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第14章 前半――粉砕、そして反撃

 エヴァルトはカレーボールをドリブルしながら、後ろを振り返った。
 敗走同然だった白ディフェンダー達に、力が戻っているようだ。
「ふん。俺の参加は不要だったかもな」
 まあいい。参加した以上は、全力で勝ちに行こう。
 正面から、紅のプレイヤーが近づいてきていた。走っているのではない、滑空している。紅の9番。
(機晶姫か……確か、加速ブースターか何かをつけていたんだったな)
 その時、足元のボールが突然横に転がった。追いかけようとすると、さらに遠ざかる。地面に自分以外の足跡がペタペタとくっつき、微かに土煙が舞う。
(……ステルスか!)
「くそっ、これだからこのサッカーは……!」

「……飛び入りさん、ボール取られちゃったみたいよ」
 ミューレリアが眼を凝らした。
「多分光学迷彩……紅の9番も近くにいるから、奪ったのは11番の鬼崎朔さんじゃろう」
 アシュレイがそう見当をつける。
「あいつの勝利への執念は凄まじいが、その分殺気看破で気配が読みやすいとも言える」
 虎鶫涼が気配を探った。まだ距離はあるのに、鬼崎朔の気配が明確に読み取れる。
「白組逆襲の初っ端です……鬼崎朔のカレーボール、全員で奪いに行きましょう!」
 樹月刀真の宣言に、その場の全員が頷いた。

(ほう……眼が生き返ったな)
 ドリブルをしながら、鬼崎朔は白ディフェンダー達を確かめる。
「朔様、迂回するでありますか?」
 スカサハの台詞に「無用だ」と彼女は答えた。
「確かに生き返りはしたが……完全復活というわけではなさそうだからな」
「では、このまま中央突破で?」
「当然だ。この鬼崎朔、隠れはしても逃げはせん!」

「まっすぐ突っ込んでくるぞ!」
 虎鶫涼が声を出した。
「なめられたものですね……後悔させてやりましょう!」
 樹月刀真が、「金剛力」を使った。

《さあ、甦った白のディフェンダー達と、紅11番鬼崎に9番スカサハのペア、真っ向から対決だ!》
《両方とも逃げるつもりは全くありません》
《気迫と気迫の真っ向勝負! ついに交錯、その結果は――ああーっ! 転げ回る白のディフェンダー達! 白の防衛戦再び壊滅ーっ! 今度は何が起こったーっ!?》

「ぐ……体が……痺れ……!」
「和輝……大丈夫ですか!?」
「何よあれ……しびれ粉なんて……反則じゃないの!?」
「扱い上は……装備やアイテムですらない……れっきとしたスキルだ……」
「あの人……最初から……まともなサッカー……やる気ないわね……」

 抜き去った白のディフェンダー達を肩越しに振り返り、鬼崎朔は口元を歪めた。
(外部からの協力があったとは言え、畏怖を跳ね返した事は賞賛しよう。だがな――)
「恐怖を脱しきれていない人間が束になった所で、この鬼崎朔は止められん!」
 正面に向き直れば、無人の広野と呼んでもいい白の陣地が広がっている。見える人影はゴールキーパーの赤羽美央、その横に立つヴァーナー・ヴォネガット、そして最初に先行した紅チームのFWメンバーに本郷涼介とクレア・ワイズマンがいる程度だ。
 先ほどの応援合戦で、こちらの面々も一応の復活はしたみたいだが――
「17番!」
 鬼崎朔はパスを回した。17番の風森巽は受け取り、ゴール前まで運んでいく。シュート。カレーボールが炎をまとった。多分「爆炎破」を用いたのだろう。
 しかし、赤羽美央はきれいなセービングを決め、このシュートをキャッチ。カレーボールがまとっていた炎のダメージも、大した事はないみたいだ。
「さすが美央だな。反応にも危なげがない」
 こうして手にしたカレーボールは、いつも凄まじいパンチで叩き出されている。もっとも、叩き出されたボールはついさっきまでは本郷涼介とそのパートナーがバーストダッシュで文字通りに飛びつき、片っ端からブロックしてきた。
 ――まぁ、そのふたりもまだ本調子ではないし、SPも消耗しているだろうから反応は出来ないだろう。
「スカサハ。キーパーがボールを飛ばしてきたら止めろ」
「分かりましたであります。その後朔様にパスすればよろしいですね?」
「何ならシュートに行っても構わんぞ」
「スカサハは、スカサハのよりも朔様のシュートが見たいであります」
「自分のシュートは決定力に欠ける。光学迷彩で吶喊した所で、あの美央に通用するとは到底思えん……ん?」
 美央が取った行動は、スローイングだった。放り投げられたカレーボールの行き先は――

 藤原優梨子は微かに呻き、眼を覚ました。
 目の前には鉄パイプの梁と天幕。
「気がついた?」
 四方天唯乃が話しかけてきた。
「アボミネーションの後遺症は時間が経てば消える……って、あなたには釈迦に説法でしょうね」
「試合はどうなっていますか?」
 藤原優梨子は眼を瞬かせながら身を起こした。
「相変わらず試合は両チーム無得点。白チームディフェンスはラインを上げてる最中で、今白陣地はガラガラ。紅陣地は相変わらず、白の攻撃部隊が密集隊形を作って紅のプレイヤーに包囲されている。膠着状態ね」
「……ありがとうございます。それだけ聞けば十分ですわ」
「……で、またあなたはアボミネーションを使うつもり?」
「何か問題でも?」
「被害甚大だから、救護班としてはできれば止めたいのよね。せめて敵味方の区別はつけるようにして下さらない?」
「巻き込まれるような軟弱者に用はありませんわね」
 藤原優梨子は簡易ベッドから降りると、フィールドに駆け戻り――
 その足元に、カレーボールが転がった。

《白キーパー赤羽、これはミスしたか? カレーボールは藤原優梨子に渡された!》
《まさか、畏怖の効果がまだ残っていたのでしょうか?》
《いえ、さきほどの応援合戦で赤羽選手も声援を受けていましたし、白7番ヴァーナー選手からアリスキッ……いえ、介抱をされていたようですのでそれはないかと思いますが》

「お前が決めろ、藤原!」
 白陣地にいたマイト・オーバーウェルムが叫んだ。
「売られた喧嘩は買うのが流儀だ! サシの勝負できっちり負かしてこい!」
(言われるまでもありません!)
 藤原優梨子は、カレーボールのドリブルを始めた。同時に体調を確認、問題はなさそうだ。
 ほぼ無人の広野と化している白陣地の中を、誰にも邪魔されることなく縦断し、再びゴール前のペナルティエリアマークにまで辿り着く。
 目前に、赤羽美央が立っていた。
「私も侮られたものですね」
 赤羽美央は答えない。
「ついさっきの事をもう忘れたのですか?」
 精神を集中――
「『私にひざまずき……』」
 フラッシュバック。脳裏に、こちらを睨み付けてくる白のアボミネーション使いの顔。
 精神集中がかき乱された。
(……まさか、後遺症……?)
 藤原優梨子は頭を振った。「アボミネーション」以外にもスキルの使い方はある。

 赤羽美央は、突然両足が重くなったのを感じた。
 「奈落の鉄鎖」を使われた。セービングがやりにくくなった。
(……あんまり問題なさそうですけどね)
 目前、PK勝負を挑んでくる藤原優梨子の眼は、揺らぐことなくこちらを狙っている。シュートが左右の隅等にに来る事はないだろう。
 正面から、来る。
 こちらを吹き飛ばして、体ごとカレーボールをゴールにねじ込むつもりだろう。
(……あんまり問題なさそうですけどね)
 「ディフェンスシフト」使用。防御力を徹底的に上げる。今の自分なら、戦車砲だって耐えられる気がする。
 藤原優梨子が、数歩下がった。
 助走。
 見た目以上に、物凄い力がみなぎっているのが分かる。
 ポケットに手を入れた。切り札の「黒檀の砂時計」をひっくり返した。
 ――時の流れが緩慢になる。
 ゆっくりと蹴り飛ばされたカレーボールが、回転しながらこちらに迫る。黒と黄色の模様がはっきり見えた。
 左手を差し出す。左手だけ。
 広げた掌に、カレーボールが収まる。緩慢な癖に、回転と突進力は凄まじい。
 握力で回転を押さえつけ、腕力、背筋、下半身の力で突進力にあらがう。
 踏みしめられた地面から反作用。さらにそれを踏みしめる。吹き飛ばされるつもりはない。
 足が少し沈んだかも知れない。それなら構わない。後退するより遙かに良い。
(ありがとう、優梨子さん)
 赤羽美央は、心中で礼を言った。
(あなたのおかげで、私はもう揺らがなくなった)
 突進力が消えた。
 再びポケットに手を入れて、「黒檀の砂時計」を戻した。
 時の速さが戻った。

《凄い! 白キーパー赤羽美央、紅12番・藤原のシュートを片手で止めた!》
《シュートコースは予測していたのでしょうけど、まさか片手で止めるとは思いませんでした!》
《さぁ、このパフォーマンスに白応援席は沸きに沸きます! 12番・藤原呆然と立ちつくす!》

「……なんですって?」
 「ドラゴンアーツ」に「封印解凍」。自分の全ての能力を攻撃力に変換し、それを蹴りに注ぎ込んだつもりなのに――
(それを片手で止めたというの!?)
「優梨子さん」
 赤羽美央が、初めてこちらに呼びかけてきた。
 左手に持ったボールは眼前に掲げられ、拳を握った右手は腰だめに構えられている。体の向きは半身。彼女の全身の力が、引かれた右拳にみなぎっているのが分かった。
 再び赤羽美央が口を開いた。
「次は私の番ですね」
 藤原優梨子は、自分の血の気が引く音を、確かに聞いた。
 次の瞬間、「ランスバレスト」の勢いを載せた拳がカレーボールに叩きつけられ、カレーボールは凄まじい速さで蒼空の中に向かって行った。
 拳がボールを打った瞬間、その衝撃は周囲の空気を震わせた。「音」などという生やさしいものではなかった。
 ただの音なら、周囲の土が吹き飛ばされたり、体の芯まで震わされるような事はないだろう。

「うちのゴールにはいつから大砲が装備されたんですか?」
 樹月刀真が呆れた声で笑っていた。
「どちらかと言うと、射出機――カタパルトと呼ぶべきかも知れん」
 虎鶫涼も、やはり笑いながら鼻を鳴らす。
「あの弾道はブロックできませんね……ホームラン級ですよ」
 安芸宮和輝が嘆息した。
「美央ちゃんてば吹っ飛ばしすぎ……飛びすぎて紅のゴールキックになっちゃったらどうするの?」
 ミューレリアが苦笑した。
 全く、吹っ飛ばしすぎだ。
 おかげで残っていた「畏怖」の効果も、粉々に吹っ飛んだ。

 蒼空を貫く弾道を見上げながら、エヴァルトも息をついていた。
「パンチ一発であそこまでの勢いがつくのか――」
 これはサッカーなんだよな、というツッコミは今さらするまい。自分ももう、このイカれたサッカーの参加者なのだから。
 思いついた。
「白のキーパーのあの技は、パンチ・カタパルトと名付けよう」

 フィールド上空。
 リア・リム(りあ・りむ)は、紅組応援の垂れ幕を垂らした小型飛空挺に乗って下界の試合をのんびり観戦していた。
「え?」
 眼下から急角度で、何かがこちらに飛んでくる。
「うわ! ぶつかる!?」
 ……風防のすぐ脇の空間を貫いていったそれは、確かカレーボールだったと思う。
「危なかった……これがサッカーか」
 スキルが飛び交い、ボールは炎や稲妻をまとい、随分迫力のあるスポーツだとは思っていたが。
「見ている方も危なくなるなんて、思ってなかったな」
 リア・リムが見送る弾道は、やがて二次曲線で言う所の極大点を迎え、下降を始め――

 下降してきたカレーボールは、白のディフェンダー達の眼前に落着し、大きくバウンドをした。
 ミューレリアが飛び出し、バウンドを抑え込む。
 確保完了。
 ――さあ、反撃開始だ。
 その場の全員が、そう思った。