃんと見つけて、答えを出すだけの知識もある。そして自分で出した答えを、ちゃんと前向きに捉えていける)
 今、“二人”は答えを出そうとしている。その時は決して遠くはない。
(……だからあたしも、“レイナ”が出した答えとしっかり向き合う。
 どうするか、ってのは後から付いてくる。そういうもんだろ?)
 伸ばしていた手をグッ、と握り、起き上がる。ここから迎えに行けば、ちょうど答えが聞けるだろう――。


●天秤世界:天秤宮墜落の地

 核である『天秤宮』を喪い、物言わぬ残骸が散らばるこの地に、二人の少女の姿があった。

 ――私は、私が生んだ別の私からずっと、ずっと、逃げていました。

 一人はレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)

 ――いつから居たのか覚えていない。気が付いたらそこにいて、あの子が目を逸らすたびに『外』に出ていた。

 もう一人はノワール
 二人の、“一人の”少女は想いを馳せる。互いの事、これまでの事、そして……これからの事。


 あの人は私の羨望……劣等感によって生まれた別の私。
 私が望んでいたすべてを持っていて……でもどこか歪んでしまっていて……。

 私はあの人の事を知りませんでした……知ろうとしても踏み出すことが出来ませんでした。
 ……怖かった。もう一人の私を知ることが。……認めたくなかった。そんな私が居ることが。

 でもあの人は、逃げ続けていた私をずっと、ずっと、守ってくれていました。
 あの人は教えてくれました。……そして私も、初めて理解しました。

 やっぱりあの人は、私なんだ。
 もし私がまだ一人きりだったらきっと、ああなっていたのでしょう……。



 あの子の逃げ場になってるなんてわかっていた。
 あの子のことはよくわかってるつもり。あの子も相当、歪んでる。

 だってそうでしょう? 私がそうなんだもの。
 私をこんな風にしたのはあの子。私を生んでくれたことを差っ引いても、あの子を守る気なんて更々なかった。

 私は私、好きなようにする。
 そんな思いがようやく実現して、私は今、あの子と同じ場所に在る。

 そこには私を私だと認めてくれたあの人もいて……。
 もし叶うなら、ずっとこのままがいいとも思うけど……。



 決して、二人の想いは完全には交錯しない。
 それでも二人の足は、同じ所へと向いていた。


 ……今、もうひとりの私はいなくなろうとしていて……。
 居てほしいと思う反面、このまま去って欲しいとも思う私がいて……。

 ……でも……あの人の言うとおりどちらも私なら……。
 去ったあとには何かが欠けて戻らない……。



 ……同じ場所に居続けるのは無理。
 そんなこと、私が一番わかってる。

 でも……遠く離れても繋がってるなんて思うのは嫌。
 近くにいて、そばで感じて……ずっとずっと、一緒にいたい。



 互いの目が、互いの姿を捉える。
 互いの耳が、互いの発する声を捉える。


「それならば私は……」
「だったら私は……」


 手を伸ばせば届くだろう距離を空け、二人が相対する。
 二人の間に、言葉は無い。その理由はこの地を訪れたもう一人の声によって明かされる。

「もう、答えは出てるみてぇだな」

 現れたもう一人――ウルフィオナへレイナとノワールが向き直り、口を開く。
「この前の時に概ね、済ませたことになるもの。
 今だってわかったはずだわ、こうも違うんだってことに。それでもあなたは私から、目を逸らさなかった」
「……はい。私はもう……逃げたくありませんから。
 私は……ノワールさん、あなたと居ることを望みます」
 まっすぐに告げられた言葉に、ノワールがフッ、と一瞬だけ、柔らかな笑みを浮かべた。
「……そう。だったらもう、私から言うことは無いわ。
 この身体を失うのは惜しいけど……それ以上に失いたくないものがあるから、これからも居てあげるわ」
 そう告げたノワールが、今度はウルフィオナに振り返り、どこか悩ましげな仕草を見せながら言う。
「ねぇ、ウルさん……私のお願い、聞いてくれる?」
「…………事と次第による」
 超絶に嫌な予感を抱えながら答えたウルフィオナへ、ノワールはある意味で予想通りなお願いを口にした。
「私のこと、ノワール、って呼んで頂戴。
 そして……キス、してくれる?」
「…………うえぇぇぇ!?
 き、キスってちょ、おま――えぇぇ!?」
 バタバタと腕を振って慌てふためくウルフィオナを目の当たりにして、ノワールはお腹を抱えてあはははは……と笑った。
「素敵な反応ね、期待していたとおりだわ」
「この……っ! お前、からかいやがったな!」
「あら、いいじゃない。別れの前の思い出づくり、よ」
「別れるわけじゃねぇだろ!」
「……で、どうなのかしら?」
「ぐっ……わ、わぁったよ。どうせこれからも呼ぶことになるかもしれねぇしな、慣れとかないと……」
 二、三度大きく息を吸って、吐いて、よし、と頷いてウルフィオナがノワールへ振り返り、彼女の名前を呼ぶ。

「……の、ノワール」
「♪」

 たん、と地面を蹴って、ノワールがウルフィオナに飛びつき腕を絡め、抵抗の隙を与える間もなく唇を奪う。
「    ――!?!?」
 脳が事象を結び付け、ノワールにキスされたことを理解したウルフィオナが声にならぬ声をあげた時には、ノワールはウルフィオナから離れていた。
「ウルさん。私は、あなたが好き。
 近くにいて、そばで感じて……ずっとずっと、一緒にいたい。……これはの気持ちよ」
 “私”の部分に力を入れて告白を終えたノワールはウルフィオナに背を向け、呆然としているレイナに近付くとキスをする。何かを言うつもりで歩を進めかけたウルフィオナはその光景に思わず振り返ってしまい、しばらくしてから視線を戻した時にはもうノワールの姿はなく、レイナの姿だけがあった。
「レイナ……その、大丈夫、か?」
 何が大丈夫なのか、というツッコミを自らに課しつつ尋ねたウルフィオナへ、レイナは何度かまばたきをしてから胸に手を当て、そこにあるものを確かめてこくり、と頷く。
「はい……ノワールさん、お休みになられたようです」
「……そっか。その、なんだ……。
 あぁもう、あいつが変なことすっから調子狂っただろが」
 くしゃくしゃ、と頭を掻いて、ノワールの残していった香りを払って、ウルフィオナがレイナへ手を差し出す。
「色々あったけど……おかえり、レイナ。帰ろうぜ、あたしたちの家へ」
「はい……! ただいま、です。ウルさん」
 差し出されたその手を、レイナは両の手を伸ばして取った――。

「……あの、ウルさん。その……ひとつ、聞いてもいいでしょうか」
 拠点への帰り道、レイナからかけられた声にウルフィオナはん? と視線を向ける。
「…………ノワールさんとのキス……どうでしたか?」
「――ぶっ」
 その質問はウルフィオナにとって予想外だったらしく、吹き出す仕草を見せた後の顔はほんのり紅くなっていた。
「ど、どうって、どうもこうもねぇよ」
「……そう、ですか……」
 呟いて、自らの手で唇に触れるレイナを見たウルフィオナは、今まで感じたことのない色気を感じると同時に、なんだか嫌な予感がして先手を打つ。
「わ、私も、とかはナシだからな!」
「…………ダメ……ですか……?」
 しかし、その手段はむしろ逆効果だったかもしれない。そんな事を言われながら上目遣いで見つめられてしまい、すっかり動転してしまった。
「……あ、後だ後! 今はさっさと帰るぞ!」
 言葉を継げなくなったウルフィオナは逃げるようにそう口にして、先を歩いて行ってしまう。
「……ふぅん。後で、ね」
 その、弱みを握ったとばかりに微笑みながら放たれた言葉を、ウルフィオナは聞くことは無かった――。