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【初心者さん優先】ダンジョン☆鍋物語

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【初心者さん優先】ダンジョン☆鍋物語

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●INTERLUDE : The Other Side

 初々しいメンバーとは行動を別にしつつも、熟練者のうち数人は、彼らならではの方法で本隊をバックアップしている。

 負傷者が運び込まれてきたときを想定して、
 オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)は入口で待機していた。
「セルマさんがきっと美味しいお鍋の具を持ってくてくださいますのでオルフェはここでお鍋の準備をしながら待ってるのです♪」
 ジャイアントクーラーボックスという名のコンテナを開いたり、その場で不要部分を取り除くべき食材に備えて包丁を研いだりしている。
 『ブラックボックス』 アンノーン(ぶらっくぼっくす・あんのーん)ルクレーシャ・オルグレン(るくれーしゃ・おるぐれん)はオルフェリアの手伝いだ。相当量の食材が運び込まれてくるのは自明のため、忙しく受け入れ準備に勤しんでいた。一通り終わったら、戻ってきたメンバーのためにお茶も準備しよう。

 灯りを持たず、ただダークビジョンのみ使って、黒い姿が進んでいる。
 夜の闇のごとく姿をくらませているのは戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)だ。彼は、戦闘二部隊よりさらに深部へと先行して潜入していた。
(「新人メンバーの鍛錬する機会を奪わず、なおかつ役立つ方法は、これくらいしか思い付きませんでした」)
 思えば、彼にもかけだしの頃があった。多くの先輩に導かれ、同輩らと切磋琢磨してここまで来たのが現在の小次郎である。今度は自分がその恩返しをする番、そう彼は心に決めていた。
 移動する鍋モンスターの一群を発見した。やりすぎにならなければいいのだが、と小次郎は気をつけつつ作戦に移った。
 まず小次郎はさっと身を隠し、敵の行軍をやりすごす。
 ただし、すぐ目の前を歩むものがいれば、物陰に引きずり込んで息の根を止めた。
 彼が行う恩返しはモンスターの『間引き』だった。こうやって数体減らしただけで、敵の軍勢は崩壊しやすくなることだろう。といっても崩壊させられるかどうかは、敵と当たる部隊の実力次第、ということになる。しかしその点を小次郎はあまり心配していなかった。戦意に満ちた彼らなら、きっとやり遂げてくれることだろう。
 倒した敵は埋めるなどして、決して見つからないようにしておく。そういう気遣いができるのも小次郎ならではであろう。
 行動中、小次郎は穏やかな顔をしていた。新兵だった頃を思い出していたのかもしれない。

 小次郎と同じく、教導団の戦士が一名、広義の後方支援を行っている。
 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)だ。衛生兵の腕章を巻き、戦闘二部隊の間をなるだけ動くようにしていた。
「治療に不足はないか?」
 と、足早に確認を行いながら、同時に、脱落者がないかも密かにチェックしていた。今のところ大丈夫なようだ。また、彼女は怪我人の治療のみならず、先行部隊、次鋒部隊間の連絡にも奔走している。ダンジョン内でもある程度通信機器は使用可能だが、深度を増す度に効きが悪くなっていたのだ。
 そしてクレアは、治療・連絡のみならず、戦士としても優れた技量を発揮していた。一度など、頭上の死角から梅沢夕陽に飛びかかろうとしていた怪物を、ライフルの抜き撃ちで射落としていた。
「怪我はないか」
 夕陽は敵の奇襲よりも、クレアの早業に度肝を抜かれ、しばし言葉を失ったという。

 二部隊が選択しない脇道を調査する独立部隊四人は、いずれも天御柱学院の制服に身を包んでいた。
「ええと、そろそろ落ちついてきたから、改めて紹介するね」
 歩みながら、水鏡 和葉(みかがみ・かずは)ルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)の背に触れる。
「榊先輩、椿先輩、彼が、パートナーのルアーク・ライアーだよ」
「なにが『そろそろ落ちついてきた』だよ。自分が思いっきり間違った方向へ俺たちを誘導しようとしてアタフタしただけじゃん」
 ルアークは舌を出して笑った。このとき「水鏡、先に地図の通りのルートで当たろう」と榊 孝明(さかき・たかあき)が止めてくれなければ、あっさり道に迷っていたことだろう。
 和葉は小さな手を握りしめ、これでゲンコツするポーズを取った。
「もー、それ今、関係ないじゃない。そのこと蒸し返すの禁止、禁止!」
「ははは。ま、今日もまた和葉の方向音痴が見れたんで俺は楽しかったけどなー」
 ここでルアークは、 孝明と益田 椿(ますだ・つばき)に向き直った。
「ええと、学院の先輩、ね……」
 とりわけ孝明を、なにやら曰くありげに見つめた後、
「ま、こうやって挨拶するのは初めてかな? 俺はルアーク、和葉の保護者代わり兼飼い主、みたいな? よろしくねー」
 破顔一笑して名乗ったのである。
「水鏡のパートナーとは初めてだな、よろしく。学院の先輩の榊だ」
 孝明は、差し出されたルアークの手を握ったのだが、椿は手を出さなかった。紅色の瞳で彼をみつめ、ぽつりと椿は言った。
「……言いたいことあるなら我慢せずに言えば?」
 氷のような冷たい物言いに、さすがのルアークも瞬時身を強張らせた。彼が何か言うより早く椿は続ける。
「そ、あたしは強化人間。あらかじめ言っておくと過去の記憶は一切ないわ。孝明と契約するまでは、悪夢ばかり見てまともに眠ることもできなかった……。こんな危ない女と善良そうな孝明が組んでいるのが気になったのかしら?」
「違う違う全然違うって、俺も天御柱の生徒なんだから強化人間の知り合いはいるし、そもそもあんたのこと危ない人だなんて思っちゃいないってば。その……和葉が尊敬する先輩って聞いてたから、どんな人なのか気になっただけだって」
「そうか、それを気にしていただけか。まあ、保護者なら当然か」
 孝明は気を悪くすることもなく、かといって変に謙遜したり照れたりすることもなく微笑した。なるほど大人物に違いない、とルアークは思った。そして椿も、
「誤解だったみたいね。失礼があったから謝っておくわ。あたしは益田椿。椿で良いよ」
 と軽く会釈したのだった。
「そういえば」
 ここで和葉が、ふと気づいたことを口にした。
「そういえば……榊先輩のコンタクト姿、初めてかも」
 そこからしばし無言で孝明を見つめたのち、無邪気な笑顔を見せて告げた。
「かっこいいね!」
「コンタクト姿は初めてだったか? カッコいいなんて言われたのは初めてだけど」
 孝明は不思議そうな顔をした。何か言い加えようとした和葉であったが、そこをルアークに制されていた。
「話の続きは後にした方がよさそうだなー」
 ひたひたと、怪異が近づいてくる気配があった。最初に見えたのは歩く白ネギ、這う糸コンニャクに跳ねる椎茸、少し遅れて歩く白菜が続く。
「何というか……シュールな光景よね。大王ガ二ならもう少し絵になるのかもだけど」
 特に驚きも笑いもせず、ただ淡々と、椿は相手を迎える準備をした。
 彼女の準備は、次の瞬間には終わっていた。
「引きちぎってやる!」
 サイコキネシス。念動力の大波が白ネギを掴み、持ちあげ、椿の宣言通りその根の部分を引きちぎった。
「ほら、余所見しないのー」
 動揺する椎茸に、ルアークの銃弾が飛ぶ。
「食材、ダメにしたくないしねっ」
 苦い経験があるゆえ、和葉はこのモンスターと遭遇したときの戦闘方法を決めていた。
 孝明と打ち合わせは済んでいた。孝明も、連動して行動に出る。
「榊先輩、いける?」
「いつでも可能だ」
「じゃあいくよ!」
 せーの、と和葉の涼やかな声が谺した。
 和葉、孝明が同時に放った氷術は、迫り来る敵を二体、つづけさまに氷づけにしていた。
 敵の数は少ない。どこかの集団からはぐれたモンスターかもしれない。いずれにせよ、彼ら四人の敵ではないだろう。

 すべての集団の最後方を守るのが八神 誠一(やがみ・せいいち)である。
「……」
 誠一は足を止めた。魔力のもたらす波動を肌に感じたのだ。といっても確証があるわけではない。ほとんど『勘』のレベルである。しかし誠一はその勘を信じた。暗殺者一族としての矜持、という表現が空虚に感じられるのであれば、今日この日まで生き抜いてきた……生き抜くことができた、という実績が示す自信ゆえに。
 本日の誠一は影、味方にすらその存在を知られぬ守護の影だった。パートナーを含む仲間には、決して見せない素の姿、目つきからしてまるで平素とは異なる。
 ダークビジョンを使用し明かりを手にせず、隠れ身、ブラックコートを併用して徹底的に気配を隠蔽、この洞窟に入って以来、誠一は一言も言葉を口にしていない。暗殺者として身につけた技術で、呼吸音や心拍音すら極限まで落としていた。
(「あの方角は……」)
 榊孝明ら四人であることに思い至った。戦闘部隊にも、孝明ら四人にも、必ず一人は後方を警戒しているメンバーがいた。そう簡単に行動不能になったりはするまいが、かといって多勢に無勢となってはいけない。必要ならば手助けしたい。
 今の誠一にとって、音もなく走ることは容易だ。
 彼の姿は再び、闇の中に溶け込んでいった。