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リアクション
懐かしい記憶
試験勉強もお手伝いもしていない生徒たちはというと、カンナが何をするつもりか気づき始めたようだ。
生徒の半分は地球出身者。ならば、日本や中国出身の者は知っているのは当然だろうし、他国でも噂くらいは聞いたことがあるかもしれない。ここにも1人、気付いた生徒がいた。
椎名 真(しいな・まこと)は料理の腕前を活かしてルミーナの手伝いをするつもりだったが、集合場所に多数の生徒が集っていたので自主的に何かを用意出来ないかと校舎内を歩いていた。
(とは言え、そう都合良く材料が揃っているとも限らないしな……)
地球にいた頃は、家族揃って行っていた行事に懐かしい気持ちがこみ上げる。あのときもこうして準備を手伝っていたが、学校に閉じ込められている状態では勝手が違う。
(外に出られないってことは、植物を取りに行くのは不可能だよね。ということはやっぱり――)
「きゃあっ!?」
「わっ!? だ、大丈夫?」
考え事をしながら歩いていたら、出会い頭に沙幸とぶつかってしまった。それほど勢いが強くなかったためよろける程度で済んだものの、1歩間違えれば女の子に怪我をさせるところだった。
「ごめん、まさか誰かが来るなんて思わなくて」
「私こそごめんなさい、急いでススキを取りに行きたくて」
「ススキ? ってどこに。校舎の中にあるの?」
真に言われて、沙幸はようやく気がついた。今は校舎の外に出ることが出来ない、つまりススキも外には取りに行けない。
「そんなぁ……せっかく美海ねーさまとステキなお月見をしようと思ってたのに」
がっくりと落込んでしまう沙幸だが、やはり同じようなことを考える人はいるんだなと真は微笑んだ。
「じゃあ、一緒に作らない? 俺もススキの模造花作ろうかと図工室に行く途中だったんだ」
「作れるの!? 行く行くっ!」
さっきまであんなに落込んでいたのに、パアッと顔を輝かせるものだから思わず吹き出してしまいそうになる。
では2人で頑張ろうと図工室へ足を向けた矢先、後ろから数人の足音が聞こえてきた。
「今の話は、本当ですかっ!?」
どこから話を聞いていたのか、樹月 刀真(きづき・とうま)が真に向って走ってくる。その後を追うように、5人も駆け寄ってきた。
「ええと、どの話かな」
「ススキの模造花を作れるとかどうとか……」
どうやら、図書室周辺と違い静かな廊下では普通の話し声でも響いてしまっていたようだ。けれど、そのおかげで思わぬ人数と作業出来そうだ。
「材料さえあればね。ひとまず図工室を探してみよう、なければ、用務員室とかならあるかもしれないし」
「なら、俺が先に用務員室で聞いてきます。どうせなら、たくさん作って盛り上げたいですから」
「そう? それじゃあ――」
影野 陽太(かげの・ようた)が名乗り出てくれたことで、各々材料の心当たりがある場所に行ってから図工室へ集合となった。
そして手分けして材料を探す途中、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)はルミーナと出くわした。
「あら、こちらに何かご用事かしら」
「校長の手助けになればと、独自の判断で用意したいものが……」
今頃は料理班などの指示で忙しいとばかり思っていたのに、なぜこんなところで出会ったのか。もしや、この先に校長が望む物でもあるというのだろうか。
「……あなた方は、気付いているのね。なら、お願い出来るかしら」
「もちろん、お役に立てるのであればご用命を」
深々と頭を下げた、イーオンが頼まれたもの。それは、カンナからのリストに載っていた1つであり、誰もが用意することなど思いつかなかったようなもの。
一緒に話を聞いていたアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)とフェリークス・モルス(ふぇりーくす・もるす)も少し驚いたような顔でお互いの顔を見合わせ、そしてそれがカンナの望みであればと、3人はそれがある場所へ急ぐのだった。
あちらこちらでカンナの目的のために動く生徒が多い中、支倉 遥(はせくら・はるか)は自身の欲求に忠実だった。パートナーの伊達 藤次郎正宗(だて・とうじろうまさむね)を連れ、校舎内を探索しているようだ。
「あれ、家庭科室じゃないんですね」
料理班なら活動場所は家庭科室だろうと睨み訪れた物の、暗い教室にもちろん人の気配はなく鍵も閉まっている。
「支倉の、折角勉強から逃げ出したのに手伝いへまわるのか?」
「まさか。夜の校舎って楽しそうなのに図書室に閉じこもってられないでしょう。それに」
「腹が減っては戦は出来ぬしな」
遥が何を言わんとしているか気付いた正宗は、声を揃えて答えた。さすが、遥の脱走計画を鋭敏に感じ取っただけはある。
次の目的地を相談しながら歩いていると、違和感を感じて足を止める。
「……今、他の足音が聞こえなかったか?」
くるりと正宗が振り返るも、そこにはがらんとした廊下が続くだけで人影など全くない。
「私は聞こえなかったけど、夜の校舎ってかんじですね!」
少し浮かれつつも、気のせいでしょうと正宗をひっぱり歩いて行くが、やはり様子がおかしい。数メートル歩いてやっと遥も気付いたらしく、声を潜めて正宗に作戦を持ちかける。
「そこの階段まで歩いたら、2人で一気に振り返ってみましょう」
「ああ、万が一の場合は駆け上がって逃げることも出来るな」
こちらの足音に合わせているようなもう1つの足音。単なる見回りの先生なら声をかけてくるだろうし、生徒会役員ならなおさら課題はどうしたと詰め寄ってくるだろう。ドキドキとしながらそれを悟られぬように歩き、そして勢いよく振り返った。
「……もう、鬼ごっこは終わり?」
微笑を浮かべるベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)は、そこいらにいる男子生徒より格好良いがれっきとした女性。しかし、見惚れてはいけない要因は性別的問題ではなく、その手に持っている物が問題なのだ。穏やかな笑みに似合わない釘バットは、愛用の品なのだろうか……使い込まれたあとが見て取れる。
「ベアトリクス……!?」
彼女に勉強を見てもらっていたのは十数分前。成績がよろしくない2人は勉強を頑張っていたのだが、遥はつまみ食いに、そして正宗は飽きてその場から逃走。そのコンビネーションと言えば、念入りな打ち合わせがあったように思われるが実際には全くなかった。
「図書室付近のトイレは混雑していなかったのに、一体どちらまで?」
「え、えーっとぉ……」
顔を引きつらせたまま笑っても、ベアトリクスに効果はない。2人は息を合わせて階段を駆け上がった。
こうして、勉強会が一転して壮絶な鬼ごっこが始まる。はたして、遥と正宗は無事に逃げ切ることが出来るのだろうか。
「悪い子はシメないといけませんね……フフ」
……無理かもしれない。
大騒ぎしていた図書室も、段々と静かになってきた。そろそろ真面目に勉強を始める者や、息抜きに読書をする者で分かれたが、永夷 零(ながい・ぜろ)は後者のようだ。ある程度課題もやったので休憩にしようと主に音楽関連の棚を歩き、めぼしい本を数冊抜くとパートナーのルナ・テュリン(るな・てゅりん)を探しに行く。
「おいルナ、本決まったのか?」
「ふわぁっ!? い、いきなり声をかけないでくださいまし」
では、どうやって声をかけろと言うのだろう。余程真剣に読んでいたらしい本の内容が気になって、零は視線を落とした。
「あー、家庭科かぁ。どうだ、その本わかりやすそうか?」
そういや苦手だっけ、と呟きながら棚の高い所を見る零にルナは見つかってしまった気恥ずかしさで俯いてしまう。確かに苦手な家庭科に関する本かもしれないが、手にしているのは料理の本。それに、中間考査に家庭科は関係ないだろうから感づかれたかも知れない。
「お、これとかいいんじゃないか。……へぇ、結構美味そうだぜ」
ほら、と差し出した本は「お料理1年生」と書かれた初心者を対象にした本で、表紙の写真は基本のおかずたちが並んでいる。
「ゼロは、こういったお食事がお好きでございますか?」
「んー、変に豪華な物より毎日食べても飽きないのがいいかな」
(……なるほど、覚えておくと致しましょう)
ニコニコしながら本を受け取ると、空いてる席で並んでゆっくり読書をするのだった。
仲良く息抜きをしているペアと言えば、甲斐 英虎(かい・ひでとら)と甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)だろう。同じ天文部に入っている2人は、やはり息抜きも星に関する本だった。不思議な銀河を走る鉄道の本を読んでいると、ふと今日が何の日か思い当たった。
「……ああ、今夜はあれかなー? もしそうだとしたら、カンナ様ってば可愛いよね」
「トラ、一体どうしました?」
「ん、ユキノは団子って何が好き?」
質問を質問で返されてしまい、キョトンとするユキノ。休憩時間なのだから、そういうたわいもない話をするのは構わないのだが、英虎が何を考えているのかさっぱり見当がつかなかった。
「お団子ですか? あたしは『ずんだ餡』が好きでございます。トラの一番は、みたらしですよね?」
「そうそう、やっぱりお団子だよな」
もしかして、お腹でも空いたのだろうか。きっとお夜食が配られることを期待して、何も口にしていないから仕方ないといえばそうなのだが、それにしては英虎は嬉しそうだった。
「な、今からちょっと部室に行かないか?」
「まだお勉強が終わっていませんよ。トラの苦手科目はあと……」
そう言って、隣に避けられてしまった参考書を見る。勉強を始めた頃は「英虎君って頭もいいのね!」なんて女の子たちに褒められたいという理由で取り組んでいたわけだが、休憩になったのをいいことに再開しようとはしない。
「今日は特別な日だと思うんだ。カンナ様の放送、おかしかっただろ?」
「それは……確かにそうですけれど」
空白の5千年間を埋められると、せっかく勉強を楽しみにしていたのに。しゅんとしてしまったユキノに耳打ちをする英虎。
「そういうことでしたら、部室に参りましょう!」
テスト直前とは言え、勉強する時間はまだある。けれど、今日という時間は逃してしまえば取り戻すことが出来ない。 2人はきちんと本を片づけて、部室へ向うのだった。
そして、九条院 京(くじょういん・みやこ)と文月 唯(ふみづき・ゆい)もまた何か思うところがあるのか怪しげな荷物を図書室へ持ち込んでいた。ビニール袋にくるまれていて中身を予想することは出来ないが、彼女たちの横を通る生徒たちはさして気にもしていない様子。どうやら、普段から怪しい行動をしていることで有名らしい。
「これが、こうなる……っと。これで間違いないのだわ!」
「うんうん、よくできました」
小さな子供にするように頭を撫でれば、ムッとした顔で払いのけられてしまう。けれど、そんな可愛らしい反応を予想した上での行動だと言えば、もっと怒られそうなので言わないことにする。
「わざわざ夜まで学校に残って勉強なんて……って思ったけど、たまにはこんなのもいいモンね」
少しだけイタズラに笑う京につられて、唯も微笑み返す。最終下校時刻もとっくに過ぎ、辺りはきっと真っ暗なのだろう。校舎の中は明るく照らされていても、鳥の鳴き声や部活の声だってしない。微かに虫の声が聞こえてくる程度だ。
「なんだったら、理科室に標本見に行ったり音楽室に行ってピアノを聞いたりするか?」
図書室ということを気遣って小声で話すが、こういうのも内緒で持ち込みした物もそして今夜起るであろうことも……全てがいつもとは違う。いつだって目立ちたがりやだから小声でなんて話さないし、周りを驚かすために変な物を持ち込むことはあっても、これはきっとみんなが喜んでくれる物。それに夜の校舎なんて滅多に来れない為か、少し気分が高揚気味かもしれない。
「ねぇ、唯は何が1番楽しみなの?」
「俺?」
カンナが何をしたいのか察している2人。むしろ、そのつもりであるものまで持ち込んでいるのだから気付かないわけもなかった。
けれども、ここは意地っ張りなカンナの顔を立てて素知らぬフリで図書室で勉強してきたけれど、京が少し飽きてきたようだ。
「うーん……京が楽しそうに笑ってる顔かな」
登校途中に河原に寄ったときだって、アレを見付けてあんなに嬉しそうにしていた。今だって待ちきれないって顔をしているから、見れるときが来たら大喜びするに違いない。それはもう、自分が止められないくらいに。
「そう言うことを聞いているんじゃないのだわ!」
膨れっ面になる京を見て、自分から気付かないフリをしようと言い出したのを忘れてるんじゃないかとは思うけど、課題のタイムリミットまではもう少し時間がある。
「さ、お楽しみの時間にゆっくり楽しめるように、もう少し頑張ろうね」
渋々とページを捲って新しい問題へ取りかかる京を見て、自分も頑張ろうと唯自身も課題に取りかかるのだった。
そして、最初からハイペースで解いていた翔はと言うと……。
「も、燃え尽きそうだぜ…………」
終わりの見えない課題に、精神的にも体力的にもキツくなってきたのだろう。振るえる手でシャーペンを握りしめたまま、ゆっくりと机に突っ伏してしまうのだった。
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