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リアクション
●SCENE05 (part2) : Take That, You Fiend!
音井 博季(おとい・ひろき)もまた、キングを狙う一人だ。博季は飛竜(ワイバーン)の背に乗り、一気にキングへの距離を詰めている。上から見おろしても、キングは相当な大きさだ。重戦車数台を重ようとこの規模には達するまい。鎧はまるで鋼鉄板、鈍く光る左右のハサミは鋭利な刃物特有の光沢を放っている。それでいて蟹の間接は柔軟性があり、蟹にとっては狭い場所だろうに、比較的自由に動いていた。その暴れっぷりを見ていると『怪獣』と呼びたくなる。
(「僕は、いくら食べるためとはいえ殺生は最小限にしたい……」)
キングを倒さねばこの戦いが終わらないことはわかっている。博季は、キングを迅速に撃破することで戦いの早期終結を目指していた。
カニの頭上に来るとたちまち、巨大なハサミが唸りを上げてワイバーンを掠めた。
「ちょっと! 博季、近すぎない!?」
同じ飛竜の背で西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)が声を上げた。幽綺子は冷たい鱗の背を伝い、ワイバーンの尾のほうに移動した。そこから首を伸ばし眼下の戦いを観察する。
「南ちゃんたちはあの辺か……まだ戦闘部隊がキングにたどり着くまでは時間がかかりそうね」
空飛ぶワイバーンの上で移動するのはぞっとしない経験だが、滑る鱗を器用に伝い、幽綺子は博季の隣についた。
「仕掛けるなら早いほうがいいんじゃない。もう着陸したほうがいいわ……急ぐんでしょ?」
「えっ、僕は、急ぐだなんて一言も……」
「博季の考えていることくらいお見通しよ。キングを倒せば、敵も退いてくれるかも知れない。そう思ってるから早く決着をつけたいんでしょ?」
「幽綺子さんいは敵わないな……その通りです」
行きますッ! と宣言して博季は、ワイバーンの手綱を取り急速着陸させた。
「私には博季みたいなこだわりはないけれどね」
幽綺子は魔法の箒を手にしてこれで空を飛ぶ。ワイバーンほど強力ではないがこれも立派な航空機だ。彼女は呟いていた。
「だけど、博季の望むことなら全力で手伝ってあげたい。……強いて言うならそれが私のこだわりかな」
まずは、キング戦を邪魔する雑魚を妨害しよう、幽綺子は白菜やニンジン、糸コンニャク怪物などを狙って、『その身を蝕む妄執』をかけた。
「……クス。今晩の晩御飯達、待ってなさいね。貴方たちの未来を見せてあげる……」
が導く幻影は、鍋料理のシーンであった。
すでに蟹とあゆみたちは交戦状態にある。フェリアと式も加わり、半月状の陣形で挑んでいた。強力な蟹の攻撃が、ズン、ズン、と地面にめり込むも、大振りゆえ誰も食らってはいない。ただ、こちらからの攻め手も決定打を欠いている状態だった。
「足を止める!」
真司はハンドガンを、冷線銃に持ち替えていた。瞬間冷凍の威力を有す攻撃を蟹の足に放っている。真司はその観察眼で見抜いていた。すべての足を使っているように見えて、蟹が軸足にしているのは左右一本ずつだと。ゆえに、これを封じる算段として冷凍銃を用いたのである。といっても相手は超巨大、一度や二度命中しただけでは足は凍り付かない。しかし着実にダメージは通っているだろう、徐々に足の動きが鈍くなっている。
ワイバーンが空中から火炎を放ち、幽綺子もまた、蟹の眼前を錐揉み飛行するなどして注意を逸らした。小さき者たちの連係攻撃にペースを乱されているのだろう、蟹はよろめいた。
そこに、博季が光術を炸裂させた。
「我が瞳焦がすは浄罪の閃光ッ!」
強烈な光が溢れる。それはまるで、超新星が爆発したかのよう。光そのものが与えるダメージよりも、光による視界の消滅が応えたらしい。キングは両のハサミで眼を覆うように数歩後退した。
バキっ、と音がして蟹の足の付け根があり得ない方向に曲がった。
「……撃ち抜きました」
「攻撃成功っ!」
式が放った弾丸が間接を撃ち抜き、さらにフェリアが突き刺して、蟹の神経を断ち切ったのである。さらに、
「動きは止めたわ、今よ!!」
あゆみは両脚を大きく開き、腕を真っ直ぐに伸ばした状態で立ち尽くしている。ただ立っているのではない。全力でサイコキネシスを発動しているのだ。あゆみの体は小刻みに振動していた。彼女の足元の地面に、みるみる亀裂が広がっていった。桃色の髪が電気を帯びたように光を発し、うち数本は重力と逆方向に浮き上がってすらいた。食いしばった歯はギリギリと音を立て、唇は切れて、赤い血が一条流れ落ちている。
蟹は硬直したように動かない。あゆみが動きを止めたのだ。
「よしっ!」
真司は蟹の至近距離に飛びつくと、冷泉銃をありったけ撃ち込んで足を破壊した。
直後、あゆみのサイコキネシスが破れ、彼女は地面に手を付いたものの、もう蟹は自在に動くことができかった。不慣れな足でよろよろと、泥酔者のダンスのようなものを演じていた。
少し、時間を巻き戻す。
「キング撃破という主目的達成も大事だけど、それ以外にも大事なことがあるだろうということで」
匿名 某(とくな・なにがし)は蟹たちの進入孔に到達していた。キングが出てきた場所だけあってさすがに大きな穴だ。その奥は人工の部屋のように見えた。某たちは対『キング』部隊ではあったものの、戦闘を離脱してキングの背後に回り込んだのだ。
同行の結崎 綾耶(ゆうざき・あや)が問うた。
「そろそろ教えて下さい。キングの眼前で戦線離脱した意味は何なんですか?」
「さーて、教えてやろっかなー、どうしようかなー」
「勿体ぶるな黴々菌、苦しい戦いをしている仲間のことも考えろ」
容赦ないもの言いをするのはフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)であった。フェイはいつも、某に対しては悪意の塊以外のなにものでもないような口をきく。彼女に嫌われる理由が思いつかぬ某は、眉と眼に困惑を浮かべた。
「おい……その、『ばいばいきん』って何……。俺は幼児向けヒーローアニメの悪役かよ……?」
「ただの黴菌より程度が低くて往生際が悪いから『黴々菌』だ。反論は受け付けない」
「助けてー」
某は猫背になって綾耶に泣きついた。まあまあ、となだめながら綾耶は改めて問う。
「それはそうとして、狙いは何なんです?」
「何だったかな……?」
「冗談ですよねそれ! 冗談ですよねっ!!」
さすがの綾耶も声を怒らせたので某は慌てて言った。
「と、途上、天御柱学院の月美あゆみって子が話したんだよ。怪物の出現孔付近の岩盤は崩れやすいんじゃないか、って。その調査と、できるなら岩盤の倒壊工作に志願したってわけさ」
「そういうことなら協力してやる。しかし、それはあの可愛らしいツインテール結いっ子、もとい、月美あゆみのためだからな」
フェイはとことん冷たい眼でそう某に告げて、その一方、
「……一緒にがんばる」
と、綾耶には甘えたいざかりの幼子のような声で呼びかけるのだった。
「甲羅の右上部に小さな亀裂が出来たわ、集中攻撃おねがい!」
あゆみはいつしか対キング戦の司令塔のようなポジションにあった。的確に敵の弱みを発見し、味方にこれをはっきりと聞こえる声で伝える。博季、真司をはじめ皆これに従い、徐々にではあるが蟹を追い詰めていった。
このとき、某が合図の信号団を上げた。ロケットパンチに花火を握らせたものだ。なお、この連絡方法だが、フェイは「『黴々菌』に爆薬を飲み込ませ爆殺し、人狼煙(ひとのろし) として合図する」という完璧(パーフェクト)に凶悪な方法を主張してやまなかったという。
「あの岩盤!」
顔を上げたあゆみは、某たちが崩壊直前まで破壊工作した一帯を指さした。
「あの下へ奴を追い込んで、岩盤で押しつぶしちゃおう!」
「了解!」
幽綺子はワイバーンに合図し、自身も飛んで蟹をおびき寄せ行動に入った。
「良い作戦だ。足の状態が悪化した蟹なら、倒壊から逃れることはできまい」
真司も協力する。
キングはなすがままに誘導された。歩みは鈍いが、着実に。
博季は顔を上げた。ここまでくればもう、崩れる岩盤が蟹の命を奪うだろう。
「合わせて下さいッ! カウントダウン……3ッ!」
キングとともに岩盤の下敷きになってはたまらない。フェリアは式と駆けながら叫んだ。
「脱出完了! カウント2!」
真司は周囲の状況を確認し、声を上げた。
「カウント1だ!」
そして、あゆみが最後の宣言を行った。
「0っ!!」
次の瞬間、遠距離に逃れた某が岩盤に一撃を入れた。
耳を聾する音を上げ、キング以上に巨大な岩盤が落下した。蟹は押し潰され、ぐしゃりと音を立てて砕けた。
これを察知するや怪物達は、一斉に出現孔に逃れていった。その過半が孔に消えた途端、もう一度ダンジョンが揺れ、崩れ落ちた岩盤が出現孔を埋めてしまったのである。
任務、完了。
最初に対キング部隊が勝利の鬨の声を上げると、それに倣い、戦闘部隊、地図作成部隊、渡河部隊のすべてがわっと応えた。
全員で掴んだ勝利だ。
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