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第15章 蒼空学園相撲部「イコン相撲」



「続きましては、日本の伝統を追及する部活の紹介。
 プログラムNO.14 『蒼空学園相撲部』」

 地平線までがよく見える広野の只中を、ひとりの少女が歩いていた。
 画面の隅に、「協力:蒼空歌劇団俳優会」の文字。
 少女はアシュレイ・ビジョルド(あしゅれい・びじょるど)。彼方を見やるその眼が、一点で止まった。
 視界の中では、ふたつの人影が争っていた。片方が片方に掴みかかったり、あるいは殴りかかったり、胸を突いたり。
 アシュレイはいさかいの仲裁をすべく、そちらの方向に向かって駆け出した。
「こらこら、喧嘩はやめなさい。いったい何があったというのです?」
 現場に駆けつけてみると、争っていた人影はイコンだった。武装を持っていないイーグリットの頭が、アシュレイを見下ろした。
「何だよ、お嬢ちゃんには関係ないだろ?」
 出てきた声は、ヴィゼント・ショートホーンのものだ。微かにエコーがかかっている。
 もう片方のコームラントもアシュレイを見下ろし、エコーのかかったソルファイン・アンフィニスの声で、
「この人が突然僕に絡んできたんですよ。僕は悪くありません」
「何だと? 先に肩ぶつけてきたのはそっちだろうが?」
「だからそのことはちゃんと謝ってるでしょう? それにぶつけたんじゃなくて偶然にぶつかったんです」
「口ごたえするんじゃねぇ、それが人にアタマ下げる態度か!?」
「変な因縁ふっかけるのはやめてください!」


「……あーんなだだっ広い所で、どうやったら偶然に、しかもイコン同士が肩ぶつかることができんねん」
 ルキノ・ラウェイルはひっそりとツッコんだ。

 ふたたび掴みあいが始まるのを、足元のアシュレイは「こらこら」といさめた。
「ひっこんでろ、お嬢ちゃん」
「そうです、ここまで言われて、僕ももう後には退けません。止めないで下さい」
「いいえ、止めるつもりはもうありませんよ。存分にやってください。ただ──」
「「ただ?」」
「ただ、一気にパパッと終わらせてしまいましょう。いい方法があるんですよ」
「いい方法だと?」
「いったいどんな?」
 すると、アシュレイが破顔し、ぱちん、と指を鳴らした。
「相撲ですっ!」
 直後、周囲の地面が少し盛り上がり、トライアングルみたいな音と一緒に一瞬光に覆われる。光が消えると、そこは巨大な「土俵」になっていた。
 またアシュレイが指を鳴らす。二体のイコンの腰回りが光に包まれ、直後、そこには「まわし」が締められていた。両方のイコンは、突然変わった自分の出で立ちに戸惑った。
 得意そうな顔で、もう一度アシュレイが指を鳴らす。今度はアシュレイの体全体が光に包まれ、光が消えると、「行司」の衣装をまとった彼女がそこに現れていた。いつの間にか、手にも軍配が握られている。
 アシュレイはイーグリットとコームラントの中間から少し離れた位置に立ち、軍配を構えると「見合って見合って」と声をかけた。
 仕切り線の手前で腰を屈め、両手に拳を作り、互いに相手の顔を睨む両イコン。
 しばしの静寂の後──弾かれた様に両者は相手に向けて体を突っ込ませて行った。


「ぎゃああああああああ!」
 客席のあちこちから悲鳴が噴出した。
「怖い怖い怖い!」
「危ない! 行司が死ぬ死ぬ死ぬ!」
「行司ちゃん逃げてえぇぇぇ!」
 画面の中では、「まわし」をしめた二体のイコンが四つに組んでいた。巨体が力をぶつけあうその足元で、やはり巨大な脚が忙しく動き回り、砂塵を立てている。
 イコンの身長は10メートル前後。一方、アシュレイ・ビショルドのそれは143センチメートル。既にその姿は、湧き上がる砂塵の中に隠れて見えない。ただ、巨体が立てる耳を聾さんばかりの音の中に、微かに聞こえる「のこったのこった! のこったのこった!」という声が、その足元にいるであろうアシュレイの生存を観客達に教えていた。
 画面に大きく文字が被さった。
「※注意
 本動画のイコンはCGです。イコン乗りの人は絶対に真似しないで下さい。
(「するかーっ!」「やらねーよ!」と客席のあちこちから声が上がった)
 イコンの実機訓練をする際には、教官の許可を受け、指示に従うようにして下さい。
 許可無く実機を運用した場合は、厳罰に処せられます」


 力で押すコームラントと、技でいなすイーグリット。
 その均衡が、ついに破れる時が来た。
 コームラントの手が、イーグリットの上手を取り、そのまま横に放り投げる。
「上手投げ〜」
 アシュレイの宣言が聞こえた。
 砂塵が静まると、軍配を土俵の片側に向けて掲げているアシュレイの姿があった。
 カメラが引き、土俵全体を映し出す。
 「まわし」のみならず、いつの間にか「化粧廻し」を着け、巨大な弓を手にしていたコームラントが、土俵の真ん中で弓取りを始めていた。
 投げ飛ばされていたイーグリットも今は起き上がり、コームラントの後ろで弓取りの動作を黙って見ている。
 被さる文字。
力 対 力   対決・乾坤一擲
 蒼空学園相撲部 

 相撲部  >検索」


「巨体と巨体のぶつかり合い、物凄い迫力でした」
 コメントを求められたアシュレイは、苦笑していた。
「……あのう、ウチのPV、どうしてこんな事になったんでしょう?」
「すみません。自分新入りでして、相撲部さんのPV撮影にはノータッチで……」
「確かに喧嘩している人を相撲させて仲直り、という形で台本出しましたし、私も行司やれて、それは嬉しかったんですが。
 どこからイコンに相撲をさせるって話になったんでしょう?」
「多分会長兼監督の思い付きです。あの人悪ノリというか無茶ノリする人ですんで。
 不愉快に思われましたらすみません、なんでしたら後で頭下げにいかせます」
「いえ、そこまでは求めてませんが……撮影の時の演技指導で、やたらと『首や視線は上を見るようにして』って何度も言われて、おかしいなぁとは思ってたんですけれど。
 ただ、力士役のおふたりも、自分がイコンになるなんて思ってなかったでしょうねぇ」

 観客席の片隅で、ヴィゼントとソルファインが難しい顔をしていた。
「なぁ、ソルの旦那」
「何でしょうか、ヴィゼントさん」
「自分ら、いつからイコンに変身できるようになったんでやんすかねぇ?」
「今でも普通に変身できないと思います」
「……撮影の時は、クソ暑くて動きにくい肉襦袢着てがんばったんですがねぇ?」
「着てたんならまだいいじゃないですか。僕なんか裸にされて『まわし』締めさせられたんです。あれって着けるの結構面倒くさいんですよ。パンツ着用は死守しましたけど」
「動きにCGモデルのイコン合わせるのも大変でしたでしょうねえ?」
「如月さん、っていいましたっけ? 撮影に立ち会ってた時、顔面蒼白になってましたよねぇ」
「あの御仁、最初から話聞かされていたんでやしょうねぇ」
「イコンのCGモデルって、確か公開されていませんでしたよね」
「だとすれば、イチから作り起こしたんでやしょう」
「しかもそれ動かして、相撲までさせて」
「自分、『先端テクノロジー』を多少囓っておりやすが、作業量考えただけで具合が悪くなってきまさぁ」
「今度機会があったらメシでもおごってあげましょうか」
「同感でさぁ」

「……えーと、アシュレイさん、とりあえず見ていた方に一言どうぞ」
「はい。
 相撲はただの和風レスリングや格闘技にとどまりません。礼儀と品格が求められる、伝統と歴史あるひとつの文化です。
 皆さんぜひ加入しましょう。
 ……あと、イコンでの相撲は、今のところ活動内容には入ってませんので、その点はご承知おきください」
「当たり前だ」「入ってたら怖いわ」
 天御柱学院の生徒から、声が上がった。