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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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『私達のこれから』

「アオイ、まだなの?」
「も、もうちょっと!
 カヤノちゃん、待ってるのが飽きたなら手伝ってほしいな」
「あたいに片付けなんてさせたら、適当な場所に全部氷漬けにして置いとくだけになるわよ?」
「そ、それはダメだよ〜。自信たっぷりに言う所じゃないよ〜」

 扉の前で急かすカヤノ・アシュリング(かやの・あしゅりんぐ)に苦笑しつつ、秋月 葵(あきづき・あおい)が部屋の片付けを進めていく。ここにあるものは近日中に消えてしまうから、持ち込んだ日用品などを持ち帰りさえすればいいじゃない、とカヤノは言ったのだが、葵は「立つ鳥跡を濁さず、って言うじゃない? お世話になった場所は綺麗にして帰るのがいいよ」と返し、部屋の掃除に参加していた。
「これでおしまいっ! ふぅ、あたしもやればできるじゃん」
 そして、スッキリとした部屋を見回して、葵が満足気に頷く。これなら『立つ鳥跡を濁さず』帰ることになるだろう。
「すごいじゃない、アオイ。パラミタに帰ったらあたいの部屋もお願いしたいわ」
「えへへ〜……って、それはダメだよカヤノちゃん。自分の身の回りのことは自分で出来るようにならないと」
「うっ……アオイが言うと説得力あるわね。
 分かったわ、でもあたい一人じゃきっと上手く出来ないから、手伝ってちょうだい」
「うん、それならいいよ! じゃあ行こっ、カヤノちゃん」
 笑顔でこくり、と頷いた葵がカヤノの手を取って、二人は並んで歩き出す。二人はこれから『うさみん星』へ向かおうとしていた。
「うさみんさんの移住先、イナテミスに決まったんだよね?」
「いきなり野に放り出すわけにもいかないしね。とりあえずってことで町長さんには話、付けてくれたみたい。
 他のみんなは事後処理とかで忙しいから、あたいが道案内役ってところね」

 『天秤世界』の消滅に当たり、様々な問題が浮上した中の一つに『うさみん族』の件があった。
 以前はアーデルハイトの推測では、『うさみん族はかつて戦いに敗北した種族であるから、もしパラミタに来られたとしても『うさみん族』としては存続できないだろう』であった。だが今回、『天秤宮』との戦いに勝利した事で、うさみん族は龍族や鉄族同様、元の世界に帰ることも出来るしパラミタに移ったとしても種族として消えることは無い、という実感を得ていた。

「あたしは、ちょっと複雑な気持ち。
 みんなの力で戦いを止めることは出来たけど、天秤世界はなくなっちゃうんだよね。龍族さんと鉄族さん、ミュージン族さんも元の世界に帰っちゃうって話だし、そうなったら頻繁には会えないってことだよね。
 最初考えていたことと結果が違って、これでよかったのかな? って思うんだ」
 『うさみん星』への移動の途中、葵が胸の内をカヤノに吐露する。元々はイルミンスールの寿命を減じないようにするために来たのであり、それは達成された(むしろ『天秤世界』の力を引き入れた事で、寿命は遥かに長くなっていた)。しかし代償というわけではないが、『天秤世界』は近いうちに消滅することが決まっている。龍族と鉄族とは同じ『世界樹による解決でなく、自分たちの力で問題の解決を目指す』志を抱くと誓い合い、繋がりを得たことで全く連絡が取れなくなるわけではないが、少なくとも自由な行き来は今後、出来なくなる。
「そうね……みんながみんな、あぁよかったね、ってわけじゃないと思うのよ。本当はこうしたかったのになぁ、って思うことはぜったい、あると思うの。
 あたいは頭良くないから、これでよかったか悪かったか、なんてわかんない。ふーんそーなんだー、で終わらせちゃったりするの。だから、アオイが疑問に思ってることにこうだわ、って答えることは出来ないけど、聞くことは出来るわ。
 帰ったらみんなで集まって、お話しましょ! お菓子をいっぱい用意して!」
「あはっ、それいいね! うん、そうしよう!」
 二人、これからのことに思いを馳せつつ飛んだ先、『うさみん星』への入口が見えてきた。
 近くには先客の用意した大型飛空艇が据えられており、中ではおそらくうさみん族のパラミタへの移住計画が進められていることだろう――。


●うさみん星

 やや時間を戻して。

「私達は『天秤宮』との戦いに勝った。Cマガメ族も撃退した。
 今、ここがうっすらと光に包まれているのは、元の世界に帰ろうとしているからみたい。龍族さんと鉄族さん、ミュージン族さんの所でも同じ事が起きてるの」

 腰掛けるリンセン、傍らに立つテューイを前に、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)が今の時点で分かっている事を話す。ここ『うさみん星』も『昇龍の頂』『“灼陽”』『ポッシヴィ』同様、淡い光に包まれていた。それはおそらく、うさみん族が天秤世界での勝者になったことで元の世界に帰ろうとしているからだとミリアは説明する。
「そう言われても……ねぇ。実感わかないなー。リンセンはどう?」
「うまく、説明は出来ないのですが……今ミリアさんが説明してくれた事への可能性、と言うのでしょうか。
 とにかく、今まで感じたことのないものを私は今、感じています。元の世界へ……ですか」
 そこまで呟いたリンセンの表情にスッ、と影が降りる。その理由についてテューイとミリア、同席するティナ・ファインタック(てぃな・ふぁいんたっく)はおおよそ察しがついていた。
「私達は決めなければいけませんね……元の世界へ帰るか、元の世界を諦めて契約者方の世界へ移り住むか」
 リンセンの言葉に、ミリアとティナが真剣な顔でこくり、と頷いた。もふもふをこよなく愛するミリアとティナには、リンセンたちに今自分が話したことをあえて説明せず、パラミタへの移住を促す選択肢もあった。だが、二人ともそれを拒否し、推測ではあるがしっかりと説明をした。「嘘ついたり、ごまかすのはいけないよね」という単純かつ真っ当な理由からである。
「あたしは、パラミタに行ってみたいなって思うけど……リンセンの判断に従うわ。
 カグヤ様は結局見つからなかった。リンセンがうさみん族のトップだから、ね」
 テューイがそう言って、リンセンから一歩、二歩、離れる。『天秤宮』との戦いの中、契約者はかつてうさみん族と戦って勝利を収めたとされる『マガメ族』の長、『マクーパ』を葬った。しかしうさみん族の長を務めていたカグヤは発見されなかった。理由は最後まで明らかにはならなかったが――本物のマクーパに連れ去られてしまったのでは、という意見でとりあえずの決着としていた――、現実としてカグヤはうさみん族の元へは帰らず、リンセンがこれまで通りうさみん族の長を務め続ける事に変わりはなかった。
「…………」
 目を閉じ、思案するリンセン。暫くの沈黙の後、目を開けたリンセンが方針を口にする。
「我々うさみん族は、パラミタへの移住を希望します」
「……いいの? きっとこのチャンスを逃したら、もう二度と帰れなくなるかもしれないわ」
 念を押すように尋ねたミリアへ、リンセンははい、と微笑んだ。
「私では、うさみん族の未来を変えることは難しい。皆さんと共に歩むことで未来を……カグヤ様を再びお迎えする未来を掴み取る事が出来るかもしれない、そう考えたのです。
 もちろん、まるで皆さんを当てにしているかのようなだけではなく、皆さんと離れるのが惜しい、出来るならこれからも一緒に居たい、という気持ちを持ってのことです」
「……そんな大それた力を持っているなんて思ってないわ。私達はいつでも目の前のことに一生懸命にやってきただけ。
 一度戦いに負けてなお、今日までうさみん族を残し続けたリンセンさんは、立派だと思うわ」
「ありがとうございます。そのように言われると少しだけ、自信が持てますね」
 ふふ、とリンセンが笑い、緊張していた場を弛緩させていく。
「あたし、みんなに伝えてくるね!」
 テューイが待ちかねたとばかりに、リンセンに告げてミリアとティナの横を駆け過ぎていった。
「私達も行こっ!」
「そうね、でもその前に……ちょっと、先走っちゃうかもしれないけれど」
 振り返り行こうとするティナを留まらせ、ミリアがリンセンに向き直る。
「リンセンさん、これから、よろしくね。
 私達に出来ることは何でもするわ、一緒に頑張っていきましょ!」
「はい、とても頼もしいです、ミリアさん、ティナさん。
 うさみん族を、どうぞよろしくお願いします」

 差し出された三つの手が重なり合い、絆を確かめ合う――。


「あぁっ、ついにこの日がやって来たなんて……!
 もふもふの為ならいくらでも頑張れる気がするわっ!」
 時折うっとりとした表情を浮かべつつ、ティナが『うさみん星』のすぐ傍に着陸させた大型飛空艇の整備と調整にとりかかる。その働きぶりは彼女一人で飛空艇を運用出来てしまうのではないかと思わせるほどであった。
「ミリア、部屋は全部綺麗にしておいたから、うさみんさんの案内よろしくね! スノゥ、炊き出しの準備、済ませちゃいましょ」
 そのティナの有能ぶりには、ミリアとスノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)もしばし呆然としてしまうほどであった。
「まさに、『もふもふは人を変える』ね……」
「ミリアさんと同じですね〜」
「わ、私はあんなに……変わらない……わ……
 尻すぼみになってうつむいてしまったミリアを見、スノゥが楽しそうに微笑む。
「では〜、私はティナさんとご飯の支度をしますね〜。
 ミリアさんはうさみんさんの誘導、お願いします〜」
 ふんふん♪ と鼻歌交じりに去っていくスノゥの背中を見送って、ミリアが気持ちを新たに、『うさみん星』へと戻っていく――。

「ハイチーズ、なの!」
 及川 翠(おいかわ・みどり)の声でポーズを取ったうさみん族が、端末の撮影機能によってデータとして収められていく。翠はうさみん族のパラミタへの移住計画についてはよく分かっていなかったが、長く住んできた地を離れるに当たって、うさみん達が淋しくならないように……と思った故の『記念撮影』であった。
「名前を書き込んで〜、後でお姉ちゃんに頼んで、届けてもらうの!」
 収められたデータはパラミタに帰った後でそれぞれチップへ保存し、各うさみんの元へ届ける旨を翠が話すと、うさみん達は楽しみにしています、と言いたげな表情と仕草でもって応えた。
「言いたいことはだいたい分かるけど、やっぱりお話出来た方がいいと思うの。
 リンセンさんやテューイさんみたいになるには、どうすればいいの?」
 翠の問いに、うさみん族の一人――名前は『ポンポン』と言うようだ――は『よく分かりませんねぇ。長く生きてるとなれるみたいですよ』と応えた。実際、リンセンとテューイはその見た目に反してとても長生きである。
「気の遠くなる話なの。ぱぱーっと変われたらいいの。
 ……あれ? あそこに居るのは……」
 翠の視線が、きょろきょろと辺りを見回している川村 詩亜(かわむら・しあ)を捉えた。
「どうしたの?」
「あっ、翠さん。実は、玲亜が迷子になってしまって……」
 少し困った顔で話す詩亜によれば、移住の準備をしていたうさみんを手伝っていた所、川村 玲亜(かわむら・れあ)が居なくなってしまったとのことだった。迷子癖のある玲亜用に発信機が取り付けられているのだが、どうも位置がはっきりしないのだと言う。
「おそらく、私達がここに来た時に使った迷宮の方に行ったんじゃないかと思って……」
「それは大変なの! 私も玲亜ちゃん探し、力を貸すの!」
 幸いにして、迷宮の地図は端末にバッチリ記録されている。これを頼りにすれば、捜索をスムーズに行えるだろう。
「すみません……ありがとうございます」
 詩亜が礼を言って、そして二人は『深峰の迷宮』に繋がっている洞窟の方へと向かっていった――。

「うぅ〜っ、どうしてこういっつも迷子になっちゃうのかなぁ、玲亜ちゃん……。
 もうっ、仕方ないから今日も私が出るからねっ!」
 その洞窟では、玲亜に代わって川村 玲亜(かわむら・れあ)が手持ちの端末を頼りに道を進んでいた。
「それにしても、ここって一体どこなのかしら……? そういえば玲亜ちゃん、うさみんさんを追いかけてたよね。
 その子もどこに行ったのかなぁ?」
 そもそも玲亜が迷子になったのは、ある一人のうさみんが何かを思い出したように洞窟の方へと駆け出していったのを追いかけたのが原因だった。
 となればそのうさみんを見つけておかないと、もしかしたらここに取り残されてしまうかもしれない。
「う〜ん、何か手掛かりがあるといいんだけど――わぁ!」
 端末の画面を注視していた玲亜は、曲がり角から走ってきた何かとぶつかってしまう。もふ、という感触で玲亜はそれが何なのかが分かった。
「あっ、うさみんさん! もうっ、あなたを追いかけて玲亜ちゃんは迷子になっちゃったんだからねっ」
 玲亜がそう言うと、目の前のうさみん――『ランラン』、と名乗った――は『ごめんなさい』と言いたげに頭をすぼめて下を向く。玲亜も視線を下げて見れば、胸元に何かを持っているのが見えた。
「それを取りに行ってたの?」
 木の枝に見えるそれを指して玲亜が問えば、うさみんは『そうです』と頷く。大切に持っていることから、玲亜はそれがとても大事なものであると悟った。
「玲亜ちゃ〜ん!」
 と、道の向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あっ、お姉ちゃん! ここだよ〜!」
 手を振りながら返事をすれば、詩亜と翠が姿を見せた。
「うさみんさんも居るの。玲亜ちゃんはうさみんさんを追いかけて迷子になったの?」
「そうみたい。あっ、今は玲亜ちゃんじゃなくて玲亜……うぅ、紛らわしいよね、これ」
「玲亜は、玲亜が迷子になった時に表に出てくるの」
 詩亜が二人の事を翠に説明する。翠も契約者ということで、奈落人の事はある程度は分かっていたため理解は出来た。
「じゃあ、みんなの所に戻るの!」
「ええ、そうしましょう。玲亜、はい」
「うん、帰ろっ、お姉ちゃん!」
 翠が先頭を行き、すぐ後をうさみんが、そして詩亜が玲亜の手を握って続く。

「みんな乗ったわね? じゃあ、発艦するよ!」
 全員の搭乗を確認して――結局うさみん族は全員が、パラミタへの移住希望者として乗り込むことになった――、ティナが飛空艇の発艦を指示する。
「ここともさよなら、だね。
 ……こんな日が来るなんて、思ってなかったなぁ。生きてりゃなんとかなるってもんだね、リンセン」
「ふふ、そうね。……思えば辛いことも多かったけれど……でも、今は幸せな気持ちだわ」
 窓から外を見つめながら、リンセンがランランから渡された木の枝を大事そうに抱えて頷く。それはかつて、カグヤが愛用していたものだった。
「……まだ、どこかで生きてるかもしれないよね。その時まで頑張って生きよっ、リンセン」
「……ええ、そうしましょう、テューイ」
「リンセンさ〜ん、テューイさ〜ん、ご飯にしませんか〜」
 外からスノゥの、二人を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あたしお腹空いちゃった! 行こっ、リンセン」
「ふふ、私もよ。ええ、行きましょう」
 木の枝を然るべき場所に仕舞って、リンセンが扉の前で行きたそうにしているテューイの元へ向かった――。