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退行催眠と危険な香り

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退行催眠と危険な香り

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78 :名無しの暇人:2020/05/18(月) 17:50:24 ID:Kuda1sE1
ちーとさぷりのことを言ったら、何のことですか?って言われたぜ。
っつーか、ウォーカーさんはどう見ても女の子だ。
ちーとさぷりのは男だろ? たまたま似てただけじゃね?

4.

 鬼崎朔(きざき・さく)が出かけようとした時、後ろから声がした。
「どこへ行くんだ、朔」
 パートナーの尼崎里也(あまがさき・りや)だ。朔は振り返り、答えを返す。
「空京……退行催眠、受けてくる」
 と、外へ出ていく。――朔にトラウマがあるのは知っていたが、催眠に頼るとは。
 しかしその数分後、事態は里也の思わぬ方向へと導かれる。
「あれ? 朔ッチが見当たらないけど、どこ行ったの?」
 ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)の問いに里也は言う。
「空京へ退行催眠を受けに行ったぞ」
「退行催眠!?」
 急に大声を上げたカリンへ、里也はびっくりしてみせる。「な、何か問題でも?」
「大問題だよ! もう、どうして止めてくれなかったの!?」
 と、カリンはすぐに携帯電話を取り出す。しかしかけた相手は朔ではなかった。

「何が見えますか?」
 トレルの問いに朔は答える。
「町……火が、燃えてる……っ」
 朔が11歳の時だ。ドージェの引き起こした暴動の余波で『父の所属する軍』が暴れだし、町に火が放たれた。それはあっという間に業火となり、朔の家も例外ではなかった。
「家も、燃えて……」
 うなされながら、朔は記憶の中ではっとする。近くに誰かがいる。
「煙草の臭い……火が」
『怨むなら怨め。俺がお前の家族を殺した――』
「朔ッチ!」
 突然大きな音を立てて扉が開かれ、トレルはびくっとした。踏み込んでくるカリンと里也、そして鬼崎洋兵(きざき・ようへい)
「な、何ですか、あんたたちはっ!」
 うなされ続ける朔を守るようにして立ち上がるトレル。
「悪いな、嬢ちゃん。その子を返してくれねぇか?」
「か、返すって……」
 朔の耳に違う声がする。これは、現実の声? 誰かが……。
 トレルが振り向くと、朔は自ら目を開けていた。邪魔が入ったせいで退行催眠は失敗してしまったらしい。
「朔ッチ、大丈夫?」
 と、カリンが朔を立ち上がらせる。
「カリン……?」
 朔の頭は混乱していた。とりあえずの目的を達成したカリンと洋兵は、すぐに朔を連れて外へと出ていく。
 呆然とするトレルに里也が頭を下げ、彼らの後を追う。

「では、リラックスしてください」
 藤原雅人(ふじわら・まさと)は偉そうにソファへもたれかかった。トレルがキャンドルに火をともし、爽やかな香りが室内に広がる。
「目を閉じて、想像してください」
 雅人は目を閉じた。
「私が数字を三つ数えると、あなたは過去の記憶へ移動します。いち、に、さん……」
 脳内に鮮やかな記憶がよみがえる。忘れようとしても忘れられない、それは中学三年生の時のこと――。
「何が見えますか?」
「彼女が、見える……」
 彼女は言った。『ごめんなさい、あなたとは付き合えないわ』ショックを受ける雅人。しかし相手は一つ下だ。力なら僕の方が――違う。
「スナイパーだ、スナイパーが彼女を狙っている」
 トレルは目を丸くした。雅人のトラウマはなかなかに重いらしい。
 雅人はビルの屋上から彼女を狙う、眉毛の濃いスナイパーを睨みつけた。そして今にも引き金を引こうとした時、雅人はとっさに彼女を押しのける。「危ないっ!」
 そして地面へと倒れる僕。何があったのか分からない様子の彼女は、やがて気がつく。スナイパーの銃弾が僕の肩に入っているのを――!
「いち、に、さん……目を開けてください。気分はどうですか?」
 雅人は目を開けると、開口一番に言った。
「彼女を救えた……僕、かっこいいだろ?」
 かっこいい、という言葉が適当か分からなかったトレルは「良かったですね。これでうなされることもなくなると思います」と、ごまかす。
 扉にぴったり耳を付けて盗み聞きしていたローゼ・ローランド(ろーぜ・ろーらんど)は、反応に困った。まさか、雅人様が過去に大切な人を亡くしていたとは――とても信じ難かったが、確かに雅人の声は言った。『スナイパーが彼女を狙っている』
 しかし本当はスナイパーなど存在せず、雅人は振られた後に彼女の肩を乱暴に掴み、あげくの果てに投げ飛ばされたのだ。そのおかげで周囲からは笑いものにされ、それがトラウマだった。
 そうとも知らずにローゼは、雅人と顔を合わせづらくなっていた。
 彼が出てくるのを待つつもりでいたが、先に帰ることにしよう。どちらにせよ、雅人からは先に帰ってろと言われていたから良いだろう。
 これから雅人に対する態度を改めなければならないと思いながら、ローゼはアパートを後にしたのだった。

 その夜、カリンは洋兵と二人きりで話をしていた。
「今回は何とかなったから良かったがよ、今度からこんなことは無しにしてくれよ? ブラッドクロス」
 と、洋兵。
「しょうがないでしょ、朔ッチが勝手に行っちゃったんだから」
 カリンはそう言って俯く。
「あと、あんたがつけた名前で呼ばないで。ボクにはカリンっていう名前があるんだから」
「あ?」
 洋兵はカリンの横顔を見て、また顔を前へ戻す。
「……ふん、おめぇはあの子から奪った妹の『花琳』にでもなったつもりか?」
「今、何て言った……?」
 と、カリンが鋭い視線で彼を睨む。それは洋兵にしかしない顔だ。
「ボクとボクの中にいる『花琳』を侮辱するつもりなら……殺すぞ、洋兵?」
「……そうだな、やめよう。だが忘れるな、ブラッドクロス」
 ――俺たちは『共犯者』だ。
「そんなの……、言われなくても分かってるよ」
「あの子から『家族』と『幸せ』を奪い、偽りの『復讐』を与えた」
 そして洋兵は言う。「うまくやれよ、ブラッドクロス」
「分かってるさ、それくらい」……お互い、誓ったしね。朔ッチへの贖罪を――。
 あの地獄のようなスラムで、変わり果てた朔ッチと再会した時に。義父として、パートナーとして、彼女が幸せを掴めるまで支え続けて行こうって。
 ――だからばれる訳にはいかない。
「あんたは『死んだ奥さん』と『今』の家族の為に。ボクはボクの中にいる『花琳』と朔ッチの幸せの為に。……これからも、朔ッチを欺きながら支え続けるよ」
 ――本当に、欺瞞だよね。こんな関係、いつまで続ければいいのかな。
 本当の意味で、『朔ッチの護り刀』になりたいよ……――。