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リアクション
第三章 カレーなるキャンプ
日が傾きかけた午後、キャンプ地の中心部に丸太を使って組まれた二つのキャンプファイヤーの土台が姿を現した。
空飛ぶ箒に乗って上空からバリケード設置の安全を見守っていたオルカ・ブラドニク(おるか・ぶらどにく)も思わず声を上げた。
「あぁ、できてきたねぇ。記録を狙うだけあってやっぱり大きいもんだねぇ」
彼のパートナーである蒼空学園ローグのクロト・ブラックウイング(くろと・ぶらっくういんぐ)は下からオルカに声をかけた。
「悪いけど下りてきてこっちを手伝ってくれませんか?」
オルカはフワリと地上に降りると、クロトを手伝ってたはずの他のメンバーたちを見回した。
そこにいたのは設営班ではなく、立ち入り禁止部位の取材に来ていたガイド班の黎、真矢、ヴァーナーだった。
「あたしは力仕事は苦手なんだよね」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。こういうのも経験ですよ」
文句を言う真矢をヴァーナーがなだめた。
「そりゃさ、あんたはブログのネタができていいだろうけど」
「そんなことないですよ」
おしゃべりする二人をよそに黎は黙ってバリケードを設置していた。
「すいません、ガイド班の方に」
申し訳なくて頭を下げたクロトだが、
「気にする必要はない。設営班であれガイド班であれ、オリエンテーリングのために働いているのには代わりがなかろう」
黎にそう言われると余計に恐縮した。
「あれ、設営班のみんなは何処に行ったんですかぁ?」
クロトは鉄条網を杭に巻きつけてバリケードを作る作業の手を休めずに、オルカに方向を教えた。
「あっちです、ほらあそこで」
「ん、みんなで何してるんだろうなぁ……え、お花摘みですかぁ?」
クロトとオルカの視線の先に広がる花畑では、設営班の仕事を放り出して花を摘んでいる蒼空学園セイバーのリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)とパートナーであるレイ・パグリアルーロ(れい・ぱぐりあるーろ)、アレス・フォート(あれす・ふぉーと)、龍 大地(りゅう・だいち)がいた。
「やはりバデス台地くらいの高地になると、普段見ることのできない花が見られますね」
リュースはそう言って、五輪の小さな花をつけた連福草を手に取った。
「かわいい花ね、リュース」
レイは幸せを連れてくるというその小さな緑色の花弁にすっかり魅了されたようだ。
「ほら、こっちには二輪草がこんなに咲いてるぜ」
大地は両腕いっぱいに真っ白な二輪草の花を抱えて、リュースやレイに見せた。
アレスは三人をガードするように警戒を崩さず、隻腕を器用に操って花のリストと帳簿をつくっている。
「するとこれで、連福草が3と二輪草が20ですね。でも、明日の新入生歓迎でフラワーアートをするにはまだまだですね」
作業が進まなくて困っていたクロトとオルカは邪魔をするのは悪いと思いつつ、リュース達のところへやってきた。
「リュー、明日の準備はわかるんだけど。こっちも手伝って欲しいんだよねぇ」
「あんたたちが忙しいのもわかるんですけど、やはり安全の問題を」
クロトに声をかけられたリュースは無言で立ち上がると、連福草の花を手にバリケードへ歩きだした。
「あれ、もしかして怒らせてしまいましたか?」
心配するクロトに、レイは微笑んでいった。
「大丈夫、リュースはそんな短気じゃありませんよ」
「そうそう、食べ物がかかってなけれ大丈夫だぜ」
大地はすでにリュースが何をしようとしたのか想像がついたので、笑って見守っていた。
「ほら、こうするとキレイでしょう」
リュースは鉄条網の隙間に連福草の花をそっと挿した。
人や生き物を寄せ付けようとしないバリケードの雰囲気がそれだけで瞬時に変わった。
バリケードに挿された小さな花、そして傍らに立つリュースの端正な顔にそよ風で揺られた銀髪がかかった姿はまるで一枚の絵だった。
「リュース殿にかかっては危険も形無しだな」
黎は微笑みながらつぶやいた。
「はぁ〜、なんかほのぼのするねぇ」
緊張を孕んだキャンプ地とは思えないその光景に、オルカはため息を漏らした。
「えぇ、時間を忘れてしまいそうです」
クロトも同様だと頷いた。
ブログ用にと写真を撮ろうとしたヴァーナーを、真矢は制止して言った。
「やめときなよ。ほんとにいいものは心に焼きつけるほうがいい」
「そうですね」
納得したヴァーナーも構えていたデジカメをおろした。
「リュースらしいですね」
アレスは微笑みながら、帳簿の連福草の数を一つマイナスにした。
「あぁ! 見ろよ、リュース。大発見だぜ」
のどかな雰囲気を破るように大地が大声を上げた。
何事かと集まった全員の視線が土中から顔を出した小さな球根へと注がれていた。
「これは何でしょう?」
不思議そうな顔をするクロトに、レイが説明した。
「それは火車草です」
「火車草? なんか物騒な名前ですね」
オルカは爆弾でも扱うような手つきで球根をつまんだ。
「火車草は火山地帯にしかない植物で、熱で開いた花が空を舞うんです」
レイの言葉に、クロトは面白い考えを浮かべた。
「これって火でも燃えたりしないんでしょうか?」
「えぇ、もちろんですよ」
クロトは全員に断って火車草をいただくと、大事そうにポケットにしまった。
「そんなもの、何するんですかぁ?」
「後のお楽しみです」
オルカにはわからなかったが、クロトはどうやら何かを思いついたようだった。
「カレーの匂いがします……カレー、カレー」
さっきまでのカッコよさを台無しにするように、リュースは鼠のように鼻を嗅ぎ出した。
キャンプ周辺に漂い始めたカレーの香りに食欲を刺激されたのだ。
「リュース、夕食はまだよ。待って」
レイの制止も、カレーの香りの前には無駄だった。
「カレーだぁ!」
キャンプに向かって走りだしたリュースを、レイと大地が慌てて追いかけた。
「も、申し訳ありません」
責任を感じたアレスはもうひたすら謝るしかなかった。
「なに、クロト殿がいれば大丈夫であろう」
目配せした黎に、クロトはやれやれと思いながらも頷くしかなかった。
思わずフラフラと誘われてしまうほどのスパイシーなカレーの香りを漂わせているのは、調理班のリッチカレーチームだ。
惜しげもなく使った高級食材だけでなく、丁寧な仕事ぶりで一層の素材の味を引き出しているのだから美味しくないはずがない。
両手で持つ木べらを使わないといけないほどの大きな鉄鍋を使いながらも、焦がさずに器用にタマネギを炒めているのは薔薇の学舎のフェルブレイドである久途 侘助(くず・わびすけ)だ。
「さぁて、どんどん入れて大丈夫だぜ。バッチリきつね色になるまでタマネギを炒めるからな」
普段こうして大勢で一緒に共同作業する経験のない侘助は楽しそうだ。
「侘助さん、次のタマネギ入れますね」
結崎 綾耶(ゆうざき・あや)は得意の調理スキルで均等な大きさに切りそろえたタマネギをタイミング良く鉄鍋に入れていった。
「いいよ、結崎。どんどん持ってきて」
侘助は調子が出てきたようで、邪魔になった和服のすそをたすきで絞り上げた。
傍らで野菜の下ごしらえをしていた蒼空学園のローグの匿名 某(とくな・なにがし)はふと手を止めて、カレー作りの光景に見入った。
「カレーか、小学校の頃以来だな」
この頃は戦闘に参加することが多く、パートナーである綾耶がこの平和なオリエンテーリングで活き活きとしている姿に少し考える部分もあった。
「どうかしましたか、某さん?」
綾耶は考え事をするパートナーを心配して、そう尋ねた。
「あ、いや……」
某は綾耶に考えを悟られまいと言葉を濁した。
「某さん……そんな状況じゃないのはわかってますが、せっかくのキャンプじゃないですか。某さんも楽しみましょう? 某さんが笑ってくれたらもっと楽しくなるような気がするんです」
「綾耶……そうだな、せっかくのキャンプだもんな」
やっと笑顔を見せた某に、綾耶も安心して微笑んだ。
情に厚い侘助も二人の思いやりに感動して思わず涙を潤ませた。
「あれ、侘助さん。まさか泣いてんの?」
某のツッコミに、侘助は慌てて袖で涙を拭くと取ってつけたような言い訳をした。
「こ、これは泣いてなんかないんだからな。タ、タマネギが目にしみただけなんだ」
侘助のはかなげな外見に近づきにくいのかなと某は思っていたが、実際に触れ合ってみるといい人なんだと実感した。
「はい、某さん。忘れ物ですよ」
そう言って綾耶は、ピンク地に赤でハートが散りばめられた彼女とお揃いのエプロンを差し出した。
そのエプロンは家では普段使っていたが、さすがにここではと某が敢えて置いてきたものだった。
「やっぱりいつものこれをつけないと、某さんも調子が出ないと思うんです」
綾耶の嬉しそうな笑顔に、もはや某も断ることはできなかった。
「似合うよ、某君」
こみ上げる笑いを我慢しながら言ったのは、手作りの本格的ルゥ作りに励んでいる百合園女学院のプリーストのネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)だ。
「うるさい。さっさとルゥを仕上げろよ」
照れ隠しに文句をつけた某に、ネージュは余裕で答えた。
「大丈夫、手は止めてないもんね」
ネージュの言葉通り、おしゃべりしながらも彼女は的確なタイミングでスパイスを放り込んでいく。
「よし、そろそろ仕上げにかかっちゃおうかな。某君、そこのガラムマサラとって」
「お、おう」
某はガラムマサラを乗せた皿を掴んで、ネージュに手渡した。
「うん、いい香りだね」
家庭料理と違って大量に作る場合は加減が難しいのだが、ネージュは香りを嗅ぐだけで味見もせずにどんどんガラムマサラやブーケガルニ、持ち込んでいた調合スパイスを鍋に投入した。
もちろんこれは経験に裏打ちされた調理スキルがあってこその技だ。
「綾耶さん、梅干し取ってくれる?」
ネージュはためらいもなくそう言ったが、綾耶はカレーに梅干しなのという顔をして驚いた。
「これがあたし秘伝の隠し味。内緒だよ」
唇に手を当てて微笑んだネージュのツインテールの髪がクルンと回った。
「なるほど梅干しの酸味か、それは思いつかなかったぜ」
突然ルゥを作っていたスパイス鍋を覗き込んだのは、イルミンスール魔法学校のウィザードの本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)だ。
前回大評判だったイルミンスール魔法学校での評判のカレーは彼の指揮によるものであり、今回も特別に呼ばれてリッチカレー班の班長を務めていた。
「うわ、涼介君か。びっくりするじゃない」
驚くネージュをよそに、ルゥを指ですくった涼介は口に含んで香りの広がりを味わった。
「クリティカルヒット! このルゥなら最高のカレーが作れそうだ」
涼介はパートナーのクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)にも味見をさせると、彼女が作る予定のバターライスにも指示を出した。
「うん、わかったよ。このルゥにあうバターライスだよね」
涼介とクレアはパートナー同士の連携で、無駄に言葉を交わさずともやりたいことはすぐに分かった。
「じゃぁバターはあれを使っちゃお。お米は日本の無農薬のコシヒカリが着てたから」
テキパキと準備を始めたクレアに、
「クレアさん、私も手伝います」
「重いものは俺が運ぶから」
そう言って、材料を切り終えた某と綾耶がサポートに入った。
「お、タマネギもいい飴色だな」
侘助の丁寧な仕事の出来栄えを見て、涼介は感心してそう声をかけた。
「ありがとう、本郷。なんだか今日は嬉しいな。こうやってみんなでカレー作るなんてなかったからな」
「礼を言うのは俺の方だ。これだけすごい下ごしらえをされたのは初めてだ。今日のカレーは今までにないものになるぜ」
涼介は落ち着いて全員に指示を出すと、百人分は入るかという大鍋に下ごしらえしておいた材料を入れ始めた。
炒めた和牛の切り落とし肉に、じゃがいも、ニンジン、マッシュルーム、飴色タマネギが大鍋の中でリズムよく踊った。
どうやらグルメカレー班によって最高級の美味しいカレーができるのは間違いなさそうだ。
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