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狙われた乙女~番外編~『休息プラン』

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狙われた乙女~番外編~『休息プラン』

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 茶会の日にも、白百合団副団長、神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)の部屋には百合園生達が見舞いに訪れていた。
 熱はほぼ平熱に戻っていたが、体力が著しく低下しているため、団長や教師に外出は控えるようにと言われている。
「副団長。私に稽古をつけてください」
 その日、茶会より優先して優子の元を訪れたフィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)は真剣に優子に願い出た。
「この間のパラ実との一件で……優子さんの覚悟と戦い方に感銘を覚えました。私も、優子さんのように強くなりたいんです。自分だけではなく、誰かを守れるようになりたい……っ」
「フィルは白百合団の訓練にも真面目に顔を出しているし、特別個人的に教えることもないんだが……。私は武術は一通り嗜んではいるが、銃器の扱いはあまり得意ではない。フィルは銃の訓練に熱心なようだし、そういった面で白百合団員として団員や私をサポートしてくれれば助かる」
「銃の訓練も勿論続けていくつもりですけれど……。ただ技を磨きたいのではなくて、仲間を守るために強くなるためにはどうすればいいのかを副団長との稽古で学びたいんです。強さの意味をも」
「そうか……」
 フィルの真剣な目に、優子は僅かに恥ずかしげな笑みを見せた。
 そんなに尊敬されるほど出来た人間じゃない、と優子は心の中で思いながら、同じく見舞いに来ていたステラ・宗像(すてら・むなかた)に目を向ける。ステラは軽く肩をすくめて微笑みを浮かべた。
 優子は軽く吐息をついて、真直ぐな目を向けるフィルに微笑みを向けた。
 自分を慕ってくれる後輩達の前では常に白百合団を率いる者として、常に凛々しく、勇ましくなければならないと、思うし、そうありたいと思っていた。
「私は朝晩、校庭や寮の道場で稽古を行なっている。フィルも都合がついたら来るといい。待っている」
「はい。よろしくお願いします!」
 フィルは深く頭を下げた。
「わたくしも、優子さんの勇猛果敢なところに憧れて白百合団に入団させていただいたんですよ」
 ヴェロニカ・ヴィリオーネ(べろにか・びりおーね)が、ポットのお湯で緑茶を入れて優子に差し出した。
「それは光栄だな。皆の見本になれているのなら嬉しいよ」
「しかし、指揮官が自ら戦うようでは、隊は纏まりませんわよ。もう少し落ち着いて欲しいと私は思うのですけれど……有能な右腕左腕が必要ということでしょうか」
 微笑む優子の前に、歩み寄ったステラが吐息交じりに言った。
「自分も反省点は多いが。優子には、まずは自分の身体を労わる事をきっちりとしてもらうべきだな。聞けば、療養中も無理をして部屋で素振りをしていたそうじゃないか?」
 ステラのパートナーイルマ・ヴィンジ(いるま・う゛ぃんじ)の言葉に、優子は真面目にこう返した。
「いや、熱を出した時には汗をかくに限るからな」
「何をまた……。もし団員に同じように高熱出して寝込んでいる子がいたら、激しいトレーニングをして汗をかいて治せとでも言うのかしら?」
「……言わない」
 ステラの指摘にそう答えた後、笑い合う。
「いかな名刀も手入れを怠れば直ぐに刃こぼれでなまくらだ。人間の場合、手入れは鍛錬だけでなく休養も含まれる。あれほどの修羅場を潜り抜けたのだ、まずは怪我と体力の回復を主にするべきだ」
「ん。ありがとう」
 イルマの言葉に、優子は今度は素直に頷いた。
「さて、今日は紹介したい方がいます」
 ステラが後に目を向けると、後方に控えていた女性が優子の方へと歩み出る。
「それがしは陳叔至と申します。以後お見知りおきを」
「白百合団の副団長の任に就いている神楽崎優子です。ステラには団員として、また同学の友として助けていただいています。どうぞよろしく」
 椅子に座っていた優子が立ち上がり、イルマの新たなパートナーである陳 到(ちん・とう)に手を差し出した。
「我が主ステラ殿と同じく、それがしも優子殿の快癒を願っております」
 到は優子の手を握り、2人は握手を交わした。
「令嬢達には辛い経験だったと考えられますが、ステラ殿はじめ、多くの団員が優子殿を心から心配なさっている様子。結果的に蹂躙を免れたのも大きかったでしょうが、優子殿は果報者ですな」
「仲間に恵まれていることが何より誇りで、それがまた原動力でもある」
 強く真直ぐに言う優子に、到は頷きながら、再びステラの後へと下がる。
 経験をつんで、団とともに優子が健やかに成長することを、そっと願う。重荷を背負っているようだが……歪んでしまうには、惜しい良い女性だと思いながら。
「体調はどうですか? 少しだけでもお茶会に顔を出しませんか? 皆さんお待ちかと思いますし」
 ヴェロニカが優子に問いかける。
「ん……。体力が落ちてるからな、他校生に勝負でも持ちかけられたら退けられるかどうか。校長が開かれた会の雰囲気を壊すようなことがあっては申し訳ない」
「負けたとしても、それで四天王の座が移るわけではございませんでしょ? でも無理にとは言いません。せめて会場からお菓子でも戴いて参りますね」
 四天王の座は、四天王に挑み、勝利したからといって移るものではない。特にC級以上はパラ実からの正式な任命があって認められる四天王だ。例外も多いが、それなりの団体や組織を束ねている人物であることが1つの条件のようだ。
「あ、いや……」
 優子は携帯に届いたメールを見て立ち上がった。
「大切な客が来ているらしい。私も顔を出そう」

「おっ、いたいたおーーーーい!」
 パラ実の羽高 魅世瑠(はだか・みせる)は、中庭に現れた神楽崎優子に向かって両手を思い切り振った。
 勿論、パートナーのフローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)ラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)も同じようにぶんぶん手を振る。
「今日は茶会に来たというより、【C級四天王・熱血の優子】様の見舞いに来たんだぜ」
 魅世瑠の言葉に、思わず優子は転びそうになりヴェロニカの肩を掴んだ。
 勝手に二つ名がつけられているではないか!
「いやー、カッコよかったぜ。これ見舞いの菓子」
「うんうん、アンタを見込んで正解だったよ」
 歩み寄ったフローレンスと魅世瑠に、優子は苦笑を見せながら、菓子を受け取った。
「ありがとう。まあ、とにかく助かったよ。本当にキミ達には感謝してる。百合園の恩人だ」
「傷、大丈夫カ?」
「大丈夫、とっくに完治した」
 ラズに優子は微笑んで頷いた。
「でさ、白百合団に協力する際に約束した百合園の敷地に立ち入らないって制約、そろそろ解除してもらいてぇんだけど」
「ああ、それは百合園の来客として恥ずかしくない格好をしてきてくれれば、問題ないよ。……今日はグレーゾーンだな」
 魅世瑠達の今日の格好は、ビキニにゴブリンの腰布だ。
「それと、重要な相談があるんだが」
「どうした……?」
 表情を真剣に変えた魅世瑠に、優子にも緊張が走る。
「C級四天王なんだから、パラ実分校は作るよな?」
「……ぱ、パラ実ぶんこう……?」
 魅世瑠の言葉に、優子は軽く放心する。
「C級なら十分「けんり」はあるはずだぜ?」
「分校を作らねぇと……門の前で四天王様の出待ちしてるパラ実生が出待ちの執事連中に絡んだりしてマズイだろ」
「別荘地に建てるのもいいけどよ……周りの金持ちといざこざってことになるんじゃねぇの? どっか荒地の真ん中に作っちまうのがいいんじゃねぇか?」
「ついでに隣り合わせに百合の分校も作っちまえよ。パラ実送りの代わりになるぜ?」
 魅世瑠とフローレンスの代わる代わるの言葉に、優子はただただ瞬きだけをしてつっ立っていた。
「おなかすいたー」
 ラズはきょろきょろと見回して、テーブルの上のお菓子の方へとふらふらと寄っていく。
「出待ちって、まさか……」
 と、優子が門の方を見ると。
 いた。
 独得な服を纏ったパラ実生らしい男が。
 なんだか黄色の薔薇の花束を持って、警備員と押し問答をしている。
「ま、アンタ一人で答えが出せる話じゃないだろうから、考えてみてくれよな!」
 ぽん、と魅世瑠は優子の肩を叩いた。
「寧ろこれは、私1人で答えを出さなければならない問題な気が……」
 優子はきつく眉を寄せて考え込む。
「どうした? 体調悪いのか」
「無理をさせちまったか、悪ぃ」
 魅世瑠とフローレンスが案じるも、優子は首を横に振って深く溜息をついた。
「私の名前はパラ実生にある程度知れ渡ったとは思うが、パラ実に舎弟がいるわけではない。ただ、私についてもいいと思っている者もいるのだろう」
 それだけ言うと腕を組んで深く考え込む。
「これも、これも食べてイイ?」
 ラズは百合園生に混じって、ひたすらテーブルの上のお菓子を食べていた。
 魅世瑠とフローレンスは焦れながら、優子の次の言葉を待つ。
 しばらくして、優子が口を開いた……。
「分校といっても……情勢が不安定な現時点で、百合園がパラ実に深く干渉するのは好ましくはないし、ヴァイシャリー家出資で分校を設けることはまず出来ない。建てるとしたら、私が個人で行なうことになる。規模はそんなに大きくはないだろうし、教師の手配なんかは私の伝でどうにかできる。だけれど、建築費と運営費などの経費が問題だな……。通常なら当然学費で賄う部分だが、パラ実生に学費を要求したとしても、その金の出所を考えると受け取るわけにはいかないだろ。私の名で営まれている分校で窃盗などのパラ実生としては普通の犯罪を犯した場合、勿論私にも責任の追及は来るだろう、しいては百合園に迷惑がかかる」
「うーん」
 魅世瑠とフローレンスは顔を合わせる。
 なんだか話が長くて頭のあまりよろしくない2人には何が大変なのか良く解らない! 建てればいいだけのことなのに!?
「場所としては、キマクと百合園の間が望ましいな。あの時のようなことになった際、砦となってもらえると有難い。学費の変わりの仕事だが、白百合団に届く市民からの依頼を回すことも出来なくはない、か。あとは自分達でまっとうに働いてくれると助かるんだが」
「……で、結局どうなんだ?」
 魅世瑠が問うと、優子は腕組みを解いてこう答えた。
「そうだな……不良でも構わないが、犯罪行為を行なわないパラ実生を集めて、もしくは犯罪行為を禁止し、魅世瑠達が纏めてくれるというのなら、私も協力しよう。ただ、私は百合園を一番に思っている。分校を建てても顔を出すことは滅多にないだろうし、何か問題があった際には手を引くことになる。情勢次第では近いうちに四天王の位を返上する可能性もあるだろう」
「あたしがー!? いやだからさ、隣に百合園の分校も建ててさ、パラ実送りの代わりにすれば? 両方の生徒会長は崩城あたりがいいんじゃね? しっかり者だしよ」
「……亜璃珠はできれば傍においておきたい。適任ではあるんだが、百合園の品位を落とす可能性がありそうだ」
 優子はなんだか遠い目をした。
「ああ、でも素行の良い白百合団員とペアで派遣するというも考えられるな。まあ、どちらにしろ、分校の生徒会長はパラ実生にやってもらうのが順当だ」
 もし分校を建てるのであれば、優子は総長、理事の立場となり、その下に分校長として優子の配下にあたる人物、そして生徒達を纏めるパラ実生の生徒会長という役員構成になりそうだ。
「すまないが、私が直接行って、パラ実生を指揮しようとしても役者不足だ。正直、パラ実生の考えていることは理解が出来ない。魅世瑠達がやってくれるというのなら、作ってみる価値はあるかも、しれない、とは思う」
 優子は少し困った顔をしていた。
 魅世瑠はフローレンスと顔をあわせて、どうするべきか考える。
「神楽崎優子四天王」
 突如、名前を呼ばれて優子は振り向く。
 百合園の制服を着た女性――カリン・シェフィールド(かりん・しぇふぃーるど)だった。
「その呼び方はやめてくれっ」
 苦笑する優子に、カリンは笑顔を向けて歩み寄る。
「私を四天王の護衛部隊に入れてもらえないかな? パラ実生の情報収集が得意なんだ。腕はまぁ、四天王には及ばずとも何かの際には時間稼ぎくらいは出来る。その権力に興味があるから、他人に簡単に奪われたら困るしね」
 ふふふっと笑うカリンに、優子は穏やかに言う。
「私の護衛がいるかどうかはともかくとして、一般生徒に護衛といった任務を任せることはできない。まずは白百合団に所属してくれないか?」
「白百合団か……」
 カリンは、百合園に潜入をしているパラ実生だ。
 白百合団に所属を申し出たのなら、勿論名簿を調べられるだろう。
 つまり、白百合団には所属することは出来ないのだ。
「ん? おまえ……」
「あ、考えとくねー」
 魅世瑠と目が合ったカリンはばっと走り去った。
 場合によっては、これまでのことを話すべきかもしれない。
 百合園に友好的なパラ実生として、優子に直接雇われるなどという方法もあるだろう。
 百合園は女性であれば、メイドや傍仕えを従えて学校に入ることも可能なのだから。
「神楽崎優子四天王ぉぉぉぉぉ!!」
「うぐっ」
 再び名前に四天王をつけられ、優子は顔を顰めた。
 百合園生達がこちらに注目をしている。
「お茶を楽しんでいる余裕がありませんね」
 付き添っていたヴェロニカも苦笑した。
「まあ、仕方ないさ」
 優子は平静を装いながら、校門の方へと歩く。自分を呼んだのは先ほどの薔薇の花束を持った男だ。
「招待状を持ってないヤツは入れねぇって止められちまってよぉ」
 その男――パラ実の国頭 武尊(くにがみ・たける)は、黄色い薔薇だけの花束を近付く優子に向けた。
「……受け取っておこう」
「そうか、君が四天王になったのか。納得したぜ。俺は国頭武尊、改めてよろしく」
「宜しく。空京では世話になった」
 2人は握手を交わす。
 夏頃、空京で仲間を募っていた優子に武尊は協力したことがあった。
「じゃ、またな! 今日は四天王の顔を拝みにきただけだ」
「……気をつけて」
 手を振り、武尊はスパイクバイクに乗り、去っていく。
 黄色い薔薇の花束――花言葉は『嫉妬』。
 優子は走り去る武尊に警戒を含む目を向けていた。
 最も、武尊としては女性の四天王に会いにいくということで、手ぶらじゃなんだしと薔薇を選び、赤や白は薔薇学のイメージがあるため、黄色を選んだだけであり、この時は他意はなかった。

 その後、優子は彼女を気遣う白百合団員と共に、寮に戻っていった。
 夕日が中庭に射し込み、そろそろお開きにしましょうと、春佳が静香と共に立ち上がる。
 手伝いを申し出た生徒と他校生を残し、静香にお礼と挨拶をして招待客達は中庭を後にしていく。
「ひとつだけ聞きたい事があるの」
 そう、静香に近付いたのはメニエス・レイン(めにえす・れいん)だった。
「ん、何?」
 また性別の話かなぁと静香は思いながらも、微笑みを浮かべる。
「例えば……もし目の前に、ドージェやアズールが居たとして、桜井校長は仲良くしようと手を差し伸べられる?」
「えっ。そ、それは勿論だよ! 今、最も仲良くしなきゃ、ダメな人達だよね。ホントに……だ、だけど怖いと思うから、本当に手を差し出せるかどうかはわからないけど……っ。でも気持ちは、そう思ってる。仲良くしたい」
 静香の返答にメニエスは何も言わず、ただ微笑みを浮かべて。
 今日はありがとうと、頭を下げて去っていった。
 従者のミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)は、そんな校長とメニエスを静かに見守り――軽くメニエスに眉を顰めながら、後を追っていく。
「それじゃ、早く片付けてしまいましょう。日が暮れる前に」
 春佳が手をパンと打ち、皆に呼びかける。
「校長はお迎えが来るまで校長室で休んでいて下さい」
「ううん、僕も片付けるよ。僕が皆に感謝したくて、一緒に楽しみたくて開いたお茶会だから」
 静香はテーブルを片付ける百合園生達の元に早足に近付いて、共に倉庫に運ぶのだった。