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狙われた乙女~番外編~『休息プラン』

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狙われた乙女~番外編~『休息プラン』

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 ――ヴァイシャリー郊外。
 黒い着物に紫の紗羽織を纏った百合園の橘 柚子(たちばな・ゆず)は、小さな墓石に花を手向けた。
(想いだけでも力だけでも駄目やった、こうなることはわかってたはずやのに……)
 柚子は1人、黙祷し、頭を下げたまま口を開く……。
「綾はんの取った行動とうちらの取った行動、どちらも最善とはいえへんかった」
 目を開かずに、姿の見えない人に向かって、語り続ける。
「こうなるとわかっていて、結末を見届けようとしたうちの責任や……。うちの事、恨んでくれてええんよ」
 何も返事はない。
 ただ、冷たい風だけが、辺りを吹き抜けていった。
「あんさんは望んでへんのかも知れへん」
 顔を上げて、目を開き。
 柚子は決意に満ちた表情を見せる。
「せやけど命という代償が払われてしもうたさかい、けじめはしっかりつけさせてもらいます」
 軽く頷いて、背を向けた。
 高く結い上げた黒髪が風に揺れる。
 振り返らずに、柚子は街中へと戻っていく。

○    ○    ○    ○


 早河綾の両親は、自宅ではなく、ヴァイシャリー家の敷地内で保護されていた。
 自宅に戻ることは当分出来そうもなかった。
 百合園のメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は、ラズィーヤに申し出て、手紙を書いてもらい、ヴァイシャリー家を訪れた。
 同じ事件に関わってきたイルミンスールの譲葉 大和(ゆずりは・やまと)も、同目的でヴァイシャリー家を訪れていた。
 メイベルがラズィーヤに話を通してあったことにより、すんなりと4人は通され、応接室へと案内された。
 しばらくして、護衛の兵士と共に夫婦が現れる。
 綾の母親は……以前会った時よりもずっと痩せていた。
 4人は立ち上がって、深く頭を下げた。
 4人の向かいに、綾の両親は腰掛けた。
「綾ちゃ……綾さんと、連絡取れてないんですよね?」
 セシリアがそう尋ねると、綾の父親と母親は顔を合わせた後、同時に頷いた。
「どうか、落ちついてお聞き下さい」
 穏やかな声で、フィリッパはそう言った後、メイベルに目を向けた。
 メイベルは頷くと、語り始める――。
「これまでのこと、全てをお話しします」
 ありのまま、あったことを。
 綾が組織にいたこと。
 救出された綾が、百合園の友人を連れて、組織に再び向かったこと。
 その時の言葉も。
 そしてパートナーを失った彼女が現在、全身麻痺、せん妄状態であることも。
 綾の両親は何も言わずに聞いていた。
 父親はテーブルの上で手を組んだまま。
 母親は青ざめた顔で俯きながら。
「綾さんは……」
 メイベルが説明を終えた後、大和が口を開く。
「パラミタ全土に拠点を持つ、巨悪な組織の存在を知ってしまいました。彼女は、学校や家族を護る為、こうすることしか、そう生きるしか出来なくなっていました。それが正しいことだとは思わなくても、誰にも相談が出来ない状態でした」
 それから、一呼吸置いて、こぶしを握り大和はこう言葉を続ける。
「そして、その決意さえ……俺が踏みにじってしまいました」
 彼女の心を知らぬまま、強引に連れ出すということで。
「あなた方が、気に病むことも、責任を感じることも、ない。あなた方は感謝されるべきだ。非難されるべきは私達であり、私達も感謝している。ただ、今はまだ衝撃が大きすぎて……考えが纏まらない。申し訳ない。ただ、それだけだ」
 ゆっくりと言葉を紡いだのは綾の父だった。
「俺に、綾さんを護らせてはいただけませんか? 組織からだけではなく……今後、彼女が回復するにつれ、彼女に襲い掛かる世間の目や、厳しい追及から彼女が心を開けるようになるまで」
 真剣な目で大和はそう言い、頭を下げた。
「綾さんに仕える執事として、俺を傍に置いて下さい」
「あなたにそこまでしてもらう理由はない。本当に」
「頭を上げて下さい」
 父親の言葉に続けて、母親が言葉を発した。
 その声は悲痛な響きを含んでいる。
「あなた方は、私達の恩人です。綾の仕出かしたことを、学校に報告してくれたから……綾達を救出し、ヴァイシャリー軍に事件を伝えてくれたから、綾の命は守られ、軍の素早い対応により私達の家の被害も最小限に抑えられました。私達がこうしてあなた方と会話ができているのは、あなた方のお陰です」
 涙をひとつ、二つ、流し、夫に支えられながら、綾の母親は話を続ける。
「綾がご友人達を巻き添えに、犠牲にしようとしたことは消し去ることのできない事実であり、私達はメイベルさんを含むご友人達やご家族に謝罪を続けていくつもりです。亡くなったサーナのご家族にも償いを続けていきます。綾の仕出かしたことは、まっとうに育てることが出来なかった、私達夫婦の責任です」
 綾の母親は封筒を一通、テーブルの上において、大和の方へ滑らせた。
「執事……に関してはあたながそうしたいのなら、そうして下さって構いません。ですが、お気持ちが落ち着いた後はあなたはあなたの為に生きて下さい。あなたにもしものことがあったら、綾も私達も、自責の念に駆られ、更に辛い思いをするでしょうから」
 顔を上げて、大和は差し出された封筒を手にとった。
「あの日……キマクへ出かける前に、綾が残した手紙です。出かける直前に急いで書いたものらしく、走り書きでしたが、私達夫婦宛と、亡くなったメイドのサーナ。それから、もう一人のパートナー宛の3通ありました」
「もう1人のパートナー……」
 綾には他にもパートナーがいたため、彼女はパートナーを1人失ってもパラミタに拒絶されることはなかった。
 パートナーの死により、彼女が一時重体に陥ったことから、綾のもう1人のパートナーにも影響が出てしまっているだろう。
「私達のもう一人の子供です。数年前私達夫婦は、孤児だった地球人の綾と、綾と契約をすることで肉体を取り戻したパラミタ人を引き取り、自分達の子供として迎え入れました。もう1人の子供……息子の名前はルフラといいます。彼は既に自立し、現在は空京で生活しているようです。……もし、彼に会うことがあったのなら、あなたの手でこの手紙を渡して下さい」
「……分かりました」
 大和は封をしてある手紙を受け取った。紙でしかないはずなのに、とても重く感じられた。
 それから、綾の父と母は、百合園のメイベル、セシリア、フィリッパに顔を向けて、深く頭を下げた。
「大変ご迷惑をおかけいたしました」
「申し訳ありません。お詫びする、言葉もありません」
「そんな、こと……ないですぅ……」
 メイベルは首を横に振った。
 責められる覚悟をしてきたのだけれど……。
 綾の両親は、立派だった。
 気付けば、メイベル達もつられるかのように、頭を深く下げていた。

 ヴァイシャリー家の門から外へ出た後、メイベル達は亡くなった綾のパートナーの墓参りに向かい、大和は……共にヴァイシャリーにやってきた者――パラ実のナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)と合流をする。
「どうだった?」
 ナガンの問いに、大和は両親との会話、手紙を受け取ったことについて詳しく説明をした。
 無言で話を聞いた後、ナガンはこぶしを上げた。
 大和も息をついて、こぶしを上げる。
 ガツン、と。
 こぶしを合わせる。
 ――言葉を出さずとも。それは、組織壊滅への漢の誓いだ。
「……じゃあいくとするか」
 先に、ナガンが歩き出す。
 曇り空から、ぽつんと、雨が落ちてきた。
 ナガンは軽く空を見上げ、自嘲的な笑みを浮かべる。
 これは、組織に借りを返すという個人的な行動の結果。
 後悔――もあったが、そんな感情は一切表すことなく。
 静かに、組織打倒を決意した。
 大和がナガンに追いついて、肩を並べる。
 重い手紙を手に。
 熱く強い決意を胸に。