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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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『帰還』

「……、……さん」
「……んぁ?」

 ゆさゆさ、と揺すられる感覚に、ウルフィオナが目を開けると――。
「おはようございます、ウルさん」
 にっこりと笑うレイナの顔が飛び込んできた。
「……あぁ、おはよう、レイナ――」
 そう返事をしかけて、いや待てよ、とウルフィオナは思い返す。今レイナはどこに居る?
「? どうしましたか?」
 首を傾げるレイナ、そしてウルフィオナはそのレイナに跨られていることに気付く。
「……何してんだ、ノワール」
 呆れたような顔でそう言うと、レイナ――ノワール――は一瞬きょとん、とした顔になって、すぐに上機嫌な顔へと変わった。
「あら、もう気付いてしまったのね。ウルさんってば素敵。私のことはすぐに気付いてくれるのね♪」
「分かりやすすぎんだよ、ったく……。ほら、さっさと退け、起きれねぇだろ」
 払うような仕草でもって、ノワールを退けようとする。別にそんな事を言わなくても払いのけることは出来たが、あくまで“レイナ”である以上手荒な真似は(言葉では散々邪険にしているが)出来ない。
「ねぇ、ウルさん。キス、してくれない?」
「あぁ? しねぇよ、ってこれ、前とおんなじじゃねぇか」
「あら、つれないわね。あの子には「後で」って約束してあげたじゃない」
「お前、それ――いや違う、あれは約束なんかじゃなくて――」
「…………違うんですか?」
「だぁあ! いきなり入れ替わるなっての、言っただろぉ?」
 “入れ替わった”レイナ――レイナ――にウルフィオナが文句を飛ばす。今やレイナとノワールは自分たちの意思でもって入れ替わることが出来るようになっていた。普段はウルフィオナが困るからということで一言言ってから変わるように取り決めがされているのだが、それでもたまにこういうこと――今までは通用していたごまかしの類が通用しない――が起きるたびにウルフィオナは頭を抱える羽目になるのであった。
(……でも、ま、いっか。こいつら楽しそうだしな。
 あたしは、こいつらが決めたことに付き合っていけばいい。なんとかなるさ、これからもな)
 そのように結論付けて、ウルフィオナが手招きするようにレイナを呼ぶ。
「約束、したからな。……来な、レイナ」
「あ……はい……よろしくお願いします……ウルさん」

 二人の顔がゆっくりと近づいていき、やがて唇同士がふわっ、と触れる。
 レイナの性格を表したようなキスを交わして、互いに見つめ合う。
「……ぅあー。ダメだ、あたし今すっごいヘンな顔してる」
 醸し出す雰囲気に耐え切れなくなって、ウルフィオナが腕で自分の顔を隠す。
「……そんなこと、ありません。素敵です……はい」
「やーめーてー!! ……間違いなく今ならあたし、恥ずかしさで死ねる」
「ふふ……それは困ってしまいます。
 じゃあ……私、そろそろ行きますね。朝ご飯の支度をしますから……」
 髪をなびかせ、レイナがウルフィオナから離れ、部屋を後にする。人の重みその他もろもろから解放されたウルフィオナははぁ、と全てを吐き出すようなため息を吐いて、身を起こした。
「…………」
 意識してかそれとも無意識か、指先が唇に触れ、一瞬の後にハッ、と我に返る。
「ち、違う! これはその――」
 誰も居ないにも関わらず言い訳を吐いた後で、またもはぁ、とため息を吐いたウルフィオナはこのまま二度寝してしまいたい衝動に駆られる。
(……でも、そうしたらきっと、レイナは心配して様子を見に来る)
 レイナに心配はかけられない。ウルフィオナはそう思い、覚悟を決めるようにもう一度息を吐き、支度を始めるのだった――。


「優! あぁ、優……!」
 ロンウェルに帰ってきた神崎 優(かんざき・ゆう)の胸に、神崎 零(かんざき・れい)が顔を埋める。
「零……心配を、かけたな」
「いいえ……優が無事に帰ってきてくれただけで、私は……」
 零の震える肩を優が抱く。一方で優に付いて行動を共にしてきた神代 聖夜(かみしろ・せいや)は、陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)の出迎えを受ける。
「お疲れさまです、聖夜さん。……ふふ、なんだか優さんと零さんを見ていると、私もちょっと、聖夜さんに甘えたくなります」
「それは――あ、ああ、刹那がそうしたら、俺は構わんが」
「本当ですか? じゃあ後でちょっとだけ……ふふふ」
 嬉しそうに笑う刹那に、聖夜は恥ずかしさからそっと目を背けた。

「俺は何回も、ルピナスに言葉を伝えた。……だが、果たして伝わったかどうか……」
 落ち着いた所で、優が今回の事を振り返りながら零や聖夜、刹那に話をする。自分はちゃんと本心からの想いを口にしたつもりであり、事実を口にしたが、果たしてルピナスはどう受け取ったのかが分からないままだった。
「心配しなくても、ちゃんと受け取っているはずよ。ただ上手く返せないだけ。……そこは私と似てるわね」
「ロノウェ様ーーー!!」
 主の帰還に、真っ先にヨミが飛びつく。ロノウェは優しくヨミの頭を撫でてやりながら、優に向かって言う。
「何て言ったらいいのかしら……優の言葉は返答に困る時があるのよ。触れるのが怖い、そう思う時があるの。
 もちろんそれは、優が悪いって事じゃない。でも優は、私を悪いとは言えないでしょう?」
「それは……確かに」
 頷く優。これはつまり、優の言葉の持つ力があまりにも大きく、受け取った側はしばし処理に苦労すること、そして返事をしようにもその大き過ぎる力に見合った返答をすることが出来ないため、結果として受け取ったままになってしまい、返答ができないということであった。
「だから、そうね……今は見守ってあげるだけでいいんじゃないかしら。
 そのうちきっと、ルピナスの方から言ってくるわ。「あの時はありがとう」って。優の言葉をちゃんと受け止められるようになった時に、ね」
「そうか……そうだといいな」
 優がようやく、穏やかな微笑みを浮かべた――。


「町長、『うさみん族』の移住の件について、資料をまとめておきましたのでご覧ください」
「うむ、ありがとう、アール君。君のおかげで早く理解することが出来、周知も早く行うことが出来た。
 まあ、既に精霊と魔族の移住を経験している者たちだ、混乱は少ないように思えるがね」
 アール・ウェルシュ(あーる・うぇるしゅ)から書類を受け取ったイナテミス町長、カラム・バークレーが笑いながらそう言うのに、アールもそうですね、と微笑でもって返す。
 ティティナを天秤世界へ送り出した後は、イナテミスの補佐はアールが請け負っていた。『うさみん族』がパラミタへやって来て比較的早くイナテミスへ移住が認められたのも、アールが天秤世界の事情を真言から聞き、カラム達街の住民へ報告していたことが要因の一つとして挙げられる。
「……あら、失礼……あっ」
 着信に気付いたアールがカラムへ背を向け、相手を確認するとその顔に驚きと、そして喜びが生まれた。
「……お帰りなさい、真言。ただいま迎えに行きます」

「町長自ら迎えに来られるとは、流石に驚きました。ありがとうございます、町長……ただいま、戻りました」
「ああ、お帰り。話はアール君から聞いている、大変だったと思うが、無事で何よりだ。
 後でも構わない、話を聞かせてくれ。今はパートナーと積もる話もあるだろう、私はこれで失礼するよ」
 そう言ってカラムは立ち去り、後ろ姿へ真言が深く礼をする。しっかりとカラムを見送った後、真言はアールへ向き直った。
「アール、私はこれから……争いがなくなる日を願い、その為に戦っていくでしょう。
 イルミンスールとしての決断もおそらくは同じ……私は共に、背負っていきます」
「はい……主の覚悟、立派に思います」
 包み込むように、アールが真言を抱きしめる。今の自分だからこそ出来る役割を果たすように。
「グランも……お疲れさま、ね」
「うん……えへへ」
 頭をなでなでされ、グランが嬉しそうに笑った。ティティナと、そしてケイオースも微笑み合い、今こそ平和な街に帰ってきたのだと実感する――。


「フィル君、私考えたの。聞いてくれる?」
 イナテミスのミスティルテイン騎士団イナテミス支部にて、フレデリカ・ベレッタ(ふれでりか・べれった)が向かいの{SNM9998825#フィリップ・ベレッタ}に自分のまとめた考えを告げる。
「私が出来る事、これからしなきゃいけない事は、パラミタ側であるイルミンスールやイナテミスと地球側のミスティルテイン騎士団やEMUの微妙な関係を改善すること。
 それが天秤世界を終焉させた契約者の一人として、誇りあるヴィルフリーゼ家の“フレデリカ・B(ベレッタ)・ヴィルフリーゼ”として果たすべき責任だと思うの」
 そう言ったフレデリカは、自信に溢れていた。フィリップもそうだとばかりに頷く。
「世界樹に『天秤世界の代わりを務める』と宣言した私達は、これから他の世界の問題も解決することになる可能性が高い。それなのに私達が抱えているわだかまりぐらいすっきり解決してみせないと、信憑性にかかわるじゃない?」
「そう、ですね……。一朝一夕に解決できる問題ばかりではないと思いますけれど」
「うん、そう。簡単に解決できる問題ではないのは、わかってるつもり。今まで以上にパラミタ側と地球側の間で板挟みになったりするかもしれないけど、私は一人じゃないわ。
 そうでしょ? 私の隣には大好きなフィル君がいてくれるもの!」
「あ、は、はい……僕もフレデリカさんの傍に居ます、だから一緒に、頑張りましょう」
「ふふ、ありがとね、フィル君♪」

「まったく……何をしているかと思えば、昼間から熱々じゃのう」

 玄関先から聞こえて来た声に、フレデリカとフィリップが飛び跳ねる。
「大ババ様!? ど、どうしてこちらに」
「どうしてもこうしてもあるか。先程お前が話しとった内容を聞きにいくと、前々から伝えとったじゃろう」
「あっ……す、すみません、報告書を書くのに夢中で、忘れてました……」
 以前約束していたのを多忙で忘れてしまったことに、フレデリカがしゅん、とする。
「まぁ、よい。お前の意思、覚悟を聞くことが出来た。
 私もエリザベートも、パラミタの方にかかりきりになることが多くなろう。地球の方まで手が回らんかもしれん。その時にはフレデリカ、お前が頼りじゃ」
「あ……は、はい! 役目を果たしてみせます!」
 背筋を伸ばして答えるフレデリカにうむ、と頷き、ではな、幸せにの、と言い残してアーデルハイトが建物を後にした。
「アーデルハイト先生、楽しそうな目、してましたね……」
「まあ、いいじゃない。仲の良いのは素敵なことよ。ね、フィル君」
 フィリップの横に回ったフレデリカが、とん、とフィリップの肩に頭を置く。
「……一緒に、居てくれるよね? 離れたりしないよね?」
 不安そうな目をするフレデリカに、フィリップはたまにフレデリカさんはこういう目をするな、と思う。それはきっと、自信に満ちているように見える彼女のもう一つの顔なのだろう。
「大丈夫ですよ。僕はフレデリカさんの傍に居ます。ずっと、ずっと」
 フレデリカの頭に手をやって、安心させるように言う。こういう時は僕が、彼女を支えてあげればいい。
「うん……ありがとう、フィル君。……好き」
 安心したように、フレデリカがスッ、と目を閉じる。