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狙われた乙女~番外編~『休息プラン』

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狙われた乙女~番外編~『休息プラン』

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○    ○    ○    ○


 沢山の人々の手を借りて、仮設住宅とまではいかないが、雨風を防げるテントや小屋を作っていく。
 毎晩寒さを凌ぐために、火を焚いて寄り添っていた子供達とマリザだが、その日の晩はちょっと違った。
「期間限定で無料メイド喫茶します、是非おいで下さい」
 メイド服姿の少女――教導団のルカルカ・ルー(るかるか・るー)にそう誘われたので、1日の作業を終えた後、皆で揃って森の中の喫茶店へと向かったのだ。
 森の中の開けた場所に、満月の月明かりが射し込んでいて。
 蝋燭や照明で照らされたその場所は、寒い夜なのにとても明るかった。
「これで準備完了じゃ」
 蒼空学園のセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)は、折りたたみ式の椅子やテーブルを並べた後、沢山のお菓子をテーブルの上に乗せていた。
「あ、来たのじゃー!」
 きょろきょろと周りを見回しながら訪れた子供達の方へ、セシリア笑顔を浮かべて走り寄っていく。
「いらっしゃっいませ、ようこそメイド喫茶別荘支店にじゃー!」
「メイドきっさ? ごはんたべるところだよね?」
「ご飯を食べたり、お喋りしたりするところじゃよ。こっちへどうぞなのじゃ」
 セシリアは子供達の手を引いて、ピンク色のテーブルクロスを敷いたテーブルに招いた。
「はいどうぞ〜」
 黒いメイド服姿のルカルカがトレーにお茶を乗せて現れて、座った子供達に配って回る。
「おうち、なくなっちゃった? 私達に出来る事はない?」
「んと、ごはんごはん」
「お腹すいてるのね」
「今日はいっぱい食べたんだよ。だけどまた食べられなくなるかもしれないから」
 不安気な顔をする子供達に、ルカルカは微笑んで見せる。
「大丈夫大丈夫。じゃ、何食べようか。オムライスにする? サンドイッチにする? それともおにぎりがいいかな〜?」
「んと、わたしおむらいすっていうのたべたい!」
「ボクはサンドイッチ」
「わたしもサンドイッチ〜!」
「お菓子も沢山食べてくれなのじゃ。ご飯の後にはデザートも用意するのじゃ」
 セシリアは食器類を子供達の前に並べていき、ルカルカが用意したクッキーを子供達のお皿にちょこっとだけ乗せてあげる。
「おぬし達の家を壊してしまった詫びじゃ。こういうのはお姉ちゃんに任せていっぱい食べてなのじゃ♪」
「ありがとー」
「いただきますっ」
 自分より小さな子供達の喜ぶ姿に、セシリアもなんだか嬉しくなってつい沢山お菓子を皿に乗せそうになるが思いとどまる。
「お菓子はご飯を食べてからがいいのじゃ。ちょっとで我慢じゃよ」
 お姉さんぶってそう言うと、「はーい」「はあい」と可愛らしい声が返ってくる。

 客席から少し離れた場所では、メイド達の着替えや軽食の用意が進められていた。
「……」
 蒼空学園のレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)は見下ろした自分の姿に、何も言葉が出なかった。
(……どうして…こうなっちまった!)
 心の中で激しく葛藤する。
 レイディスは男だ。女装の趣味はない。なのに、可愛らしいメイドの姿になってしまっている。
 これはもう、仲間達の陰謀というより他なく。
「さーて、女の子達を笑顔にするぞ〜!」
 対照的に教導団のウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)はノリノリだった。こちらも男性なのにメイド服着用済!だ。
「どうだ、似合うか?」
 大股歩きして、仁王立ち。続いてウォーレンの前で、くるりと回転し剣を構えたのは、夏侯 淵(かこう・えん)。ルカルカのパートナーだ。
 ルカルカと同じ黒いメイド服を着て、頭にはヘッドドレスもつけており、完璧なメイド姿なのだが剣を構えているせいでなんだか台無しだ。
「うん、似合う」
「そうか。ウォーレンにも丁度いいようだな。この服はスカートに似てるが、なかなか動きやすく保温性もある」
 言いながら、淵はクッキーを摘まんでもぐもぐと食べ始める。
「饅頭はないのか? ん、まあこのクッキイもなかなかの……。んー、酒も欲しいところだ」
(なんか、突っ込みどころが多すぎる。全然メイドさんじゃないぜ2人共……!)
 そう思いながら、せめて自分は演じきらなければと、レイディスは頑張って内股で客席に向かうことにする。
「ど、どうぞ……っ」
 レイディスは唯一の大人、マリザが座るテーブルに行き、作ってきた団子を出すとトレーで顔を隠してそそくさと立ち去ろうとする。
「ありがとう。ふふっ。そんなに赤くならなくても〜、可愛いのね、ボク」
「!!??」
 マリザのからかうような口調に、ますます真っ赤になって、レイディスは思わず駆けて逃げた。森の奥へと逃げた。とにかく逃げた。
「お嬢様」
 笑いながらレイディスを見送るマリザの元に、別のメイドが近付いてきた。
「その節はご迷惑おかけいたしました。申し訳ありません。お詫びといっては何ですがここの支払いは私が受け持たせていただきます」
「ん? ……ああ、剣を向けてきた野蛮人ね、あんた」
「返す言葉もございません。大変申し訳ありませんでした」
「ふーん」
 マリザはお茶を飲みながら、じろじろとそのメイド――薔薇学のクライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)を眺め回す。
「ね、男は野蛮だっていうけど……ほら、改めてクーちゃんをよく見てみて?」
 クライスのパートナーサフィ・ゼラズニイ(さふぃ・ぜらずにい)が小声でマリザに耳打ちする。
「見てるわよ。……女の子?」
「そう、実はクーちゃんは女の子だったのよ。ここだけの話、クーちゃんの学校は男子しか入れないからあんな格好をね」
「男子しか入れないのなら、入らなければいいじゃない」
「そ、それはそうなんだけどね。今の時代には色々事情があるのよ……」
 サフィはちょっと遠い目をした。薔薇学とか百合園には特に色々事情を抱えている人が多い。
「申し訳ありません。何なりとご注文下さい。なんでも奢らせていただきます」
 クライスが深く頭を下げる。
「ほら、こうして謝ってるんだし、ここは強情にならずに許してあげてくれないかな?」
「……別にもう怒ってないわよ。話しを聞くに、全部ミルミ・ルリマーレンが悪いみたいだし! まさか本当に鏖殺寺院と組んで私達を埋めようとしたんじゃないでしょうね」
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)から詳しく事情を聞いたマリザはなんだか変な方向に考えを巡らせていた。
「とりあえず、オムライス」
「はい、畏まりました」
 クライスはマリザの注文。そしてそのテーブルに座る子供達の注文をメモすると、料理を作る皆の元に戻っていく。
(許してもらえた、かな……)
 振り向いてみれば、マリザはメイド達を交え、子供達と楽しそうに笑い合っていた。
「なぁ、眠ってた上に建ってた建物に何か心当たりとかあるか? ミルミ・ルリマーレンて名前の子の家の別荘で大きくて立派な建物だったんだが」
 ウォーレンはメイド服姿で、堂々と普通の口調で妖精の子供達に近付いて話しかける。
「たってたの? おっきいいえ?」
「うん。大きな屋敷だった」
「わたしたちのおうちかも?」
「ねてるあいだに、おうちたてておいてくれるって、やくそくだったの」
「なんでこわれちゃったの?」
 子供達がお菓子を食べる手を止めて、真剣に訊ねてくる。
「事件があってな。そういうことになっちまったんだ。ごめんなー。もっといい家がきっと建つと思うぜ☆」
 謝って、ウォーレンは妖精の子供達の頭をなでなでしていく。
「可愛いなー、もう。大丈夫大丈夫。ほら、美味しいぜ☆」
 不安そうな目をしている子はぎゅっと抱きしめて、パクリと自分はスルメを食べて、妖精の少女の口にはクッキーを入れる。
「こっちのテーブル、しょっぱいおかしもある〜」
 ひらひらと、小さな女の子が飛んできた。
「薄くて綺麗な羽ですね」
 そう声をかけて、煎餅とスルメを差し出したのはウォーレンのパートナージュノ・シェンノート(じゅの・しぇんのーと)だ。
 こちらも男性だけどメイド服だ。執事服を着るとねばったのだが、仲間達に押し切られてしまった。
「固いお菓子ですけれど、どうぞ」
 殆どの子供達は服装の違和感には気付かないようだった。……時折マリザがにやにやと目を向けてくることが気掛かりだったが。
「つばさの方がとびやすいんだろうな〜。いいなー」
 女の子は守護天使のジュノの翼を羨ましがる。
「体格にあった羽がついてるんですよ。あなたの羽はあなたにぴったりです」
「うん〜。おかしありがとー!」
 女の子は煎餅とスルメを受け取ると、自分の席へと戻っていく。
 ほっとジュノは息をつく。異性の相手は苦手なのだ。
 じろりとウォーレンを睨むも、ウォーレンは楽しげに妖精の子供達を構っていた。
 その様子にそっと安堵の息をつく。別荘のことや、彼のことを心配してついてきたということは秘密だ。
「どうだろう? キレイなお菓子って……興味ないか?」
 教導団のイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が、妖精達の傍に歩み寄る。今日は教導団の制服ではなく、イリーナもメイド服姿だ。
 ゼリービーンズに、ドロップ、グミなど、半透明の綺麗なお菓子をテーブルに並べると、女の子達は興味津々でお菓子に見入る。
「食べるのもったいない〜」
「きれいきれい」
 子供達は両手を広げてイリーナからお菓子を受け取っていく。
「キレイなだけじゃなくて、美味しいよ」
 パートナーのトゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)も、イリーナと一緒に色とりどりのお菓子を子供達に配る。
「ほらほら、怖くないですよ〜」
 もう1人のパートナーエレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)は、席につかずに、マリザにくっついている子や、うろうろしている子達の手を引いて、イリーナの傍に連れてくる。
「ん、怖くないぞ。怖い人はここにはいない」
 出来るだけ優しい口調、イントネーションを心がけ、イリーナは穏やかな笑みで子供達を迎え入れる。
「料理が出来たようです。持ってきますわね」
 エレーナは皆を手伝うために、料理場へと向かう――。

「な、ななななんなのじゃーっ」
「ちょっとこれは。しかも俺、こんな格好だし」
 出来上がったオムライスを前に、セシリアと迂回してこっそり戻ったレイディスが真っ赤になっていた。
「どう、上手いでしょ」
 得意気にいったのはルカルカだ。
 そのオムライスには、『セシーLOVE』、『レイLOVE』と書いてある。
「こ、これは出せないのじゃ」
「勿論、これは2人の分よ。はい」
 ルカルカは『セシーLOVE』と書いた方をレイディスに、『レイLOVE』と書いた方をセシリアに渡す。
「それじゃ、接客してくるね〜」
 そして2人を残して客席の方へと向かっていくのだった。
「こ、これ、出せないし。戴こうか?」
 レイディスがそう言うと、セシリアはこくりと頷き、並んで座って一緒に食べることにした。

 食事を終えた後も、子供達は席に残ってお菓子を食べたり、メイド達とゲームをして遊んでいた。
 ルカルカが呼んだ小人達がせっせとゴミを片付け、光の精霊達がふわふわと飛んでいる。
 楽しげに小人や精霊を見たり、笑い合っている子供達の姿を見ながら、イリーナはフルートを取り出す。
「くるみ割り人形の『葦笛の踊り』を吹かせてもらおうか……」
 言って、フルートで軽快な音楽を奏で始める――。
 妖精の子供達は明るく笑い合いながら、光の妖精と一緒にふわふわと飛んで、月夜の下でくるくると踊るのだった。