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花粉注意報

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花粉注意報

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良薬口に苦し、だが悪い薬が美味しいとも限らない――

 花粉症の治療薬……
 一刻も早い完成を望まれているその開発は難航していた。

「よし、これでようやく試薬が……」
 フラスコの中で変化を遂げる液体を満足げに見守る榊 朝斗(さかき・あさと)
 もうすぐ治療薬の完成だ……しかし……
「朝斗……私……もう……」
 花粉の症状と戦っていたルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)だったが、ついに限界が訪れてしまったらしい。
 服を脱ぎながら朝斗にしなだれかかる……
「る、ルシェン?!」
「朝斗、目を離しては危ないでありんす」
 背中越しに感じる感触に激しく動揺する朝斗……その手元が狂う。
 ……アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)の忠告も間に合わなかった。

 ぼふん

「あ……」
 治療薬は無へ帰っていった……焦げ臭い匂いが周囲に漂う。
 呆然と立ち尽くす朝斗。
「朝斗はよくがんばったですよ……二人で一緒に休みましょ」
 とろんとした表情のルシェンが朝斗の手を引く……いつになく艶っぽいルシェン……そのまま従ってしまいたくなる魅力があった。
「ルシェン、どうしたでありんす? 気をしっかり持つでございましてよ」
 そんな二人の間にアイビスが割って入る。
「? アイビスが相手をしてくれるんですか?」
「朝斗、ここはわっちに任せて、治療薬を作り直すのじゃ」
「わ、わかった……」
 様子のおかしいルシェンを押さえつけるアイビスだが、果たしていつまでルシェンを押えていられるか……
 急いで治療薬を作り直す朝斗だった。


「根本的な所は本土の杉花粉とそう変わらないみたいだな……」
 健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)は採取した花粉を注意深く分析していた。
 その足元には、採取されてきた大量の花粉や花が入ったバケツが並んでいる。
 得られた分析結果を別室で研究中のイナに送る……なんとか花粉の毒性を弱める薬を作ることが出来そうだった。

「後は、薬が出来た時の為に散布の手配を……っておい!」
 研究室に入り込んできた人物達に驚く健闘……そこにいたのは……
「健闘君、見つけたであります!」
 花粉にやられたとしか思えない、半裸の天鐘 咲夜(あまがね・さきや)と……
「健闘様、探しましたのですよ……」
 セレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)……やはり下着姿だ。
「ちょ、お前ら、そんな格好で出歩くんじゃな……」
「健闘様、こんなはしたない私はお嫌いですか?」
 うるうると瞳を潤ませ、セレアが迫る……健闘はタジタジだ。
「い、いや、そういうわけじゃなくて……」
「なら良かったです……さぁ、健闘様……わたくしといいこと、しましょう」
「わ、私も健闘君と……するであります……」
 二人がかりで押し倒される健闘。

「い、いったいどうなってるんだ……」
 二人とも、とろんとした目をしている……正気とは思えない。
(だが、パラミタ杉花粉にそんな症状は……)
 もみくちゃにされ、混乱する健闘だったが、そこに助けが現れる。

「二人とも、何をやっているんですか!」
 枸橘 茨(からたち・いばら)だ。
 正気を失っていようがお構い無しに二人を叱りつけ、健闘を引き剥がす。
「はぁ……助かったぜ茨……うおっと!」
 ……そのはずみで何かにつまづく健闘。
 彼はすっかり忘れていたのだ……その足元に……花粉の入ったバケツがあることを……

「あ、しまっ……」
 ……気付いた時には、もう遅い。
「くしゅん! あれ……私……」
 花粉の効果はてきめんだった、茨の表情がみるみる変わっていく……
「い、茨?」
「ふふっ……もう離れない……」
 うっとりとした顔で健闘に抱きつく茨。
 もちろん、咲夜たちも健闘を放っておかない。
「か、勘弁してくれ……」
 三人に抱きつかれ、すっかり身動きが取れなくなる健闘だった。


「……こいつはどうしたもんか……」
 無事に新しいふんどしに交換したラルクだったが、これまで穿いていたふんどしをしげしげと見つめていた。
 ……そこには、花粉に混ざって貴重な薬草が入りこんでいたのだ。
 おそらく、治療薬には欠かせない材料となるだろう……捨てるにはもったいない。
「ま、バレなきゃ大丈夫だろ」
 そう言ってラルクは、その野草をふんどしの中から取り出し、材料置き場に移した。

 まさにその直後……

「諷嘉、仕上げだ、そこの薬草を入れてくれ」
「はいですぅ」
 その薬草は百科事典 諷嘉(ひゃっかじてん・ふうか)の手によって、治療薬の中に投入されたのだった。
「ふぁ……あ〜っちょん! あ〜っちょん!」
 ……諷嘉の鼻水のオマケ付だ。
「あるじ様ぁ、出来ましたぁ!」
 完成した薬を手に、ぺたぺたと歩いてくる諷嘉。
 果たして、その効力はいかに……

「うーん……完成はしたけど……これは……」
 異臭に顔をしかめる洋介……なかなか飲む気になれない。
「洋介、そちが飲まぬのなら、わらわが飲まんこともないぞ?」
 その薬が放つ異臭を気にも留めずに、咲耶姫が横から手を伸ばす。
「ダメだよ、まだ効き目があるかどうかはっきりしないものを飲ませるわけにはいかない」
 咲耶姫の手を払い、慌てて飲み込む洋介、だが……
「う……」
 ……薬は死ぬほど不味かった。
 口を押さえながら悶絶する洋介……まるで毒薬でも飲んだかのようだった。

「むぅ……別の薬にしたほうが良さそうじゃな……」
 他に誰か薬を完成させた者がいないかと見回す咲耶姫の目にラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)の姿が留まった。

「この先はコッポルン病対策の為、現在、立ち入りを禁じられている、出直されよ」
 図書館へ向かったラムズの前に、何人も通さぬとジュレールが立ちふさがった。
「むぅ、コッポルンとは、何ぞや……」
 薬を完成させたラムズはまずアーデルハイトの元に届けようとしたのだが、これでは門前払いだ。
「コッポルン病の薬であれば受け取ろう、それ以外の薬ならば受け取れぬ」
「なんと解せぬ……」
 しぶしぶ持ち帰ることにするラムズ……その薬は甘い香りを放っていた。

(うむ、あれなら期待できそうじゃ……)
 その香りに誘い込まれるように、咲耶姫がラムズの元へ歩み寄る。
「のぅ、そち、その薬は花粉の薬であろう?」
「しかり、花粉の病を収しめる薬にたがわず」
「うむ、ではそれをわらわにくりゃれ」
 言うが早いかラムズから薬を奪い取る咲耶姫。
 その用量もわからないまま、薬を一気に飲み干した……ごくり……
「ぽ……」


「ぽへっ……ぽへー!!」

 そんな奇声を発したと思ったら、それきり意識を失ってしまう咲耶姫。
 ……その香りに違わず、味は甘かった、だが飲み干すのは軽率だったようだ。

 当分の間、咲耶姫は鼻炎の代わりに胸焼けに苦しめられることになるのだった。