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リアクション
●SCENE03 (part1) : 幸せの歌
かつて、このダンジョンはゴブリンと人との戦争の場であった。
そのゴブリンと和解を果たしたのち、現在は彼らを助け、また、不明者の救助にも当たっている……その奇縁に驚きつつも、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)らはゴブリン生存者を探し、戦闘部隊の後を歩んでいた。
「以前、私たちもこのダンジョンで行方不明者の捜索に当たったのですね……」
半年前と、行動そのものは変わらない。しかし探す対象は変わった。半年前は、ゴブリンの襲撃から逃げ遅れたイルミンスールの生徒たちを探して歩いた。そして現在は、モンスターの襲撃から逃げ遅れたゴブリンたちを探している。
「この状況でしたら、逃げ遅れた方がたくさんいらっしゃることでしょう」
フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は、溶岩によって変わり果てた地形に胸を痛めていた。階層を下るにつれ、冷えて固まった溶岩がほうぼうに姿を見せている。モンスターの攻撃だけでなく、こうした地形変動の犠牲になったゴブリンも多かろう。
「僕らが彼らを助けに行くのも縁なんだろうね……この辺なら、逃れたゴブリンが隠れていてもおかしくはないかな」
つまずかないよう足元に注意しながらセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が言った。
隘路といっていい狭い通路だ。小柄な少女が通るのがやっと、体格が大きく、かつまた突起の多いモンスターはこのあたりには足を踏み入れていないだろう。
セシリアの赤い瞳が、ちらりと動く影を捉えている。光源の加減による見間違いではない。あれはたしかにゴブリンだ。
「大丈夫? 僕たちは敵じゃないよ」
とっさに声をかけた。小柄なところを見るとゴブリンの子どもだろうか。しかしゴブリンは逃げようとする。
「待って!」
シャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)が手を伸ばすも、ゴブリンは金切り声を上げて逃げていった。シャーロットはうなだれる。
「確かに、一度は敵対した相手です。そう簡単に信用してもらうというわけにはいかないのかもしれません。むしろ、やはり敵愾心を抱きつづけているのかも……」
シャーロットにメイベルが声をかけた。
「かつて、ここのゴブリンさんとは紆余曲折はありましたが、今ではお互いに認め合う仲です。信じましょう」
「うん、彼らとしても降って沸いた災難の連続で色々とパニックになっているだけなんだと思うよ。だからまず、安心してもらわないとね」
セシリアは帯同品をさぐって、サンドイッチ入りのバスケットを取り出した。
「お腹が満ちれば安心できるかもしれない。これを見せて説得してみよう」
今度は食料を見せながら、なるだけ相手を驚かさないよう四人はゆっくりと歩を進めた。
やがて物陰から恐る恐る、一人のゴブリンが顔を出した。
「ええと、僕たち、みんなを助けに来たんだ。信じてくれたら嬉しいな」
セシリアがサンドイッチを差し出すと、しばし逡巡ののち、少年と思わしきゴブリンは警戒しつつもサンドイッチを取ったのだった。
「言葉が通じればいいのですが……」
かがみこんだフィリッパに、ぽそりとゴブリンは告げた。
「通じる」
「えっ?」
「言葉、通じる。俺はあまり得意じゃないけど」
もっとよく判る仲間ならいる、とゴブリンは言った。
メイベルは付近の仲間を糾合した。
「皆さん、力を貸して下さい」
黒杉 アサギ(くろすぎ・あさぎ)、そして茅野 菫(ちの・すみれ)が加わり、同行する。
サンドイッチで落ちついたのか、事情を説かれた少年ゴブリンは、仲間たちも救って欲しい、と、彼らをある場所に誘導したのである。
巧妙にカムフラージュされた扉や隠し通路をくぐり、間もなく一行は、ゴブリンが身を寄せ合っている一室に辿り着いた。全部で十数人はいるだろうか。立錐の余地もないような狭い空間だった。
「人間か!」
彼らの示した反応は決して歓迎ムードではなかった。立ち上がって剣を抜いたゴブリンがいる。棍棒を振り上げるゴブリンもあった。怪我をして腕を吊っているゴブリンも、牙を剥いてこちらを威嚇した。
「わらわたちは助けに来たのだ。案内に立った少年がいるのを見てもわからんか!」
アサギは憤慨していた。ワインレッドの目を半月型にして、今にもランスを抜きそうな様相となる。
「落ちついて。彼らも急なことに気が動転しているだけだから」
菫が、片手を挙げてアサギを制した。
年配と思われるゴブリンが一歩前に出た。しかし彼は他のゴブリンを押さえようとはせず、抜かれた剣はそのまま、棍棒もそのままにさせておいて口を開いた。
「その子は、年少ゆえよく知らんのだ」
と、メイベルを案内したゴブリンの少年を指して年かさのゴブリンは言った。
「聞け。そして答えよ。我らの事情を知っても、なお『救援しにきた』と言えるか」
ゴブリンが語ったのは以下の事情だった。
かつて、このダンジョンに暮らすゴブリンには地上攻撃を支持する侵攻派と、このダンジョンだけで暮らすことを主張する穏健派に別れていたという。半年前、イルミンスール魔法学校主導によるダンジョン攻略とその後の和平により侵攻派は敗れ去った。侵攻派の代表格であった国王とその取り巻きは逃亡したものの、残された彼ら侵攻派はその後日陰生活を余儀なくされたのである。結果、鍋モンスターの襲撃において逃亡が遅れたらしい。
「無論我々とて、とうに侵攻は諦めている。しかし逃亡した国王の血族であるゆえ、最後まで信用されず、脱出が遅れたのだ」
「事情が複雑だったというわけか。まずは非礼を詫びる」
アサギは騎士道を重んじている。正しいと思うことなら一命を賭して守り、間違っていると気づけばこれを正すことを恥辱としない。アサギが一礼すると、ゴブリンたちも武器を下ろした。
「我々はそのような事情は知らなかった。とりわけ、新参のわらわはな。だが断言できることがある。それは、これまでのいきさつがどうあれ、我らはゴブリンを区別するつもりはない、ということだ。」
たとえかつての侵攻派であろうと救援する。さらに、できるのなら現在の主流派(穏健派)との和解も手助けする、とアサギは確約したのである。
「なかなかの言葉ね」
菫がアサギの肩を叩いた。
「でも、その言葉には大きな責任が伴うことになるわ。あなた、それを背負いきれる?」
責任という言葉にアサギは臆さなかった。右の拳を自身の胸に当てた。
「わらわは騎士だ。騎士にとって約束は自身の命より重い」
すると菫は、かすかに微笑んだのだった。
「なら、私もその責任の一端を担うわ。……一人でなにもかも抱え込もうとしないでね、仲間なのだから」
そして菫は屈むと、ゴブリンの負傷者を治療すべく声をかけたのである。
私たちも担います、とメイベルらも声を上げた。そのとき、
「立ち聞きするつもりはなかったのだが」
やや赤みの入った黄金(きん)の髪をたてがみのようになびかせ、堂々たる体躯の男性が姿を見せた。両眼には焔が宿り口元には不敵な笑みがある。額から左目にかけ、ざっくりと抉られたような傷痕があったが、これとて彼には勲章だ。その名はヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)、
「なに、ほんの通りすがりの帝王さ」
と告げて立ち入ると、ゴブリンをはじめとする全員に告げた。
「遅くなってすまない。交渉と調整に手間取ってな」
「交渉?」
シャーロットが顔を上げて問うた。通りすがりの帝王は答えた。
「一時避難場所として、イルミン側でゴブリンの受入れができないか校長と話したのさ。そちらはすぐに許可が出たものの、布団などの生活用品やイナテミスの開拓資材、またジャンクヤードのギルドから廃材などを回してもらう手はずに時間がかかったんだ。すべて上手くいったとだけ告げておこう」
「すごいじゃない! さすが帝王さん」
セシリアの言葉を受け、ヴァルは会心の笑みを浮かべた。
「今日は『平和活動の帝王』とでも呼んでもらおうかな」
そして、改めてゴブリンに提案をしたのである。
「過去のわだかまりについてはこちらにも非があることは明らかだ、今さら水に流せとは言わないが、復興の手伝いはさせてほしい。今回は不幸な事件となったが、これを機に、更に両種族が歩み寄れれば報われるだろう」
堂々と述べ、少しも阿諛するところがない。このとき、ヴァルは確かに『帝王』の称号が似合う男であった。ゴブリンは、彼の申し出を受け入れた。
「まずはここから脱出しましょう」
メイベルが宣言し、皆を勇気づけるべく、フィリッパは美しい歌を口ずさんだ。この歌は『幸せの歌』と呼ばれている。
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