なし

リアクション

【襲撃】



　各所でそれぞれの思惑が動いていた頃、ステージの上では試合が丁度白熱していたところだった。
　
　試合開始の合図と共に、クコ・赤嶺（くこ・あかみね）と共に、真っ直ぐ前線へ飛び込んだ、戦闘舞踊服　朔望（せんとうぶようふく・さくぼう）を纏う赤嶺　霜月（あかみね・そうげつ）は、ついに前線を抜けてキリアナに正面から斬り込んでいた。状況のためもあって、周囲に警戒はしていたものの、あくまでヴァジラの監視と言うことでその場を動かずいにいたキリアナは、軽く目を瞬せた。そんな仕草の間も油断を見せないキリアナに、霜月は刀に手をかけたまま頭を下げてみせる。
「お手合わせ願います」
「へえ……容赦はしまへんえ」
　生真面目な物言いに、キリアナが少し笑う。向き合った両者の間に、沈黙は数秒。互いに瞬きもなく向かい合った。
　その光景に、クコは僅かに息を吐き出した。彼女の役目は、二人の戦いを邪魔させないための露払いだ。彼女自身は交流戦には余り興味はなかったのだが、霜月がどうしてもキリアナと対戦したい、剣の腕で勝負したい、というので付き合っているのだが、こうして向き合っているのを見ると、キリアナのあの細く、折れそうな美少女の姿からは想像できないような圧力を感じる。
（勝負は――一瞬って所ね）
　霜月の得意とする剣は高速の抜刀術だ。相手も同様に剣速と正確さを旨とする剣士ならば、速度勝負になるだろう。キリアナを助けようとする候補生をあしらって、雷霆の拳をお見舞いすることで近寄らせないようにしながら、クコが息を呑んだ、その刹那。二つ分の剣先がひゅっと空気を切り裂いた。
「……ッ！」
　プリンス・オブ・セイバーの再来。そう呼ばれるに相応しいその力、人間でありながら龍騎士の座につくキリアナの剣技を目の当たりに、霜月は目を細めた。抜刀と同時、その剣速を最大限に生かしてひたすら手数を稼いでいるのだが、そのどれをも打ち倒そうと、キリアナの剣が閃いて弾く。ともすればその隙間から反撃の一手が返されるのだ。一呼吸する間に少しでも手を誤れば終わる、ギリギリのところで霜月の額には汗が浮かぶ。
（強い……！）
　朔望が死角からすら飛んでくるキリアナの剣筋に、警戒を霜月に伝えるが、それでも剣が負いきれない。一瞬のうちに何手が走ったか。剣技はともかく体力の方が今一歩龍騎士としては足りないことが災いか、キリアナがその剣をやや強引に振るい、両者の間に間を取らせた。
　そこへアキラと美羽が飛び込み、一対多数へと持ち込まれたが、それでやっと手数が互角といったところだ。半ばエリュシオン陣内へ前線を押し込む形になりつつも決定打にかけるため、場が再び膠着しようとした、その時だ。
　最初の頃こそ、セレアナと分かれて戦うはめになったことへの不満や、交流試合という馴れ合いにしか思えないようなものへの参加にやる気のなさそうにしていたセレンフィリティは、予想外に激しく激突する両者に触発されるようにして、真剣に戦闘モードへと意識が引き込まれていた。いつものように先陣を切り、前線へ飛び込んで、その守りの堅い場所へと突進して矢尻がたの先端を切り崩すようにして相手陣営へと無理やりに自身を捻じ込ませたところからが、彼女の本番だった。
「さて、行くわよ……！」
　にやりとセレンフィリティの口元が好戦的な色を乗せて、扇情的な顔つきになると、そのまま着ている軍服を脱ぎ捨てて、水着に覆われたその肉体美を余すところなく披露した。シャンバラチームの面々にとっては、最早見慣れてしまった光景だが、家柄の良い子息の多いエリュシオンの留学生たちはそうは行かない。若い娘が突然半裸も同然の姿を惜しげもなく晒し、なおかつ襲い掛かってくるのである。戸惑う方が無理な話だが、唯一人。
「やると思ったわよ……っ！！」
　セレアナが叫び、ぱんっと留学生を正気に戻すために手を叩いた。事前に言い含めておいたのが良かったのか、衝撃はあっても作戦だと頭を切り替えることはできたらしい。とはいえ、その一瞬の隙は十分セレンフィリティにとって付け入る隙である。前線を一気に飛び越える形で、その獲物はヴァジラを狙っていた。が。
「――させないわよ！」
　それより早く、霜月たちを吹き飛ばすようにしてキリアナが飛び込み、ヴァジラの側に待機していたエレノアがその槍を突き出して接近を阻んだ。
「残念……っ」
　奇襲の失敗に軽く肩を竦めて、セレンフィリティは一旦下がり、キリアナたちの射程から離れてまだ幾らか動揺の残る留学生達の制圧に乗り出したのだった。

　そうして、次第に前線が圧迫されてエリュシオンの陣営がどんどん狭まっていく中、突っ立っているだけと言った風情でヴァジラは待機していた。
　前線に加わるつもりの全くなさそうな態度に、もしかしてまだ具合が悪いのだろうか、とティーは心配したが、どうやらそれは杞憂だったようだ。傍にいたエレノアからの小声の伝言に、ヴァジラはひゅ、と何の合図か片手を挙げると、面白がるようにその喉を鳴らす。
「――さて、キリアナや余を構うのはいいが、貴様らは一体誰を相手にしていたのだったかな？」
　その言葉の意味を、一拍空けて悟り、霜月がばっと振り返った時には既に、大将旗――ディミトリアスのすぐ付近まで、従騎士達が迫っていた。
　一度は撃破されたものの、回復役がいるのはエリュシオン勢にとっても同じだ。シャンバラの選手の殆どが、前のめりの戦闘になっている間で、前線をキリアナが保たせている間に甘くなっていた後方の守りへと、少数ながら集中的に攻め込ませたのだ。
　後方に陣取るエドゥアルトの指示のおかげで、かつみの分身の術による足止めや、ナオのアブソリュートによって、一気に制圧こそされてはいなかったものの、ディミトリアス自身は戦力バランス上、ただの旗扱いのため手は出せないのだ。かつみの防衛ラインが破られるのが先か。それともシャンバラ側の起死回生はあるか！？　と、会場が興奮に包まれた――――その時だ。
「――ッ！」
　セレアナが弾かれたように顔を上げた次の瞬間。ドンッという爆発音が会場を震わせた。　小型飛空艇ヴォルケーノに乗ったイブ・シンフォニール（いぶ・しんふぉにーる）が、空中からミサイルをステージに向けて発射したのだ。そのまま会場上空へ飛び込んだイブは、積んできた火器をありったけステージへと叩き込んでいく。熟達した歴戦の契約者達はその直撃を避け、従騎士たちはセレアナが障害物側へ誘導して事なきを得る。
　が、その土煙に紛れて辿楼院　刹那（てんろういん・せつな）と、ボロのローブで全身を覆い隠したアルミナ・シンフォーニル（あるみな・しんふぉーにる）が、ジェルジンスクでブリアレオスを動かしていたアンデッドの少女と共にステージに現れ、ヴァジラの元へ飛び込んでいた。
「……！」
　そうして距離を詰め、間合いに入った瞬間に先制したのは刹那だ。しびれ粉と煙幕ファンデーションをばら撒いてその動きを封じようとしたが、危険を察知していたティーの巻き起こした風が、それらを纏めて吹き飛ばしてそのまま刹那へ返そうとする。が、その時には刹那も飛び離れ、毒虫の群れと暗器が再びヴァジラを狙い、トリップ・ザ・ワールドに弾かれる。
　そんな瞬間の攻防の中で、ぬりかべを切り札として残したアキラが、アリスと共に空飛ぶ箒スパロウで一気に距離を詰め、ヴァジラの元へと辿りつくと、自分の背へ庇うようにして少女の前へと立ちはだかった。
　契約者達にとっては半ば以上に予想通りの――けれど観客達にとっては突然の事態に、会場が騒然となりかかった、その時だ。

『オオーットォ！！　ここで満を持してのシークレットゲストが登場なのネー！』

　唐突に格闘技の実況さながらに声を上げたのはキャンディスだ。応じて理王が観客席を外すようにカメラをズームさせる。音声を一旦切り、盛大な音楽とテロップを流して、さもそれが演出であるかのように画面上を設え、客席側では警備に回った優やゆかりたち契約者が、応じて動こうとしていたものを纏めて押さえつける。混乱を避けるために、観客達の退避は来賓を中心に騙しだまし進められた。
　その間にも、イブの砲撃は続き、六連ミサイルポッドから発射されたミサイルは誰を狙うでもなくただ無差別にステージの上に降り注いでいく。
「させない！！」
　それに応じたのは佳奈子の天のいかずちだ。雷光がイヴ目掛けて落下し、地上からは垂の滅技・龍気砲が襲い掛かる。
「俺たちのお楽しみを邪魔するんじゃねぇ！！」
　二人の攻撃は、放たれたミサイルを防いで、イブ自身へもダメージを与える、だが、彼女の目的は、その爆撃によって自身に注意を集中させることだ。
「…………任務、完了シマシタ」
　全弾を撃ちつくしたイブがあっさりと撤退するのと、キャンディスのマイクが観客の混乱を吹き飛ばすかのように大音量で流された、瞬間。もう一方の襲撃――賓客席へのファンドラ・ヴァンデス（ふぁんどら・う゛ぁんです）とその配下である月の棺の戦闘員の接近の音を掻き消していた。音も無く、刃が賓客席を狙って幾つも降り注ぐ。その、数秒早く。
「――！」
　霊刀『布都御霊』が鍔鳴りによって危険を察知したルカルカのロイヤルドラゴンが、鋭鋒を庇うようにして翼を広げてそれを打ち消す。が、ファンドラが狙っていたのは、帝国からの賓客であるティアラだ。シャンバラの者がエリュシオンの人間を襲おうとした。その事実だけで、両国間へ亀裂を入れるには十分だからだ。が、当然、それを易々と許す契約者達ではなかった。
　シリウスが背中に庇うように前へ出ると、直前で殺気を看破した小次郎が、続く攻撃が襲う前に五月雨撃ちで牽制すると、ポイントシフトで距離を詰めたサビクがその剣技で戦闘員を一刀の下に斬り伏せる。　その間で、鋭鋒は護衛たちによって会場から退がっていたのだが、ティアラはまるで動く気配がない。
「ちょ、ティアラ！？」
　サビクが僅かに慌てたが、その横を龍騎士ディルムッドの槍がビュっと音を立てて振り下ろされた。それだけの動作で風を切るのに、ファンドラは肩を竦める。ティアラには、ファンドラが意地でも自分を損なおうとしているわけではないとしている訳ではないと悟っており、同時にそれをファンドラの方も理解していた。龍騎士という脅しをちらつかせるそれに逆らわず、ファンドラは慇懃に頭を下げるとそのまま撤退したのだった。
「おい……」
　残されたシリウスが軽く咎めるように眉を寄せたが、ティアラは首を竦めて見せた。
「教導団的にはぁ、これの存在を知ってたわけにば、いかないって言うかぁ、これは襲撃者のせいにしときたい、みたいな？」
　小次郎が何とも言えない顔をし「ではあなたが此処に残る理由は」半ば予想がついている問いを口にすると、ティアラはにっこりと笑った。
「勿論、ライブのためですよぉ？」
　あっさり言うのに、溜め息は３人分漏れた。
「ティアラはぁ、教導団の逃げてっていうお願いにも関わらずぅ、ライブやるって聞かずに逃げ遅れたってことで、よろしくお願いしますねぇ」
「いいのか、それで」
　敢えて汚名を被る、と言うのに、シリウスが眉を寄せた。が、ティアラは「勿論相応の見返りは約束ありますしぃ」とあっけらかんとしたものだ。
「他のお偉い方なら絶対出来ませんがぁ、ティアラならこれで一発です「ティアラぁ、お馬鹿でごめんなさぁい、ぐすんっ」」」とてつもなくわざとらしいが、確かにティアラにしかできないことだ。
　一瞬にして毒気を抜かれて、シリウス達は思わず笑いを零したのだった。