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【真相に至る深層】第三話 過去からの絶望

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【真相に至る深層】第三話 過去からの絶望

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5:夢より紡いで、繋ぎ行くため



 幾らか、時間は遡る。

「私は……死んだのか……」

 深く夢に沈んでいたララ・サーズデイ(らら・さーずでい)は、記憶の中の死と入れ替わるようにして戻ってきた意識に、混乱しかかる頭を宥めるように、深く息を吐き出した。
 あれは自分ではない。呑み込まれてはいけない。そう首を振って意識を取り戻そうとしていると「クローディスさん」と遠野 歌菜(とおの・かな)の焦ったような声が響いた。
 倒れてから此方、ずっとクローディス自身の意識が戻ってきていないようだったが、ここに来てその顔色は青ざめるのを通り越して紙の様に白くなりつつある。ツライッツは、その原因が判らないためか、酷く不安そうにしているが、契約者達から見れば、その理由は明らかだった。
 立て続けに降りかかった悲劇。アジエスタの精神を削り、へし折って、崩してしまった記憶が、思念が纏めて押し寄せたのだ。当人が表に出てくるほど繋がっている状態で、何事もないはずが無い。ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、何とかならないかと言いたげな様子でパートナーを見たが、結界の向こうへは、流石のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)のナーシングの手も、ホーリーブレスも届かない。一同がもどかしげにしている中、僅かに瞼が震えたのに、月崎 羽純(つきざき・はすみ)が気がついた。ようやくクローディス自身が目を覚ましたようだ。
「大丈夫か?」
 羽純が声をかけると、クローディスは蒼白のままながら「何とかな」と声を吐き出した。
「流石に平気とは言えないが……どれだけリアルでも、他人事だからな。まあ、おかげで目は覚めたが」
「他人事……」
 その言いように何人かが微妙な表情を浮かべたが、クローディスはほんの少し笑みを浮かべると「他人事の方がいい。引き摺られては、意味が無いだろう?」と続けた。
「引き摺られて、同じになっては、意味が無い」
「ええ……そうですね」
 頷いたのは歌菜だ。
「引き摺られては意味がありません。同情することも、無意味です。受け取って……叶えないと、ですよね!」
「そのためには、今何をする必要があるか……それが、重要だな」
 頷いた鉄心の言葉に、す、と手を上げて見せたのは氏無だ。
「大前提として、邪龍は倒さなきゃならない」
 まぁそんなことは、皆承知の上だろうけど、と軽く冗談めかしながら、氏無は続ける。
「それぞれ、叶えたいことはあるだろうし、なんだか託されちゃったものもあるかもしれないけど、ここは一万年前じゃない。この大前提を実行不可能にするような行動は許可できないから、そこのところはよろしくね?」
 勿論、契約者達がそれを判っていないはずはないのだが、立場上一応言っておかなければならなかったためだろうというのも皆理解していたので、ただ頷くに留めると、先ず口を開いたのはララだった。
「邪龍がポセイダヌスの内側にいる……ということは、ポセイダヌスの顕現する今、ディミトリアスの中にいるのも同然、と考えて良さそうだ」
「それなら……ディミトリアスの力で追い出せるか?」
 羽純が首を傾げるのには「それは難しいだろうな」と鉄心が首を振った。
「その前に、封印を解除しなければならないんだ。巫女を降ろすクローディスさんのフォローと、自分の体を維持するのでおそらく手一杯だろう」
『問題は他にもある。仮に追い出せたとして、邪龍はどうも実体の無い相手のようだしな』
 実体の無い相手をどう倒すのか、と通信機越しに、燕馬が懸念を口にする。記憶の中で見たように、戦士たちの使う武器は、邪龍に対して有効には見えたが、それだけで倒せるような相手であれば、ポセイダヌスが自身で喰らってまで押さえ込もうとはしなかっただろう。
「実体化させることができれば……こちらもやりようがあるんだがな」
 ダリルが不意に呟き、ルカルカは眉を寄せた。
「どうやって?」
 それに、例えば、と応じたのはララだ。
「最期の時、ラルゥはオーレリアの指輪を飲み込んで、一部とは言え自分に取り込んで道連れにしている。同じように、邪龍を宿らせる何かがあれば……」
「だがそれも問題がある。邪龍が宿れそうな……受け入れるような器が、どこにある?」
 鉄心がその言葉に含ませた意味を悟って、ルカルカが僅かに眉を寄せた。邪龍を受け入れ、実体化させるというのはつまり、受け入れた者諸共に倒すことになる。犠牲になれと言うのも同然だ。微妙な空気が流れた中で、口を開いたのは意外な人物だった。
「”その役なら、私が出来るだろう”」
 聞こえてきたのはアジエスタの声だ。
「”私自身は、魂だけの存在だ……邪龍に取り憑いて、それこそそこらの柱にでも共に宿ればいい”」
『でもそれは、一瞬とは言えクローディスさんに邪龍まで宿らせることになるんじゃないの?』
 通信機から、北都が僅かに咎めるように言った。反論しないアジエスタに、北都は続ける。
『そもそも……クローディスさんの体にティユトスさんの魂を降ろしたら、あなたはどうなるの?』
 アジエスタが消えるのか、それともクローディスが消えるのか。少なくとも、クローディスの体が、三人もの魂を受け入れられる器ではないことは確かだ。
 北都の問いに、クローディスの体を借りるアジエスタは苦笑を浮かべた。
「”私は……器を手に入れるためだけに、一時的に降りているだけだ。思いの他同調してはいるけれど、私の魂は、紅の塔にいる”」
 その言葉に、びくり、とルカルカの肩が僅かに揺れるのに、アジエスタは複雑に苦笑した。
「紅の塔に宿った私の魂になら、邪龍と結びつける手段がある……「あなた」なら、できる筈だ」
「……多分、だけど。出来ると思うわ。でも……」
 意味深に言葉を振られて、ルカルカは歯切れ悪く言った。だが、そんな二人に向けて、北都は通信機の向こうで、首を振ったようだった。
『それは、最後の手段にすべきだよ。あなたがそんなことをしたと知ったら……ティユトスさんが悲しむ』
「”…………”」
「……しかし、それなら……他に出来そうなのは、一人しかいないぞ」
 アジエスタが押し黙ったのに、そう、此方も歯切れ悪く言って、ララが視線をやったのはディミトリアスだ。ある程度そう来るだろうと踏んでいたのだろう、ディミトリアスは気負う風もなく頷いた。
「俺の身体は仮初のものだし、ポセイダヌスごと内にいる。器としては、俺が一番適任だろう」
「ですが……!」
 歌菜が僅かに顔色を変えて、ディミトリアスをじっと見やった。
「危険です。もしディミトリアスさんに何かあったら、アニューリスさんはどうするんです?」
「彼女のためにこそ、確実に邪龍を倒す必要がある」
 珍しく強い語調に、皆が二の句を飲み込むと「何も全部を明け渡すわけではないし、犠牲になるつもりも無い」とほんの僅か苦笑して見せた。
「器にするなら、身の一部で事足りる……が、俺一人では、限界がある」
 遺跡を訪れてから此方、結界の発動からポセイダヌスの顕現。そして現在も邪龍の侵食に抗い続けているのだ。都市の封印を解くのにもその力が必要だというのに、これ以上の消耗は流石にディミトリアスといえど、存在を保つこと事態が難しくなってしまう筈だ。無茶だ、と口を開きかけた声を制して、ディミトリアスは「だから」と契約者達を見た。
「あんた達の力を、貸してほしい」
 ど直球に素直な言葉に、虚をつかれている中でディミトリアスは続ける。
「残る力の全てを使っても、出来るのは邪龍の実体化までだ。倒すまで、力が足りない――……勝手なのは判っているが、後はあんた達に託させてくれ」
 その、申し訳無さそうな、それでいて確かな信頼を向けてくるその声に「よっしゃ、託されたぜ」と、力強い声と共に、ぱしん、とシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が自らの手を打つ。
「過去からの『不始末を押しつけられた』って考えもできるけど、オレはのるぜ。悪い気分じゃない」
 そう言って、不敵な顔をしながら、手にした槍へ視線をやった。邪龍を倒してこそ、この因縁を終らせることが出来る。この槍の元の持ち主が本当にしたかったことを、きっと果たせる。そんな予感が、胸に迫る。
「任せてください!」
 歌菜が自分の胸を叩き、他の面々も言葉にはしなくともその力強い視線が意思を語っている。
 そんな彼等の様子を、氏無はどこか眩しげに眺めていたのだった。



 そして、やることが決まってからの、契約者たちの行動は速やかだった。

「始まった……」
 合図を受けた北都が起動させた、紅の塔と神殿との接続をルカルカが深めていくのに併せ、蒼の塔から即座に流れ込み始めた力とが混ざり合うようにして、神殿を満たしていく。と同時に、体へ血液を巡らせる静脈と動脈のように、二つの塔は力を循環させて、都市全体へとポセイダヌスから溢れる力を流し込んでいく。
「なるほど、それで龍水路……というわけね」
 神殿から出て、夢想の宴によって再現した荒野の王のイコン、ブリアレオスと共に前線へ加わっていたリカインは、その足元を淡く照らす光の流れに息をついた。道に沿い、紋様に沿って流れるそれは確かに、光の川が流れているようにも見える。
「これ全部が魔法陣……って、考えたら凄い話よねぇ」
 都市を方々戦い歩いていたリナリエッタも、思わずといった様子で呟きを漏らし、神殿を振り仰いだ。
「こんな途方も無い封印をしてる魂なんて……ほんとに受け入れられるのかしらね」
  

「よし……接続を確認。心殿を起動する」
 一抹の不安が過ぎる中、その中枢である心殿では、流れ込んで来る力の流れを一つ一つを丁寧に振り分け、流れ込んできた記憶を手繰り寄せながら、燕馬が心殿の持つ最大の役割――龍の心臓へ力を送るその機能を発動させようとしていた。
「頼むぜ、巫女さんたち……!」
 柱の一つ一つまで光に覆われた神殿はいまや、一種の聖域のような様相で、その中心に巫女達を包んでいく。全身を包む光は温かいが、優しくはない。ともすれば意識を焼かれそうな強い力が流れ込んでくるのを感じながら、歌菜は自身へと触れる過去の魂へ向けて祈った。
(力を貸してください……ディミトリアスさんの、クローディスさんの、力になるために!)
 そして、トリアイナの魂を消滅させること無く、ポセイダヌスを助ける為に、と歌菜はぐっと拳を握る。
 薄倖のトリアイナとの約束を守って、身を削るようにして都市を守り、時にその守った人間より疎まれながらも、ただひとつの愛情だけのために、ずっとずっと、永い間を待ち続けた龍、ポセイダヌス。
 勿論、その願いの為に、都市の人間たちに強いたものもあった。苦しみに落とされた人間たちも居た。それでも、甘いと思われるかもしれなくても、そんな一途な思いが、報われないのは――嫌だ。
(あなたの願った未来を…………ここに、繋いで見せます……!)
 そうして解き放たれた「縛りの歌」は、その第一声から、神殿を音の光で満たした。

 柱が、石盤が、神殿を構築するあらゆる基盤が呼応し、歌声を増幅すると同時に、その力を心殿へと収束させていく。邪龍へと向けられたその指向性のある歌は、ディミトリアスを蝕もうとする邪龍を押さえつけた。更に重ねられた鉄心とかつみの歌声がそれを支え、反撃するように暴れまわろうとした邪龍の動きを押し留める。
「……ッ、……」
 幾らかの侵食の影響もあってか、一瞬眉を潜めたディミトリアスは、すぐに表情を切り替え、その手の錫杖をカツンと床に立たせると、シャランと鳴った涼やかな音と共に、その魔力が魔法陣へと流れた。彼自身の本来の生きた時間である一万年前の魔法陣は、ディミトリアスの術式と相性が良いらしく、完成された封印の中へと、ディミトリアスの解呪の術式が滑り込んでいく。
 そんな中、神殿を満たす歌を頭上から支えていたのは刹那の歌声だった。
 ディミトリアスの術の効果か、縫い付けられた魂が綻び、記憶が解かれ、龍や邪龍と共に縛られた者達の魂が少しずつほどけていくたびに、とくり、とくりと脈打つような音が響いた。ポセイダヌスの鼓動だろうか、と、刹那が僅かに首を傾げると、そんな彼女の下へと、一羽の小鳥がふわりと姿を現した。
「……!」
 目を瞬かせる刹那の傍で、その白い金糸雀は、聞き覚えのある同じ名前の少女の声で、刹那の歌う歌へと音を合わせた。それは縛りの歌に似て異なる、解放の歌だった。それに気付いて、刹那もその歌へと声を添わせると、石盤が繋いでいる神殿最上階の魔法陣を利用して、紡巫女の最後に紡いだ都市の記憶を、丁寧に封印から解いて行く。

 ゆっくりではあるが、確実に硬く結ばれた結び目が解かれていく実感に、封印の解除は順調に思われた、その時だ。

「――……ぁあ……ッ!」

 クローディスの叫びが、神殿に響いた。