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●かくれんぼ開幕、逃げる者たち、そして追う者

 いよいよ、イルミンスールを舞台にしたかくれんぼが幕を開けようとしている。
「きゅーう、じゅう! えへっ、一人残らず見つけてみせるからねっ!」
「ま、適当に頑張ってくるんだな。ボクは先に、カフェテリアで歓迎パーティーの準備でもしてるんだな」
 意気込むリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)が魔法の箒にまたがって飛んでいくのを見送って、モップス・ベアー(もっぷす・べあー)がカフェテリアへ向けて歩き始めた。
 
「さぁて、どこまで逃げ切れるかしらねぇが、やってみっか!」
 箒にまたがった緋桜 ケイ(ひおう・けい)が声をあげる。彼の後ろには今回のかくれんぼに際して、事前に声をかけて集まった者たちが続いている。彼らはチームを組み、かくれんぼではなく鬼ごっこでリンネから逃げ続けることを選択したのだ。
「おぬし、手筈は整っておろうな? 連絡の方は滞りなく済ませられるであろうな?」
 横を飛ぶパートナーの悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が確認するように尋ねます。
「大丈夫大丈夫、さっきメアド交換した時メール送り合ったから! みんな、俺の番号、分かるよな!」
 ケイが後ろの者たちに声をかければ、皆が同意の頷きを返す。
(負けず嫌いなカナタのためにも、最後まで残らないとな)
 隣を飛ぶカナタへ視線を向けながらケイが思った矢先、彼らの目の前には蔦や枝が無数に絡み合った校舎が見えてくる。
「よし、ここで散開だ! みんな、最後まで逃げ切ろうぜ!」
 おー、という声と共に、チームのみんなは思い思いの方向へ飛んでいく。

「ふぅ……まずはここで様子見、としましょうか」
 校舎の一角、木々に囲まれた辺りに身を潜めたのは、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)のペア。
「ご主人、大丈夫か? もし疲れたら、俺様がかついでやるからな」
「うん、ありがとう、ベアさん。まだ大丈夫だけど、もしその時になったら、お願いしま――いたっ!」
 笑顔を見せるソアが、突如上空から降ってきた小石を頭に受けてしゃがみ込む。
「ご主人!? くそっ、誰だ、俺様のご主人に手ぇ出す悪者は! 出てこないと撃つぞ!」
 ソアを守るように立ちはだかったベアが武器を構えると、2人の前に降り立つ影があった。
「わりぃわりぃ、別に危害を加えるつもりはなかったんだ。ただ、ちょっと反応を楽しもうと思ってな。怪我は無いか?」
 そう言ってにかっ、と笑ってみせる天上 翼(てんじょう・つばさ)
「あ、はい、大丈夫です。えっと、翼さん……ですか? 翼さんもこの学校に?」
「いや、俺は別の学校なんだけど、他の学校もどんなのかなって。来て早々こんなのに巻き込まれるなんて思っても見なかったけど」
「……ふふ、そうですね。でも、楽しいですよ」
「俺もだね、こんな可愛らしい子に会えるなんて、これまた思っても見なかった」
「えっ、そんな……」
 翼の誉め言葉に頬を染めるソア、その様子を不機嫌そうに見守っていたベアが、2人の間に割り込む。
「おいおまえ、あんま俺様のご主人になれなれしくすんじゃねーぞ!」
「分かった分かった、分かったからその武器を下ろしてくれ。……んじゃ、俺はもうちょっとここに隠れてますか」
「ふん、お前なんかさっさとリンネの魔法で黒焦げになっちまえ。行こうぜ、ご主人」
「……ええ、そうですね。それでは、また」
 頭を下げて、ソアがその場を立ち去る。

「へー、校舎の中ってこうなってるんだ。これからここで授業を受けるって思うと、楽しみだな!」
 ランプの灯りに照らされた廊下を歩きながら、クラーク 波音(くらーく・はのん)が感嘆の声をあげる。
「波音は、どんな授業を受けようと思っているのですか?」
 パートナーのアンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)の問いに、波音は少し考えてから、口を開く。
「うーん……まだよく分かんないや。色々やってみたいとは思っているんだけどね」
 あはは、と笑って答える波音、その時2人の前で、先を歩いていた集団がバラバラに分かれ、そこで一人あたふたとしている女性が現れた。
「あれ? もしかしてあの人も、かくれんぼに参加している人なのかな? ちょっと声かけてみよっか」
「あっ、待って、波音」
 アンナの制止を無視して、波音が女性の下へ歩み寄る。
「……あら、もしかしてあなた様も、かくれんぼに参加されているのですか?」
 エーゼリア・ピュリファール(えーぜりあ・ぴゅりふぁーる)と名乗った女性が、柔和な笑みを浮かべて応える。
(……うわー、長くてキレイな髪だなー。……ちょっと胸大きすぎない? どうしたらあんなにおっきくなるんだろ)
「? どうされましたか?」
「えっ!? あ、いえ、なんでもないです!」
 慌てて視線をそらす波音に首を傾げつつ、エーゼリアが声をあげる。
「ここで会ったのも何かの縁でしょう。よければご一緒いたしませんか?」
「はい、いいですよ。アンナもそれでいいよね?」
「ええ、波音がよければそれで」
 3人が廊下を歩いていくと、道が2つに分かれているポイントに辿り着く。
「分かれ道、ってやつね。さて、どっちに行こうかしら――」
「あー! 3人みっけ!」
 その時突然、聞きなれたような声が廊下に響く。波音が一方の道を振り向けば、リンネが校舎内にもかかわらず箒にまたがり、掌に炎を浮かばせている。
「逃げましょう! ……ごめんなさい、波音の邪魔しないでね!」
 咄嗟にアンナが火の魔法を放ち、発生した爆炎と煙にリンネの姿が消える。その隙に3人がもう一方の廊下を駆け出す。

(! 爆発の音……どうやら誰かがリンネに見つかったようね)
 その時別の場所で、周藤 鈴花(すどう・れいか)が響いてきた振動と音に反応する。直後携帯が震え、ディスプレイに映し出された情報を見て、鈴花はこれからのことを考える。
(リンネはこの下にいるのね……そうね、まずは上に逃げようかしら。どこか上に出られる場所はないかしら)
 廊下を走らないように早足歩きで抜け、建物と建物をつなぐ渡り廊下へ出る。そこで箒に乗り、天まで伸びているかのように思わせる枝を昇っていく。
(ふぅ……この辺りで落ち着きましょうか。下の様子は――)
 適当な枝に足を着け、ふと周りを見渡した鈴花の視界に、枝に腰掛け、日本茶をすすりながら魔導書を読むリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)の姿が映った。
「こんにちは。あなたもここの生徒かしら? もしかしてリンネから逃げ回っていたりする?」
 鈴花の呼び掛けに、本から顔を上げたリリは全身を見るように視線を動かし、ある一点に視点を止めてその直後に呟いた。
「……邪魔。消えて」
「な!? ……会っていきなり嫌われたものね」
 嘆息する鈴花を横目に、リリは魔導書に視線を落として思う。
(……何なのあの大きな胸、いまいましい。リリもこの呪いさえ解けたなら、あの者に負けないくらいのナイスバディになるはずなのだ……!)
 心の中では悔しさに震えているものの、あくまで外見上は無愛想な様子のリリ。
「……まあ、いいわ。もし無関係なら、巻き込まれないように気をつけなさい」
 言って飛び去る鈴花に少しだけ視線を向けて、リリがまた魔導書を読み耽る。
(……このまま隠れ続けたら、勝者になれるだろうか。景品は……あのみずぼらしいモップスとかいった使い魔のことだ、ろくなものではないだろう。……ふぅ、呪いを解く鍵はどこにあるのだろうか)
 ため息をついたリリが、本を閉じて傍らに置き、ポットに手を伸ばした矢先のこと。
「うわ、うわわ、これ、どうやって止めるのー?」
「フィッツ殿! 今、お助けします!」
「あ、ありがとう、ルーザスさん」
「いやいや、これくらいなんてこと……ってフィッツ殿、箒から手を離したら落ちますよー!」
「え? あ、あれ? ……うわあああぁぁぁ!?」
 上空でなにやら声がしたかと思うと、フィッツ・ビンゲン(ふぃっつ・びんげん)とそのパートナー、ルーザス・シュヴァンツ(るーざす・しゅばんつ)が、リリの真上の枝に落ちてきた。
「……ホント邪魔。今すぐ消えて」
 落ちてきた葉っぱまみれになったリリが、険しい視線を真上へ向ける。
「ご、ごめんなさい! こんなところに人が居るなんて思わなかったです」
「申し訳ない……」
 樹から降りてきたフィッツとルーザスがリリへ頭を下げる。それに応えることなく、リリが魔導書の文字を追っていく。
「……彼女もかくれんぼに参加しているのかな?」
「どうなのでしょう……それよりもフィッツ殿、あの本……」
「え? あの本がどうしたの?」
「禁帯出のラベルがついています。持ち出してはいけない本なのでは――」
 その瞬間、下で大きな爆発が響いた。
「……あら、誰かが見つかったのかしら」
 リリが本から目を離し、下に視線を向ける。

「それそれー! あははははっ、魔法使うのってたのしーねー!」
 その校舎内ではリンネが、逃げる生徒に向けて容赦なく魔法を連発していた。校舎内だからなのかリンネの放つ火弾は小さめなものの、その分威力は増されているようにも見えた。
(と、とにかく逃げないと……!)
 遠くに誰かの悲鳴が聞こえる中、とある教室の机の下に身を潜めていたサクラ・クロンツェル(さくら・くろんつぇる)が起き上がり、廊下を注意深く見渡していた。幸い教室や廊下は、ちょっとやそっとの魔法攻撃では壊れないように対策が施されているようだが、生徒はその限りではないのである。
「く、くーちゃん……なんかどーんって音がして、きゃーって声が聞こえて、こわいの……お化け屋敷みたいで、こわいの……」
「ああ、大丈夫だ、白癒樹。まったく……リンネとか言ったか、あいつ、ただ魔法ぶっ放したいだけだろう……」
 そこに、槐 白癒樹(えんじゅ・しらゆき)とそのパートナー、捧 紅無威(ささげ・くれない)、紅無威が白癒樹を抱きかかえる格好で歩き去っていく姿が、サクラの視界に映った。
(あ、あの人たちも参加者でしたよね? 付いていけば大丈夫でしょうか?)
 意を決して、サクラが廊下に飛び出す。時折伝わる衝撃に身体を揺らしながら、先行する2人に少しずつ追いつくサクラ、そして廊下の先が開け、見事な彫刻が施された空間に出たところで、一際強い衝撃が2人とサクラを襲う。
「きゃっ……!」
 駆けていたサクラはそれによってバランスを崩し、前を歩いていた紅無威の背中を押してしまう。
「むっ?」
 身体を押された紅無威は、迫る壁に対し咄嗟の身体能力で白癒樹を守るように反転し、背中に壁がぶつかる。すると壁は紅無威を押し返さず、なんと回転して奥の空間に2人を招き入れる。
「えっ? きゃーっ!」
 サクラもそれに巻き込まれ、3人が奥の空間に飲み込まれる形で、壁は半回転して何も無かったように静まり返った。
「いたた……ご、ごめんなさい、私がつまずいてしまったせいで、こんなことになってしまって」
「……いや、大丈夫だ。……む、それより白癒樹はどこに」
「うわー……くーちゃん、見て下さい、すごいです……きれいです……」
 抱いていたはずの白癒樹がいないことに気付き、辺りを見渡した紅無威は、白癒樹の無邪気に喜ぶ声に振り向く。そこでようやく、地面や壁一面を覆う何かが、差し込む光を受けて七色に輝いているのを目の当たりにした。
「これは……何だ? 塵ではないようだが」
「キレイですね……思わず見惚れちゃいます」
「ここがきっと、しらゆきの幸せな場所なのです……しらゆき、ずっとここにいます」
「いや……流石にそれは無理だろう。それにこれが終わったら、パーティーがあるんだろう」
「あっ……そうだったの。しらゆき、何だかお腹が空いてきたの」
 お腹を押さえてしょんぼりした表情を見せる白癒樹、思い出したようにサクラがポケットを探る。
「あの……これでよかったら、食べる?」
 中から取り出したのは、丸い形をしたキャンディー。
「あっ……あの、ありがとう、ございます」
 キャンディーを受け取った白癒樹がそれを口に頬張る。
「……おいしい」
「すまないな、俺が何か持っていればよかったんだが」
「いえ、元はといえば私のせいですし。……でもここ、安全そうですよね。リンネさんもここは、知らないのかしら?」
「さあな。居心地は悪くないし、しばらくここでゆっくりしているか」
「そうですね」
 そうしてサクラと白癒樹、紅無威は、自己紹介などをしながら会話に花を咲かせていた。