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海開き中止の危機に!

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海開き中止の危機に!

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第一章 砂浜を見下ろして

 海開きを明日に控えた空京の砂浜に打ち上げられたのは大量のファイアサラマンダーの繭。孵化が始まっている繭が5つ、すでに孵化を終えたファイアサラマンダーが3体。雄叫びを上げたその時から全身に炎を纏い、鋼板さえも噛み砕いてしまうであろう牙を見せつけるように口を開いて威嚇している。
 一体のファイアサラマンダーを目の前にして、長く美しい黒髪の百鬼 那由多(なきり・なゆた)とそのパートナー・ヴァルキリーのアティナ・テイワズ(あてぃな・ていわず)が立ち構えている。
「厄介なのは、あの炎。アティナ、前衛は任せますよ」
「はぁ。ねぇ那由多、本当にこのトカゲさんと戦うのですか?」
「もちろんです、せっかくの新作水着お披露目の邪魔をするなんて、許せませんわ」
 サラマンダーを睨みつける那由多の瞳には怒りと決意が込められている、アティナにも、そう見えてはいたが、前衛を任された事がアティナの心を湿らせていた。
「火傷しちゃったり髪の毛がチリチリになったら最悪ですわね…」
「アティナは生粋の前衛さんですから、大丈夫で」
 那由多が言い終える前にサラマンダーが大きな口を開けて突進してきた。跳び避ける2人、無論に同じに跳んで前後衛の陣は崩さない。
 着地と同時に那由多がリターニングダガーを投げつける。風の如くに飛び向かっても、サラマンダーの硬い皮膚を貫くことは出来なかった。
「やはり皮膚はダメ… それなら… アティナ!」
「了解ですわ」
 アティナは左右への素早い切り返しでサラマンダーに近寄りて、自身の姿を視界に捉えさせると、引いては近づき左右にも避けた。アティナの姿を追いてサラマンダーの口が開いた、その瞬間、那由多のダガーがサラマンダーの口の中へと飛び刺さる。
「よし、いけるわね。次っ」
「ちょっ、那由多、押さないで下さい」
 雄たけびをあげて悶えるサラマンダー。その身を纏う炎は一段と強く大きくなっていた。


「そんなに睨んでも怖くないんだよ」
 ぶかぶかの波羅蜜多ツナギを着た八月十五日 ななこ(なかあき・ななこ)は辛うじてファイアサラマンダーを見下ろせていた。力んだ口から小さな八重歯が見えている。
「おっ、八重歯発見。ななちゃん位、背がちっさいと余計に萌えるよねぇ」
 ななこの事を「ななちゃん」と呼ぶのは空閑 桜(くが・さくら)、子供っぽい笑顔からは、こちらも八重歯がみえている。
「ちっさくないよ!桜だって小さいじゃん」
「はっはっは、私はついに50の大台に乗ったのだ、ななちゃんは、30手前だっけ?」
「うぅ〜、いちゅか絶対大きくなるんりゃから」
 見栄を張っているのだろうか、無意識だろうか、どうも100の数字もセンチメートルの単位も付いていない、それでも当人たちには通じるているようではあった。
 仕込み竹箒を握るは「ななこ」、素早い動きで近づくと、その横腹目掛けて竹箒を撃ち込んだ。しかしやはりに動じない、サラマンダーの体は小さく揺れた程度で、むしろ竹箒に炎が移り来ていた。
 空を裂く音、炎を裂く音、竹箒が斬られる音、ランスがそれらを同時に起こしていた。
「何をするです」
「先っぽだけで良かったでしょう。武器が無ければ楽しさ半減♪」
「うぅ〜、桜のランスには、負けたくない」
 小さな頬が膨れている。それでも2人は笑顔である。自分よりも大きくて強いであろう存在に立ち向かう楽しさと緊張感。それを共有できる、共に戦える。隠せない笑顔を身に付けて、2人は同時に走り出していた。


 浜への入り口、玄関口では幾人かの生徒達が浜への進入を躊躇しているため、小さな集まりが出来ていた。その中の一人、ローグの米山 和揮(よねやま・かずき)だけは誰よりも冷静だった。
「サラマンダーの討伐、繭の撤去、どちらにしても砂浜は封鎖すべきか」
 和揮は口元に手を当てて、思考を更に深めてゆく。
「浜を封鎖すれば外界への被害は食い止められる、が、討伐要員の選別と周辺警備にも人員を当てねばならない。時間の経過は我々には不利だ、いかにして繭を素早く撤去するかがポイントになりそうだが、あいにく僕の筋力は持久力に欠ける、撤去作業は不向きだろう。それならば」
 集まりの中に目を向ける和揮。シャンバラ教導団の軍服に身を包み、髪を後ろで束ねた可愛らしいチビッ子、士 方伯(しー・ふぁんぶぉ)の目力に視線を奪われた。
「僕と一緒にサラマンダー討伐をしないかぃ?多人数での行動が絶対有効な場面だと考えるんだが」
 和揮が彼女を誘う、それでも彼女は小さく笑うだけであって、
「その考えは理に適ってはいる、が、オレは面倒事は嫌いなんだ、繭を撤去する側に回らせてもらうぜ」
 そう言ってパートナーを連れて浜へと歩み入って行くのであった。
「正直だねぇ、残念。で、君はどうだい?僕と一緒に」
 和揮と方伯のやりとりを見ていた時雨 双麻(しぐれ・そうま)。声をかけられ、一度俯いて考えるも、顔を上げた時には決意していた。
「俺はファイアサラマンダーと戦いたい。戦闘の中心は俺だ」
「頼もしいねぇ、大歓迎だ。一気に攻めるとしよう」
 和揮と双麻は並びて浜へと降りてゆく。標的とするサラマンダーを捉えると、2人は揃って駆け向かっていった。

 
 さぁて来ました来ましたよ、変熊 仮面(へんくま・かめん)がやってきましたよ。
 「態」じゃないのよ「熊」なのよ。そう、彼の一張羅は一張「裸」、薔薇学マントに赤マフラー、赤い羽の仮面を身につけて仁王立ちにてサラマンダーに対峙している。
「孵化したなら、その殻は自分で片付けんかぁ!!」
 突然に叫びだして言い放ったもんだから、サラマンダーも目を丸くして、持ち込んだバイクを押して砂と格闘していたカーシュ・レイノグロス(かーしゅ・れいのぐろす)の視線を呼び集めた。無論、カーシュの目も丸くなっている。
「貴様、私を見ているなっ!」
「んな格好してりゃ、見るだろうがよ!」
「ならばじっくりとみてもらおうか!」
「それも無茶だろうが!来んじゃねぇ!」
 腹を突き出して歩もうとする変熊、そして逃げようとして顔を引きつらせるカーシュ。そう、2人でなんだかんだと言ってる間に、サラマンダーが炎を吐こうとしているのだよ。「うわぁぁぁぁ、おっさん、後ろ」
「誰がおっさんか!俺様は未成年じゃぁ!」
 炎が放たれましたよ。さぁて、黒焦げは、だぁれでしょうね。


「ほう、これはこれは、めずらしいのう」
 外見年齢は50歳近いであろう老魔法使いであるラベル・オバノン(らべる・おばのん)が、見下ろした浜に何体かのファイアサラマンダーを見つけて心の内を零せば、
「あぁ〜先客が居る〜! 一番乗りだと思ったのにっ!」
 と、若さ一杯のミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、すでに浜に降りている数人の生徒達を見て、もちもちの頬を膨らませて口までも尖らせていた。
 夏の海だというのに、その美しいうなじに汗粒の一つも滑らせていない姫神 司(ひめがみ・つかさ)と、蒼空学園の制服を清潔感たっぷりに着こなしたエドワード・ショウ(えどわーど・しょう)も浜を見下ろして微笑みと苦笑いを共に得ていた。
「さてエドワード、孵化したファイアサラマンダーの鎮圧は現在戦闘中の者達に任せるとして。我々は繭の撤去に一役買おうと思うのだが」
「はぁ、やはりそう来ますか。夏の砂浜には水着姿の女性たちを期待していたのですがね」
「ファイアサラマンダーと繭を排除すれば、女子たちも沸いてくる。分かり易くてよかろう」
「その若さでオナゴなんて言い方をするのは姫神嬢くらいでしょうね」
「その呼び方は止めろ。悪女に聞こえかねん」
 孵化を終えているサラマンダーの数は多くはないが、時間の経過と共に状況は確実に悪くなってゆく。
「そうですね、浜に流れ着いたのですから、繭は水には浮くはずです。ならば地引網やバレーのネットのようなもので囲み包み、船舶等で曳航するのが良いかと思います」
「それならば繭の上には濡れた布を被せると良い。直射日光を防ぎ、熱を下げるからのう」
「見えてきたな、我々の取るべき行動が」
 視線を合わせてから浜と眉を鋭く見つめる姫神、ラベル、エドワードの3人。そしてミルディアも既に浜に足を踏み入れている者達を順に鋭く睨み付けた。
「うぅ〜、こうなったら一番で海に入ってやるぅ。真奈、サッと繭を撤去して、パッと海に入るよっ!」
「えぇ、手伝いますわ。がんばりましょう」
 ミルディアのパートナー・和泉 真奈(いずみ・まな)が優しい笑顔を見せて応えると、目つきの悪さが特に目立つ樹月 刀真(きづき・とうま)も姿を見せてミルディアに同意した。
「俺達も手伝うよ。俺達だって早く海に入りたいからな」
「わしは、孵化したサラマンダーと戦う若者たちに、僅かながらの知恵を授けるとしようかのう」
「では私は運搬に使う船や機材の調達をしましょう」
「各自、それぞれに出来ることを精一杯に行うこと。健闘を祈る!」
 姫神の言葉に、皆はそれぞれに散り飛び出していった。姫神が足に力を込めた時、姫神の視界に青と白の波が姫神の視界に入った。
「海か…。海といえばやはり水着であろうか」
 そう言って姫神は小さく笑みを浮かべると、皆と同じに浜へと飛び出していった。

 
 何とも幼きその姿、余計に引き立つは大きな胸。晃月 蒼(あきつき・あお)は金髪のロングウェーブも一緒になって飛んでは跳ねて海へとスキップしている。
「海!夏!海と言えば夏、夏と言えば海、海と言えるなら、水着!」
「蒼様、お気をつけ下さい、いつサラマンダーの強襲を受けるか分かりませんぞ」
「ねぇ見て見て、水がキレイだねぇ」
 耳は両にあれども付いているだけ、そう思えるほどに蒼は海にまっしぐらだ。
「やれやれ、危なっかしくて見ておれませんな」
 聖者の絹衣を着た長身の守護天使、レイ・コンラッド(れい・こんらっど)は蒼の半歩後ろに着いた。
「蒼様、サラマンダーとその繭を何とかしないと、海には入れませんぞ」
「うぅ、うっ、そうだ、トカゲちゃん達の事は皆にお任せして、ワタシたちは海の家を作ろう!あっ、ほら、あっち、屋台の準備みたい、行ってみようっ!」
「かしこまりました」
 浜の隅、サラマンダーの姿も繭も近くには見えない、その浜に、何人かの生徒が集まっている。子供と大人、蒼とレイ。蒼の心も共に跳ねていた。