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【両国の絆】第二話「留学生」

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【両国の絆】第二話「留学生」

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【脱出】




 その轟音より、ること数分前。

 一同から離脱したリリとララは、使い魔のネズミの案内する道を進んでいた。
「スキル封じの結界……本当に、そんなものがあるのか?」
「ある。間違いないのだよ」
 足早に先を急ぎながらも、半信半疑といった様子のララに、リリは自信満々に頷いた。
 誘拐された者達がスキルを封じられている中、しぐれ自身にはその様子はなかったし、遺跡そのものにスキル封じの仕組みがあるのだとすれば、クローディスを捕らえているあの魔法陣は何故発動しているのかが判らない。もしかしたら、遺跡の要であるあの魔法陣だけは例外とされている可能性もあるが、だとしても、ベルク達の術が発動した点が不可解だ。
「共通点は、古代の魔法であるということなのだ。どちらも年代は近そうだが、形態は近くても流派のようなものが全く同じである可能性は低い……となれば、選んで除外しているとは考えにくいのだ」
 だとすれば、魔法陣やディミトリアスの古代魔法が影響下から抜けているのは、それをスキルとして認識していない、いや、認識できないのではないか、と推測できる。
「つまり、スキル封じの力は、持ち込まれてたものであるはずなのだよ!」
 それも、この洞窟全体をカバーしているような力だ。それなりの規模の準備がされているはず、というリリの推測は、ネズミの飛び込んだ岩壁の隙間の向こうに証明された。
「これがそうか?」
「間違いないのだよ」
 二人が目にしたのは、岩壁が裂けたような僅かな隙間の中に、そこだけ周囲と溶け込んでいない柱を見つけた。石で出来たそれは表面が磨かれ、装飾のように削り込まれているのは、リリ自身にも随分と見覚えの有る、現代の魔道書で良く使われている文字で、内部から僅かに聞こえてくる唸り声のような音は、機械的なものが内蔵されていると思われた。想像通りの代物に、にまりと笑ってリリはララを振り返った。
「さ、出番なのだよ!」
 そうして、リリの声に応じたララの一撃は、あっさりと柱の内部までを貫き、どう、という轟音と共に柱は崩れ落ちて洞窟を震わせた。土埃の舞う中、試しにと放ったブリザードが壁面を凍らせるのに、正しく目的を果たしたことに、リリは満足げににたりと笑う。
「ふん。アヤツのうろたえ顔が拝めないのが残念なのだよ」
 リリは勝ち誇ったように鼻を鳴らしたが、ふと、ララは先ほどから足元で音が止まない事に気付いた。それどころか、振動は気のせいかじわじわと強くなっているような気がする。
「…………こういうのを、フラグというのか?」
 ララの呟きにリリも漸くそれに気付いて、げ、と顔色を変えた。洞窟で、仕掛けを破ると響く地鳴り。それから想像できる事態は一つしかない。
「まさか……崩れるのか!?」
 叫んだリリは、ララと共に慌ててその部屋を飛び出し、出口へ向けて猛然と走り始めたのだった。






 その頃、ローブの男達との戦いは佳境を迎えていた。

 先に救出へ向かった者達の成功を信じ、また誘拐されたもの達の無事を信じ、彼らの後を追わせないために、と同時に彼らが脱出できなくなるような、洞窟の不用意な破壊を防ごうと、大柄の男が壁を壊して隙をつくろうとするのには、羅儀が念同球でひきつけ、銃撃を行ったところで、ドラゴンアイによる牽制でその動きを止めさせた。
 小柄な女も、細身の男も、それぞれに立ち塞がる契約者達に苦戦気味だ。そして――変身し、魔法少女キアラの姿となった新風 燕馬(にいかぜ・えんま)によってあぶり出された小柄の男を、荒野の棺桶やファイアヒールを用いた、火器庫然に火を噴く燕馬自身の弾幕と、陽太の五月雨撃ちによる容赦ない弾幕が襲い掛かる。弾幕で壁でも作ろうかとでもいうように、隙間なく打ち続けられる中、男は自棄になったのか、最後の仕事と捕らえたのか、自分へのダメージを一切無視する形で、スカーレッドへと飛び込んできた。しかし――それは、陽一の銃によって阻まれ、空中で身動きの限定された一瞬に、殺戮と破壊の衝動に身を任せた宵一が飛び込み、男はその攻防を余儀なくされる。そして、再び死角へと潜ろうとするその影を、ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)の目はしっかりと追いかけていた。
 教室よりは広くとも、洞窟内は立派な閉鎖空間だ。壁を蹴り、或いは天井を蹴って逃げを打つその身体を追いかけて、その逃げ込む先を打ち消していく。
「逃がしませんわよ!」
 その剣が追うその先を、燕馬たちの弾幕は塗りつぶし、行く手を遮っていく中で、刻月のアイオーンが振るわれる度に追従する冷気が足元を凍らせる。そうして、狭い洞窟内でのほんの僅かな追いかけっこを終えた後、宵一とノートに挟まれる形で、男は逃げ場を失ってついにその足を止めた。
「これで、終わりですわね」
 ノートが振り下ろした剣が男の足元を凍らせて完全に身動きを止めさせる。ローブの向こう側の顔は、恐怖も何もない空っぽの顔が、笑っていた。不気味なその顔にぞくりと背中が凍えそうになるのを堪えて、ノートはその剣先を向けることで自身を奮い立たせる。そして――……
「なまじ肉体があるから現世に迷い出るんだ――この際、消えてなくなってしまえ」
 燕馬の向けた“漆黒の殺し屋”の異名をとる大型銃オニキスキラーが、引き金を引かれた。瞬間、その心臓部に当たる場所に撃ち込まれた場所から広がった闇が、その身体を飲み込んでいく。
 そうして、身体の殆どを失った小柄の男は、そこで完全な終わりを迎えたのだった。
「青褐……」
「何、どの道既に死んだ身だ。すぐ地獄で再会するさ」
 女が呟くのに、大柄の男が低く笑っって応じた、その時だ。
「……!」
「ノーンですの?」
 その異変に最初に気付いたのは、細身の男とエリシアだった。
 エリシアが結束の指輪の反応に声を上げたのと同時、細身の男が、今までは基本的に防御と仲間の援護に徹していたそのワイヤーを、突然一斉に展開して仲間の二人を覆って、契約者達の攻撃を遮る。フィーアがすぐさまそれを風で吹き飛ばしたが、その僅かな合間で、前衛二人は細身の男を互いの背に庇うようにして集い、飛来した光条兵器の一撃を防いだ。
 自分達とは別方向からの攻撃に、ハーティオンが「おお」と喜色の声を上げる。
「歌菜! 皆!」
 ローブの三人を挟んで向こう、羽純がその中に最愛の女性の姿を見つけて声を上げた。ついに、誘拐された一同が救出班と合流を果たしたのだ。再会の喜びをその表情に浮かべながらも、契約者達はその構えを鋭くする。が、勝負は既に決していると見てよかった。
 逃亡の道中でずっと自身の光条兵器を試していたマークが、洞窟の気配が変わったのにいち早く気付いたおかげで、ローブの三人の背後を取る形になったフレンディスたちは、自らのスキルが使えるようになったことを既に気付いているのだ。そしてそれは当然、彼らも判っている様で、油断なく構えているが既に向かって来ようとはしない。更に奥側から、詩穂やリリたちが合流してくる姿が見え、その足元をちらりと伺った小柄な女が、溜息のように「潮時だな」と呟いた。
「蘇芳、木賊」
「あいよ」
 それは名前だったのか、二人は応じて懐に手をやると、符らしきものを壁へと貼った。途端、灯りが全て失われて視界が全くの闇へと染まる。ダークビジョンによって姿を捉えた宵一が、それに紛れて撤退しようとする姿を追おうとしたが、逃走ようの最終手段だったのだろう、網のように編まれたワイヤーが発射され、行く手を僅かに阻んだ。
「……今は追うより、脱出が先決か」
 光精の指輪で取り戻した視界の先で、あっという間に遠ざかる背中に軽く舌打ちしたが、そもそも彼らの討伐は目的ではないのだ。いまだ足元で続く地鳴りのこともある。
 北都が転がった小柄の――青褐と呼ばれた男の落とした短刀を拾うと、一同は、留学生達や負傷者を抱え、あるいは支えながら、洞窟の出口を目指してその足を急がせたのだった。