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目指すは最高級、金葡萄杯!

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目指すは最高級、金葡萄杯!

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第三戦 金葡萄杯ついに開幕!!!


 会場といっても、コロシアムほど立派なものではない。村の広場の中央に円形の石畳があり、広さは半径10メートルほどの代物で、石畳の周りを低い柵が、そこから2メートルほど離れて石畳を囲うような2メートルほどの高さがある大きな柵があり、魔法でそこから中へ入るには参加者の資格が必要であった。その後ろに昨日用意された客席がある。所狭しと並んでいるのではなく、一部に密集して並んでおり、屋台が立ち並ぶ通りからもその試合の様子は見えるようになっていた。
 金葡萄が捧げられた祭壇は円形の石畳の北側に安置され、南側に実況席が設けられている。マイクテストを数回行った後、村中に響く声がスピーカーから流れた。
 

『やってまいりました! 金葡萄杯の本戦スタートです!! 本日は多くの腕自慢が集まり、会場の熱気も最高潮です! わたくし本日の実況を行わせていただくジ・キョーです! 解説役は、選手の皆様が持ち回りでするというニュースタイルなこの武術大会!! 第一回戦の解説はこの方!!!』
騎沙良 詩穂(きさら・しほ)です☆』
『いや〜、騎沙良選手かわいらしい制服ですね』
『自分なりにアレンジを加えたの〜可愛いでしょ?』
『いや〜眩しい! 心が熱くなってまいりました! 熱気に負けてしまいそうなアナタ! メインストリートにある『闇商人の屋台』にて、超絶美少女の悠ちゃんが配る葡萄ジュースを飲んですっきりしてくれぃ!!』

「おお、ちゃんと宣伝してくれているな」
「えええええ!!! やめてくださいよお! 知り合いが来たらどうしてくれるんですか!!」
「月島だとは誰も言ってないだろうし、悠も他の字を思い浮かべるだろうさ……多分な……」

 佐野 亮司はにんまりと笑って実況に感謝するが、月島 悠はウェイトレスのスカートのすそを無意識に目いっぱい押さえつけた。

『さて、まずルールを説明しよう。みんな、耳穴かっぽじってよく聞きやがれよ?その1、石畳の戦闘スペースからおりたら失格。その2、まいった等、自ら負けを宣言したら失格。その3、相手を殺したら失格。その4、本会上の石畳から5メートル以上高い位置に上がったら失格。両者が石畳の上に乗った瞬間から、試合が始まるぜ! と、こんなところかな。あとは光学迷彩をつけたレフェリートウ・メイマンが審判を行うぜ』
『どこにいるかさっぱり分かりませんね☆』
『さ〜! 午前中に実はこっそり行われていた予選大会で勝ち抜き、トーナメントに出場した雄雄しき戦士達! 今こそその力を見せるときだああああ!!!!』
『どこからどうみても30代のおっさんなのに、本当はまだ未成年なんです☆ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)さん!  セコンドにつくのはドラゴニュートのアイン・ディスガイス(あいん・でぃすがいす)さんです。お相手するのは、フリフリ白ロリが愛らしいシャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)さんで〜す☆ 今回は別の選手を応援しようとしてたらしいんですが、予選で落ちてしまったそうなので、急遽参戦! とのことです』

 紹介されてすぐ、両者は低い柵を開き円形の石畳の上に立った。筋骨隆々とした中年の風貌をもった青年、ラルク・クローディスは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。相手の姿を認めると、若干の脱力が否めないらしく、頭を幾度もかきながら、苦笑した。

「なんだか気が抜けちまうな、武術大会って聞いてたから、もっとこう……ガタイがいい奴が相手かと思ったぜ」
「コンディションは平気そうだな」
「ああ、任せてくれ。さっさと終わらせて、アインの特製弁当食べさせてもらうぜ!」
「……お弁当……はぅ、さっき食べ損なったのですぅ……」

 日傘をたたみ、新しく手に入れた鉄甲の調子を確かめていたシャーロット・マウザーはお弁当という単語を聞くや否や、ぐきゅるるるる、と寂しく音を鳴らすおなかに気がついた。気がついたときには、目の色が見る見るうちに変化し、口元をその愛らしさからはかけ離れたようにひん曲げた。そのぼんやりとした視線の先には、ラルク・クローディスがいた。

「なかなか噛み応えのありそうな身体ですぅ……おいしそうぅ」
「……は?」

 ラルク・クローディスが違和感に気がついたときには、視界の先にシャーロット・マウザーはいなかった。背後に殺気を感じてすぐさま振り向いてドラゴンアーツを仕掛けようと手を伸ばすも、ぴったりと肩口に腕を回されていた。ピンク色のツインテールから流れ出る甘い香りがラルク・クローディスの鼻をくすぐり、柔らかな衣服がその硬い背筋にこすれる。

「ふふ、戴きますよぉ……」
「チィ!!!」

 ひらりと纏わりつくフリルを引っつかむが、吸血姫モードに入ったシャーロット・マウザーの方が早かった。引き裂かれたフリルは無残に宙に舞い上がり、姫袖が無残に消えてしまった。名残惜しむどころか、衣服が散り行く様を楽しげに眺めているところからも、彼女が何かに取り付かれたかのような状態であることを示した。シャーロット・マウザーは光条兵器のクロスボウを取り出し、狂気じみた眼差しを向けながら構えると、すぐさま狙いを定めて撃ち始める。

「ふふふ……ひどいですぅ」
「口で言ってることと、顔が違うぞ……」
「ラルク!!」

 乱れうちを受け、一発かすり傷をもらったもののセコンドからの呼びかけに、言葉で返すよりも早く銃を構えて狙いをつける。だが向こうもそれは把握していた様子だった。射線上から離れるように会場を舞うようにして放たれる弾を華麗によけていく。気がつけば、間合いをつめられ鉄甲が飛び込んでくる。それを受け止め、ようやくシャーロット・マウザーを捕らえた。純粋な力の差であれば、ラルク・クローディスのほうが上手だった。

「接近戦は、苦手じゃないんだぜ?」
「あらあら?血が出てますよぅ〜」

 捕らえたと思ったのはどっちだったのか。
 シャーロット・マウザーは、ラルク・クローディスの腕からわずかに流れている血に舌を這わせようと顔を近づける。

「勝利条件を忘れたのか!!」

 ラルク・クローディスははっとして、その捕まえた腕を力強く振り回し、会場の外へと放り投げた。石畳の外は柔らかな芝生でなおかつ魔法でクッションになるように施されていた。ぽふん、という音を立てて、シャーロット・マウザーは着地。失格が言い渡された。ラルク・クローディスは嫌な汗をぬぐい、アイン・ディスガイスの元へと戻った。

「ふい〜、ひやひやしたぜ」
「ラルクはもう少し、とっさに冷静な判断ができるようにならないとな」
「見た目にだまされてたんじゃだめってことだな……さて、次の試合まで飯でも食ってるか〜!」
「うむ、弁当に丁度よい場所は見つけてある」







『いや〜マウザー選手。さっきのはびっくりしましたねえ』
『え?びっくりって、なにがですかぁ?』
『いや、あれ?覚えておられないんですか?』
『このスコーンと葡萄ジャム、絶品ですぅ〜♪』
『……ええと、では第二試合いってみましょ〜』
『態度は優等生、時折口から出る皮肉がたまらない、と一部の男性にモテモテという噂の浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)様とぉ、自称紅蓮の魔術師ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)様。そのセコンドにつくのは謎のチアガール?シルヴィット・ソレスター(しるう゛ぃっと・それすたー)様ですぅ〜』
「一部の男性にモテモテは絶対嘘だろ!!!」

 浅葱 翡翠はありえない煽り文句に驚き、真っ青な面持ちで石畳に上がって実況席に文句を投げかけた。ウィルネスト・アーカイヴスはすかさずハーフムーンロッドを構えて詠唱を始める。

「凍てつけ、アイスアロー!!!」
「く、いきなりとは卑怯だな」

 放たれた氷の刃は石畳をすぐさま凍てつかせると浅葱 翡翠は大きくジャンプして幸い凍らなかった場所に降り立つ。すぐさま銃を構え、閃光弾を一発入れる。あたりは一瞬にして白い闇に包まれるが、かけてくる足音にすかさずセコンドのシルヴィット・ソレスターが声を荒げた。

「うぃるねすとーっ!!」
「くぅ、貫け!サンダーアロー!!」

 雷撃と弾の音がぶつかり合う音が鼓膜を刺激する。ウィルネスト・アーカイヴスは呼び声のおかげで何とか避けることができたが、まだ目がしばしばする状態で白い闇が晴れるのを待った。視界の先に立つ浅葱 翡翠の弾道によって雷撃が相殺されたのだと知ると、つりあがった緑色の瞳がうれしそうに細められる。

「相殺……か。はは、楽しくなってきたなァ?」
「私は非力ですが、精度だけなら誰にも負けませんよ」
「それならさっさと決着、つけようぜ!!! 燃え上がれ、フレイムアロー!!」
「一直線に来るだけの魔法なら!!」

 浅葱 翡翠は幾度も放たれる炎の矢、雷の矢を手にする銃で見事に相殺していく。その爆発する様は花火のように輝きを放っていた。会場内がその演舞に見惚れていた。そして一部のところでは、シルヴィット・ソレスターのチアダンスに見惚れていた。視線の先はミニスカートの中なのだが、これがどうしてか絶対に太ももの内側が見えないようになっていた。実況席は花火に見とれるシャーロット・マウザーがうっとりとした呟きがマイクに乗っていた。

『凄くきれいですぅ』
『いやいや。全くですね。ちなみに、ウィルネスト・アーカイヴス選手のセコンド、シルヴィット・ソレスターさんが本日纏っておられるチアガール衣装は、皆さんの目の毒かもしれません、とのこと。紫とピンクのシマシマニーソに激ミニチア衣装は、かなりきわどい!! いやはや、確かに刺激が強いですね〜!』
「スカートの下には夢と希望が入ってるです!」
「明らかに実況じゃなくてファッションチェックじゃないか……」
「おまえ、なんでこの試合に参加したんだ?」
「純粋に力を試したかったからですよっ」

 今度は散弾が火を噴く。砕けた弾丸からかんぜんに逃れることは叶わず、ウィルネスト・アーカイヴスの肩口と頬にかすり傷を加える。傷が増えるたびに不敵な笑みを漏らす魔法使いは、杖を手の中で転がすと空に魔法陣を描きながら次なる詠唱を開始する。

「そろそろ決着つけるか……偉大なる炎に抱かれ燃え尽きろ! ファイヤーボール!!!」 
「トリプルバースト!!」

 詠唱と叫びが重なった。急所を狙っての三点狙撃だったが既に詠唱は完成し、炎の球が放たれた。それを避けようと後ろに飛びのいた浅葱 翡翠の後ろには柔らかな芝生があった。着地こそ見事だったが、試合としては失格となってしまった。

「なかなかやるじゃん」

 石畳の上から、ウィルネスト・アーカイヴスが手を差し出して浅葱 翡翠が立ち上がるのを手伝おうとした。

「ありがとうございます……また、機会があればお相手したいです」
「次も負けないぜ」





『いやはや。見事な銃捌き。負けてしまったのは非常に残念ですね〜浅葱選手』
『ちなみに、さっきの煽り文句は誰が考えたんですか』
『あ、あれですか?僕が昨日アミダくじで決めた煽り文句ですよ〜うぇっへっへっへ』
『え〜と……次はイルミンスール魔法学校同士の戦いになりますね。騎士道を重んじる織機 誠(おりはた・まこと)選手は、この試合を通して自分の力を知りたいとのこと。城定 英希(じょうじょう・えいき) 選手は……え、ただの武術大会には興味ありません? 自転車の力のすばらしさを知ってもらうために参戦します……えと、これ、またあなたが勝手に決めたんですか?』
『違いますよ、ちゃんと向こうから指定されてきたんですって。城定 英希選手のセコンドを勤めるのはジゼル・フォスター(じぜる・ふぉすたー)さん。あ、なんか面白いこと書いてある。自転車をバカにする奴がいたら読んでください』
『いや、私は自転車をバカにしたわけでは』
『では読みますよ〜

 魔法使いといえば箒?そうだろうねぇ。そうだろうよ。
 だが私達はそんな神様のプレゼントはもらえなかった。
 東に事件あれば徒歩、西に事件あれば徒歩……。
 ふと朝起きたら枕元に箒が……なんて夢見ているうちに、足腰が鍛えられ自転車のテクもあがっていた。
 私達はただの魔法使いじゃない、訓練された魔法使いだ。
 君は……私達を満足させてくれるか……?

 いやぁ、二人の熱い自転車に対するソウルの魂を感じますね』
『言葉ダブってるし』

 小話が一段楽する頃には、両者は石畳の上に立っていた。
 織機 誠は姿勢をピンと伸ばして一礼する。その優雅な立ち振る舞いは、彼がまさしく騎士道を重んじる人物であることがうかがえた。その正面に立つ城定 英希はセコンドのジゼル・フォスターに最後の自転車のメンテナンスを行ってもらい、自転車を石畳に乗り上げさせた。

「イルミンスールの騎士、織機と申します。よろしくお願いいたします、城定さん」
「騎士かぁ。どうせなら箒に乗る魔法使いを相手したかったなぁ」
「先ほどの自転車への熱意、感動しました。自転車が武器とは、正直驚きましたが……正々堂々とした戦いができると思っています」
「なんだか照れるな、決め台詞に使おうと思ったのにあんなふうに紹介されるとは」
「なおさら、負けられないさ!」 

 ジゼル・フォスターが照れ笑いを浮かべると、改めて二人に向かい規則正しい礼をした織機 誠は、羽織っていたマントをはずす。背中に数本のフェザースピアが背負われており、その一本を取り出して構える。それを見て、すぐさま自転車を走らせる城定 英希はあらかじめ自転車にくくりつけてある2本の杖から魔法を放てるよう詠唱を行いながら、狙いを定める。氷の刃が幾度も石畳に打ち付けられていく。見当違いな場所を狙っていると判断し、走行ルートを予測してそこにフェザースピアを力いっぱい投げ打ち込む。

「どこを狙って、いるんですか!!!」
「魔法だからって、正面ばっか狙うわけじゃないんだよっ!」
『おお!これはすごい……』

 実況席も思わず驚きの声を漏らしてしまった。石畳に打ち付けられた氷は、なだらかなジャンプ台となって襲い来るフェザースピアを見事に飛び越えた。織機 誠は次なるものを抜いて走りざまに投げる。それらも新たに作られたジャンプ台によって、避けられてしまう。

「く、まさかこうも型破りな戦いを仕掛けてくるとは……!」
「自転車を、舐めるなああああ!! ……あれ?」

 いつの間にか、ジャンプ台となる氷の台が石畳の上に所狭しと並んでしまい、ジャンプした後の着地が危うくなってしまった。城定 英希は顔を真っ青にして自転車を止めた。

「やばい……」
「もらったあ!!!」

 武器をランスに持ち替えて、織機 誠は突撃を敢行すべくかけだした。だがそれも作戦だったといわんばかりに城定 英希は自転車の前輪を持ち上げてバニーホップで氷のジャンプ台を飛び越えた。二度、三度飛び越えて、織機 誠の背後を取ると助走をつけて自転車ごと飛び込んでいった。

「なーんてなっ! がっかりさせてくれるなよぉおおおお!!」
「チェインスマイト!!!」

 自転車に向かいランスを持ち直して迎え撃つ二連突きを行った。
 村中に響くほどの衝撃音が齎した鼓膜への刺激が薄れたとき、勝利者は決まった。

「へへ、これだけ自転車が凄いんだぞ、ってしらしめることができたんだ。お役ごめんでもいいよな?」
「そういうわけにはいかないよ」

 チェインスマイトとの激突でほとんど自走できない形に砕かれてしまったパーツを、朝野姉妹たちはいつの間にか拾い集めていた。

「直してぇ、また乗ってあげてほしいですぅ」
「そしたらきっと、自転車さんもよろこぶの〜♪」

 城定 英希はその言葉に歯をむき出しにして微笑んだ。




『自転車が相手であっても騎士道を文字通り貫き通した織機選手、いかがですか?』
『はい、大変勉強になりました。己の未熟さを学び、次の戦いに生かしたいです』
『いや〜。コメントもらしいですねぇ。たまらんです。その道の方にはモテモテでしょう』
「この実況は、さっきから男色ネタに持って行きたいらしいな」

 如月 佑也はため息混じりに実況の悪ふざけに呆れの言葉を漏らした。次の次は、順序が間違っていなければルーノ・アレエの番だ。ラグナ アインもそわそわとしながら石畳を眺めている。その肩に手を置いて「大丈夫だ」と声をかけると緑色の瞳が安堵したように細められた。

「試合の前に、一度会いに行くか」
「あ……はい!」

 ラグナ アインの手をとって、如月 佑也は選手控え室へと向かった。会場内は、既に次の試合への期待で完成が沸き起こっていた。

『次の選手はシルバ・フォード(しるば・ふぉーど)選手、セコンドは雨宮 夏希(あまみや・なつき)さんです。和傘をもっておられますが、ああ見えて光条兵器らしいのでお気をつけください。シルバ選手は拳のみで戦う、となんとも潔い選択をしました。対するはソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)選手、とてもかわいらしい魔法使いです。少し緊張しているのか、なにやらセコンドと話し合っていますね。セコンドはゆる族の雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)さんです。見た目どおりの彼は、どんなアドバイスでパートナーを助けるのか楽しみですね』
『まとも且つ分かりやすい解説ありがとう!! 織機選手!! さぁ、フォード選手は既に準備万端。あとはウェンボリス選手が石畳に上がるだけ!!』

「ご主人、大丈夫か?」
「うん、だいじょうぶ。ベアがいなくってもちゃんとやれるんだってところ、見ててね?」

 雪国 ベアは主の言葉に無言で頭を叩いて激励する。それに対して笑顔で返すと、ソア・ウェンボリスはぴょん、と石畳の上に上がりその勢いでぺこっと頭を下げた。

「ソア・ウェンボリスです。どうぞよろしくお願いいたします」
「ちょっと不利かもしれないな」
「シルバ、弱気になっちゃダメよ?」
「逆さ、魔法使いって事は詠唱がある。その隙を突けば問題はない!」

 雨宮 夏希の言葉にシルバ・フォードは手のひらに拳を打ち付けて、乾いた破裂音を響かせる。ソア・ウェンボリスはつばを飲み込んで目を閉じた。箒にまたがり意識を集中すると、彼女の魔力が小さな風を起こしソア・ウェンボリスの衣服をわずかに揺り動かす。詠唱を、可能な限り短く呟いた。

「雷よ、怒りにて彼の者を撃て……!」

 シルバ・フォードが駆け込むよりも早く、雷撃はまっすぐに敵を撃ち貫こうと飛んできた。すんでのところで避けたが、時間をかけてはならないのだとすぐに悟り、賭け行く足を止めることなく目標に向かった。当たらなかったショックもあったが、すぐに次の手を考え、コチラへ向かってくるのを見計らって位置を指定してまた短く詠唱した。

「……っ凍てつく壁よ、我を守れ!」
「わあああ!! いってぇ……」

 見事に氷の壁と顔面キスをしたシルバ・フォードは思わず立ち止まってうずくまる。会場は盛り上がり、歓声と悲鳴が上がる。

「いいぞご主人! 基本を守って考えれば相手が近接でも勝てる!!」
「シルバ! 相手が魔法使いでは分が悪いです!」
「大丈夫だ!戦いの基本を守れば勝てる。お互い、それを確かめるためにいるようなもんだ。だろ?」

 持ち直したシルバ・フォードは氷の壁を拳一つで砕くと、ソア・ウェンボリスの新たな詠唱が始まる。

「天の雷よ、流れ落ちて焼き尽くせ!」
「一点狙いじゃ、当たらないぜ!!」

 ついに詰め寄られそうになり、また新たな氷の壁を張って時間を稼ぐも、箒に乗っているとはいえ追いかけっこでは体力に分のあるシルバ・フォードにいずれ追いつかれてしまう。ソア・ウェンボリスは幾度も雷撃を放ち、足場を崩すために氷術をかけるが身体一つで挑んできたシルバ・フォードの身体能力に見事にかわされてしまう。一つひらめいて、ソア・ウェンボリスは高らかに詠唱した。

「炎よ、彼の者を包め!」
 
 今度はシルバ・フォードの周りを円形に包む炎の壁を作り上げた。高温で燃え続ける炎の壁は、シルバ・フォードの足を止め、そして体力を奪うのにもっとも最適であった。だが、彼はそんなことで『まいった』というほど諦めがいい人間でもなかった。

「あっちぃなぁ。けど、だからこそ燃えるってもんだ!!」

 叫びながら炎の壁から飛び出し、衣服が燃えるのも気に留めずにソア・ウェンボリスに殴りかかった。だが、ソア・ウェンボリスは箒でそのまま上昇し……シルバ・フォードは柵までも飛び越えて芝生にポフン、と落ち失格を言い渡された。むくっと起き上がって、雨宮 夏希に向かって申し訳なさそうに笑った。パートナーは一度肩をすくめただけで、火傷などをヒールで簡単に治療した。石畳の上から、ソア・ウェンボリスがシルバ・フォードを見つめ、勢いよく頭を下げた。

「あ、ありがとうございましたっ」
「コチラこそありがとう。魔法使いだからって、見くびってたよ。そんなに短い詠唱が相手じゃ、なかなか勝てないな。凄く練習したんだろう。俺もがんばらないとな」
「ご主人、おめでとう」

 シルバ・フォードの言葉と、温かく迎えてくれた雪国 ベアの言葉に、ソア・ウェンボリスは少しだけ涙ぐんでしまった。






 ルーノ・アレエのセコンド役を希望したものは数多くいたが、くじ引きで志位 大地とフィル・アルジェントに決定した。朝野姉妹は試合前の最終調整にだけでも付き合おうと、選手控え室でルーノ・アレエの点検を行っていた。シルヴェスター・ウィッカー、ガートルード・ハーレックや緋山 政敏、カチュア・ニムロッドも護衛代わりにくっついていた。

「うん。大丈夫! ばっちりだよ、ルーノさん」
「ありがとう、朝野 未沙」
「赤い角でもつけるか? 三倍速で動けるかも知れんぞ」
「佑也さんたら、ルーノさんの髪の毛赤いんですから、そんなのつけてもおしゃれじゃないですよ?」

 如月 佑也はラグナ アインのド天然な発言にひそかにため息を漏らす。ルーノ・アレエは意味が分かったようで笑いを堪えている。

「ルーノは違いの分かる奴だな」
「違いの分かる?」
「やほ〜差し入れだよん」

 そこへ訪れたのはマイクロミニとっても過言ではない丈の胴着に生足を晒しているルカルカ・ルー(るかるか・るー)とそのパートナー夏侯 淵(かこう・えん)だった。ルカルカ・ルーはどこからともなくティータイムのスキルを用いて葡萄ジュースを差し出した。

「っていっても、さっき闇商人の屋台の売り子が売り歩いてたんだけどね。ルーノ久しぶり!」
「ルカルカ・ルー。お元気そうで何よりです。その格好は……?」
「えへへ。試合に出るから気合いれてみちゃった〜似合う?」
「ええ、ルカルカ・ルーはスタイルがいいので、とてもよく似合っています」
「ありがとう! あ、こっちははじめまして、だよね? 夏侯 淵、こっちはルーノ・アレエね。私のお友達だよ」
「夏侯 淵だ。よろしくな、ルーノ……確かに、機晶姫とは見れば見るほど美しい体だな」
「え」
「そういってもらえると、照れるのぅ」
「ウィッカーのことじゃないぞ」
「機能性に優れた見事な身体だ。その丈夫そうな出で立ちは、一番気に入っていた鎧によく似ている」
「それ、褒めるところじゃないし……」
「お、ここにいたか」

 軽いノックの後に顔を出してきたのは、銀色の髪を後ろで束ねたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)だ。警備班の腕章をつけていた。先日食事を共にしたのだが、名前をきちんと聞きそびれていたことをルーノ・アレエは思い出した。それを汲み取ったようにトライブ・ロックスターは笑みを浮かべて手を差し出した。握手だと分かるとルーノ・アレエはその手をとる。

「俺はトライブ・ロックスター。昨日はちゃんと挨拶できなくて悪かったな。実は、怪しい奴がいるって話があってな」
「怪しい……?」
「念のため……警護を厳しくしようと思ってる。多分、狙われているのは金葡萄と、ルーノ……あんただ」
「怪しいって、どんな奴じゃ?」
 
 シルヴェスター・ウィッカーは険しい面持ちで問いかける。トライブ・ロックスターは取り急ぎコピーしてきた参加者リストを差し出す。
 そこに載っているのは写真と名前だ。知った顔や、知らない顔が多いが明らかにおかしい点が一つあった。一人だけ、写真を写すさいにフードをかぶって顔が見えないようにしている。顔の下半分だけ見えたので、恐らく女性ではないかと判断できたが、顔をわざわざ隠すというのは怪しい。

「パラ実の一部の過激派が嫌がらせをしてくる可能性も考えたが、鏖殺寺院からの可能性も……しかも、ルーノ・アレエを狙って大会に参加している可能性を考えるべきだって、さっき警備班で話が出たんだ」
「こやつの試合はいつじゃ?」
「順番からして、かなり後だよ」
「ルーノの試合と、こいつの試合に注意を払おう」

 その場にいたルーノ・アレエを助けるために集まったメンバーは、無言で頷いた。