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なし

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前後不覚の暴走人

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前後不覚の暴走人

リアクション


第三幕 各々各自の行動結果

 校長室から直線距離で数百メートル行った個所に、広い空間がある。
 百メートル四方で路面は土。凹凸の少ない整備された地面。
 本来は運動場などの役目を果たすそこも、今や混乱の最中にあった。ただし、その混乱は他の場所とは少しばかり違い、
「ふははは、行けい男の神体よ。俺様と共にこの学園全体を性なる教育で満たしてやるのだ」
 マントを着た全裸、変熊 仮面(へんくま・かめん)が股間を振りながら、精巧に作られた人型ゴーレムの肩に騎乗しているのだ。
 そのゴーレムは彫刻のように美しく作られており、武骨さというものが存在しないものである。だが巨大だ。
 三メートルは下らない巨体である。
 その高さの物体に乗っている彼を、周囲の人間は必然的に下から覗く込むように目視する事になる。結果、逃げる者や吐く者、泣き出す者までいた。
 そんな事にお構いなしとばかりに全裸男は腰を振り、
「さあさあさあ、性なる教育を受けたいのは誰か。俺様たちは誰の挑戦も受けるぞ!」
 お前のゴーレムじゃないだろ、と誰かが言ったツッコミを全裸は腰振りで無視していた。すると、
「この変態が――!」
 真正面から槍を持った少女、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が突っ込んでいった。
 彼女は上を極力見ないようにして、長槍をゴーレムの腹部に突き立てた。
 刃がめり込んだことを認識して、ミルディアは槍の石突き付近まで手を移動させる。
 そしてそのまま槍に寄りかかる様に体重をかけ、肩をねじり腕に力を込めて、
「うのおお! 死ねえええ!」
「い、いきなり殺害宣言とは物騒な子だね!? だがそんな子にも等しく教育するのが神の役目。さあ先生、ファイトだ!」
 腹部を押され後ずさりしていたゴーレムだったが、やがて推進力に慣れたのか後退が収まっていく。
「う、うのおお……! お、推せないー……」
 完全に均衡した。否、体格差と体重差からミルディアの方が押されていく。
 長槍であるが為、力の伝達はダイレクトにはいかない。無理に振るってしまえば折れる危険があるからだ。
 距離がある故直接的な打撃は受けないが、距離がある故力負けする。
 そのジレンマのはざまに居ながら、ミルディアは力を込め続ける。
「うのお、こんなのに負けるなんてあっちゃいけないのに……。この変態めえ……!」」
「何? 変態だと? もっと褒めてくれ給え!」
 全裸の声に反応したのか、ゴーレムの力がより強くなる。
「うう! 変態なのに変態パワーが漲っているだけなのに――!」
「それ以上変態と言っては駄目よ!」
 ミルディアの背後から鳳 フラガ(おおとり・ふらが)による忠告が入った。
「鳳フラガ、参戦させて貰うわ」
 宣誓した彼女は眼鏡の位置を直しながら、
「変態というものは、言われる度に変態度を上げていくの。だから、言えば言う程パワーアップしてしまうの。だからこういう場合は――」
 フラガは氷術を使用した。精巧ゴーレムの足首から下が地面に接着する。急激に制動を食らった全裸は、
「おおっと、危ない」
 慣性に従って振り落とされかける。が、自らの股でゴーレムの首を挟むようにして落下を回避した。
「……しくじったわね。でも、こうしていればいずれ落ちるでしょう。厄介なのはあの汚物だけで、アレさえいなくなれば顔を上げて戦えるようになるわ!」
「うのっ、そうだね。皆前を見れないから苦戦しているんだもんね」
 フラガとミルディアは頷き合って、ゴーレムの脚部に攻撃を集中させる。だが、
「ふっふっふ、そんな小手先だけの攻撃では、俺様たちはびくともせんぞ!」
 ゴーレムの一部を削っても直ぐにそこが修復する。破片を吸収しているのだ。足止めや振動を狙った攻撃では、大きな砕きは期待できない。よって、ジリ貧になって、ゴーレムと全裸の進行を許すだけだ。
「くうっ、ゴーレムは兎も角、全裸をこれ以上進めるわけには……」
「その役目、僕に任せて貰うよ!」
 役目を望み戦場に飛び込んでくるのは刀を担った音井 博季(おとい・ひろき)
 音井は目を半分まで伏せ必要以上の物を見ないようにし、ゴーレムの足元にまで至る。
「やれやれ、君も教育を阻むのかい? ならば、その身に受けてみるがいい。……さあ、神よやってしまえ」
 全裸に従ってか、それとも偶然か、彼の言葉尻に合わせてゴーレムが右脚による踏みつけを行ってきた。精巧な人型だからこそ出来る機敏な動きで足を上下させるが、
「人に酷似しているからこそ、避けやすいね。他の所で見た石像よりは足裏のサイズが小さいし」
 音井は真上を見ずとも、膝下と軸足の動きだけで踏みつけを避ける。
 時折回避がギリギリになるが、上を見ておぞましいものを視界に入れてしまうよりはましだ、と念仏のように唱えながら高速でかわし続ける。
 自動ホーミングされる事を経験で理解し、足の動きを誘導していき、
「この、こしゃく――――なあっ!?」
「私を忘れて貰っては困るわよ?」
 石像両の膝をクロスさせた瞬間、フラガが軸足である左に氷術を放ったのだ。巨大な石像はバランスを崩しつつある。それを好機とみた音井は、
「それに便乗する。こけろ、汚物付き石像」
 左踵下にある床を、光術で爆砕した。ゴーレムは地面の反発力を失ない、氷によって足のバランス機能すら機能しなくなった。
 そして、このゴーレムは彫刻のような人型。重い上半身を支える足は細い。それが災いして、尻餅をつくように倒れかかる。
「ぬおおおっ、だが、まだだっ!」
「へ?」
 全裸の台詞に悪寒と危機感を覚えた音井は、意を決して、己に一回だけ一回だけと言い聞かせて真上を見た。そこで分かった事は三つ。
 そこには尻餅をつくにあたって開脚中の石像がいるということ。
 自分が丁度股座の辺りに居るということ。
 このままでは瓦礫製の男の象徴物が当たることが確定するということ。
 これらを瞬き一つで理解した音井は、
「うわあああああああああっ!!!」
 絶叫を上げて前方向ダッシュした。全速力で、全身全霊をかけて、足を回転させた。
 駆ける、というより、跳ぶという表現が似合う加速で、音井はその場を離脱。
 刹那、ゴーレムが尻餅をついた。砂と土と埃による煙幕が舞いあがる。
 微細物のカーテンを超えた所では音井が荒い息を吐いており、
「はーはー、……あ、危なかった。も、もう少しで色々なものを失う所だった」
「さ、災難だったわね」
 鳳が苦笑して労わりの声をかけるが、その表情は直ぐに変わることになった。煙の向こうから声がしたせいだ。
「す、素晴らしい。素晴らしいぞこの堅さ。落ちても萎えてもこの堅さ。まさに理想。正に神秘。ああ、今日俺様は真理の一つを理解した」
「く、しぶとい」
 唸るような声を上げた彼女の前で、煙幕が晴れていく。そこには膝をつき立ち上がりつつあるゴーレムと、その肩に乗ったままの全裸がいて、
「さあまだまだゆこうぞ、石の神。男の神秘を校長にしっかりねっとり教えて差し上げ――」
 堂々といった。だが、間髪いれず、響く声があった。
「……何をしているの……?」
「む、なんだ?」
 発信者は膝立ちするゴーレムの横。臆することなく、頬を染めることもなく、目を背けもしないで頭上に目を向けるコンクリート モモ(こんくりーと・もも)がそこにいた。
 全裸からの返答がないのを気にしてか、彼女は、
「…………もう一度言うけど、何をしているの?」
 もう一度問うた。
「むう、何をしているか、と聞かれれば性教育の伝道と答えよう。当面の目標は校長だとも!」
 全裸の応答を耳にした彼女は頷き、
「うん、分かった……」
 理解を示す単語に全裸は喜びを表し、
「分かったとな!? では貴様も同志に――」
 だが、全裸の歓喜は長く続かなかった。
「…………だから、今度は私の用件。…………何てことをしてくれたの、このデカブツ!」
 何処からともなく工事用ドリルを取り出したモモは、てじかにある物体を削り始めた。
 そう、目の前にあった、ゴーレムの股間に位置する突起を。
「あー、あ゛――――!」
 思わず全裸は叫び股間を抑えるが、それは周囲にいた男子生徒も同様だった。
 それに気を取られることなくモモは掘削機を握りしめ、
「あんたのせいで精一杯生きていたアリさんが砕け死んだじゃないの。だから、……あんたも同じ様に砕けてしまえ――!」
 削る。減らしていく。無くしていく。
 石像の突起に穴があき、砕け散っていくが、ゴーレムはそれでも立ち上がろうとしていた。その意気は、どうやら全裸にも伝わったらしく、
「ぐおおお! ま、まだ倒れん。男の勲章残る限り俺様は倒れんぞ――!」
 全裸は必死の形相で足下の石像に応援を加える。
「しぶとい……。なら、もっと強く……!」
 モモが更なる力を込めた、その時だった。
 ドリルによって掘削されていたゴーレムの股下の一部が大きめに砕け、跳ね上がった。
 掘削機の回転力により加速した石礫は寸分の狂いなく全裸男の股間にヒット。
 瞬間、快音が響き、様々な者の時間が停止する。
 誰も彼もが動きを止めて全裸男を見、ゴーレムまでもが何故かその動きをストップ。
 一撃をもろに食らった全裸から出る表現はぎゃあ、でもぐわあ、でもなく、
「…………ぬ゛……」
 息の詰まるような呻き。それを口の端から洩らした彼はゴーレムから落下する。
 それを合図に全ての動きが再スタートした。男たちは脂汗を流しながら一斉に股間を抑え、モモはそれを首を傾げる。
 中でも特にゴーレムの再動速度は目覚ましく、すぐさま歩きの一歩を踏んでいた。
 その一歩を踏む足。そのつま先に、落下中の全裸が偶然にもタイミング良く引っかかる。ゴーレムの高速の一歩。
 それはすなわち蹴りに等しく、
「――ごげふっ!?」
 今度こそ悲鳴を上げて全裸男は吹き飛んだ。ジャストミートした蹴りの効果か、ジャイロ回転付きの身体は勢いすさまじく、壁を突き破って場外まで飛び出していった。
 あー、と声が空間内に残響するが、残るものはそれだけだ。
 よし、と握り拳を作るとモモはそそくさとこの場を離れていった。
 それらを見届けたフラガはこの場を総評し、
「……何はともあれ悪は去った。……さっさとこのゴーレムも崩して完全に忘れ去ろう」
 彼女の目の前には股間を失ったゴーレムが何故かその部分を片手で押えて立ち上がる情景があった。すると、
「……それは私にやらせてくれる?」
 フラガの前に進み出た霧雨 透乃(きりさめ・とうの)は肩と首の骨を鳴らして両の拳を握る。
「さっきはあんなのが上にいてまともにやりあえなかったからね。漸く鬱憤が晴らせるってものだよ」
 霧雨は屈伸と肩回しを同時に行い、アキレス腱をしっかり伸ばした後、
「真っ向から行くよ、デカイの!」
 声高らかに放った通り、霧雨は一直線に特攻した。拳を腰に引きつけたまま疾走する。
 相手をするゴーレムは片手を股間に置いたまま、残る左拳を突き出す。片手を前に置いているので、振りかぶりなしの一撃となる
 威力は腕の重量そのもののみ。それだけでも鉄を拉げるには十分な力だ。
 が、霧雨は恐れない。拳の面で押される風を身一つで切り抜けて、
「だあっ!」
 速度そのままに正拳突きを放つ。真っ向から石の拳と負けぬ意志の拳が激突した。
 拳同士が互いに付き合い、そのまま打撃力を反発。両者を弾き返した。
「うわっ! っとと、……流石に力はあるね」
 霧雨が使った拳は血が集まり僅かに赤く変色している。いてて、とそれを振る彼女に
「ほらほら、頑張って下さいよー透乃ちゃん。頑張れば頑張った分だけ頑丈になれますからねー」
 緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)の声援が通った。
 彼女は広場のベンチで座り、足を伸ばして寛いでいる最中に見える。そんな彼女に霧雨は振り返って答え、
「そうは言ってもさ陽子ちゃん、体重差がキッツイよ、これ。力じゃ負けてないんだけどね」
 ほら、と霧雨が顎をしゃくってゴーレムに視線を誘導する。件のゴーレムはその左腕の肘から先を砕き落としていた。
 自動修復も間に合っていない。
「どうやら、ある程度の破壊で自動修復はキャンセルされるようですね。いいでしょう、透乃ちゃんがより頑丈になるのは構いませんがごつくなるのは勘弁でしたし、ちょっとだけ力を貸します」
 と、陽子は奈落の鉄鎖を霧雨に掛ける。重力操作で体重の増加を感じた霧雨は二、三回跳び跳ねて、
「っつー、これ腰に効くね、やっぱり」
「爺くさい事言っていないで相手を見ましょう。ほら、ちゃんと待ち構えていますよ」
 改めて霧雨が目を向けた先、股間を内股状態で何とか隠し右腕をフリーにしたゴーレムがいた。
 その状態でクネクネとした動きを続ける石像を半目で見つめた霧雨は、一度目を瞑り、色々な感情をリセットしてから、
「……なんだか奇妙な気分だけど、――気にせず行こうか!」
 一気に走った。加速の一字を持って、霧雨はゴーレムの元へ。
 対す石像はクネクネ動作のまま右拳を振った。 もはや突きとは言えない、ただの振り下ろし。
 霧雨は石の拳の横をアッパーで迎撃した。加速力を全て上方へ変換した、背筋伸びる打ち上げ。後ろで括った髪が、身体の速度と纏う風により吹き上がる。
「ぐっ、うう!」
 互いの力はやはり拮抗。
 だがやはり、ゴーレムには重さはある。霧雨の足が床にめり込んでいく。膝が曲がっていく。
 石の拳に潰される。それでも、
「重さは、さっきので、同等になったんだ!」
 膝の曲がりが静止。持ち上げていく。
 腰を入れた拳を下半身の力で押し上げ、そして、
「だりゃあああ!」
 跳ねあげた。石像の腕が大気を切り裂いて砕けながら肩より上に弾け昇る。つまりは片手万歳状態。
 内股の状態で万歳をすれば、当然重心は後ろに行く。片手を失って平衡感覚を失くしていた石像は尻餅をつくしかない。
「――――――!」
 そうなった。 両手を使用不可となった石像はティディベアのような姿勢となり、胴体は完全に無防備となる。
 それを霧雨は見逃さない。
 ショートステップでゴーレムの身体に飛び乗ると、ガラ空きとなった腹に、
「疾風突きだよ!」
 左拳を突き込んだ。威力は波状に伝わり胴を砕き伏せる。更に攻撃は連続する。
 砕いた部分を足場により高みへ駆けのぼったのだ。彼女は首筋まで昇り切ると同時、自身の右肩を引き、
「止めっ!」
 豪速の右正拳をゴーレムの顔面に突き込んだ。
 肩の回転力を余すところなく発揮した一撃は、ゴーレムの頭部を粉砕するのには不足なく、
「………………嗚……!」
 制御機能を破壊された精巧なゴーレムは、ただの瓦礫に戻っていった。