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【2020春のオリエンテーリング】準備キャンプinバデス台地

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【2020春のオリエンテーリング】準備キャンプinバデス台地

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第二章 潜む悪意


 北の高原ルートへ探索に出た警備班のパトロールA部隊もモンスターらしいモンスターとの遭遇はいまだに果たしていなかった。
元々バデス台地は平穏な地域で大型モンスター生息の情報などはないため、それも当然と言えば当然なのだが戦闘を望んでいた蒼空学園のミンストレルのエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)や彼のパートナーのコルデリア・フェスカ(こるでりあ・ふぇすか)はいささか退屈気味のようだ。
「なぁ、ここまでに見つけたモンスターって何匹だった?」
エヴァルトの質問に、コルデリアは指を折って数えた。
「さっきのウサギは入れたほうがよろしいんでしょうか?」
「入れねーよ! あぁ、平和なのはいいんだけどよ」
パトロールA部隊の中では年長である空京大学のモンクのラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)がエヴァルトをなだめた。
「そうそう、エヴァルトいいこと言うじゃねぇか。平和なのが一番だぜ」
「そりゃね、ラルクさんくらい悟りが開けてりゃいいんでしょうけど。俺としては」
エヴァルトは退屈なのがたまらないらしい。
「待ってな、そのうち嫌でも現れる」
ラルクが言いかけたその時、前方から大きな声がした。
「おい、隠れてないでさっさと出てきやがれ」
立ち入り禁止の看板を立てていた波羅密多実業高等学校のモンクである姫宮 和希(ひめみや・かずき)が気配を察知してのことだ。

「来たぜ、お待ちかねのモンスターが!」

 リラックスしていたメンバーも、和希の一声に緊張を走らせた。
「おっと、危ない」
岩陰から放たれた矢を、和希は立て看板で受け止めて即座に戦闘態勢に入った。
「守りはあたしに任せてよね」
百合園女学院のナイトのミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は和希の前に進み出てタワーシールドを構え、ディフェンスシフトのスキルを発動した。
「さぁ、かかってきなさい」
「ヒュー、頼もしいね」
和希はミルディアの後ろにつき、次の攻撃に備えた。
岩陰から飛び出してきた一匹のゴブリンは、そんな二人の頭上を飛び越えてエヴァルトに狙いをつけた。
ゴブリンの手斧がエヴァルトへと振り下ろされる。

「悪いな、みんな。お先にいただくぜ」

エヴァルトはゴブリンの手斧を鉄甲で払うと、ドラゴンアーツを使って思い切り殴り飛ばした。
「後ろはわたしに任せてください」
コルデリアはエヴァルトのサポート体制をとった。
「さぁ、次はどいつだ?」
一発KOで調子が上がってきたエヴァルトは拳を握りしめた。

 他のメンバーも盾役のミルディアを中心に戦闘態勢に入っていたが、なぜか後続のモンスターは現れなかった。
「なぁ、気配感じるか?」
和希はミルディアに聞いたが、彼女もすでに気配がないことに気づいていた。
「ううん、ない」
「まさか、これで終わりかよ? そりゃないだろ」
不満そうなエヴァルトを制止して、ラルクは倒したゴブリンに近づいた。
「まだ息がある。こいつを吐かせてみよう」
しかし、ラルクが触れようとした途端にゴブリンは隠し持っていたナイフで襲いかかった。
「ち、しぶとい野郎だ」
ラルクはナイフを避けようともせず、攻撃が当たるよりも先に拳をゴブリンの顔に叩きこんだ。
「死んじゃった?」
和希の質問に、ラルクはしまったと頭を乱暴に掻いた。
「悪い、咄嗟のことで手加減できなかった」
「偶然遭遇した野良ゴブリンということでしょうか?」
コルデリアはゴブリンの遺体を覗き込んで言ったが、ミルディアは首を振った。
「見て、この武装を。刃もきちんと磨いてある」
「そうだな。さっきもいきなり飛びかかってこずに矢でフェイントをかけてきた」
和希もミルディアの意見に同意した。
「こいつは訓練を受けているとみていいようだな。よし、近くを探そう」
ラルクは後続を哨戒中の他のパトロールA部隊にも声をかけて、付近の捜索を開始した。
「なんか、嫌な感じだぜ」
そんな和希のつぶやき通り、不気味な沈黙が辺りに漂っていた。
「ねぇ、ラルクさん。ゴブリンはまだしも、他のモンスターまでいないって変じゃない?」
ミルディアに質問されたラルクも同様のことを考えていたが、答えは出てこなかった。
「探すしかあるまい。不安材料を無くすのも俺たちの仕事だ」
しかし、そのまま捜索は半時間ほど続けられたものの、パトロールA部隊はゴブリンどころかモンスターの一匹すら見つけることができなかった。



「みんな、元気にしてる? 美羽のパラミタレディオ・イン・バデス台地が始まるよ!」

 ぽっかりと大きな口を開けた暗黒洞窟の前で、マイク片手にラジオ中継のリハーサルを始めたのは蒼空学園のミンストレルの小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だ。
「いいぜ、ミワミワ。キュートだぜ、最高だよ。じゃぁ、ここらで一枚脱いでみようか」
調子に乗って騒ぐシャンバラ教導団のローグである神代 正義(かみしろ・まさよし)を、パートナーの電子兵機 レコルダー(でんしへいき・れこるだー)が後ろから殴った。
「調子に乗り過ぎでございます」
「冗談だろ、冗談。正義のヒーローがそんなハレンチなことするわけないだろ」
言い訳する正義に、美羽の冷たい視線が刺さった。
「えー、目が本気ぽかったよ」
「ちょっと、ミワミワまでやめてくれよ」
レコルダーも容赦なく正義を非難した。
「ご主人にはそういうところがございます」
「ちょっと待て、レコルダー。俺がいつそんなことをした?」
このままではリハーサルがいつまでも終わらないので、薔薇の学舎のバトラーの清泉 北都(いずみ・ほくと)は仲裁に入った。
「まぁまぁ、そこは若気の至りってことでですねぇ」
北都のパートナーであるクナイ・アヤシ(くない・あやし)も頷いて同意した。
「男性には多少あることでございますし」
「えぇ、そういうキャラで固定なのかよ……」
「ま、面倒なんでそれでいいじゃないですかぁ」
口調はのんびりだが、発言は全く容赦ない北都であった。
落ち込む正義を放置して、レコルダーがどんどん中継のリハーサルを仕切り始めた。
「それがし、こんな大役を任されて嬉びに身が引き締まる思いでございます」
「私もレコちゃんに会えてよかった。だってラジオ中継できるなんて思わなかったもん、ありがとう」
美羽は嬉しそうにレコルダーに頭を下げた。
「いえいえ、それがしこそご一緒できて光栄でございます。パーソナリティの美羽も最高ですし、北都の書いてくれた暗黒洞窟のガイド台本も最高でございます」
「照れるなぁ、そんなに褒められると。でも、名ディレクターのレコルダー君あってこそだよねぇ」
北都の言葉に、思わず正義が突っ込んだ。
「いや、ディレクターは俺だから。レコルダーは音響係」
「あ、そうでしたか。私たちはてっきり」
クナイの思いは皆が共有していたので、全員が思い出したように正義を見た。
「ぐはっ、なんだこの心にこたえる大ダメージは……」
「ご主人は無視で大丈夫でございます。じゃ、台本の三ページを」

 心身ともにやられた正義をすっかり無視して、リハーサルはどんどん進められていく。
「はーい、美羽はいま暗黒洞窟の入口に来ているよ。まだ誰も最深部には入ったことはないんだけど、噂じゃダークドラゴンが棲んでいるとも言われてるんだよ」
「いいですね、美羽。こっちの感度もばっちりです」
「じゃ、まず一階を紹介するね。暗黒洞窟という名前とは裏腹に入口に入ってすぐのここは大広間と呼ばれていて、雨水などの浸食で天井に開いた無数の穴から光が降り注いですごく幻想的なんだよ」
中継の電波状況もよく、レコルダーも楽しそうにリハーサルをどんどん進めた。
「美羽様はいいパーソナリティでございますね。用意した台本を自分の言葉で話していらっしゃる」
「うん、ホッとした。まさか僕の書いたガイドがラジオになるなんて最初は考えてもいなかったからねぇ」
北都もクナイと会話しながら、順調に進むリハーサルに安心したようだ。
「見てみて、鍾乳石がこんなに。ここまで大きくなるのには何百年もの時間がかかってるんだよ」
「いい感じでございます、美羽」
美羽もレコルダーに乗せられて、どんどんと本来の良さが出てきていた。
問題は、一人だけ仲間外れにあってしまったこの人であった。
「くそ、仲間はずれにしやがって……」
一人だけ隅で佇んでいた正義に、北都が優しく彼の肩を叩いた。
「正義さん……」
「泉っち! やっぱりお前は違うと思ってたんだ」
北都は正義に優しく頷いて言った。
「そこ邪魔だから、どいて欲しいんだよねぇ」
さらなる大ダメージにもはや言葉も出ず、真っ白になる正義だった。
「あ、正義様。大丈夫ですか、お気をしっかり」
クナイの言葉が洞窟の大広間にむなしく響いた。



 一階でのガイド班のにぎやかな様相とは打って変わり、洞窟班はすでに光の届かない地下二階へと歩みを進めていました。
SPの大きな消耗を避けるため、持ち込んだ照明記具と光術を併用して洞窟内での作業は進められていた。
主な仕事は大きく分けて二つ、蛍光塗料を塗った用紙を貼り付けての道案内の作成と、オリエンテーリングで使用する仕掛けの設置だ。
ただ洞窟を進むだけでは面白くないと考えていた蒼空学園のサムライであるウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)と波羅密多実業高等学校のローグのヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は、事前に用意したスタンプラリーやメダル探しの仕掛けを相談しながら設置していた。
「助かりました、ローグの君がいてくれて。メダル探しなんて私には思いつかなかったし」
ウィングはヴェルチェのローグとしてのセンスをさすがだと感心した。
「だって、ただのピクニックにしちゃつまらないでしょ。やっぱり冒険ぽいことがないと退屈よ」
「そうですね、私も同意見ですよ」
「よかったぁ、わかってくれる人がいて」
絶対にそのほうが面白いと思っていたヴェルチェだが、反対意見が多かったらどうしようかと迷いもあった。
しかし、ガイド班でウィングに出会えたことでその悩みも一気に解消されたのだ。
これを機会にもっとウィングと仲良くなろうとヴェルチェが送った色っぽい視線に、なぜか寒気を感じるウィングであった。
「キミは寒くないですか? 洞窟だからかな」
「じゃぁ、あたしがあっためてあげちゃおうかな」
ウィングの腕をとって身体を押しつけたヴェルチェに、二人のアシストをしていた蒼空学園のローグの守山 彩(もりやま・あや)がツッコミを入れた。
「ちょっと、そこ二人で盛り上がってないで。ちゃんと指示出してくださいね」
「あぁ、ごめんなさい」
ウィングは彩に頭を下げた。
「スタンプ台は設置終わりましたけど、次は? あれ、オハン。あなた、何処にいるの?」
彩のパートナーであるオハン・クルフーア(おはん・くるふーあ)は洞窟内の鉱石を拾って熱心に見ていた。
「どうしたの、オハン?」
「いや、我輩の身体もこういった鉱石から作られたと思うと感慨深くてな」
「へぇ、あなたもそういうこと思ったりするんだ」
洞窟内なので、周囲は警戒しつつもそれぞれに楽しみを見つけて準備は進んでいた。
「ねぇ、見て。ここに人が入れるくらいのくぼみがある。ここにメダルを仕掛ちゃおうか?」
ヴェルチェの提案に同じくローグである彩も同意して、二人でアイデアを巡らせていく。
「簡単に見つけたら面白くないよね」
「そうね、何か簡単なトラップは欲しいわ。見えるけど簡単にはとれないような」
「そうだ。鏡を使って反射で見せたらどうかな?」
お互いのローグの知識を生かして、あぁでもないこうでもないと盛り上がる二人。
その時、洞窟の奥から不気味な叫び声がこだました。
「あっちは確か地下三階へのルートを探しにいったメンバーがいるはず」
ウィングは警戒態勢を取りつつ、ヴェルチェや彩の意見を求めて二人の顔を見た。
「あら、やっと冒険ぽくなって来たみたいだわ」
「そうこなくっちゃ、遣り甲斐がないものね」
二人とも緊張感を走らせつつも、このアクシデントを歓迎しているようだ。
「それでは、我輩が先に参ろう」
先頭に立ったオハンの後ろに、彩、ヴェルチェ、ウィングが続いて、叫び声の方向へと駈け出していた。