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第16章 前半――白の得点、紅の失点

 浮いたパンダボールと、椎名真が止めたカレーボールは、それぞれ原田左之助が「ヒロイックアサルト」の要領で正面に蹴り出した。白は手前に固まっている分、とにかくボールを抜かせてしまえばいい筈だった。
 が、ミューレリアと虎鶫涼が「バーストダッシュ」でジャンプしてふたつのボールをカット、再びボールは先行部隊の百合園メンバーに渡る。
 叩き出されるコンビシュートが紅のゴールを狙い、立ちふさがった椎名真と弐識太郎の体がまた吹き飛ばされた。
(凄まじい闘志だな)
 虎鶫涼は思った。
 あのシュートの威力を体で知っているだろうに、よくも怖れず立ち向かえる。
 ――いや、初回に比べて勢いが弱まっていた。
(「奈落の鉄鎖」で干渉したな――ザカコと紅の12番か)
 紅の迎撃態勢も整いつつある。前線に出ていたMFが、紅の陣地に戻っていた。
 一方、白の攻撃部隊も合流しつつある。その隊形は、既にゴールまで200メートルを切っている。
 そう、試合参加者のほとんどが、一箇所に固まろうとしているのだ。
 時間を見た。前半も残り数分を切っている。
(多分、今が白チームの最初で最後のチャンスだろう)
 百合園勢の必殺シュートも凄まじいが、何度も繰り返せば対策も講じられる。SPも無限にあるわけではない。膠着する前に先取点を取りたかった。
 場をひっくり返す方法――
(やるしかないか)
「緋桜」
 虎鶫涼は声をかけた。
「緋桜。アボミネーションを頼む」
「……本気ですか?」
 頷く。
「あれは危険すぎる……できればあまり使いたくないのですが……」
「このチャンスを逃したら俺達は得点できない。後半戦になったら、どんな対策を打たれるか分からん」
「……だが、動ける人が――あ!」
「そう言う事だ」

 パンダボールが樹月刀真に渡った。
 同時に、シュートコースに巨大な氷塊が生み出される。如月正悟とカレンの氷術だ。
(この程度、打ち砕いてみせる!)
 「金剛力」を再度発動、さらに「爆炎破」を脚に載せる。
「行けぇっ!」
 蹴り出した。莫大な加速と炎をまとったパンダボールが氷塊を粉砕。ザカコが「奈落の鉄鎖」でスピードを殺すが、勢いは衰えない。
「まだまだぁっ!」
 椎名真が雄叫びを上げ、パンダボールに吶喊した。直撃。吹き飛ばされた体がゴールエリアに飛んでいくのを原田左之助が再びカバー。
 そのタイミングで、今度はカレーボールが秋月・イングリットによる「ツイントルネード」で叩き込まれた。弐識太郎がブロック。ボールはペナルティエリア前の空間、数十メートル先に転がった。
 さらに白組の部隊は進軍している。既にゴール前まで、100メートルを切った。
 同時に、紅のFB、MF全員がその前に結集し、迎撃態勢が整った。
(今だ――!)
 緋桜遙遠が突出し、紅の防衛線の真ん中に飛び込み、精神を集中。
 叫んだ。
「『緋桜遙遠に頭を垂れよ!』」
 その叫びを聞いた者全員が、動けなくなった。
 いや、例外がひとり――。

「え? 何が起きたの?」
 離れた所にいたその例外は、眼を瞬かせていた。
 スポーツ経験者やサッカー経験者、あるいは各種の経験やスキルに長けた者が集う、蒼空サッカー。
 その参加者の中にあって、「運動が不得手」を自覚し、白の攻撃部隊の進軍に出遅れ、気後れして混戦状態に飛び込む事が出来ずにいた者。
「キャプテェェェェン! 決めろぉぉぉっ!」
 虎鶫涼は芦原郁乃に向かって叫んだ。

 ――今現在、紅ゴールの前には紅の戦力の9割が集中していた。
 その戦力を完全に封じる為に、緋桜遙遠もまた気力の全てを集中していた。
 シュートやドリブルはもちろん、パスや移動をする事さえ集中を乱し、紅のプレイヤーを「畏怖」から抜け出させる可能性がある、と緋桜遙遠は思っていた――実際、観客席からの声援で何人もの選手が「畏怖」の効果を脱しているのだ。
 だから、彼は動かない。
 今動ける芦原郁乃に賭けていた。

「は、はいっ!」
 虎鶫涼に呼ばれた芦原郁乃は、慌てて前線に向かった。
 恨めしそうな紅の人達の視線がイヤだったので、みんなが固まっている所を大きく迂回して、転がっているカレーボールをキープする。
 ドリブル。
 立ちふさがる人は誰もいない。せいぜいが、ゴール前にいる程度。
(自分が決めなきゃ)
 決意して、ドリブルを続ける。
 ペナルティエリアに進入。ゴール内にいる人は3人。そのうちひとりはボールを抱えてうずくまり、もうひとりは仰向けに倒れている。
 残るひとりは、立っている。
 一対一。
 そのひとりが、こちらに向かって走り出した。

 原田左之助の眼前に、刺客が迫っていた。
 体も小さくて、拙いドリブルで、既に戦場と化しているこの「蒼空サッカー」のフィールドに似つかわしくない女の子。
(確か、白のキャプテンだったな――)
 しかし、原田左之助は気を引き締める。
 どんな相手にも決して手を抜かず、全力で当たるのが戦う者の礼儀だと知っている。
 原田左之助は走り出した。
(ここは抜かせん――!)
「ボールはもらうぞ、白の大将!」

(来た!)
 芦原郁乃は精神を集中した。
 ――昨夜、一晩かけて考えた。自分にもできる、自分にしかできない、たった一回だけの戦術!
(「ちぎのたくらみ」ッ!)
 瞬間、彼女の姿は煙に包まれる。
 煙を抜けて現れた時、ただでさえ小さな芦原郁乃は、幼女同様の姿に変わった。

(?)
 原田左之助と
 その後ろで倒れている弐識太郎と椎名真の
 精神と理性は
 目の前で起こった事が
 理解できなかった。

 原田左之助の横を
 ボールを脚で転がす幼女が
 通り抜けた。

 ぽん、とカレーボールが蹴られて、
 蹴られたボールが
 ちょっとだけネットを揺らした。

 上空でボールを追いかけていた風森望の笛が鳴った。

「うおおおおおおおおお! やったああああああ!」
 椎堂紗月がガニ股でガッツポーズを取り、雄叫びを上げた。
「やったああああああっ!」
 観客席も沸く。
 椎堂紗月の傍で、有栖川凪沙とラスティもポンポンを振り回して飛び跳ねていた。
 ――彼ら三人は、チア衣装を着ていた。
 チア衣装のまま、椎堂紗月は力強く舞台を踏みしめ、ガニ股を広げていた。

《入ったーっ! 入りました! 白、念願の先取点! 決めたのは意外にも、白17番・キャプテン芦原ーっ!》
《実に意外です! 多分本人も予想していなかったでしょう!》

「キャプテェェェン!」
 精神の集中を解いた緋桜遙遠が、芦原郁乃に向かって疾走した。
「え? え?」
「キャプテン! よくやった!」
 疾走の勢いのまま、彼は芦原郁乃に向かってダイビングする。彼女は潰された。
「むぐっ! 重い! どいて、重いってば!」
「キャプテン!」
「やったね、キャプテン!」
「お見事です、郁乃様!」
 緋桜の集中が消え、さらに得点をした事で「畏怖」の効果が消えて無くなった白チームのプレイヤーも、片っ端から芦原郁乃の上に折り重なっていく。
「重いーっ! どいて! 中身が出るーっ!」

 「畏怖」の効果が切れたのは、紅チームのプレイヤーも同様だった。
 先取点を許した――
 皮肉な事に、そのショックが「畏怖」の効果を吹き飛ばしてくれたのだ。
 そして、いち早く冷静さを取り戻した者は、動き出した。
 まずは、如月正悟が椎名真に駆け寄り、ボールを受け取った。
(カウンターのチャンス――!)
 同時に思いつく。このチャンスを最大限に生かすにはどうすればいいか?
 如月正悟は、折り重なる白チームの人間から隠すようにしながら、マイト・レストレイドの隣にまでパンダボールを運んだ。
 呆然としていたマイトは、自分の足元にパンダボールが転がってきて、やっと我に返った。
(カウンターのチャンスだ)
 如月正悟はマイトに囁いた。
(俺よりは、そっちの方が成功しやすいだろう)
(ゴールトゥゴールは、お前がやりたかったんじゃないのか?)
(お前さんだってそうだろう? でも、こっちは瞬発力に欠けるもんでなぁ)
 如月正悟は苦笑した。
(俺の代わりに、ヒーローになってくれ。ははは……)
 マイトの眼に光が戻る。その眼光に、力がみなぎる。
(分かった……!)
 何かを背負った。
 マイト・レストレイドはそれを自覚し、走り出す。

 目配せをかわし合ったのは、ザカコ・グーメルと本郷涼介だ。
 本郷涼介は「バーストダッシュ」でセンターサークルを目指した。
 ザカコは慎重を期し、光学迷彩で姿を消した後にゴール内のカレーボールを確保。そして本郷涼介同様に、「バーストダッシュ」でセンターラインを目指した。
 本郷涼介とザカコがセンターサークルに辿り着き、空を飛んでいる風森望がプレー再開の笛を吹いたその時。
 ――ピイィィィィッ。
 センターサークルから白のゴールまでを遮る者は誰もいなかった。