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リアクション
●SCENE06 (part1) : Nabe Comes True
地上への帰還後、イルミンスール魔法学校にて鍋パーティが開かれた。
外は猛烈に冷えるものの、大講堂は湯気と熱気で暑いくらいだ。はじめこそ粛々と始まったパーティだったが、最初のコンロが着火されるや早くも大盛況の様相を呈していた。ほうぼうで乾杯の声が聞こえ、鍋の煮えるコポコポいう音もそこかしこで聞かれた。鍋が噴きこぼれ、慌てて蓋が取り去られる音を、野菜をざっくり切り分ける音がかき消した。屋外でキンキンに冷やしたグラスが次々運び込まれ、どっという笑い声は数え切れないほど湧き起こっている。
ほとんどの参加者がここにいる。各人、互いの健闘を称え合い、また、新たに得た知己と楽しく鍋を囲んでいた。ゴブリンたちも招待されており、鍋を囲んで楽しんでいるようだった。鍋とコンロはざっと見て七〜八十程度設置されている。参加者はゴブリンを入れると三百人を超えるくらいだろうか。しかし食べ物について心配はいらない。むしろ、これだけの人数がいても食べきれかどうか不明なくらいだ。
シャウラ・エピゼシーは腕まくりして、得意のカニ料理を披露した。
「盛大に鍋奉行させてもらうぜ! 鍋だけじゃなく、カニ料理の数々をたっぷり食わせてやるから楽しみにしててくれ!」
「はいですぅ。期待してますぅ」
元気に答える彼女はイルミンスールの校長、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)その人だった。
「それにしても校長、来てくれて嬉しいぜ。君と一緒に食べたいのですぅ〜なんてなー」
などとエリザベートの口調を真似つつ楽しそうに、シャウラは鍋の蓋を開けて見せた。
「わぁ☆」
エリザベートは眼を輝かせた。豪華なカニ鍋だった。よく煮えたカニは赤く姿を変え、ぐつぐつと食べ頃だった。白ネギ、豆腐、キノコ類もほっこりと美味しそうである。
「まずはカニ鍋、いただきますね〜」
と言って神代明日香が、エリザベートに鍋を取り分けてあげた。ふーふーと吹いて渡す。
「熱いから気をつけてくださいねぇ」
と明日香が言っているそばから、エリザベートはアツアツのカニ肉に「ひゃっ!」と驚きの声を発していた。
「こちらもどうぞ」
そこにユーシス・サダルスウドが運んできたのは、まさしくカニづくしの蟹料理だった。生蟹、茹で蟹、それに、蟹味噌を使った軍艦巻き寿司、いずれも見た目からして食欲をそそる出来映えだ。いずれもシャウラが包丁を振るったものだという。
「地球のどこぞの島国の郷土料理だぜ。へいおまち!」
シャウラは充実した笑みを見せる。冒険も、料理も、今日は充実した一日として記憶に残ることだろう。
本郷涼介の鍋は、風味豊かなカニすきだ。
「さあ、煮えてきましたよ。白醤油を使い、出汁に色が付かないようにしてみました。味の方は折り紙付きなのでご安心を」
「私も手伝ったんだよ〜」
クレア・ワイズマンは、切りそろえた具材の入った籠を抱いて皆の前に披露した。カニは厚みたっぷり、野菜や椎茸には丁寧な飾り切りが入れられていた。
「さあお待ちかね〜、みんなたっぷり食べて下さいね〜」
茅野瀬衿栖はお椀を配った。正確には衿栖ではなく、彼女が操る二体の人形、リーズとブリストルが配ってくれた。すいすいと動くリーズとブリストルは、まるで魂を有しているかのようだった。うちひとつは、エリザベート校長のパートナーことアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)の前に置かれていた。
「おう、期待しておるぞ。冬は鍋に限るのじゃ」
アーデルハイトは椀を取り、器用に箸を使って蟹身を取った。熱いのをフーフー吹いて口に入れた。外の寒さと空腹で冷え切った胃に、あたたかいカニ肉とスープが染みていった。
「美味い! やはり冬は鍋に限るのじゃ」
「そういえば、アーデルハイト様って魔女でしたよね?」
ブイ・ミスターが問うた。
「魔女と鍋料理が似合わないというのかの? ふふふ、よく物語なんかで魔女が大鍋をかき回している絵が出てくるじゃろう、あれは鍋料理を作っておるのじゃ」
本当かどうかわからないがそんなことを言い、アーデルハイトはからからと笑った。
「……そうだったのか」
信じたのか信じていないのか、その隣では淡島式が箸を動かしていた。
「いずれにせよ、冬にぴったりの料理というのには賛成だね」
フェリア・ロータスは笑って、つみれが煮えたか涼介に訊くのである。
益田椿は鍋ができるのを待ちつつ、水鏡和葉と言葉を交わしている。
「ん? 和葉も料理苦手なの?」
「うん、ボクは食べる専門!」
「ふーん、仲間だね。それにしても最近は使える男が増えてんだねー」
どことなく他人事のように言いながら、ふと鍋の具材が気になって、精神感応で椿は榊孝明に、何が入っているのかと問いかけた。ところが返ってきた反応は、
「……邪魔すんなだってさ。全く、心に余裕のない奴は嫌だねー」
ふん、と横を向く椿である。
二人の前では孝明とルアーク・ライアーが、せっせと鍋を仕上げつつある。
孝明は蓋を開いて味見し、「丁度良いくらいだな」と述べた。
「よーし、じゃあ食べてみてー」ルアークが笑顔で告げる。「今回は美味いレシピ見ながら作ったからさ、けっこういけると思うよー」
和葉がほくほくとこれを取りながら言う。
「榊先輩もルアークもお料理できてすごいねっ。あ、でもレシピまで用意するなんて、ルアークってばやっぱりこの間のこと気にしてる?」
するとルアークは多少ふくれっ面で、
「別に悔しかったとかじゃなくて、癪に障っただけだってば」
と言って、和葉の頬をむにーっ、と引っ張った。
「仲の良いことだ」
そんな二人を見て苦笑しながら、孝明は椿に鍋の具をよそってやる。
「ほら、できたぞ」
「一応」器をうけとったが椿はやはり、横を向いたまま告げた。「礼くらい言っておいてやる」
「どういたしまして」
孝明は微笑を浮かべた。
隣のテーブルでは、春日白の特製鍋がぐらぐらと沸騰し蓋を浮かせている。
「ふふふ、僕のターンが来たようだね。そう、僕こそが世界一偉大な鍋将軍だ!」
白が蓋を取るとそこから、炎のような真っ赤なスープが出現した。つんと辛そうな匂いがする。キムチ鍋のようだ。
「さあ、どんどんやってくれ!」
「ありがたいありがたい、いっただきまーす」
井上フヒトは、ぱん、と手を合わせてエビやカニをたっぷりすくった。
「またお腹が空いてきた……」
ヨダレが出そうな顔で鍋を見つめていた獅子神玲の器に、
「そう言ってもらえると嬉しいね。どうぞ」
白はおたまを使い、あふれるくらいよそって渡す。
「こんなにたくさん……ありがとう。恩は忘れません」
玲は潤んだ目をしている。MYお箸と言って取り出した漆塗りの箸が、器に当たってカチャカチャと音を立てた。玲の手が震えているのだった。
あまりにも素直に喜ぶフヒトや玲を見て、白は少し、申し訳ない気持ちになった。実はこの鍋、キムチ鍋がベースながら大量の唐辛子やタバスコなどを配合した『超! 激辛鍋』なのである。普通の人間なら火を噴くこと請け合い。三日くらいは舌に刺激が残りそうだ。止めたほうが良いだろうか……と白は一瞬思うも、
「ああ、こんな温かいものが食べられるなんて……いつ以来やろ……」
フヒトは平然と、それどころかとても美味しく食べているようであり、また、
「美味しい! おかわり下さい!」
速攻で玲もよそわれたものを食べ終え、けろりとした表情で器を出してきた。
「味見、させてもらっていいかな?」
日笠依子が顔を出し、自分の器に鍋を装った。具材は炎のごとく赤く染まっている。ところが、
「うん、美味いな! ピリッとして刺激的だ。気に入ったぜ」
というわけで依子もいたって平気なようだ。さすが契約者、みな、並大抵の人間ではない。
……と思ったら。
「ちょ! か! 辛っ! なんですかこれは、口が燃えます! あああ……」
同じテーブルで食していた藤林楓が飛び上がり、涙目で水をぐいぐい飲み始めたので、なんだか白はほっとしたのだった。
そんな席に、さりげなくエッツェル・アザトースが入ってきた。
「やあ、この席はルーキーが多いですね……ちょっと入らせてもらいますよ?」
今日のエッツェルは普段にましてめかしこんでいた。真っ赤な髪も後ろに撫でつけている。彼はさらりと依子の手を取って、
「エッツェル・アザトースと言います。あなた可愛いですね。お名前は……?」
「え? お、俺様か!? 名前は、日笠依子だけど……」
すると彼は、握った手を話さず情熱的に、彼女の瞳を覗きこんだ。
「そのワイルドな言葉使いも気に入りました。いかがです? この場はほどほどにして二人で抜け出しませんか? 私の館にご招待しませんか……?」
「え、いや、そんな……急に」
「いいじゃないですか。楽しい夜をお約束しますよ」
エッツェルの口説文句はそこまでだった。彼は直後、胃臓のやや下、人体の急所とされる水月(すいげつ)を、強力無比なる掌底撃によって突き上げられていた。そればかりではない。衝撃と痛みで伸び上がったところ顔面を真横に蹴られ、厚紙でできた人形さながらに数メートル吹き飛ばされている。一秒前までエッツェルがいたところでは、
「まったく、油断も隙もあったもんじゃない!」
そのパートナー緋王輝夜が、パンパンと手をはたいているのだった。なお、白い煙(エクトプラズム?)を吐いているエッツェルは、白目をむいたままぴくりとも動かない。
「うちの変な人が迷惑かけたね、ごめん!」
依子に一礼すると、輝夜はその主をひょいと抱え上げ、手を振って姿を消した。
神楽坂翡翠は小食なので、鍋はほとんど作ることに専念していた。
「食材が豊富なので、入れ方に気を遣いますね」
と、丁寧に具材を並べるも、榊花梨はまったく無頓着に、
「いいよいいよ全部入れてくれたら。全部食べるし」
痩せの大食い全開、白菜もカニもホタテも、カオティックなほどにじゃんじゃん足している。そして実際、驚くほどの速度で消費していた。
「お前なあ……食べ過ぎだろ? ぺース落とせ……他の人、付いていけないだろう」
レイス・アデレイドがかみつくも、花梨はまるで気にしない。
「大丈夫、レイスたちはゆっくり食べてくれればいいから♪」
「だから、そんなにどんどん進められると落ちついて食べられないんだよ」
「悪いことばかりじゃないよ。鍋ってほら、たくさん具を煮れば出汁がでておいしくなるんだもん」
「……お前……そのもっともらしい理由、いま考えただろ」
「ばれた?」
ばれいでかー! と怒るレイスと笑う花梨、そんな二人を眺めつつ、翡翠は心を楽しませていた。あまり食べない彼にとっては、仲間たちの楽しんでいる様子こそが一番のご馳走なのだ。
壁際の席では、大きな口を開けてノーン・クリスタリアが豆乳鍋を楽しんでいる。
「オルベールちゃん、もうこれ煮えてるかな? 煮えてるかなっ?」
「はいはい、慌てない慌てない。もう少し火が通るまで様子を見るわよ♪」
ノーンのために海老の煮え加減を見つつ、オルベール・ルシフェリアはなんとも楽しそうである。そんな二人の前に、
「さあ、これもどうぞ」
と、ルーツ・アトマイスが二人の前に小皿を置いた。
「わぁー♪」
ノーンは眼を輝かせた。そこには焼き物や揚げ物など、鍋の材料を使った別メニューがのせられていたのだ。
「コレだけ大きいから他の料理も作れるかな、と思ってな。キノコのバターソテーにカニのクリームコロッケだ。エビとホタテは揚げてみた。ソースは特性だ、味わって食べて……」
という言葉が終わる前に、ぺろりとノーンはこれを平らげていた。
「美味し〜♪ おかわり!」
やれやれ、と肩をすくめ、ルーツはさっそく追加を皿に載せた。
「こんなこともあろうかと、大量に用意してある」
やったー、と喜ぶノーンとオルベールを、しばしルーツは眺めていたが、
「そういえば……」
と師王アスカの姿を探した。すぐに、「やっぱり……」と呟く。アスカは鍋のまわりに座らず、壁際に陣取って一心不乱に絵筆を振るっていた。
「冒険も好きだけど、やっぱり私はこれね〜。皆の楽しそうな笑顔は最高の光景だわぁ」
どうやらこの光景を、アスカは絵にして残そうとしているらしかった。
「お前も飽きねぇな……」
呆れ気味の口調は蒼灯鴉だ。ずっとアスカの動向を気にしていたので、鴉の箸はさっぱり進まなかった。
「おーい、今は描くより食べるのに集中しろ」
呼んでもアスカがまるで聞いていないので、鴉はつかつかと歩いてアスカを引っ張り隣に座らせた。
「ん? 何、鴉……」
「せっかくの戦利品だ、早く食え」
と言って彼は、半ば強制的にアスカの手に椀を置き、食べ頃に煮えたエビ肉を入れた。
戸惑い気味にアスカはそれを口に入れ、
「あら美味しい……」
絵を描いているときとはまたちがった目の輝かせ方をした。
「美味いか?」
「うん」
「絵に、描くべき最良のタイミングがあるのと同じで、料理にも、食うべき最良のタイミングがあるんだ。今がそれだ。……ったく、絵にかまけてせっかくのご馳走を逃すところだったぞ」
「分かったわよぉ、食べる」
口調は渋々、されど声色は明るく、アスカは鍋に向き直った。
しばらく、絵は休憩だ。
「鍋料理は食べたことが無いわ……」
食べ方に戸惑う鳳フラガを、ルートヴィヒ・ルルーが手取り足取り指導している。
「まず煮え加減に注意しつつ、器に取って……そうです、そんな感じで」
「簡単なのね」
けっこう美味しいじゃない、とフラガはうなずいて、さらに箸を伸ばすも、
「おっと、それはいけません」
危険から彼女を守るべく、ルートヴィヒは素早く指摘した。
「生煮えですよ、我が麗しの愛の主」
そう、いつだって、フラガを危険から守るのが彼の役目なのだ。
斜め向かいのテーブルでは、水心子緋雨と天津麻羅が向かい合って座っている。
「冷凍運搬品が多いゆえ、少々鮮度が落ちてしまったかのう。しかし、うむ、このカニ刺の身はなかなかいけるのじゃ。鍋も良いが、日本酒といえばやはり刺身じゃな」
見た目だけならローティーンだが、さすが御年数千歳、麻羅の呑みっぷりは堂々たるものである。自分の掌ほどもある特大カニ刺しをつまみつつ、銀杯に酌んだ端麗辛口の日本酒を楽しんでいた。
「緋雨も呑むか、ん?」
「いやー、私はまだ未成年なんで……」
ふん、と桜色の頬をして麻羅は半目を閉じた。少々酔ってきたものらしい。
「天目一箇神の酒の誘いを袖にするとは、ある意味見上げたやつじゃ」
「あと何年かしたら付き合うから、ね?」
「まあ良い、ならばせめて酌をせい。マグマの河を渡ってカニづくし、なかなか風流な一日じゃて」
ぐいと杯を傾け、さっと緋雨に突き出す。
「どこがどう風流なのかわからないけど、良い思い出になったのは事実ね〜」
とくとくとく、ゆっくりと、透明の酒が杯を満たしていった。
「これ、そんなちょろちょろ注ぐな、もっとドバーっといけドバーっと」
酔うといくらか、おじさんっぽくなる天目一箇神なのであった。
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