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東カナンへ行こう! 2

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東カナンへ行こう! 2
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■アナト大荒野〜サンドアート展開催(4)

 バァルの到着は、あっという間に会場中に知れ渡っていた。
 バァルほか12騎士が勢揃いしているということにカナン人たちがとまどい、ざわめき始める。3〜4人随伴しているのはよく見る光景だが、12人全員となると年に1度あるかないかだ。それだけで領主がこのイベントにどれだけ注力しているかが分かるもの。
 バァルをはじめとし、その後ろにつき従う12人の洗練された騎士たちの姿に、すれ違う全員の目が釘づけとなる。しかし彼ら自身は周囲の注目を浴びるのには慣れきっているのか、特段気にもとめずに談笑しながら歩いていた。

「……ううっ。ここにいるのがセテカさんだったら、きっとこんないたたまれない思いはしないんだよね…」
 全然気さくな人だから考えたことなかったけど、あの人も、一応上級貴族なんだし。12騎士の家の出だし。
 ついて歩いているうちの1人、如月 玲奈(きさらぎ・れいな)がこそっと独りごちた。
 彼らは慣れているかもしれないが、自分は違う。「領主様のおそばにいるあの方々はだれ?」とばかりに見られ、こそこそささやかれるのはかなりストレスだ。一挙手一投足にまで衆目が集まるのは本当に落ち着かない。
 っていうか、そう思うのって自分だけ?
(こりゃ、さっさと話すませちゃった方がいいかも)
 そう考え、玲奈はササッとバァルの後ろについた。
「あのさ、バァル」
「うん?」
「私、砂処理について考えたんだけど、ちょっと聞いてくれる?」
 玲奈の案は、こういうものだった。
「あえて放置するって選択肢もあるんじゃないかな? って思ったの。本当は、砂をなんとか撤去して、もとの緑あふれる豊かな大地に戻そう、っていうのが一番だっていうのは分かってるよ。
 でも、もう砂漠化に適応しちゃった動物たちもいるんでしょ? 砂鯱とかサンドワームとか。このまま再生が進めばその子たちの住む所とか、なくなっちゃうんじゃない?」
「東カナンは西や南と比べて、砂が降りだしてからまだ日が浅い。砂丘ができるほどには覆われていなかったから無理だろう。
 ただ、今回のことで西や南には砂丘が生まれた。学者たちの観測によれば、サンドワームたちはそこへ向かっているそうだ」
 おそらくはその地で、彼らだけの生態系を作り出すだろう。今度は、だれに操られることもなく。
「そっか。
 じゃあ……マングローブとかは?」
「マングローブ?」
 初めて聞く名だと、バァルが問い返す。
 玲奈はまずマングローブについて説明をし、それを植樹すれば、砂に住む小さな生き物と森に住む生き物の共存ができるんじゃないかと締めくくった。
「ああ、それはいいかもしれない。東の海側に山からの水が流れ込む河川がいくつかある。その周辺を砂地にすれば、可能だろう」
 調査をさせよう、という言葉を聞いて、ほっとした玲奈は「じゃあ」と手を挙げてそそくさとそばから離れて行った。
 砂像の影に隠れ、ここ最近で一番緊張する時間だったと、思った。

 玲奈の提案から以降、話題は今も各地に残る降砂の処理方法となった。
「私、思ったんですけど、ちまちま消費していても追いつかないと思うんです」
 コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)はそう切り出した。
「調べたわけではないので確証はないんですが、塩分を含まないのであれば、コンクリートの材料にすればいいと思うんです。そうすれば村や町での復興用の材料として使えますし。それに、ガラスやセラミックスの材料にもなるんですよ? 特にガラスは太陽光とそれを集束する機械があれば、作り出せます」
 彼女の言うセラミックスというのが何かは分からなかったが、ガラスは分かった。
 砂がガラスになる、というのは初めて聞いたことで、あの透明な物が砂から生まれるというのは信じがたい思いもしたが、シャンバラの技術であれば、それも可能ということなのだろう。
「つまり、別の形に生成して、他国へ輸出しろということか?」
「そうすれば外貨確保や、外交の足がかりになるのではないでしょうか」
 輸出は外国との交渉で大きな力を持つ。特にネルガルに苦しめられたここ2年、経済や国家財政が逼迫しているであろう東カナンにとっては重要なことだ。コトノハはそう見当をつけていた。
 残念なのは、鳴き砂として使用できそうにないということだった。海辺の黒砂と違ってこれは砂漠の赤砂だ。性質が違うから転用は無理だ。
(それができたら新たな観光資源として活用ができたのに)
 ちょっと残念。
「コンクリートに利用するのは私も賛成だ」
 クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)が同意した。
「カナンに古代コンクリートがあるのは知っているが、こちらの方がより汎用性に富んでいると思う。コンクリートブロックを作るのは、石を切り出す手間よりはるかに簡単だ。能率の面から見ても、利用しない手はない。もちろん、用途によって使い分ける必要はあるが」
 とりあえず今回、持ち込んだセメントを使ってサンドフラッグ競技の砂の枠をコンクリートで作ってみた。彼は、競技のあとでそれを知らせ、見せるつもりだった。
「コンクリートに砂?」
 バァルは少し眉を寄せた。
 カナンのコンクリートは灰を使用する。砂を使用するというのは初めて聞いたアイデアだった。
「砂の成分につきましては、私の方で調査しておきました」
 叶 白竜(よう・ぱいろん)が手元のフォルダを差し出す。
「これがその分析結果です。成分表および使用に適した物が載っています。よかったら参考にしてください」
「ありがとう」
「結論的に言えば、コンクリートそしてガラス製品に利用するのは有効でしょう」
 パラパラと中をめくって、バァルはそれを後ろの者に渡した。
 東カナンの財政を救う手になるかもしれない――そう思うと、すぐに目を通したい気持ちはあったが、今はイベント会場に来ているのだ。あとでザムグの館に戻ってからでもじっくり読むことはできる。それに、こういったことは自分の一存では決められない。
「コンクリートもいいけど、壁や庭の装飾用にレンガってのはどうかな?」
 そう提案したのは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。
「そこまでコンクリにしちまうのは、味気ないだろう? レンガなら色だって混ぜ込めるし」
 日干しレンガや焼成レンガは、カナンでも昔から使われてきた物だった。彼の言うとおり、モザイク装飾等に用いられ、職人もいる。
 だが…。
「あれは、たしか砂でなく、粘土を使用する物だったはずだ。この砂は水を含ませても泥土化はしない。無理だろう」
「おや、残念」
 唯斗はため息をついて頭の後ろで腕を組んだ。
 浄水用に使用する案も考えてはみたのだが、東カナンの水は地下水で、エリドゥ山脈の雪解け水等が主な水源だ。イナンナによる大地の祝福があるため、浄化の必要はない。
「砂を資源として活用する、か…」
 ふむ、とバァルは考えた。先から聞いていると、用途はともかく、全員がその意見でまとまっているようだった。
 今日まで、砂はただの厄介物でしかないと思ってきたのだが。
「――ただ、どちらかといえば、それらは西や南に向いているかもしれない。西や南は東よりはるかに砂がある。マルドゥークに書状を出してみよう。彼がもし望めば、協力してもらえるか?」
「ああ。任せろ」
 クレーメックは頷き、そこでバァルの一行から離れた。そろそろサンドフラッグ競技場へ行って、みんなと合流しなければいけないだろう。
「では、そこそこ砂のある東では、こういう利用法はどうだろうか」
 少し沈黙が続いたあと、おもむろにアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が切り出した。
「農業に利用するのだ」
「農業?」
 その発案の意外さに、バァルは足を止めて彼を振り返った。
 農業とは土を耕して行うもの。砂はその田畑を埋め尽くし、作物を枯らせ、人々を苦しめた物だというのに、それで農業をしろとは?
「地球には、点滴栽培という方法がある」
 答えたのはその隣の司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)だった。
「排水を良くした土地に砂を敷き詰めて行う方法だ。スイカやメロンなど、砂漠でこれで育てている所もある。作物にも土地によって向き・不向きがあるのは知っているだろう? 今の東カナンの作物を植えて育てるのではなく、そういった水はけのよい土地向きの作物に転作するのだ」
 困窮した農民たちに今すぐこれをやれというのは無理があるかもしれないが……東カナンが国として補助すれば、転作に動こうとする農民たちも出てくるに違いない。
「砂で農業をする国は、地球ではいくらもある」
 あと押しをするようにアルツールが言う。
「ただ、問題点がないわけではない。水はけが良い分、桶やら柄杓やらでチマチマ水を撒くのは厳しい。ゆえに地球の技術、スプリンクラーか、砂漠での点滴感慨みたいな耕作技術を導入すれば良いかと思うが、いかがかな?」
「その案、賛成! ルカも野菜の栽培を提案しようと思っていたの!」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が同意した。
「固い大地と比べて、砂だったら耕す必要がないのよね。やわらかいから植物の方も根がはりやすいの。プランターなんか、それでわざと砂入れて、根を見せてる物もあるくらいだもの。
 もし培殖許可もらえたら調査をして場所を選定し、プラントピアや獅子農場から苗を運んでくるわ!」
 早くも意気込む精力的な彼女を見て、思わずくすりと笑いがもれる。
 しかし、すぐに申し訳なさそうに首を振った。
「スプリンクラーを導入するには電気がいる。現在の東カナンでは難しいな」
 もちろんこの先もそうとは限らない。復興とは、ただ以前の状態に戻すのではなく、より良い状態にしなければ意味がないのだから。インフラ整備は重要だ。だが、今すぐというわけにはいかない。疲弊した東カナンの財政では特に。
「それなら、アリスの持ってきたものが役に立つかもしれません」
 じっと黙って傍らで話を聞いていた葉月 可憐(はづき・かれん)が、自分の後ろに隠れていたアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)を前に引っ張り出した。
 可憐は現在、北カナンのイナンナの下で、カナンの神官として主に書類の整理など雑務に追われる日々をすごしていた。そんな中、東カナンで催されるサンドアート展のことを聞きつけ、
「会場を隅から隅までよーく見て、あとでイナンナ様に話して聞かせるのですっ!」
と、イナンナの代理としてイベント視察にやってきていたのだった。
 もちろん自称ではない。本当に今の彼女はイナンナ代理の北カナン神官という身分である。当然、バァルや12騎士にも一目置かれる存在だ。
「ねっ、アリス!」
「う、うん…」
 可憐は気づいていないのか、それとも何も感じていないのか…。
 アリスは、自分たちが発言するということで礼をとる騎士たちに気後れしつつも背負っていたリュックサックをはずして両腕に抱えた。ぱんぱんにふくらんだそれを紐解き、中の小袋を取り出して見せる。
「これは、大豆を醗酵させて作った納豆菌モドキです。似てますが、真正の納豆菌ではありません。実験により、ポリグルタミン酸に手を加えました。この粉は吸水性に優れていて、体積の約3000倍の水を吸います。保水力も高く、砂に混ぜて使用すれば十分作物に必要な水を保ってくれます。もともと大豆ですから、土壌に微生物が増えてきたら自然分解もされるんです。
 砂漠緑化計画の一助になれば、と思って持ってきたんですが……作物を作るためにもいいかもしれませんね」
「すっごーい。これがあれば本当にできちゃうかもっ! 砂漠プラント!」
 アリスから小袋を受け取ったルカルカが、目をきらきらさせながら手の中のそれを見る。
「ではさっそく、俺たちのブースでそれを用いて実験をしてみよう」
 アルツールの先導で、バァルたちは彼のブースへと向かった。
 そこではアルツールや仲達の言っていた点滴栽培のプラントが作られ、砂の上に植物が植えられていた。どの植物も緑の葉を広げ、太陽の光を浴びている。彼のブースは、主にイベントに訪れた農家の人たちの注目を浴びていた。
「まだ何も植えていない、あの一角を使ってみよう。水をやるのは1日1回だ。このイベント開催期間中、全く枯れることがなければ見込みありだろう」
「えへへっ。大豆さん、がんばってよねー」
 アリスは指示された場所に大豆の粉末を撒く。結果が出るのはイベント終了後だ。可憐とアリスは早くも待ちきれなかった。