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【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」

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【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」
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【剣と盾は己が戦場に】

 


 荒野の王 ヴァジラ(こうやのおう・う゛ぁじら)が、その剣で地面を抉って道を着開く、その数分ほど前の事だ。
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)の光が、その力の途切れてしまう前に引き継ぐ形で、ステージを降りてきたディミトリアス・ディオン(でぃみとりあす・でぃおん)の張る結界の中。カンテミールのアイドルにして選帝神ティアラ・ティアラの歌が始まるのに併せて、契約者達はそれぞれの役割に、一斉に動き出した。
 
 その内の一組。
「装輪装甲通信車との接続完了。集音開始……とりあえず何節かに分けて録音して試行したらいいかな」
「うん、それで頼むよ」
 桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)がコンソールから僅かに顔を上げるのに裏椿 理王(うらつばき・りおう)が頷いた。戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)の用意した通信車と横並びに繋ぎ、録音が完了した一節から再生してその効果を確認すると「うん」と小次郎は頷いた。
「どうやら、録音音源でも、精神波を打ち消す事は出来そうですね」
「うん……後は、どこまでその効果を底上げ出来るか、かな」
 理王が応じるのに小次郎は頷くと、車両に待機させていたメカ娘に、録音した音声からノイズの除去を頼みそれを更にアンプを通させると、それは実況用に元々会場に設置してあったスピーカーへと流れ出た。
 理王が現場の管理者やスタッフに頼んで借用した会場のスピーカーは、元々満遍なく観客に行き届くように意図されていただけあって、ステージをぐるりと取り囲むように設置されている。図らずも精神波を垂れ流すアンテナ塔を取り囲んで、音のドームを作り上げた。とは言え、スピーカーそのものの質の問題もあってか、効果そのものは流石にティアラ自身の音には敵わないようではあったが。
「CDの音源なんかは使えないかな?」
「それは……難しいと思いますよ」
 首を捻った理王に、今度は小次郎が応じる。
「今歌っている歌は、この精神波に応対するための意図を持ったものですから、聞かせる目的で作られたものには、対抗するための要素は含まれていないでしょう」
「すると、逆を言えば対抗するための要素が判れば、歌でなくても良いという事ですね」
 そう言ったのは忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)だ。
「それはそうだろうけど」
 が、応じる屍鬼乃は少し難しい顔で言った。
「それが音にしろ波長にしろ、それだけを抽出して対抗手段にするには、設備も時間も足りないよ」
 だがその返答にも「問題ありません!」とポチの助の表情は自信ありげだ。
「知りたいのは、対抗できる要素です。それが判れば設備の変わりに“適任者”がいますから!」
 その言葉に理王たちは首を傾げたが、追求している時間もなさそうだ。
 録音や送受信は小次郎が、機材の調整は理王が、ティアラの歌の分析は、自身の持つ機晶技術の全てを使って端末を動かすポチの助が、とそれぞれが受け持って進める中「残る問題は……地下だな」と理王は軽く眉を寄せた。地上は確かに今のところ精神波の影響を打ち消す事が出来ているが、それはあくまでぶつける事によって相殺しているだけで、精神波を出させなくしているわけではない。ティアラの歌の影響が弱い逆側、音の届かない上空がカバーできていないのと同じく、地面を通って地下へも精神波は向かっている。本来であれば、遺跡そのものには精神波を防ぐための仕組みは出来ているのだろうが、この暴走状態でどこまで機能しているか不明であったし、大きく風穴を空けてしまってもいるため、影響は免れないだろう。
「ま、やってみるしかねーだろ」
 そう言って南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は肩を竦めた。こちらも同じく、地下へとティアラの歌を流せないかと思っていた一人だ。 どこまでを管理しているのかは知らないが、作戦に使われようとしていたということは、国軍と関係があった施設でもあるのだろう。それならば、それなりの装置も残っているのだろう、と理王がこの遺跡の管理者から許可を半ば強引にもぎ取ったのを幸い、工具を引っ張り出して遺跡内部へと機材を繋げないか奮闘中なのである。
「……ったく、ホイホイついてっちまうんだから。早々にこれ食らってないといーけどな」
 配線をいじり、線を繋いだりと忙しなくする傍ら、呟いたのは呼雪の事だ。
 出雲しぐれの後を追ってしまった呼雪の事は、薔薇の学舎の同窓として心配だが、彼の性格は良く知っている。口を出したところで、どちらにしても止める事が出来たわけではないだろう。無事に帰ってきたら拳で語ろうそうしよう、と呟く光一郎に「気をつけて」と声をかけるのは理王だ。
「相手は元軍人さんらしいからな……しかもあの『氏無大尉』の部下らしいから」
 万が一「繋がる」ことでカウンターを狙ってこないとも限らない。光一郎と共に慎重に接続を試しながら「まあ、あっちゃいけないヤバい施設なんだろうな……」と理王はポツリと呟いた。「演習場の」管理者は、最初頑なにこの遺跡のことは知らないと通していたのだ。この施設には興味がないということや、いざという時の対応を放して、とにかくも止める事が先決だと強引に説得してようやくいくらか口は割ってくれたものの、施設に後々設置された照明やスピーカー類の事以外は頑として黙秘を続け、それが逆にこの遺跡が国軍にとってどれだけ後ろ暗いものかが伺える。
「そんなのに介入して大丈夫なのかな……」
 屍鬼乃は思わず呟いたが、既に後戻りは出来ないのだ。危険な精神波が飛び交う中、最後までステージ周辺に残ってティアラの歌声を拾うという理王の決断に不安は拭えないものの、自信がないなりに最後まで理王につき合おう、と決意を新たに、屍鬼乃は端末へと向き直る。
「エカテリーナさん、見ててください……」
 画面の向こう、その声が聞こえたのかどうか。あちらはあちらで彼女なりの戦い方をしているのだろう、カンテミールでティアラの代理を果たしているだろうエカテリーナのアイコンがピコピコと動いたのだった。


 そして、もう一方。
「大丈夫、必ず皆が助けてくれるし……ワタシもあなた達を必ず助けるからね!」
 そう言って、留学生達を励ますのはノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)だ。御神楽 陽太(みかぐら・ようた)エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)という頼もしい家族に囲まれた彼女の顔は、力強さに満ち、また彼女の示す仲間達の頼れる背中を見つめた。
 そう、理王らと等しく、状況の変化と同時、即座に動き出した、ティアラの援護に回る者達だ。
 エリュシオンの従騎士や龍騎士候補生達は、本職龍騎士であるティアラのパートナーディルムッドを戦闘にその指揮下に入り、留学生達や調査団ら一般人たちを囲むようにして円陣を組み、盾を翳して一種の要塞のような形を作っていた。規則的に並ぶその隙間から、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)達が留学生達と共に武器を構えて接近を牽制し、清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)のバニッシュが龍騎士達を怯ませる。
「やはり……アンデッドとなる事は短所にもなっているようですわね」
 セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)同じように盾の隙間から、紅蓮の大弓による炎の矢を屍術士の支配下にあるアンデッド化した龍騎士達へと打ち込みながら呟いた。動くしかばねと化し、不死と化している点は確かに恐ろしくはあるが、同時に、本来の彼らには歯牙にもかけないような攻撃こそが弱点と化しているのだ。
「しかし顔色の悪い連中じゃのう」
「そりゃアンデッドだからな」
 青白磁の呟きに国頭 武尊(くにがみ・たける)が肩を竦める中、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が「乱戦になると厄介ですね」と口を開いた。
「地形が円形なので、可能であればアンデッドを弧の字に囲むようにして徐々に弧の字を縮小するように包囲したいところです」
「そうできればいいけどな」
 その案に、武尊は軽く肩を竦めてその視線を後方へとやった。
「あそこの先生がこのスタジアム全体に結界を張れれば、って話だ」


 そう――ディミトリアスはそんな彼らを守るべく、魔術による結界を展開していたのだが、その範囲は従騎士たちの作る要塞のいくらか外を囲う程度の広さしかなく、精神波を防ぐのに精一杯、といった有様だった。
 要素と要素を繋げ、力ある言葉を幾重にも重ねる長い詠唱によって、その精度と密度を上げる性質のあるのが、ディミトリアスの使う一万年も前に失われた古代魔法の性質だ。原始的かつ現代においてはその難解性からメリットが相当低い魔術ではあるが、極めた事で恐ろしいほどの応用力を発揮するはずのディミトリアスらしくないその様子に、クローディス・ルレンシア(くろーでぃす・るれんしあ)ははたと思い当たって、眉を寄せた。
「……もしかして、君は……精神波というものを、実はあまり良く判っていないのじゃないか?」
「……面目ない」
 その追求は図星だったようで、ディミトリアスはそっと目を逸らした。
 一度は死に、封印の一部として魂が縛り付けられて永らえていたとは言え、一万年前という長い時を実際に歩いてきたわけではない。全く未知の世界の中で、特にそういった魔法外の知識は相当に疎いようで、最近はそれなりに慣れきたものの、馴染みの無いものを理解するのは難しい。
 そういったわけで、当てはめるべき要素が見つけられないために、どうやら今展開されている結界は、自らの持つ魔力の高さにあかせて“物理以外のあらゆる見えない攻撃を防いで”いるらしい。
「……無茶苦茶だ」
 呆れた様子で言ったのは、ディミトリアスの生徒の一人であるベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)だ。
「そんなんじゃ、長く保たねぇんじゃねえのか」
「範囲を狭めることで、持続を計っている。維持の印を錫杖に刻んでいるからな。限定域を守る分には極端な負担は無い」
 その答えに、ベルクは「それならそこそこ持つか」と呟いてその表情を僅かに変えると、生徒としての顔でディミトリアスに向き直った。
「俺達が講義中巻き込まれたのは不憫が伝染……じゃなく、実践訓練と前向き解釈するとして、引き続き現状打開の実地演習っつーのはアリか?」
 その言葉に、他の生徒――ジェニファ・モルガン(じぇにふぁ・もるがん)グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が頷いて同じく意思を示すのに、ディミトリアスが軽く目を瞬かせていると、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が続ける。
「正直申し上げまして、私は未だ現状を理解しきれておりませぬ。しかしながら、皆様方を狙う敵は、私――たちが、防ぎます故」
 振り返るフレンディスに、彼ら生徒達のパートナーであるマーク・モルガン(まーく・もるがん)達が頷いて応じた。幸い龍騎士やティアラ、他にも頼もしい契約者達が付いているのだ。僅かな諮詢の後「判った」とディミトリアスは頷いた。
「確かに得がたい機会だ。フォローはする……好きにやってみるといい」
 教師らしい態度を見せるディミトリアスに、クローディスがふっと表情を緩め、それに軽い安堵めいた息を吐いたのはウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)だ。
「そちらに専念してもらいたものだな」
「……別に、防衛程度なら戦えるぞ」
 じとりと言われてグラキエスがぼそりと反論を試みたが、その鋭い目がきろりときつく射竦めるように細まる。
「ダメだ。戦うのはこちらでやる。おまえはもう少し体のことを考えろ」
 その小言めいた一言に、グラキエスは息を吐き出し、友人達は笑いを溢すのをぐっと我慢するはめになったのだった。

 最後の一組は、遺跡へ向かう者達だ。
「この遺跡について、何かご存知ではありませんか」
 叶 白竜(よう・ぱいろん)に問われ、以前この遺跡の調査に当たったというクローディスがざっと床に描いたのは、かなり大まかなものではあるが、遺跡内部の地図だ。
「助かる」
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)がそれを覗き込むに、クローディスは苦笑した。
「ツライッツならもっときっちりした地図が書けたんだがな」
 そうは言いながらも、大体の構造は記憶しているのだろう、迷路を網羅とは言えないし、幾つかあるらしい地下三階までの別の道は思い出せないようだが、指先で地下一階部分の端数カ所を示し「ここが地下二階に通じる階段だ」と説明を続ける。
「警備も当然その周囲が厳しくなっている筈だ……それから、機晶ワームだが」
「その名前は覚えているのだよ。フレイム・オブ・ゴモラにいたアレだな?」
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)の言葉に、パートナーのララ・サーズデイ(らら・さーずでい)は首を傾げたが、クローディスは少し笑って頷いた。思えば、彼女らとの出会いはそれだった、と思い返すが、懐かしんでいる場合では無い。直ぐに切り替えて「では」とリリは軽く眉を寄せた。
「この遺跡は、あの悪遺の……」
「そう、対となる兵器“フレイム・オブ・ソドム”……その名前を知ったのは、割合最近だけどな」
 溜息と共に漏らし、クローディスは複雑な表情で、重たげに身体を起こした。新風 燕馬(にいかぜ・えんま)の治療もあって、大分調子を戻してきているようだが、それでもまだ本調子、とは言い難いようで、自分へ苛立つように首を振る。
「本当なら、私がついて行くべきなんだろうがな……」
 クローディスは鍵を持つと言う三人の内の一人だ。だが流石に誰のフォローもなしに動ける状態ではない。悩ましげな様子のクローディスに、ヴァジラはふんと鼻を鳴らした。
「今更制御など必要ない。何れにせよ、まともに動いているとは思えんしな」
 その間で、さっさと武尊をはじめとするこの場に残る者との連携の算段に向かうパートナーに軽く呆れながら、世 羅儀(せい・らぎ)がクローディスに敬礼をして見せた。
「必ず生きて連れ帰りますから」
 誰を、何をとは言わなかったが、それでも理解したのだろう、クローディスは頷いて僅かな苦笑をその顔に浮かべた。
「うん……こういうのは柄じゃないが、頼む」
 
 そうして――到る冒頭。
 地面を施設ごと抉ったヴァジラが苛立たしげに行くぞ、と顎をしゃくった。
「もたもたするな。行くぞ」
 ヴァジラが背を翻し、キリアナと共に佳奈子達が追従する。心配げに視線を振り返らせる者には「此方はお任せ頂きたく」とフレンディスが力強く頷いた。
「皆様のご無事をお祈りしております」
 応じ、パートナーの月崎 羽純(つきざき・はすみ)と決意を確かめ合うように頷きあうと、ヴァジラの後を追うために足を踏み出しながら、遠野 歌菜(とおの・かな)は友人達を一度だけ振り返った。
「ディミトリアスさんっ、皆さんを頼みます!」
「ああ、あんた達も」
 歌菜に応じディミトリアスが心配と信頼の半々の様子で見送る中、一同がヴァジラの開けた穴から突入を開始しようとした、その時だ。
 真っ先にキリアナが気付いて足を止めた。
「上どす!」
 瞬間、弾かれたように迎撃の体制を取った一同を取り囲むように爆煙が上がった。
 イブが飛空挺から爆撃したのだ。続けざまにファンドラの煙幕が周囲を包み込んだその中に紛れて、刹那が契約者達の傍へと滑り込んだ。が、こちらも当然無警戒でいたわけではない。ぬりかべ お父さん(ぬりかべ・おとうさん)がお姫様抱っこの形で抱き上げていた少女の骸を、自分を文字通り壁にするように抱え込むと、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)はその前へ飛び出して影に潜む猫の手が刹那の第一撃をいなした。その間で、ファンドラの指揮する月の棺の戦闘員が、ヴァジラ達の行く手を阻むように立ち塞がる中、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)がインフィニティ印の信号弾で目晦まししてそのまま強引に先へ突破しようとした、が。
「この少女を助ける手段はあるか」
「何だって?」
 刹那の言葉に、アキラは思わず攻撃の手を止めた。互いの間に緊張は解けないまでも、刹那もまた武器を引いてその目をじっと見やる。
「この少女を助ける手段があるのかと聞いておるのじゃ」
「知るかいそんなこと」
 音が低くなり、重さの増した刹那の声に対して、アキラはあっさりと言った。目を瞬かせる面々の中でアキラは鼻息も荒く、びしりと地下に向けて指を指す。
「だから知ってる奴に聞きに行くんだよ!」
「……ふむ」
 呟く刹那に、アキラが首を傾げた、その瞬間。僅かな気持ちの隙をついて刹那は飛び退いて、追撃しようとする者を制するように「ならば一時、身柄は預ける」と刹那は告げた。
「この場にあっては何れにせよ、命は無かろうからな」
 言うだけ言うと、急降下してきたアルミナのドラゴンがすれ違う様に飛び乗ると、その姿はあっという間に遠ざかって行ったのだった。
「……今は構いつけている暇はないぞ」
 複雑な気分で一瞬それを仰いでいた者は、ヴァジラの一言に頷いきながらも、気付いていた。妨害者がいたとは言え、今の一連のやり取りの間で、何故一人突入せずにいたのか。アキラはティー・ティー(てぃー・てぃー)や美羽と顔を見合わせると、その背中を追ったのだった。