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温室大騒動

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温室大騒動

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3.戯れます

「そういうことかぁ……」

 獲狩 狐月(えがり・こげつ)は大きな溜息を一つついた。
 管理人を探す為、ケルベロスに匂いを嗅がせて居場所を探してもらうつもりだった。

「……せっかく借りてきたのに」

 管理人の匂いが残っていそうな私物を手にしている狐月は、落胆した。
 ケルベロスの首根元にある、石で出来た頑丈そうな首輪。
 鍵なんて存在するんだろうか?

「あれじゃ連れ出すことも出来ないじゃん……」

「本当ですね」

「えっ?」

「私もケルベロス君に、管理人さん探しを協力してもらうはずでした。……よくテレビでやっているみたいに管理人さんの服とか持ち物の匂いを嗅がせて追跡できないかな? って」

「フィルの作戦通り、ケルベロス君が何か知ってるんじゃないかと思って来てみたんじゃが」

 フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)と、そのパートナーシェリス・クローネ(しぇりす・くろーね)が、狐月の横にやって来て、ケルベロスを見上げる。

「いくらタネ子でも管理人を食べるのは容易ではないはず。しかし、それだと管理人がいない理由が分からんし……もしかしたら何か事件に巻き込まれたと言うことはないかのう」

「どこかにひょっこり行っているだけかもしれません。タネ子さんを倒してしまうのはかわいそうです」

「そうじゃのう……」

「──そぅら! そら食えぇ!」

「えっ?」

 見ると。
 反対側で、しきりにエサを投げ与えている皆野 秀(みなの・しゅう)の姿があった。

「それ食い終わったら一緒に遊ぼ。安心して、キミのご主人様はすぐに帰ってくるからさ!」

 良くパートナーに「もう少し落ち着いた行動をしてください」と言われるが、今回はそんなのお構いなしだ。
 全力でケルベロス君を元気にさせてみせる!

「ははははは! 楽しいなぁ! ってコラ待て、か、顔を舐めるなくすぐった、う、うひゃひゃひゃひゃ!」

 無邪気にケルベロスと戯れる秀を見て──狐月は負けじと事前に用意してきた特大骨付きカルビ(通称、漫画肉)を与えた。

(私だって、ケルベロス君と仲良くなりたい!)

 そんな二人を微笑ましく見ながら、フィルとシェリスは持ってきたエサを食べやすいように高く掲げた。

  ◇

「お顔が三つもあると、胃も三つあるんでしょうか? エサが全然足りないですね」

 お皿では小さそうなのでレジャーシートを敷いて、その上にお弁当や食堂で調達してきた食べ物(偏らないよう肉類と野菜類をバランス良く)を並べたエルシー・フロウ(えるしー・ふろう)は、あっと言う間に平らげていくケルベロスを見ながら苦笑した。

「え、エルシー様? そんなに側に行って大丈夫ですか? 番犬でございますよ?」

 パートナーのルミ・クッカ(るみ・くっか)が、心配そうな声を出す。

「平気ですよ」

 怖がる様子もなくエルシーはケルベロスの足に飛びついた。

「あったか〜い、ふこふこ〜〜〜」

「え、え、え、エルシー様! 怖くないんですか??」

「ん? ぜ〜んぜん怖くないですよー。前も会ったじゃないですか。あ、でも私も同じで最初は怖かったです。だけどやっぱり飼いならされてる犬です、可愛いです!」

「そ、そんなものでございますか?」

 自分の身長の倍以上あるケルベロスを、ルミは見上げる。

「やっぱり怖いでございます!」

 ルミは少し距離を取った。
 エルシーは、少しでもケルベロスの気が紛れる様にと歌を歌ったり楽器を鳴らしたりして励ましていた。
 その横で、もう一人のパートナーラビ・ラビ(らび・らび)も一緒になって歌を歌う。

「……管理人さんは出掛けた先で迷子か何かになってしまったのではないでしょうか? しばらくすれば戻ってくると、私は信じています」

 ケルベロスに向かって思いを告げるエルシーだったが、ルミは管理人の行方に関しては楽天的には考えられなかった。

「ねぇねぇ、エルおねーちゃん、ルミおねーちゃん。温室の中には入らないの?」

「え? ここでケルベロスちゃんと一緒に管理人さんの帰りをずっと待つつもりですが……」

「あっそう…そうなんだ……」

「中は本当に危険でございますよ!」

 ルミの強い眼差しに、実は温室の中の甘い果実を探しに行きたいとは言い出せなくなったラビだった。

(…温室の果物〜……)

  ◇

 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は、パートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)に協力してもらいながら作った料理を、ケルベロスに振舞った。

「管理人さんほど素晴らしいお世話は出来ないでしょうが、誠心誠意接すればきっとケルベロス君にも通じるはずですぅ!」

「人間もお腹を空かせているとイライラするしね。管理人さんの手料理に敵わないだろうけれど……でも気に入ってくれてるみたい。お代わりも十分に用意したし。ずっとお腹をすかせていたんだもんね」

「良かったですぅ〜…」

「──わたくし!」

 突然。

 もう一人のパートナーフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がケルベロスを見ながら呟いた。

「ケルベロス様を見るのは初めてですが……外見の割りに大人しくて人懐っこくて。この方、番犬ですか?」

「ば、番犬ですよぉ……多分…」

 そう言えば。
 一度でも来たことのある人間を覚えてくれていたのか、今回は威嚇されなかった。
 有難いことではあるのだが、果たして番犬の役目を担っているかどうか……?

「前の時は、あまりにも大きくて驚いたけど、慣れれば大丈夫だよ」

「そうですぅ。では早速お風呂に……って、何処にお湯があるんでしょう?? しょうがないからブラッシングするですぅ」

「了解」

「毛づくろいも忘れずにするですぅ!」

  ◇

「お座り! ──待て!」

 カリン・シェフィールド(かりん・しぇふぃーるど)はしっかりと躾をしながら、エサを与えていた。
 スーパーの肉じゃ足りないと思い、業務用を用意した。

「生肉もいけるんだ……生で食べないようなら焼こうと思っていたんだけど…」

 むしゃむしゃ美味しそうに食べるケルベロスに、カリンは嬉しくなった。

「すっごい食欲だね。お腹すいてた?」

 三叉の頭の一つを撫でる。

 しかし……

 業務用の肉も、あっと言う間に平らげてしまった。
 普段は一体何を食べてお腹を膨らませているのだろう?

「どのくらい食べさせればお腹いっぱいになるのかな? 今は腹何分目?」

 もっと欲しそうに見つめてくるケルベロスに苦笑するカリンだった。

「──ん〜と、クリスマスだから……特製ローストチキンはどうかな? ケルちゃん♪」

 隣のケルベロスの頭にご飯を与える神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)

「そろそろお腹にたまってきましたでしょうか?」

 有栖は、様子を見ながら今度はブラッシングを始める。

(最高の毛並み──ツヤにしてあげます!)

 腕を精一杯伸ばしながら、ケルベロスの大きな身体に、何度も何度もブラシをかける。

「ケルちゃん綺麗になってきたよ〜、かわいい〜♪」

 満足そうに有栖は微笑んだ。

  ◇

「寂しいから泣いてはるんやあらしまへん?」

 久しぶりに会ったケルベロスを見ながら、清良川 エリス(きよらかわ・えりす)は言った。

 タネ子さんは怖い子かもしれないけど、人を食べたりしないって事は判ってるし寂しそうで心配だ。
 多分ケルベロス君が夜通し泣くのはお腹が空いてるだけでは無いと思う。
 しかし──相変わらずケルベロス君はデカい。

 パートナーのティア・イエーガー(てぃあ・いえーがー)が、管理人さん探しにはケルベロス君のとこへ行くのが良い! とやたらと勧めるので、やって来た。
 迂闊な事を言うとティアによってタネ子の触手の餌食にされそうなので、ケルベロスの所へ行く勧めに乗った。

「どうでしょう? 難しいですわね」

 ティアはエリスの言葉に適当に答える。

(……前の事を考えれば敵意の無いエリスの事を気に入っていると考えても良い。ダメ押しのチャンスですわ!)

 ティアは、再びエリスをケルベロスの贄にすることしか頭になかった。

「寂しい思いをしているケルベロス君が寂しくないように今日はお友達、いいえお嫁さんを用意してさしあげましたわよ」

「ふぇ?」

 そう言うと、いきなりエリスに犬耳ヘアバンドと尻尾をセットし、ケルベロスの前に突き出した。

「──てぃ、ティア〜な、ななな、なにしはりますん!?」

 いきなり転がってきたエリスに興味を示して、ケルベロスは顔を近づけ、大きな舌で舐めあげた。

「ひゃっあああああんっ、そ、そそそ、そないなとこ舐めたらあかんどすえ」

 エリスは必死で抵抗を試みる。

「い、壱与様ぁ、見てはらんで助け…、な、なんどすか! その一瞬見せたくすりって何どすかぁ!?」

 もう一人のパートナー邪馬壹之 壹與比売(やまとの・ゐよひめ)は、二人のお間抜けなやり取りを見つつ──エリスを苛めたくなる気持ちも少し判りかけつつあった。
 が、気を取り直し。
 ケルベロスを見上げて、首輪と鎖の先を見た。とても抜けそうにない杭に繋がれているケルベロス。
 待っているだけではなく──ケルベロス自身が動かなければならないと思っていた。
 温室から動いていないという事は温室内に管理人さんは居るのでは? とも考えていたが……アテは外れた。
 鎖で繋がっているから動かなかっただけだ。

「残念でございます……」

「ななな何が残念なんでますかぁ〜! たっ…たすけ……ひっ…ん…」

 べろべろと嘗め回されるエリス。

「こんな光景、前にも見た気がしますわ。いいですわぁ、最高!」

「あああああんっ!」

「もっと! もっとですわっ!!」

 快感に打ち震えながら、ティアは恍惚の笑みを浮かべる──

「……こ…怖いです……」

 ルイ・フリード(るい・ふりーど)が呟いた。

「あぁ…そうであるな…」

 パートナーのリア・リム(りあ・りむ)が大きく頷く。
 目の前にいる伝説のケルベロス──あまりの巨大さに恐れ慄きはするものの、それよりも目の前で繰り広げられた行動に、恐怖を感じずにはいられない。

「だけど……」

 ケルベロスは案外大人しくて人懐っこいのかもしれない。何せ犬だ、所詮動物ではないか!
 友達になりたい、出来れば友人以上親友以内の関係になりたい! ……ルイには秘密だがな。
 リアは唇の端を緩めた。

「これなら僕でも行けるかも……」

「え?」

 柔らかそうなケルベロス。暖かなそうなケルベロス。
 大きな舌で、べろべろべろべろ……
 何故か吸い寄せられるようにケルベロスに近づこうとしているリア。

「ちょ、ちょっと! あんな目に合いたいのですか!?」

 ルイが指差す先には、ケルベロスに弄ばれているエリスの姿が。

「…あ? あ、あぁ、ああ! 危ない…さすが地獄の番犬ケルベロス。引き寄せられたのだよ……」