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【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」

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【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」
【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」 【両国の絆】第三話「蘇る悪遺」

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【深くに蠢く意思と意図】




 同じ頃、遺跡の地下一階某地点。

「こっちで問題ないのか?」
「誰に言うておるのかえ」
 宵一が問うのに、壱姫は僅かに不愉快そうに眉を寄せた。が、直ぐに気を取り直して、壱姫はからんころんと歩きづらそうな下駄を器用に走らせて、一同を先導して先を急いでいた。
「壱姫さん、悪いわね便利屋に使っちゃって」
 氏無との合流のため、結束の指輪を預けた張本人である鈿女の言葉に、ふっふ、と壱姫は喉を震わすようにして笑った。
「構わぬよ。そなたらのおかげで、こうして助けに行けるのじゃからの。わらわは治すほうはからっきしじゃでな」
 その言葉の裏に、氏無の怪我の具合が透けて、燕馬は眉を寄せた。
「そっちが何とも無いってことは、まだ生きてるってことだろうけど……」
 生命のあることがイコール無事という事ではない。燕馬がじりじりとした気持ちで足を進める中、「それにしても」とザーフィアが口を開いた。
「危うく無理やり燕馬くんを気絶さすところだったよ。スカーレッド大尉と離れるなんて言い出した時には」
「何で」
「だって燕馬くん、酸いも甘いも噛み分けるには人生レベルが足りてないだろう?」 
 と、眉を寄せる燕馬に、ザーフィアは肩を竦めた。地上とは違い、施設の性質上、開けた風穴近くはともかく元々影響は極端に酷くは無かったのだろうが、それでも危険なのには代わりが無い。
 スピーカーから流れるティアラの歌が相殺してくれていなければ、耐性のある自身はともかく、とっくに燕馬は塩になっていただろうね、とザーフィアはもう一度肩を竦める。
 その言葉に、不意に口を開いたのは望だ。
「“フレイム・オブ ゴモラ”とやらと同系統でしたか? となるとこちらは「ソドム」の火でしょうか……」
 それが正しくその名を言い当てているとは知らず、望は続ける。
「御伽噺に因んだのか、これが御伽噺の元なのかは判りませんが、効果を考えるに業のある魂をマーカーとするのも、御伽噺通りでしょうかね」
 神様は悪徳に満ちた町から、善良な男とその一家を逃がして、その二つの町を燃やし尽くし、落とした鏡を拾おうと立ち止まり、その火を『振り返って』見た男の妻は塩の柱となった。
「悪徳、彼の言葉を借りるなら業に満ちた魂を、御伽噺通りに焼き尽くすという事でしょう。そして、過去を『振り返って』しまったが故に塩の柱になると」
 まさに名の通りの兵器と言うわけですね、と望は肩を竦める。

 そうして、宵一やコアがスパイーダ達を撃退しながらやり過ごし、進む事暫く。
 一行の視界に、ひらりと舞う蝶の淡い光が目に入った。こんなところに蝶が? と目を瞬かせている内に、向こう側から感じられた気配の主の方が、先に一向に気がついたようだ。
「…………壱姫」
「おっさん、大丈夫か?」
 呟いた声に、それが氏無であると察して、ザーフィアと共に駆け寄った燕馬は、その傷の具合を見て、溜息を吐き出す。
「こんなんで動き回るなよ、悪化しちまうぞ。それに……」
 言いかけて口を閉ざした。氏無がそっと袖口に手を引っ込める直前、燕馬はその表面が既に塩を吹き始めているのを捕らえた瞬間、その指をしいっと内緒だよとでも言うように氏無が自身の口に当てたためだ。そのまま、進むのを止めようとしない様子に、燕馬が眉を寄せる中、今度は「どこへ行く?」とハーティオンが口を開いた。
「動力炉へ向かう」
 即答し、エネルギーを与えているのは、まずしぐれで間違いが無い。鍵を持つ自分が止めに行かなければならないから、と理由を口にしながら、氏無は僅かに苦笑して「それに」と続ける。
「…………あいつは多分、ボクを待ってるんだろうからね」
「そうでしょうね」
 呼雪が頷き、一同も先を急ごうとする中で「ひとつ、聞いて良いかしら」と足は止めないままで尋ねたのは鈿女だ。
「『精神波を放出している機械』へアクセスできる整備ポイントの場所を知らないかしら。これだけのサイズの遺跡を使った器機である以上、何箇所かに整備ポイントが設置されていると思うのだけど……」
 その問いに、氏無が探るように目を細めたのに、鈿女は意図を察して続ける。
「目的は、機械の”後悔や未練を刺激する精神波”を放出するシステムで、”別の何かを”放出するように置き換える事よ」
 例えば、とちらりとラブへ視線を向けて、鈿女は「難しいかもしれないのは承知の上よ」と続ける。
「出来るかどうかは判らないけど……私は技術屋だからね。可能性があるならやるだけよ」
 その言葉の狙いと決意に、氏無は少し考え「システム自体を動かす事は不可能だ」と告げた。遺跡とは言うが、技術の全盛期の遺物であり、兵器ある。内部から直に弄ったとしても、そう易々と掌握できるような代物ではないのだ。
「可能性があるとすれば、割り込ませる事だね。何のかんの機械だから、制御は無理でもあいつがこの遺跡を無理やり起動させたように、電源を入れることや、暴走させることは出来る」
 ただし相応に危険を伴うだろう、と言葉を添えた氏無が、やるかい? と決意を尋ねるのに、鈿女は迷い無く「勿論」と即答した。それに「判った」と氏無は応じて頷く。
「可能な場所は、動力室にもある。悪いけど、寄り道してる余裕はないからね、一緒に――……」
「待て」
 先を急ごうとする氏無を、止めたのは宵一だ。
「……一つ聞きたい。君の目的は何だ? どうやら、俺たちとは随分違ってるみたいだが」
 そう言って、宵一は道中ポケットに入れて隠していた手を掲げて見せた。その指に嵌った結束の指輪は、氏無に対して反応をしていない。その意味に、一同の間の空気がひやりと温度を変えるのに、宵一は睨めつける様に氏無を見た。
「君は俺たちの仲間じゃないようだ。あいつの仲間か、それとも――君が黒幕か」
 だとしたら、目論見どおりにその場所へ向かう事は出来ない、と告げる強い警戒が声を強めさせた。
「おやおや、随分と抜け目が無いねぇ……良い事だよ」
 だが、一行の疑いの眼差しを受けながらも、氏無は面白がるような調子で言った。
「半分正解、半分不正解ってところかな。でも一応弁明しておくけど、黒幕じゃあないよ。少なくとも、しぐれは――敵だ。それは信じて欲しいねぇ」
 その名を口にした一瞬の凄みに、疑いを半信半疑と変える様子の一同に、氏無は首を竦めた。
「……まぁ、信じる信じないは自由だけど、とりあえず動力炉へ行くまでは、道案内が居た方がいいんじゃない?」
「……そうだな」
 宵一が、警戒は残したままに頷いた、その時だ。
「そうはさせませんよ」
 声だけならば穏やかにそう言って、姿を現したのは、デメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)を伴った十六凪だ。
「……ッ!」
 鈿女が顔を強張らせた中、十六凪も僅かに表情を変えはしたが、意識的にかその視線を氏無から外さずに続ける。
「氏無大尉、アーグラ団長。あなた方には、此処で死んでいただきます」
 そう言って、教導団に向けて鍵の破壊を要求したこと、それによって氏無の企ての阻止と共にピュグマリオンの目的達成を補助、そして自身の障害を同時に取り除ける、と語る十六凪に、氏無は微妙な表情を浮かべた。
「……そんな要求、飲まれると思ってるのかい?」
「無碍には出来ないでしょう?」
 反論にはにこりと反論が返った。
「両国の間の重要なホットラインである貴方達を、教導団・帝国の上層部が見捨てるわけにはいかないはず。見捨てれば両国の亀裂の原因になりますからね」
「アーグラはともかく、ボクの命なんて使い捨てもいいところだよ」
 氏無は笑ったが、十六凪は確信があるようだ。少なくとも現時点で要求が飲まれる様子も、飲もうとする動きもありませんし、と告げて、渋面を作る氏無に十六凪はにっこりと笑って見せた。
「自分の命を軽く見るのが、大尉の悪い癖ですよ?」
「全くだよ」
 何故か同意したのはヘルだ。
「君は生きなきゃならないでしょ。全てを見て、覚えている者として」
「そう言う訳で、そうはさせないって言わせてもらおうか?」
 氏無が何ともいえない顔をしている内に、呼雪が庇うようにその前へ出ると、燕馬やザーフィア、そしてハーティオンたちも同じく前へ出た。
「あなたの目論見は、ここで阻止するわ」
 鈿女の一言が終わるか早いか、飛び込んできたのはデメテールだ。
 放たれた手裏剣が氏無を狙ったのを、壱姫が短刀で弾いた。そのまま、龍神刀て飛び込んで来るデメテールとギリギリと鍔競りながら、その見覚えのある顔に「またお主か童。ようよう縁のあることよの」と、壱姫は溜息を吐き出した。そんな壱姫に、刀身を押し出してその反動を利用して一旦下がると、ふふんっとデメテールは不敵に笑った。
「今度こそやっつけて、うじうじの命もらっちゃうからねおばちゃん」
「ほぉう? よう言ったの」
 瞬間、男性陣の顔色がちょっと引きつったのは気のせいではないだろう。そのまま乱撃に突入したが、一対多数だ。氏無に到達するより早く、ハーティオンの剣が壁のように立ち塞がって阻止し、出来た一瞬の隙を超の槍が突き出されて応じる。咄嗟にそれをかわしてデメテールは距離を取ると、むすっと頬を膨らませた。
「もうー、邪魔しないでよねー」
 そんなデメテールの肩を、十六凪がとん、と叩いて首を振った。この状況は余りに多勢に無勢である。すぐさまその命が奪えない以上、別の方法を取るべきだ、と切り替えて、十六凪は撤退を合図した。いずれにせよ、彼らの向かう先は判っている。
「それではまた、後ほど」
 そう言い残して、二人の姿は掻き消えるようにして遠ざかって行ったのだった。




 丁度同じ頃。
 ヴァジラ達一行はついに制御室へと到達していた。
 流石に繊細な装置も多いせいか、警備システムはこの部屋へは侵入して来れないらしい。精神波の影響もまた、この部屋までは届かないようだ。油断にならない程度に肩から力を抜いて、一同が動力炉へ降りる道を確認する中、垂は並ぶ装置を見ながら呟いた。
「何とかここから、停めたりはできねぇもんかな」
 そうすれば、わざわざ危険を冒して破壊せずとも、リスク無く止めることが出来るのに。その呟きに、同意の声が上がるよりも早く。
「残念だが、それは不可能だ」
 応じたのは、知らぬ女の声だった。そう認識した瞬間にはひゅっと空を切る音がし、閃いた切っ先が、奇襲を警戒していたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が辛うじてその一撃を弾いていなしたが、その時には既に、ローブの姿の三人――氏無のかつての部下たちの陣形の中にあった。
「『鍵』が無い以上、正常に動かす事も、止める事も不可能だ。あの女を連れてこなかったのは、失敗だったな」
「連れて来ていたら殺すつもりだったろうに、良く言う」
 ふん、とヴァジラが鼻を鳴らしたおに、反論が無いところを見るとその通りだったのだろう。一同の間に警戒が膨れ上がる中、ヴァジラは寧ろ楽しげな調子で「何れにしろ、死ぬのは貴様らだ」と剣へ手を伸ばした。
「そこまで死なないでいるものか、試してやろう」
 ピリ、と斬りつけるような殺気が膨らみかけた、その時だ。
「ストーップ」
 と、唯斗が話って入った。そのまま、苛立つヴァジラを無視して、唯斗はその隣で目を瞬かせるキリアナに向かって、にっと笑った。
「なぁキリアナ、今時間ねぇじゃん? 動力炉は目の前じゃん? ちょっと全力で片付けねぇ?」
 俺とお前なら行けると思うんだよなぁ、という言葉に一瞬目を更に瞬かせたキリアナは、直ぐにその表情を変えると、次の瞬間にはひゅっと剣を抜いて構えを取っていた。
「……そうどすな」
 言って、ヴァジラの前へ出ると、その間にそれぞれのローブ達の前に、霜月やセレンフィリティが出て仲間達を背に庇う。その行為に苛立ったようなヴァジラが前へ出ようとしたのを、遮るのはリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)だ。今までさほど接点こそ無かったが、彼の周囲の様子を見れば、その苛立ちによって行動を踏み外しかけているように見えたからだ。
「やって後悔するのとやらずに後悔するの、どっちがいい?」
 怪訝そうに眉を寄せるヴァジラに、リカインは続ける。
「このままここで暴れてるうちに、動力炉は動き出すかもしれない。そうしたら、その怒りの矛先はなくなっちゃうでしょ? 本当に剣を向けたい相手に、向けられずに終わっても、いい?」
 その言葉に黙りこんだヴァジラを横目に、キリアナは傍にいる佳奈子達へ声をかけた。
「佳奈子はん、エレノアはん。ヴァジラはんを頼みます」
 キリアナの役目は本来、護衛であり監視だ。それを二人へ託すと、その視線は美羽たち友人へと向けられた。ティーやアキラ、優たちは護衛や監視の役割とは別に、彼を仲間として応じてくれるだろう、という言葉無くとも伝わる信頼に頷いて、キリアナは再び視線をローブ姿の者達へと向ける。
「ここはウチらが引き受けますよって」
 その言葉を合図に、契約者達は動いた。彼らの力を信頼し、躊躇い無く動力炉への入り口へと飛び込もうとする契約者達に、阻むべく先ず動いたのは細身の男だ。飛ばされた幾本ものワイヤーは空中で網のようになって入り口を塞いでしまおうと奔ったが、それより早く。
「お前の相手は俺だって。ったく、馬鹿野郎共が……こんなトコで恨み事なんかに囚われやがって」
 唯斗がほぼ同時に展開した不可視の封斬糸がそれらを絡め取ってしまうと、そのまま強引に引き寄せようとした。が、ギリギリの所で男はワイヤーを断って下がる。その間、距離を詰めようとしていた細身の女の刀は、麒麟走りの術で飛び込んだクコ・赤嶺(くこ・あかみね)の拳がその横腹を弾いて防ぎ、大柄の男が動くより早く、その隙をついて契約者達は一気に動力炉までの道を駆け抜けていったのだった。
「……チっ」
 大柄の男が軽い舌打ちをしたものの、積極的に追う気が無いのかそのまま踵を返すと、その場に残った一同を見やって、楽しげな口元で目を細めた。
「まぁ義理も果たしたことだし、俺らは好きにさせてもらうとするかね」
「――……ふん」
 男が言い、他の二人も明確では無いながら応じた風だった。その言動で、彼らとしぐれの間柄が垣間見えて、霜月は刀を構え直しながら呼吸を整える。
「お相手しましょう」

 そうして始まったのは、数分間という中の、長く短い戦いだった。
 最初の動いたのは矢張り、細身の女だ。オケアノスの洞窟の中、紫と呼ばれていたその女は、一息でキリアナとの距離を詰めた。ギャリッと不快な金属音が響き、二人の剣が火花を散らす。と、見えた次の瞬間には、二撃、三撃とどんどん手数が増えていくのに、ヒュウ、と思わず口笛を吹いた。
 勿論、それもほんの一瞬の事。次の呼吸の時には、セレンフィリティと共に飛び込んで、加勢に入ろうとしていた、が。
「ッ!」 
 その瞬間、ワイヤーが奔り、大柄の男がその体を強引に割り込ませた。
「分断、と言うわけですか」
 一声後。襲い来るワイヤーを抜刀一閃で切り刻んだ霜月だったが、その間で細身の男は後ろへと飛びずさろうとしている。それを追撃するように銃口を向けたのはセレアナだ。強力な魔力を込めた銃弾が男へ向かって撃たれ、羽純がポイントシフトで接近しようとしたが、男もそう易々と間合いに入れようとはしなかった。弾丸を纏めたワイヤーで軌道を変えて逸らし、そのまま身を守るように振るおうとする。が、その瞬間。再び放たれた弾丸がそれを弾いて動きを乱させると、その隙に、クコが一気に懐まで飛び込むと、その足を男の胴へと蹴りこんだ。身体全体に勢いを乗せた一撃だ。衝撃を逃そうと、男も後ろへ飛んでいたが、間に合わない。内臓の潰れるような嫌な音と共に男が吹き飛ばされる。が、アンデッドであるその体は、痛覚は無いのだ。壁にぶち当たったとたんに直ぐ体制を整えて、クコに応じようとした、が遅かった。その間で接近を終えていた、霜月の刀が空を切る音を数度、閃かせたかと思うと、男の体はずるりと幾つかに分かれて地面へと崩れ落ちたのだった。
 その攻防が行われていたのと同時。
 加勢に入ろうとしていた大柄の男を唯斗が抑えている間で、女達の決着もつこうとしていた。
(……っ、早い)
 セレンフィリティがその奇抜な動きを駆使して、女の攻撃の軌道を惑わせ、幾らかを空振りさせてはいたが、そのリカバリが余りに早いのだ。空を切った剣は直ぐに翻ってセレンフィリティに肉薄し、一瞬でも判断を誤れば四肢を刈られそうになる。キリアナの剣も早いが、僅かに女の方が速度だけは上のようだ。
「このままじゃ、不味いわ」
 セレンフィリティはじわりと焦りによって額の汗に滲むのを感じた。手数で勝る相手。しかもアンデッドである体力切れの存在しない相手への、長期戦は不利だ。そう言ったセレンフィリティに「そうどすな」とキリアナは一瞬苦い顔を浮かべたものの、直ぐにそれを振り切るように首を振ると、唐突に、その目に宿る殺気の種類を変えた。
「……悪イが、一気に行かせてもらうぜ……!」
 語調も変わり、纏う雰囲気を一変させたキリアナの剣が変わる。優美さを捨てて、速さが増し、重さが増す。狂戦士と化した剣は、反撃を圧して、強引にその剣を押し戻返して手数を打ち消す。
「く……っ」
 女が、それに掛かりきりになったその時。セレンフィリティはその一瞬の隙に懐へと飛び込むと、最後の一撃の手元を狂わせた、瞬間。キリアナの剣は恐ろしい緻密さで奔ると、女の体の関節から筋肉の繋がりを断った。体が動くための全ての筋を断ち切られ、女は糸を切られた人形のように、崩れ落ちたのだった。
 そして――
「キリアナ、まだばててねぇな!?」
 そこへ声を上げたのは唯斗だ。頷いたキリアナが、唯斗の構えの意図を悟って剣を構え直す。向き合う大柄の男が、応じるように防御を捨てて拳を振りかぶったのに、唯斗は僅かに目を細めた。男が笑っている。その意味を察したからだ。
「今、あんたらをあの世とやらに送ってやらぁ!」
 応えるように、キリアナはその体の持つ速度すべてを乗せて剣を突き出し、その速度に揃えて唯斗は自身の持つ速さの全てを力に変えて拳を振りかぶった。
「魂まで貫け!我が一撃!」
 その一撃は、技としての名も無い本当にただの一撃だ。けれど、唯斗の全身全霊を込めて放たれたそれは、キリアナの剣と共に男の大きな拳と硬い篭手を砕きながらも止まらず、そのままの勢いを全身へと叩き込んだ。衝撃はその大きな体躯を奔り、骸の体がそれに耐え切れずに砕け、潰れてその体は重たげな音と共に倒れ付した。
 そのまま四肢が崩れ落ちていく中で、大柄の男はふ、と息を漏らして笑うように目を細めた。
「――……ありがとよ」
 その言葉が何を意味していたのか、何とはなしに悟って、倒れこみそう担っているキリアナを支えながら、砂のように崩れた体の上に残されたぼろぼろの篭手を拾い上げて、唯斗はただ短く答えるだけだった。

「じゃあな、おっさん」