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【初心者さん優先】ダンジョン☆鍋物語

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【初心者さん優先】ダンジョン☆鍋物語

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●SCENE03 (part2) : FF(From Freezer)

「大丈夫です。動かないで……必ず助けますから」
 茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)は慎重に岩を取り除いていた。素手で岩を掴んでいるため手に細かい傷がたくさんでき、その傷をさらに岩が痛めつけるのだが構ってはいられない。
 衿栖は移動の途上、崩れた岩盤によって生き埋めとなったゴブリンを発見したのだ。見つけるのが早くて良かった。遅ければゴブリンは窒息していたかもしれない。
 この状況では、強力な攻撃を用いて岩を吹き飛ばすわけにはいかないだろう。そうすれば埋まったゴブリンを傷つけるおそれがあった。時間はかかるが丁寧に、岩をひとつひとつどけていかなければならないのだ。衿栖はサイコキネシスと手作業だけで、地道に作業を続けた。
 やがて努力が実り、ようやくゴブリンが埋まった地点より顔を出した。
「良かった……もうすぎですからね」
 ところがゴブリンは喜ぶどころか、目を見開き叫んだのである。
「ウシロ!」
「ウシロ……後ろ……!?」
 反射的に振り向き、衿栖は自分の来た道を、大根怪物とキノコ怪物が追ってくるのを目にした。
(「鍋の軍団……!」)
 こういう状況でなければメルヘンな世界と呼ぶこともできようが、下手に戦えば岩場が崩れるため呑気なことはいっていられない。
「目ぢからでブッ飛ばす!!!」
 即断。衿栖が選んだ手段は、強力な念力(カタクリズム)を集中し、二体の怪物を吹き飛ばすという方法だった。大根もキノコもこれには泡を食ったか、もつれあって飛ばされてしまった。
「さあ、逃げましょう!」
 自身の眼力の威力を確認する間もないまま、衿栖はゴブリンを引っ張り出して抱きかかえ、その場を飛び出した。

 その頃、鳳 フラガ(おおとり・ふらが)ルートヴィヒ・ルルー(るーとう゛ぃひ・るるー)は地図の改定作業を行いつつ通路を進んでいた。
「最初の地図と現在の地形……その差異には、特定のパターンが見受けられるね」
 人差し指と中指で眼鏡の弦を突いて位置を直し、フラガは灯りの下、地図にペンを入れた。
「と申しますと?」
 ルートヴィヒは地図を見るふりをしながら、ちらちらとフラガの横顔を見ていた。そして内心、(「横顔もお美しい。やはりあなたこそわたくしの運命の人……」)とうっとりとしているのである。ところがフラガはとうにそれを見通していた。
「地図、見てもらえる?」
「あ、はいっ。どうも東側ばかり集中して変化しているようですね」
 とりつくろうべく慌てて発言したのだが、ルートヴィヒの言はフラガの意と一致していたようだ。
「そう。どうやらこれは、ダンジョン自体が緩やかに傾斜していることと関係がありそうよ」
「だとすれば、この階層でもここから先は大幅な書き換えが必要になりそうですね」
「ご名答。ルートヴィヒ、今日は冴えているわね」
「いやー、お褒めにあずかり光栄で……おっと!」
 ルートヴィヒは発言半ばで口を閉じ、ハーフムーンロッドを前方に構えた。
「蟹? あるいはキノコ? 気配がします」
「蟹やキノコはああいう音は立てないわ」
 フラガは落ちついて、闇の向こうに声をかけた。
「そこに誰かいるのでしょう? 私たちは味方よ」
「いやどうも」
 照れ臭そうに笑って、春日 白(かすが・しろ)がやってきた。
「戦闘部隊が集め損ねた食材を集めたりアイテムを探していたら、他の人々とはぐれてしまって……」
 雪白の肌にプラチナの髪、光芒の色彩も薄い。育ちの良さそうな顔立ちの白だが、さりげなくちゃっかりしているようで、示したザックには食材や水晶の欠片などがぎっしりと詰まっていた。
「お二人は地図を作りながら進んでいるんだよね? 見なかったかな、宝箱とか……?」
「空箱なら多少は。閉まっているものはなかったわ。ともかく、あまり一人でうろうろするのは危険よ。あなたさえよければ同行したいのだけど」
 それは願ってもないこと、白は賛成し、以後しばし、一団となって歩を進めた。
 彼らはそれぞれの目的に沿って探索を続けたが、その探索も長くは続かなかった。いくらもいかぬうちに敵集団と遭遇してしまったのだ。集団は、蟹を中心とする数匹だった。発光する苔に照らし出されたまま、身じろぎもせずじっとしている。
 見つけてすぐに灯を消したせいか、こちらにはまだ気づいていないようで、なにかを守るように狭い通路に密集していた。
「戦いは回避したほうが」
 フラガが提唱するも、遅かった。
「大事なものが守られているのか……!? お宝!?」
 白は目の色を変え、勢い込んで弓を射たのである。たちまち敵は休止状態が解かれたコンピュータのように目覚め、一斉に襲いかかってきた。蟹が甲羅をがしゃがしゃと鳴らす音が満ちた。
「我が麗しの愛の主、お守りします!」
 ルートヴィヒはフラガの眼前に立ち、火術を放った。フラガ自身、戦いは本意ではないものの火術を用いて敵を退ける。敵は少なくない。できるならばある程度ダメージを与えて追い払えればいいのだが。
 だがこのとき、にわかに敵集団が側面から崩れ始めた。目に見えぬ第三勢力と戦っているようである。
「これは一体……!?」
 白はすぐに事態が理解できなかった。闇に紛れて戦う小動物が目視できるようになったのは数十秒後だ。どことなく猫に似た姿だった。しかし猫ではない。闇苔という特殊な苔が自我に目覚め球体になったという不思議な地祇なのである。名はモス マァル(もす・まぁる)、くっきりとした赤い目がなければ、見つけるのはもっと困難であったに違いない。
「まぁるちゃん がんばる」
 マァルはその主、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)のいる方角に瞬時目をやった。ミレイユがマァルをここに投げ込んでくれたのだ。彼女の狙いは正確だった。
「いつまでも隠れているわけにはいかないかな?」
 という声と共に、闇の中から音もなくミレイユの姿が浮かび上がった。ミレイユはスキル『ちぎのたくらみ』で五歳当時の背丈となった上、光学迷彩を発動して姿を隠していたのだ。くるりと彼女は振り向いて、驚くルートヴィヒらに頭を下げる。
「ミレイユ・グリシャムといいます。隠れて護衛していたのですが、あぶなくなったみたいなのでおてつだいさせてもらうことにしました!」
 いくらか舌足らずながら元気な声で名乗るとすぐさま
「まぁる、とんで〜!」
 ミレイユは声を上げた。
「みれいゆ? まぁるちゃん 飛べない 羽 ないの」
 もふもふした体を『?』風にひねってマァルは答えた。
「ちがうちがう、空を飛ぶんじゃなくてジャンプ、『跳んで』〜!」
「それなら できる」
 マァルは大きくジャンプした。その瞬間、ミレイユの放った炎術、氷術の両面同時攻撃が炸裂した。マァルを捕まえようとハサミを伸ばしていた蟹は、火炎の直撃を受けた上、足元から凄まじい勢いで霜が伸びてきて氷の像のようになってしまった。
「あのおくが怪物の出現孔かなぁ?」
 ミレイユは目を凝らした。
「戦闘は本意ではないけれど、もう敵の残存勢力はわずかのようね。追い払ってしまいましょう」
 フラガもやはり氷術を放った。
「血は……吸わない方がいいでしょうきっと」
 やはりフラガを護衛しつつルートヴィヒが言う。蟹の血……想像もつかない。
 目の前で仲間が氷づけにされた光景に恐れをなしたか、蟹は一匹また一匹と逃げ散っていった。
 こうして蟹を一颯し到達した奥の間だが、そこに宝物があったわけではなかった。
 狭い通路の奥の奥、岩で塞がれた扉に手をかけ開くと、そこには一人、レン・オズワルド(れん・おずわるど)が閉じ込められていたのである。
 紅いコート以外、サングラスを含む全てを黒で統一した装い、つやのある銀の髪は、雪狼の毛を思わせた。光が少ないこの状況でも、彼はサングラスを外さずに告げた。
「がっかりさせたかな? すまない」
「そんなことはありません。何か情報を入手されているんですよね、オズワルドさん」
 問うたのはフラガだ。おや、という表情を口元に浮かべるレンに、続けて述べる。
「先行してダンジョンに潜入していたんでしょう? 最初の集合時に私はあなたの姿を見ていないわ」
「察しが良いね。その通り、先行して潜入し、敵の出現原因を調査していたのだが帰路でこのような目に遭ってしまった。地上にいるメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)との連絡も取れず難渋していたんだ。無論情報はある。このダンジョンに突如モンスターが出現した理由をつきとめた」
 小部屋から出て、レンは息を深呼吸した。彼は不眠不休で今の今まで活動していたのである。小部屋でも気は休まらず、ついに四十八時間ほど連続して起きているはめになった。
「それで、お鍋モンスターがでてきた理由って?」
 マァルをフードに戻した状態でミレイユはレンを見上げた。
「ああ、すまない。何時間か閉じ込められていたものでね」
 彼は語った。
「火山の活動と怪物の出現、その原因を同じと俺は考えていたのだが、それは間違いだったようだ。魔物の召喚が行われたり、異界との門(ゲート)が出現した形跡も調べたが、少々あてが外れたな。あの怪物は呼び出されたんじゃない。眠っていたのさ。冷たくなってね」
 凍り付いた蟹を拳でコンコンと叩き、白が言葉を継いだ。
「この蟹みたいに? っていうか冷凍庫だったのかな?」
「そんなところだ。誰がどんな理由で埋めたのかはわからないが、あの生物はあらかじめ地下に保管されたいたらしい。それが、火山熱で溶けて動き出したのが真相のようだ」
 レンは現に、出現孔までつきとめて『保管庫』を調査したらしい。つまり、このダンジョンの怪物は無尽蔵なのではなく有限ということだ。
「面倒をかけるが、この情報は小山内南や皆に伝達しておいてくれないか」
 俺は少し眠りたい、そう言って彼はその場を去った。