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狙われた乙女~番外編~『休息プラン』

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狙われた乙女~番外編~『休息プラン』

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第2章 中庭の華

 その日、百合園女学院の中庭に、百合園生達が集まって丸テーブルと椅子を並べて回っていた。
 今日は校長の桜井静香主催のささやかなお茶会が開かれるのだ。
 生徒会のメンバーも全員手伝いに向かっている中――。
 生徒会質に、忍び込んだ者がいた。
「解らないと気になるんだよね」
 彼女――桐生 円(きりゅう・まどか)は最初から誰かを守りたかったわけでも、助けたかったわけでもなく。
 ただ、僅かな興味を持っただけだった。
 深まる謎にその興味が深く強くなっていき。
 自ら追い求め始めた。
「ファビオ――表に出れない理由は殺されないため。では、ない気がする。感知出来てた様子だし、あの場でやれるってことは、どこでも殺れたってことだと思うし、もしくは他のヤツも殺れたはずだし。何かを煽るためかな」
 呟きながら、怪盗舞士に関する資料を探し出し、ページを捲っていく。
 資料に出てきた、鏖殺寺院という単語に手を止める。
 ファビオが盗みを働いた家の者は多少なりとも鏖殺寺院と繋がりがあったようだ。
「でも気に入らないなぁ、わかりやす過ぎて、あれだけ混ぜっ返した奴がねぇ」
 あの場、いや、あの場ではなくても。
 自分に刃が向けられることも、彼の泥棒ゲームの中に入っていたのではないか。
「百合園のためと言ってやる割には、要人達がたくさんいる場でやる必要もなし。結局一番得をするのは……」
 ページを捲ると、シャンバラの女王と騎士達について書かれたページにたどり着く。
「女王かぁ……面白いなぁどんな人なのかな」
 円は資料に惹き込まれていく。
 何度か目にしたファビオという男は、正気であり、目的を持って動いているように見えた。
 女王の家臣であり、離宮に移り住んだ6人の騎士のうち、唯一鏖殺寺院により討たれた人物。
「何故1人だけ死んだのか、そのあたりの詳しい情報はまだ白百合団も掴んでないのか……」
 招待された者達が集まり、お茶会が開かれようとする中、円は1人、資料に没頭し続けるのだった。

 校長室で淹れたお茶では中庭に持っていくまでに冷めてしまうことから、中庭に野外活動用の給湯器やストーブを持ち出してその上で湯を沸かし茶を淹れることになった。
 招待した他校生数十名。百合園女学院の生徒、白百合団員も沢山参加することから、流石に茶を立てることは無理だった。
 贈り物として戴いた紅茶を生徒会メンバーと一緒に運んで、静香はティーカップ1つ1つに、自ら注いでいく。
「これだけ量が多いと、目が回りそうだね」
 ふうと息をつき、休憩の為に椅子に腰掛けた静香の隣に――百合園のアピス・グレイス(あぴす・ぐれいす)が近付いた。
「大丈夫?」
「ん? 大丈夫だよ」
 静香はアピスの問いに笑みを見せた。
「お茶淹れのことじゃなくて……あの日のこと。心の傷になってはいないかと思って。もう大丈夫?」
 アピスは正門前の戦いを見た静香が青い顔をして震えていたことが気にかかっていた。
「うん。僕は大丈夫。情けないよね。あんな怖い人達に白百合団のみんなが立ち向かっていたのに。あの場所にいた皆の方がずっとずっと怖かったと思うんだ。だから、今日はほんの少しでも慰めにならないかと思って」
 力なく、静香は笑った。
「無理、しなくていいのよ」
 アピスは自然に静香に手を伸ばして、小さな手を静香の頭に乗せて優しく撫でた。
「もう大丈夫、私は傍に居るよ」
 静香は少し驚いたような目で、アピスを見て、ふわりと笑みを浮かべていく。
「ありがとう。傍にいてくれるアピスさんや、皆を守れるように僕も頑張らないと」
 こくりとアピスは頷いた。
「静香さんが不安な時に、傍にいるから。その代り、私にまた寂しい夜があったら、行っても良いですか? ……一緒に眠ってくれますか?」
 それは7歳の少女の年相応の純粋な願いだった。
「ええっと、七年男女不同席って言葉があってね……んと、一緒に寝るのは良くないんだ。どうしても誰もいない時は、アピスさんのベッドの傍で、子守唄を歌ってあげるよ。寝付くまで」
 良く解らないけれど、一緒に眠ることはなんらかの理由により難しいようだ。
 だけど、傍にいてくれたら……修学旅行の時のように優しく手を繋いでいてくれたら、きっと安心して眠ることが出来るだろう。
 静香はヴァイシャリー家で暮らしているため、訪ねることはできないけれど。
 また、皆で集まった夜には。傍で眠りたいとアピスは思うのだった。

「それじゃ、そっちの端持ってくれよな」
「はい、では広げます」
 イルミンスールの日下部 社(くさかべ・やしろ)と、教導団のナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)が丸テーブルに純白のテーブルクロスを掛けていく。
「こちらお願いします」
 百合園女学院の生徒会長伊藤春佳(いとう・はるか)が、花瓶や花束、布巾、食器類を台車に乗せて運んできた。
「生徒会長さんが直々に用意とは感心ですなぁ」
 社は手もみをしながら、春佳と向き合う。
「大変なことがあったようで、せめて慰労会くらい手伝わねばと思ってイルミンスールから来たんですわ。今回の件では俺は協力できなかったんですけど、今度何かあった時には、一緒に手伝わせて下さいよぉ〜? うりうり〜♪」
 体を寄せてくる社に、春佳は少し困ったような苦笑を浮かべる。
「ありがとうございます。有事の際の他校の方の協力もとても有難く感じております。本日も白百合団員を労うための会でもありますので、招待客が多く、生徒会のメンバーだけでは手が足りなくて困っておりました。どうぞよろしくお願いいたします。勿論手が空いた際には、お2人も会を楽しんでいただいて構いません」
「任せとき〜♪」
「はい。今日はメイドとして百合園の方々や、お客様のお役に立てればと思っています」
 社は笑顔で、ナナは花瓶に花を活けながら春佳にそう答えた。
「ありがとうございます」
 春佳は礼を言い、次のテーブルへと台車を押していく。
「こちらの席に、団長をお招きしてもいいですか?」
「おっ、勿論や!」
「是非、急いで用意します」
 百合園のシェーンハイト・シュメッターリング(しぇーんはいと・しゅめったーりんぐ)の言葉に、社とナナはそう答えて急いでテーブルの準備を進める。
 花瓶は中央へ。椅子を等間隔で並べて、皿を並べていく。
「失礼いたします。本日はお手伝いいただき、誠にありがとうございます」
 現れたのは、百合園女学院生徒会執行部、通称白百合団の団長桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)だった。
 百合園女学院の制服や、カジュアルなドレスを着た女性徒達が付き従っている。
「労われる立場の人が何言ってんや。どうぞ。よろしゅうな〜♪」
「お世話になります」
 社は椅子を引いて鈴子を座らせ、同じように白百合団員達を席に誘っていく。
「社さんが持ってきてくださったお菓子です」
 社がイルミンスールから持って来た木の実パイを、ナナが皿の上に並べていく。
「ラズィーヤはいないのか?」
 蒼空学園のアルフレート・シャリオヴァルト(あるふれーと・しゃりおう゛ぁると)は周りを見回してみるも、ヴァイシャリー家の一人娘であるラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)の姿はなかった。
「ご本人は何も仰りませんが、事後処理が沢山残っているようです」
 鈴子がそう答えると、アルフレートは「そうか」と頷き鈴子の隣に腰掛け、アルフレートの隣にパートナーのテオディス・ハルムート(ておでぃす・はるむーと)が座った。
「ラリヴルトン家のレッザだが。彼は白百合団に協力してくれた。それは忘れないで欲しいと伝えてくれないか」
「わかりました。仰るとおりですわ」
「どうぞ、校長が淹れてくださった紅茶です」
 シェーンハイトがトレーを持って再び現れ、紅茶の入ったティーカップを着席した皆に配っていく。
「しかし、ファビオめ……回りくどいことを。他家の裏を取っているなら取っているで、他に方法があるだろう……それとも、パートナーが何らかの枷にでもなっていたのか? ……一人で立ち回るなど……くそ……」
 アルフレートは、テーブルの上で拳を固める。
「ヴァイシャリーに忍び寄る寺院の影……昨今動きが活発な闇組織といい、知らぬ間に少しずつ根を広げているようですね……それを探っていた様子のファビオ、襲撃、拉致……」
 アルフレートに紅茶を出しながら、シェーンハイトが語りかける。
「彼が無事で済むとは思えませんが、口封じにそのまま殺されたとも思えません。口封じなら、連れ去る必要はありませんしね」
「……ファビオを連れ去ったのは吸血鬼かもしれんな。嫌な話だが、次に対峙するとき、彼が彼のままかどうかわからない……テレポートするなど特殊な能力を持っているようだし……次は今までと違う、死合わなければならないかも、しれない」
 テオディスの言葉に、テーブルについた者達が静まり返る。
 泥棒を行なっていただけで、彼は攻撃らしい攻撃を一切してはこなかった。
 しかし、何者かに連れ去られ、意思を奪われてしまったら……今度は本当に敵として現れる可能性も否めはしない。
(なるほど、吸血鬼ですか……。やはり次の出会いが、平和的なものであるとも思えませんね)
 吐息をついてシェーンハイトは微笑みを浮かべる。
「……不安要素は尽きませんが、今はどうしようもありません。せめてこの一時、ご休息ください」
 トレーを前に、深く頭を下げてその場から去っていく。
「どこへ連れ去られたのか、わからないが……必ず、見つける。見つけて、例え刃を交えることになろうとこの借り、必ず返す……」
 アルフレートは紅茶を睨むように見ながら、言葉を交わした青年の顔を思い浮かべる。
「だから、それまで、無事でいろ……」
 苦しげとも言える彼女の声に、隣に座るテオディスは苦笑をする。
「……そうだな、最初から諦めていては何も出来ない。ただ、意気込むのは良いが、今何ができるわけじゃない。休息も必要だ。動くべきときにしっかりと動けるように、今はお茶とお菓子と、仲間との時間を楽しもう」
 励ましを込めて、テオディスはアルフレートの頭をぽんと叩く。
「子供扱いするな……」
 ふて腐れたような顔で、アルフレートはティーカップをとって紅茶を飲んだ。
 ……砂糖が入ってない。
 でも、言った言葉の手前、なんだか砂糖を入れにくくそのままごくごくと飲むのだった。
 テオディスはそんな彼女の様子に、また苦笑しつつも穏やかな目を向けていた。