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八森博士とダンゴムシの見た夢

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八森博士とダンゴムシの見た夢

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4.ダンゴムシにも

 いくつもの山と谷が連なるヒラニプラ周辺は、ダンゴムシにとっても進み辛かった。岩に当たれば左へ行き、崖に当たれば右へ。
 空飛ぶ箒に乗った宇都宮祥子(うつのみや・さちこ)は、黄色い物体が二つ寄り添っているのを見つけた。慎重にスピードを落とし、距離を縮める。
 一匹が周辺を探るように身体を動かした。祥子はドキッとしたが、こちらにはまだ気づいていない様子だ。
 ――祥子は発煙筒を取りだした。

 遠くに白い煙が上がったのを確認して、本能寺飛鳥(ほんのうじ・あすか)は運び終えたばかりの超合金製巨大虫カゴを見る。
「本当にこれで捕まえられるのかなぁ?」
「大丈夫だろ。こんだけでかいんだから」
 と、ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)が答えた。
 確かにサイズも心配だが、問題はダンゴムシの知能である。こんな分かりやすい罠に容易くかかってくれるとは思えなかった。
「ダンゴムシは左に曲がった後、右に曲がる習性がある。これは交替性転向反応といって――」
 飛鳥の契約者であるパートナー、マーゼン・クロッシュナーがそう言って説明を始める。
 祥子によって誘導されたダンゴムシは、まず訓練所となっている建物にぶつかる。そこを右に曲がれば、あとはマーゼンたちの用意した迷路に迷い込み、ゴールには巨大虫カゴが待ち構えているというわけだ。
「ちなみにその内の一匹は、ゴットリープが囮になって注意を引きつけてもらいます」
「……でも、生け捕り、ですよね?」
 と、ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)
「「もちろん」」
 マーゼンとケーニッヒが当然のように答える。それぞれ、何か違う意図を持っているような気がするが、考えが一致しているのは良いことだ。
 少し離れた所へ様子を見に行っていた飛鳥が叫び声を上げ、戻ってきた。
「来たあああああ!」
 それを合図に、すぐに位置へ着こうとする三人だったが……様子がおかしい。
「迷路の意味ねぇじゃん!」
 習性を逆手にとって作ったはずの迷路を見事に無視し、否、壁を破壊しながら飛鳥を追ってくるダンゴムシのオスとメス。
「いやあっ、助けてええええええ!!」
 どうやら、知能は習性をも上回ったらしい。
 上空で祥子が必死にダンゴムシへ氷術を放つが、思ったよりも防御力が高い。
「ごめんなさい、ちょっとやりすぎちゃった」
 と、祥子は地上の彼らへ言う。
「やりすぎたって、怒ってるじゃないですか!」
「ほら、行きなさい。出番ですよ」
 と、マーゼンはびくびくするゴットリープの背を押した。
「えええ!?」
 あんなの近寄るだけでも恐ろしい、と、ゴットリープは思ったが、これも教導団員としての使命だと思い直し、走りだす。
 追われている飛鳥の前へ行き、ダンゴムシの注意を引きつけようと剣を向ける。
「あなたの相手は私です!」
 ダンゴムシが動きを止めた。その隙に飛鳥が逃げていくが、後ろにいたダンゴムシはゴットリープに気付いておらず、なおも飛鳥を追っていく。
 ゴットリープとダンゴムシが睨みあう。触覚が辺りを探るも、すでに破壊されていて逃げも隠れもできそうになかった。
 飛鳥との距離が十分に開いたのを確認し、ゴットリープは剣を鞘へ収めた。そして走りだす!
 一方、マーゼンの待つゴールへと向かっていく飛鳥は、未だにパニック状態でいた。
「来ないでええええ!」
 涙で前方がよく見えていないのか、命知らずなのか、飛鳥はそのまま虫カゴへと突っ込む。飛鳥の後を追って中へ入るダンゴムシ。
「よくやった!」
 と、マーゼンとケーニッヒがすぐさま檻を閉める。逃げ場を失った飛鳥は腰が抜け、その場にへたりと座り込んでしまった。
 ゴットリープを追っていたダンゴムシが、ふと動きを止める。
 はっとするゴットリープを無視し、捕まっているパートナーの元へ歩き出すダンゴムシ。
「あ、ちょっと!」
 再び注意を引きつけようとするゴットリープだったが、彼女の目には入らなかった。
 虫カゴの中で足掻くオスへ歩み寄り、互いの触覚を使って触れ合う。さながら、手を取り合っているようだ。
「助けだそうとしてるのかしら」
 と、地上へ降りた祥子が言う。
「ダンゴムシにも情があるとは……」
 虫カゴの周りを歩くメス。逃げ出そうと檻に体当たりを続けるオス。
 被害を出さないためにしたことが、だんだんと悪いことのように思えてくる。自分たちはこんなにも愛し合っている彼らを、引き裂いてしまった……。
「ドラゴンアーツ!」
 突然、ケーニッヒがメスに向かって攻撃を放った! 不意を突かれたメスが勢いよく地面へ転がる。
「え、何して……っ!」
 戸惑う祥子だったが、声は届かなかった。
 ケーニッヒは空気を読まずに次々とドラゴンアーツを放ち、オスの目の前でメスを無残な姿へと変えていく。
「トドメだぁ! ソニックブレード!!」
 と、最後に強烈な一撃をお見舞いすると、ダンゴムシは動かなくなった。
「うっしゃあ! 運び込むぞー!」
 と、ケーニッヒは意気揚々とダンゴムシを解体し始める。オスはすでに身体を丸めて恐怖に震えていた。
 マーゼンは溜め息をつくと、メスの腹にいくつもの丸い物体があることに気付く。――卵だ!
「とりあえず、作戦は成功したようですね」
 と、マーゼンもメスの死体へ歩み寄る。
「……はぁ」
 ゴットリープだけが一人、安堵やら罪悪感やらの入り混じった感情を抱いていた。