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【両国の絆】第二話「留学生」

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【両国の絆】第二話「留学生」

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【オケアノスに眠る因果】


 エリュシオン帝国北東、オケアノス地方山岳部。
 主要都市が貿易で栄えた、華やかな街並みが多いので忘れられがちだが、オケアノスはエリュシオンの中では珍しい、荒野の多い地方だ。特に霊峰オリンポスに連なる山脈は岩肌の露出も多く、皇帝直轄地に程近いこの場所――「国外への遺跡研究会とその護衛」達が訪れている洞窟の入り口もまた、切り立った岩肌の中腹に存在している。
 ぽっかりと口を開けてた入り口は巨大な岩の陰になって薄暗く、リーダーのクローディス・ルレンシア(くろーでぃす・るれんしあ) 、サブリーダーのツライッツ・ディクス(つらいっつ・でぃくす)を欠いた“ソフィアの瞳”調査団は入り口へ照明を当てながら、集まっている契約者達と、帝国側からの研究員を名乗る者たちへ向けて説明の最中だった。
「――というわけで、直轄地の境目でもあるここでは、どの陣営の目があるとも限りませんので、我々はここで待機することになります」
 所謂カモフラージュのための工作だが、勿論、シャンバラ側の調査団だけでは疑わしいことこの上ないため、エリュシオン側も派遣されて来ている。オケアノス所属の調査団らしいが、その中にオケアノスを守護する貴族の筆頭であり、選帝神ラヴェルデの腹心のアベルがいるのに、一同が意外そうにしていると「オケアノスの監視下であることを示すのに、私が出向くのが一番でしょう。何処の手の者も、迂闊に手出しは出来ませんし」と口を開いた。
「ただ、こればかりは申し訳ないと思いますが、見取り図の類を用意できませんでした。長く禁じられている間に失われた、と言われていますが……」
 その言葉に察してくれと言うニュアンスがあり、皆頷くと、調査団のフェビンナーレが説明を再開した。
「我々は、皆さんが“調査”を行っている間、脱出が完了し次第、すぐに魔方陣を発動させ、ヒラニプラへ転送します」
 その意外な転移先に、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)は首を傾げた。
「何故ヒラニプラなんです?」
「理由は不明ですが……何故かこの場所には、ヒラニプラに指向性のある転送魔法の下地があるんです」
  その問いに答えたのは同じく調査団員のコンナンドだ。
 元々転送魔法は相当高度な魔法である。専門家でもない調査団員達には、その下地を利用して組み上げるしかないため、他の場所を指定すると言ったような応用は出来ないのだ。
「あちらもきな臭いようですし、丁度良いと思いますが」
「……というより、この繋がりが偶然とは考えにくいですなあ」
 コンナンドの言葉にそう言ったのは、アベルと共に合流したマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)だ。お髭フレンド(?)とマリーの認識する白竜がシャンバラ側にいるキリアナとの通信を終えるのを待って、髭をじょりじょりと擦りつけようとしつつ「何処まで聞けるかは判りませんが」とひそりと続ける。
「折角ここまでおいで頂いておりますからな、当たって砕けるといたす所存。少佐は心置きなく先へ行くでありますよ」
「……よろしくお願いします」
 そうして白竜が頷いた一方、救出班の責任者として同行するスカーレッドにプロフィラクセスを施しながら、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)は何処と無く申し訳なさそうな様子で頭を下げた。
「こんなものは、必要ないに越したことは無いが……万が一のためだ」
「ありがとう、助かるわ」
 その態度にスカーレッドがクスリと笑うと、すっとその前へ出ると「僭越ながら私めも救助班に参加致したく」と頭を下げたのは、パートナーが誘拐されているフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)だ。
「如何なる命令でも承ります故、遠慮無くお申し付け下さいまし」
 そう言う言葉の端々で、チリチリと爆ぜるような怒りが透けて見える。誘拐それ自体は、パートナーのジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)自身が望んだことではあるが、それはそれ、これはこれだ。必ず
「しかし保護対象の少女は何者でしょうか?」
 その問いに、白竜もスカーレッドへと視線を移した。
「現在は、教導団で保護されているとは聞いていますが……」
「あの子は……この洞窟にかつていた神への供物。正確に言えば、ここに捧げられるための魂を集め続けた器……ということらしいわ」
 スカーレッド自身、聞かされた情報しかないのか、複雑な顔で息をつく。
「捧げられた魂を集める……あの、不思議な気配は、幾多の魂が混ざり合っていたからと言うことでありましょうか?」
 その目を見た瞬間、そして抱え上げた際に感じた、本能的な部分をぞわりと粟立たせる少女の気配を思い出し、フレンディスふるりと震えた腕を撫で、スカーレッドは「恐らくは」と頷いた。
「詳しいことは、それこそ現地の人が一番よく知っていると思うのだけれど……」
 そのまま物言いたげな視線をアベルへと投げたが、こちらはただ苦笑を浮かべるばかりで、知っていて言えないでいるのか、知らないから答えられないのか判別がしづらい。スカーレッドは肩を竦めて「詳しいことは言えないとは言っていたけれど」と前置いて続ける。
「氏無が言うには『攫ってきた』そうよ。まぁアレのことだから、何処まで本当かはわからないけれどね」
 その言葉に顔を見合わせる彼女らをよそに、突入の準備を整える間に少しでも誘拐された留学生や契約者たちの所在を確かめようと、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)刀姫 カーリア(かたなひめ・かーりあ)はそれぞれ、式神の術で式神化したミニティフォン人形とシャンバラ国軍軍用犬を捜索のために先行させ、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)のフラワシもそれに追従する。
 普段は見返り無しに動くことの無いエルデネストが自主的に動いているのに「……なん、だと」と驚愕を露にしたのはウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)だ。
「あの悪魔が、働かない奴が率先して動いている?!」
「……そこの下等悪魔。共闘は不本意ですが我慢してやるので精々足を引っ張らないで欲しいものですね」
 動揺するウルディカの側で、小声ながら、エルデネスト相手に挑発的に口にするのは忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)だ。そして――
「主のお望みと言えど主の危機を見過ごせるか!」
 そんな彼らとは全く無関係に、唸っているのはアウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)だ。
「誰であろうと主に苦痛を与える者は許さん! すぐにお助けに参ります、主いいいいいいいい!」
「ああもう、落ち着け!」
 自身もグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が誘拐されていることに対して頭を抱えたいところだというのに、同行する面子がこの調子である。先が思いやられる、とアウレウスを宥めながら、ウルディカは盛大にため息を吐き出したのだった。
 そうして捜索は進められてはいたが勿論、誘拐された者達の状況が判らない以上、結果をただ待っているわけには行かない状況である。とりあえずは直線である様子に、準備が完了次第突入することとなった。
 自身は既にその準備を終えて、合図を待つばかりの世 羅儀(せい・らぎ)は「ワニの口の中に飛び込むようなものだな……」と呟いて、白竜へと視線をやった。
 一緒に誘拐されたメンバーを信頼してはいるのだろうが、それとは別に白竜が心配しているものの理由を、何とはなしに悟っていた。クローディスはまさにこういう場面用の「奥の手」がある。だがそれは、自身もただでは済まないような種類のものだ。性格上、必要となればそれを使うのも躊躇わないだろうと知っているだけに、白竜の眉は苦く寄る。
 そんな横顔に「何があっても冷静で行こう」と羅儀は声を掛けた。
「クローディスさんと氏無大尉が、何に利用されようとしているのかを突き止めないとね」
 それに頷きながらも、恐らく利用されているのは、クローディスだけだろう、という感覚が白竜にはあった。氏無とアーグラが消えたのは、恐らく氏無自身が「仕掛けた」ものだ。
(自分の身に起こる事を予測できないような人ではない……)
 策か、単なる予測の範疇かどうかまでは判らないが、この事態を想定できていなかったとは思えない。
その上で何も言わないで消えたことに怒りを感じつつ、踏み込みきれない自分にも怒りが沸いた。もっと探りを入れていれば、或いは、と過ぎるが、今は考えている場合ではないか、と白竜は首を振ると、フェビンナーレとコンナンドへ向けて、必ず彼女らの元へと連れて帰るという決意を込めて敬礼を送ったのだった。
 そんな彼らを一通り見回して、スカーレッドは「準備は良くて?」と目を細めた。
「目的は、誘拐された留学生と契約者の保護。敵との接触は免れないでしょうけれど、彼らの撃破、捕縛は二の次よ」
 それから、自身の命を何より優先して頂戴、と、念を押すように、特に教導団員以外の契約者達へと告げると、スカーレッドはスキル解除のためのブレスレットを起動させた。目に見えないが結界のようなものが周囲を包むのを確認すると、スカーレッドの合図で、一同は洞窟の入り口を慎重な足取りで潜った。途端に暗闇が視界を奪い、その先を塗り潰す。まるでこの先へ行かすまいとするようなその光景に月崎 羽純(つきざき・はすみ)はその焦燥のままに「歌菜」と我知らず呟いていた。

「……無事でいてくれ」

 その言葉は、自らのパートナーを案じる契約者全員の祈りだ。
 それぞれの灯す淡い光を希望とし、一同は洞窟の奥へと進んでいくのだった。









 同じ頃の、洞窟内最深部。
 
「こんなもんだったか?」
「ああ、確か」
「そうだったと思うわ」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)がガリガリと地面に描いた古代文字に、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)ジェニファ・モルガン(じぇにふぁ・もるがん)が頷いた。彼等が鉄格子の奥でこそこそと顔を付け合わせて相談していたのは、彼等の師であるディミトリアスから学んだ古代魔法だ。
 誘拐される正に当日の講義で言われていたように、文字そのものに力がある場合は魔法として認識されるのが、やはり講義の初めに渡された護符が証明している。ならば、この符を応用して術を使うこともあるいは可能の筈だ、と、思い出せるだけその方法を書き出しているのだ。灯、あるいは灯火、と連想ゲームのように要素を拡大する方法に頭を捻らせながら、はあ、と思わずベルクはため息を吐き出した。
「しっかし、この護符……こういう事態を予め知ってたとしか思えねぇよな……」
 ベルクがぼやくのに「頑張れと言うエールだと思おう」と、グラキエスは少し笑い、つられて表情を緩ませながら「兎も角」とジェニファががりがりと、クローディスが捕らえられている魔法陣の文字を判るだけ書き写していく。
「しぐれって人が古代魔法に明るくない。と言うことは、あの魔法陣はこの洞窟に最初からあったものの筈……だったら、書き加えられても気付かないわ」
「或いは書き換えてしまうこと……だけど」
 マーク・モルガン(まーく・もるがん)が追従したが、発した本人もそれは良策ではないと判っているようだった。
 書き換え自体は、不可能ではないだろう。だが問題は、描かれている魔法陣はかなり高度なもので、読み解くにも難儀をする性質のものだということだ。それこそディミトリアスがここにいればあっさり何とかしてくれそうなものだが、逆を言えば彼以外の人間に、それを何とかできるようには思えない。「流石にそいつは止めた方がいい」とベルクは首を振った。
「失敗するだけなら良いが、暴走しちまった場合、クローディスの命に関わる」
「じゃあやっぱり、破壊するのが一番確実ってことだね」
 マークの提案に、一同は頷いた。
「試すわけには行かないから、ぶっつけ本番になるが……できるだけリスクは減らさねえとな」
「何処を壊すのがいいのか、出来るだけ頑張ってみる」
 頷いて、ジェニファが魔法陣と睨めっこを続ける中、不安を隠しきれない様子の少年少女……ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)と共に誘拐されてきた、本来の一般留学生達の肩を、励ますように撫でた。
「大丈夫。皆が何とかしてくれるから、安心して?」
 自分自身も不安が無いわけではない。けれど、ここにいる契約者達は皆頼もしい人ばかりであるし、何より、ノーンはきっと助けが来てくれる、という確信があった。だからこそ、皆を勇気付ける言葉も、その口からは素直に滑り出るのだ。
「絶対、守ってあげる。だから、一緒に頑張ろうね」
 そんなノーンの、こんなときでも失わない明るさと前向きさに、留学生達がその緊張をいくらか解く中、そろそろと檻の隙間から手を伸ばしたのはリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)だ。
 半ば好奇心に誘われるようにして伸ばした指先が、魔法陣の外縁に触れた、瞬間。
「うぅ……っ!」
 バチッという光が弾け、体の中を突き抜けるような感覚に、リリは思わず蹲った。触れたのはほんの一瞬だと言うのに、それだけでいくらか体力を吸われたのが判る。恐らく発動中の陣が外部からの干渉を拒んだためだろう、とは判ったが、これほどのものとは、と迂闊に触ったことを後悔していると、何時の間に近づいていたのだろうか、見知らぬものに、気安く手を出してはいけないと学校で教わらなかったですか、お嬢さん?」と、しぐれは半ば呆れたような笑みリリを見下ろし、小首を傾げた。
「大人しくしておいでなさい。自らこれに食い尽くされたいというのであれば、止めませんが」
 そんなしぐれの嘲笑にも似た言葉に、ぎりと奥歯を噛みながらも、リリの目には諦めは無かった。
(スキルは封じられても、知恵までは封じられないのだ。考えるのだよ……)
 そうして考えるうちに浮かんだ仮説に、リリは使い魔のネズミをそっと岩壁の隙間へ忍ばせた。
「どこかに結界を発生させている何かがあるはずなのだ。それを探すのだよ」

 そうして、誘拐された一同は、虎視眈々と“その時”のための準備を進めていたのだった。