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【両国の絆】第二話「留学生」

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【両国の絆】第二話「留学生」

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【幕開け前――それぞれの臨む場所】



 シャンバラ王国ヒラニプラ、旧演習場。 

 交流試合の会場として選ばれたその場所は、旧演習場の姿を殆どそのまま利用する形となっていた。
 どういう意図で作られたのか、スタジアムのように作られたその中央は、人一人分ほどの高さに盛り上げられた、円形のステージのようなものがあり、その円周に沿って八本の柱のようなものが立てられ、ステージ上には中央から十字の位置に立方体状の障害物が配置されていた。
 ちなみに観客席に使用されているのは、恐らく演習を俯瞰的に見るために作られたのではないかと思われる、3メートルほどの高さに作られたブリッジだ。並べられた椅子はいかにもかき集めで、いかに急遽であったかが伺える。今も、最も高い位置の賓客席と、最前列の実況用スペースは、スタッフ達が涙ぐましい努力で設営中だ。

 そんな、着々と交流戦の準備の進む中の、ステージ脇。
 選手として立候補した契約者たちが待機する一角でのことだ。

「災難だったわね」

 そんな風に、ディミトリアス・ディオン(でぃみとりあす・でぃおん)に話しかけたのは、綺羅 瑠璃(きら・るー)だ。
 一見して、護衛か秘書かといった様子の態度で添う瑠璃に、ディミトリアスは何とも言えない顔で苦笑した。瑠璃やそのパートナーである沙 鈴(しゃ・りん)の助力――氏無の名で動かしたらしい――を受けながら、先だっての誘拐事件の揉み消しから始まり、アリバイ作りから現在までの後始末画すんだと思ったところに、ついでと予防戦力という名目で、あれよという間に大将(旗)として祭り上げられたのである。本来なら、誘拐された生徒を助けに向かいたかったであろうその心中は察して余りあるが、これも仕事である。
 交流戦の大まかな流れを確認する合間で、瑠璃は声を潜めた。
「例の……講義中で配られたという護符には、灯以外の効果は無いのかしら?」
 その作った本人であるディミトリアスが、探知し位置特定することは可能か、と暗に尋ねる言葉に、ディミトリアスは「俺がここにいる以上意味は無い」と首を振った。特定する手段はあるが、それこそ作った本人にしか判らないのだ、とやはりこちらも暗に告げるのに、瑠璃は、有る程度予想はしていたとは言え、息をついた。
「ジレンマね……」
 誘拐事件など無かったという証明の一環でディミトリアスはここにいるが、ここにいることで誘拐事件解決の大きな手段が失われている。難しい顔をする瑠璃に、つられるように苦笑して、ディミトリアスは「ただ」と呟くように言った。
「意味が全く無いわけじゃない。あれがどういう意味を持つか彼らが気付いていれば、自ずと自分を守るだろう」
 意味深なその言葉は、試験問題を口にする教師のようで、何のかんのと板についてきているのだなと、鈴は妙な感慨に目を細めたのだった。


 その一方。
 帝国からの留学生が主に集まっている一角では、真剣な顔で自身の装備を確かめたり、連携を確認しあったりとしている龍騎士候補生を中心とする、ぴりぴりとした緊張感に身を包む集団と、対照的に賑やかで明るい声に包まれた集団とに、ほぼ二分されていた。
 勿論、賑やかな方、とは契約者達のいる方である。
「そんな、気にせんといておくれやす。寧ろウチこそ、あんまりお力になれんと」
 エリュシオンチームで唯一の本職の騎士。第三龍騎士団所属のキリアナ・マクシモーヴァはは通信機の向こうから謝罪する叶 白竜(よう・ぱいろん)の声に苦笑した。
「アーグラ隊長の事やったらご心配には及びません。そちらの氏無大尉はんと会う言うて、戻りが遅うなるかもしれへんて、伺うとりますよって」
 それより、とキリアナは声を潜めた。
「……隊長のことや、考えがあるんやと思います。オケアノスの方は、陛下がラヴェルデ様より何が起こっても黙認する言う言質も取っとりますから、後のことは此方に任せて下さい」
 そちらの大事を優先させて下さい、と、その場に向かえないことを幾らか申し訳なさそうにし、同様の通信を鈴へ送って、キリアナは息をついた。
 シャンバラの契約者達のエリュシオンでのフォローは、自分の役目だった。今すぐにでも駆けつけたい衝動に駆られるが、それが出来無いことも良くわかっている。今は此方に切り替えなければ、と息を吐き出したキリアナに「大丈夫?」と布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)が声をかけた。
 ヴァジラが留学する事が決まってからこちら、友人のドミトリエに頼まれて、パートナーのエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)と共にキリアナに同行してきたのだ。その間ずっと、緊張や焦りのようなものを浮かべた冴えない表情であったのを心配する声に、キリアナは僅かに表情を緩めた。大丈夫、と応じようとして、それでは余計に心配をかけそうだとキリアナは首を振り「あきまへんな、どうしても、あれもこれも気になってしまって……今はこっちに集中せな」と率直に口にして切り替えるようにばちんと頬を叩いた。
 そんなキリアナにふん、と鼻を鳴らしたのはヴァジラだ。
「別に、情報交換でも何でもしながら、突っ立っていて構わんぞ。このような茶番、余一人で十分だ」
 それは、交流試合そのものというより、この場で起きるだろう全てのことに対してだろう発言だったのに、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はキリアナが何を言うより早く、思わず笑った。
「それって「怪我しないように守ってやる」って意味だったりして?」
「違う」
 かなり力の入ったヴァジラの即答に、その場に居合わせた一同が、キリアナと共に顔を見合わせて思わず笑う。「何を勝手な勘違いをしている」と苛立ちをこめた声が続くが、それは逆効果でしかない。更に渋面を作ったヴァジラがそれ以上に憤慨してしまう前にコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が「それはともかく」と、宥めるように間に入った。
「二人とも……この交流戦の「目的」に付き合いに来てくれたんだよね?」
 含んだ物言いに、キリアナが頷き、ヴァジラも不本意ながら、と同意を示すのに美羽は軽く声を潜めた。
「出来るだけ「怪我人」は出したくないんだ。だから、ちょっと難しいかもしれないけど……」
 協力してもらえないかな、と、こちらも含めるような言葉に、キリアナは「勿論」と快諾した。その隣でふん、と再び鼻を鳴らしたヴァジラの反応にも慣れたもので、嫌だと言わなかった以上は了承なのだと判っている。相変わらずツンデレだなあ、と思ったがそれを言うとまた機嫌を損ねそうだったので、美羽は何とか飲み込んで「ありがとう」と笑いかけた。
「……全く、お気楽な奴等だ」
 自身の複雑な心境を誤魔化すように呟いたヴァジラに、こんな時ですけれど、と近寄って微笑むティー・ティー(てぃー・てぃー)に背中を押される形で前へ出、「ようこそ……歓迎ですの!」と顔を輝かせながらその手をとったのはイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)だ。
「今年はスイカも上手く出来ましたので、とっておきのデザートを用意しますの。エリュシオンでは振舞えなかった料理も、ここでなら十分用意できますし!」
 試合前、とは思えない提案だが、その表情や言葉の端々に、ヴァジラが訪れたことへの純粋な喜びが見て取れる。ヴァジラは黙ってはいるが、ティーにはそれが否定でもスルーでもなく、単純に反応に困っているのだと悟って、思わず口元を隠して笑った。ちろりと刺すような視線が一瞬ティーに向けられたが、ヴァジラが何か言うよりも早く、あれこれと既に交流戦の更に先のことへ夢を膨らませている真っ最中のイコナが「花火!」と手を叩くのに口を噤む。
「花火を見に行きたいですわ、きっと、楽しいですの」
「…………ああ」
 気圧されたようにヴァジラが答えるのに、イコナの表情は緩む。そういう純粋な歓迎や好意はいまだに慣れないのだろう、照れくさがっているのかどうか、不機嫌そうに顔がどんどん歪んでいくが、怒っているのではないのが判るぐらいには、表情も豊かになってはきたようだ。
「アイスクリームも良いかもしれないですわね。とっても暑いんですもの」
「アイス!」
 その言葉に思わずと言った様子で声を上げたのはアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)だ。
 ジェルジンスクからほぼとんぼ返り状態となった現状、やたらと寒かった雪山から真夏の真っ只中へ帰ってきたのである。ジェルジンスクでは帰りたい帰りたいと言っていたが、いざシャンバラに帰ったら帰ったで、帰りたいとしか思えない。ただしクーラーの効いた家に限る。
「アイスとかいいな、食いたいなー、今食いたいなー……ヴァジラもそう思わん?」
「否定はしない」
 意外にも、その言葉には返答があった。どうやら、食べ物関係への反応はそこそこ素直らしい。
 そんなヴァジラと、暫しアイスクリームとソフトクリームでは何がどう違うのやら、最近のシャンバラでのはやりのアイスの銘柄や、アイスよりドーナツだという美羽の主張など、暫し横道にそれた後、不意に思い出したように「そういやあ」とアキラはヴァジラに話しかけた。
「あのゾンビねーちゃん、ヴァジラのお姉さんなんだよな……オメーにもちゃんと家族がいるじゃねーか」
「違う」
 その言葉に、即答したヴァジラは今度こそ本当に顔を顰めた。同じウゲンの手で、同じ目的で作られ、先に生まれ、先に死んだ存在。確かに順番から言えば姉と言えなくも無いが、ヴァジラにとってはそういった実感は無いらしい。誰が家族なものか、と言わんばかりの否定的な態度を「違わないだろ」とアキラは否定して、探るようにその首を傾げた。
「お姉さん苦しんでたみたいだけど……ヴァジラはどうしたい? どうすんの?」
 そんなアキラの言葉に、ヴァジラは嫌そうな顔をして「姉などではない」と息を吐き出した。
「どうもこうも無い。あれは死者だ。余の前に何体もいたろう内のひとつ。余と同じ失敗作だ。貴様等が同情するのは勝手だが、余はどうとするつもりもない。敵に回れば倒すだけだ」
 気負った風も無く、悲壮感も無く、嫌悪感も無く。ただ言葉の通りなのだと判るそのヴァジラの態度に、ティーは僅かに顔を曇らせたが「じゃあさあ」とアキラは尚も首を傾げた。
「味方になったらどうすんの?」
「…………」
 途端に奇妙に歪んだ顔が、そんな事は考えていなかった、と告げている。試合開始前のアナウンスが響く中、アキラはそんなヴァジラの肩を、追求はせずにただ笑ってぺしぺしと叩いた。
「そんじゃ、俺シャンバラチームだから、そろそろ行くわ」
 そう言って立ち上がり、それぞれ会場に向かう契約者達を見やった。戦いの場に身を置く以上、どこかしら強い相手と戦ってみたいという欲求はあるものだ。試合と言う形で後腐れなく剣を交えられるのは願っても無い機会だ。自分も含め、好戦的な部分が覗く横顔の後を追いながら、アキラは「そうそう」とヴァジラを振り返った。
「ヴァジラはさ、ブリアレオスなしで、まともに戦えんの?」
 その挑発的な物言いに、「戦えなければこの場にはおらん」とヴァジラはにいっと口の端を上げた。
「余にそのような台詞を吐いたこと、後悔させてやろう」
 そのいつもの不遜な態度に「そいつは楽しみだ」と手を振って、アキラはその場を後にしたのだった。





「――と、このように選手達の間には、友好的な空気が……ッテ、ちょっと、ここはカメラを回すところでショ?」

 そんな光景を遠巻きに、観客席最前列に設置された実況席につきながら、キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)は、まだ実は回っていなかったカメラを相手に肩を怒らせた。
 広報としては美味しい画面だったのに、と悔しがる本日のキャンディスは、主に実況担当だ。ろくりんくん――マスコットキャラクターとしての使命感に燃えながら、交流戦のスタッフたちと念入りに打ち合わせの真っ最中なのである。
(今日はエリュシオンをろくりんピックに参加を検討してもらう大事な日ダカラ、特に素晴らしいジャッジを見せないとネ)
 今のパラミタ大陸の現状を思えば、夏季ろくりんピックの開催については非常に疑問ではある。が、キャンディスはそんなことは関係なく、間違いなく開催されるはずとして、燃える自らの熱意に押されるがまま(そしてマスコット活動による恩給が出る筈という下心に突き動かされるまま)、エリュシオンにろくりんピック参加を願うための猛烈アピールの一環として、絶賛活動中なわけである。
『カメラの角度、この辺りで問題ないかな?』
 そんなキャンディスの前に設置されたモニターから、声をかけたのは裏椿 理王(うらつばき・りおう)だ。こちらはこちらで、民間のイベント業者、という風情で交流試合のネット実況のための打ち合わせである。
「どうなっても知りませんよ……」
 今の自分達の立場を考えれば、今は使われていないとは言え教導団の施設に踏み込むのは為笑われるのだが桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)のそんな呟きにも、理王の決意は変わらなかったらしい。
 演習場の管理官にも立ち会ってもらいながら、会場に設置したいくつかのカメラの映像をと屍鬼乃と共に調整し、キャンディスにフレームを併せて表示のアバターに手を振らせた。
 それを実況席のタブレットで確認して手を振って応じたキャンディスは、その映り具合を確認すると「なかなか気を使う中継になりソウネー『ハプニング』……トカ」
『そうだね』
 含む物言いに、理王のアバターの声が同意し、カメラの切り替えやズームなどを色々と試してはみるが、どうしてもそのタイムラグは拭えないようだ。
『やばそうなのは出来るだけ、カメラから外すけど……あんまり不自然になるのもね』
 屍鬼乃の作る画面演出が、どこまで誤魔化せるものか。そんな呟きを拾いながらも、キャンディスは余裕の姿勢を崩さずに「大丈夫ヨ」と(きぐるみなので表情はわからないが、不敵に笑ったつもりのようなのは、仕草で何となく判るような)親指をぐっとあげるポージングをカメラへと向けた。
「合図したらマイクを切り替えてくれるカシラ」
『いいけど……どうするの』
 頷く声が首を傾げた気配に、キャンディスは胸を張ってみせる。
「マスコットのプロであるミーに任せておけばイイワ」
 詳しいことは口にしなかったが、自信満々なキャンディスの様子に、何か考えがあるのだろう、と『わかった』と応じた理王は、実況中継の準備へと戻ったのだった。