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リアクション
1日目 日曜日
蒼空学園・図書館前。
穏やかな日の光と心地よい空気が香る、日曜日の昼下がり。
いつもならもう少し活気のある図書館なのだが、今日は図書館へ向かう生徒の姿はまばらだった。
どうも先日の騒動が原因のようである。騒動とはつまり、図書館利用者を驚愕させた、柳川さつき先生の「娯楽図書撤去」騒動の事だ。勿論、図書館を利用する目的は娯楽図書だけではない。だが、利用者の大半は若者達であり、一切の娯楽が消えた図書館というのは、若者達にとっていささか魅力の欠けるものである事は否めない。図書館から活気が消えたのも、当然と言えば当然の結果なのである。
そんな静けさの中、図書館の前にテントを設営する生徒の姿があった。
「……よし、こんなもんだろ」
大型のテントを組み上げ、犬神疾風(いぬがみ・はやて)は満足そうに頷いた。
「キャンプみたいでワクワクするね」
と、隣りでそう言ったのは、パートナーの月守遥(つくもり・はるか)である。
「遊びに来てるんじゃないぞ、遥」
そうは言ったものの、楽しいか楽しくないかで言えば、疾風は超楽しいと思っていた。テントとかキャンプと言った言葉には、少年をワクワクさせる魔法がかけられているのだろう。だが、図書館に自由を取り戻すという使命の手前、表には出すまいと決めていた。
「俺たちは重大な目的のためにだな……」
「でもでも、すっごい楽しいよ、師匠」
遥はテントから出たり入ったり、どうにも落ち着かない様子だ。
「……ちょっと中の具合も確認しておくか」
コホンと咳払いして、疾風も遥と一緒に出たり入ったりし始めた。
「あ、そうだ。女子のテントも立てなくちゃね」
もう一組テントが外に転がっていた。さすがに男女が同じテントで寝泊まりするのは、まずいだろうとの配慮から用意されたものである。例え同じテントで寝泊まりしても、妙な気を起こす人間はいないであろうが、それはそれで男子には辛いものなのだ。
「ああ、あとで立ててやるよ。でも、その前に……」
疾風の腹がグゥとひもじそうに鳴った。
「昼飯はまだか……」
「初島さんたち、遅いねぇ」
「あいつら、町で美味いもん食べてるんじゃないだろうな……」
「まあまあ、もうじき帰ってくるよ」
恨めしそうに言う疾風を、時枝みこと(ときえだ・みこと)がなだめた。
みことはパートナーのフレア・ミラア(ふれあ・みらあ)と一緒に、看板制作に励んでいる所だった。
「お、いい感じじゃん」
看板には『恋愛小説を我らに! 図書館の自由を取り戻そう!』の文字。
「我ながら会心の出来だよ」
「あとは垂れ幕も作らなくてはいけませんね」
と、ペンキを塗りながらフレアは言った。
「作るのはいいけど、置かせてもらえる所は見つかったのかい?」
「カフェテラスのほうで、垂れ幕を下げる許可は頂きましたよ」
「へえ。よく許可がおりたな。でも、あそこなら人通りもあるし、垂れ幕を下げるにはちょうどいいね」
そんな話をしていると、買い出しに行っていたメンバーが帰って来た。
「ごめんね、遅くなって」
初島伽耶(ういしま・かや)とパートナーのアルラミナ・オーガスティア(あるらみな・おーがすてぃあ)。そして、荷物持ちを買って出た赤月速人(あかつき・はやと)である。
「遅かったな、俺もう空腹で目眩がしてきたぜ」
大げさに言ってみせる疾風に、伽耶はくすくすと笑った。
「ごめんごめん。お弁当買ってきたから」
そう言う伽耶から買い物袋を受け取り、みことは「ん?」と怪訝な顔で袋を覗き込んだ。
「あの、初島さん……。なんだか大量のお菓子が買い込まれてるんだけど」
スナック菓子は全味網羅、甘いチョコレート菓子も各社よりどりみどり、新製品にはしっかりチェックを入れつつ、大福餅や饅頭などの昔ながらのお菓子もばっちりそろい踏みである。そして、長年おやつか否かで議論が続くバナナも『おやつ』枠で参戦しているのであった。
「買い過ぎじゃないですか……?」
フレアとみことは顔を見合わせた。
「太るよ、キミ……」
「ふ、太りません!」
最近、気になり始めたウエストに不安を抱きつつ、伽耶は反論した。
「女の子は甘いものがエネルギー源なのよ!」
「うんうん。わかる、わかるわー、その気持ち」
嬉しそうにお菓子を漁りながら、賛同したのは遥だ。
「遥ちゃん! 同志!」
「そうそう。あれこれ悩むのは太ってからで良いのよ」
遥の手を取る伽耶の横で、アルラミナはバリボリとチョコバーをむさぼりながら言った。
「って、昼飯前に菓子食べるのかよ!」
思わず突っ込みを入れた疾風に、動じる事なくアルラミナはこう答えた。
「食前食よ」
勿論、そんな言葉はこの世にない。
伽耶とアルラミナの二人は、考えるより先に身体が動くコンビである。特にアルラミナはその無謀さが引き起こす騒動で有名だった。あまりに後先を考えない楽天ぶりに、周囲では何か宗教上の理由で無謀さを崇拝しているのではないかと噂されているが、ただ単に物事を反省する力が不自由なだけである。
のちにこの大量のお菓子が、伽耶とアルラミナのウエストに恐るべき呪いをかけるのだが、それは一週間ほど先の話なので、置いておこう。それはまた別のお話なのである。
「女の子は少しばかり太めのほうがモテるって言うから、別にいいんじゃないか?」
どこか適当な調子で言ったのは、速人だった。
「少しばかりですめば良いんだけどね」
「あまり食べ過ぎないようしてくださいね」
呆れ顔のみこととフレアである。
「……ところで、速人さん」
ふと、怪訝な表情で疾風は尋ねた。
「どうした、犬神?」
「見間違いである事を願ってるんだが、さっきから飲んでるそれって……」
速人の手には茶色の小瓶。疾風の見間違いでなければ、世間では酒瓶と呼ばれるものである。
「これはだな、飲めば飲めむほど楽しい気持ちになれる不思議な飲み物だ」
満面の笑顔で言う速人を尻目に、顔を見合わせる疾風とみこと。
「酒だよな?」
「酒だね」
「師匠、僕もあれ飲みたい」
楽しい気持ちになれると聞いて、遥は好奇心に満ちた目で酒瓶を見つめた。
「飲むか?」
期待に応えて、速人は快く酒瓶を差し出した。
「飲んじゃえ、飲んじゃえ」
「へえ、お酒ってそんなに楽しいんだ……」
無責任に言うアルラミナ、伽耶も少しばかり興味を持った様子である。
「いいか、遥。あれは昼間飲めば飲むほど、社会的地位が危うくなる恐ろしい飲み物なんだぞ」
疾風は遥の肩を掴み、真面目な顔で言い聞かせた。
「さ、さすが師匠。博識だね」
昼間でなくとも、未成年に酒をすすめる時点で、速人の社会性は危ういが。
「昼間からお酒なんて不健康ですよ」
フレアは心配そうに忠告した。
「お、心配してくれるの、フレア?」
「どちらかと言えば、ワタシ達の活動のほうが心配です」
なんだか嬉しそうな速人を見て、フレアは深くため息を吐いた。
「これから先生とやり合おうと言うのに、お酒なんて飲んでたらまともに相手にされません」
「あ、そう言う事……。でも、俺はほら二十歳過ぎてるし、問題はないんじゃ……」
「大人なんですから、しっかりしてください」
「わ、わかったよ」
別れ惜しみながら、速人は酒瓶を懐にしまった。
さて、待ちに待った昼食である。
「昼はお弁当になっちゃったけど、夜はあたしが作るからね」
気合いの入った伽耶の言葉に、男性陣は期待のこもった眼差しを向けた。
「女子の手料理かぁ……、今から夕食が待ち遠しいな。なぁ、犬神」
「わかるよ、速人さん。これこそキャンプの醍醐味だよな」
楽しいキャンプの夕べを想像し、二人はしまりのない笑顔を浮かべた。
「ワタシも手伝うからね!」
無駄に気合いの入ったアルラミナの言葉に、男性陣は思わず目を背けた。
「アルラミナって、家庭科の成績やばくなかったか……?」
「なんだか消し炭みたいな料理を作ってたような……」
「今のうちにカップ麺を用意しとこうか……?」
みことの提案に、二人は静かに賛同した。
「あ、そうだ。これ渡しておくね」
ふと思い出して、伽耶は用意していたタスキを取り出した。
タスキには『図書館に自由を!』の文字。そう。今更言うのもなんだが、彼ら七名は『学生活動家』チームなのだ。娯楽図書の解放を世に呼びかけるため集結した有志である。これからしばらくの間、図書館前のテントで寝泊まりしつつ、解放活動に空いた時間を費やす計画なのである。
「ああ、そうそう。言い忘れてたけど、明日から署名活動してくれる子がいるって」
伽耶がそう言い加えると、疾風は箸を止めて弁当から顔を上げた。
「へえ。そいつは助かる」
「うん。私が学生活動家するって言ったら、協力するって言ってくれたんだ」
「仲間は多いにこした事はないよな」
「オレからも一つ報告」
そう言って、みことは手を挙げた。
「引率の先生を頼んでおいたよ」
「引率……?」
事情が飲み込めず、疾風は首を捻った。
「いや、学園内で活動するんだから、先生についてもらったほうが良いと思ってさ」
「勝手に活動して、他の先生方の反感を買うのは良くありませんし」
フレアがそう付け加えて、疾風は納得が言ったようだ。
「ああ、なるほどな」
「ちなみに、引率には柳川先生を指名しておいたよ」
「上手くいけば、交渉の機会が増えるってわけか……」
「まあ、わざわざ対立してるオレたちの所に来てくれるかはわからないけどね」
「その時はその時で、また考えれば良いさ」
そう言って、速人は空いた弁当箱を持って立ち上がった。
「よし。昼飯が終わったら、明日に備えてもう一仕事しようぜ」
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