校長室
竜喰らう者の棲家
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8/ 終 誰かが、肩を揺すっている。 ゆさゆさ。ゆさゆさ。もう一度、ゆさゆさ──……たったそれだけのことに気付き、認識をするまでに、ひどく時間がかかった。 いつの間にか、私。気を失ってたんだ。その把握が、目覚めに対して少しばかり遅れて、やってくる。 痛みと、疲労と、不安とに眠りに落ちていた自分自身を自覚して、か細く、けれど精一杯にエリスは、その左右の瞼を持ち上げる。 「大丈夫?ですか?」 そしてはっきりと耳にする、少年の声。……え? 声? 私、ひとりぼっちだったはずじゃあ? 暗かったはずの石造りの部屋は、持ち込まれた光源が無数に置かれているおかげで、暗闇の中眠りに落ちていたエリスの瞳には、眩しすぎるくらいだった。 それらの逆光を背中から、受けて。一組の少年と少女がこちらに屈みこみ、エリスの顔を見つめている。 「──よかった、気がついた。あなた、私たちが見えている? 私たちがわかる?」 「できる方法で応えてくれていい。声がでないのなら、目でも、なんでも」 少女と少年が、口々に言う。 少年は、高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)。少女はティアン・メイ(てぃあん・めい)。掠れた喉からはまともに声が出なかったから、エリスは微かに首から上を上下させて、彼らからの問いにイエスの意を示す。 「そうか……無理、しなくていい。なんならそのまま眠ってくれてもかまわない。きみが最後のひとりだったんだ」 「私たちで、運び出すから。心配しないで」 私が、ひとり? 最後の? 彼らの言葉に、やっとエリスは自分を囲んでいるのが二人だけでないことに、気付き思い至る。 「ちなみに。最後から二番目はウチのこいつなのだよ。情けないことに」 「ほんとに、まったく。適当に歩いていてはぐれるなんて、危機意識が足りなさ過ぎるというか……」 高らかに笑う少女に、肩を落としつつ溜め息をつく少女。その傍らで、縮こまるようにしてぼさぼさの頭を掻く青年。 それぞれ、最初の少女と最後の青年が、リファ・ロレイラー(りふぁ・ろれいらー)に、天屋 涼二(あまや・りょうじ)。そしてそのふたりのパートナーである、千鶴 秋澪(ちづる・あきれい)。 「こうやって居合わせたのも、何かの縁ですから。しっかり出口までエスコートしますよ。……というか、させますから、涼二に」 「うむ」 三者三様に、彼女たちも玄秀ら同様、エリスへと笑顔を向けていた。 「……あ……」 ありがとうございます、って。言わなきゃと思った。 ご迷惑をおかけしました、って。謝らなくちゃと思った。 だけどからからに乾ききった喉の奥からは、声がでなくて。 ──代わりに、安堵が心の中にいっぱいに、満ち満ちていって、助かったんだという実感に埋め尽くされたそこが、決壊して。 よかった。私……助かったんだ。 「よし、よし。泣かないの」 あとからあとから、涙が溢れてきた。 ティアンがぎゅっと抱き寄せて、よしよしと労わってくれた。 「よーし、じゃあさっそく涼二、この子を背負って運んでやれ」 リファからの指令が、ティアンの胸の中で泣きじゃくるエリスの耳にも、たしかに聞こえていた。 ほんとうに──ありがとう。 * 「ひとまずは、一件落着といったところか」 怪我人が担架に載せられ、運ばれていく。あるいは自分の足で立ち去っていく者たちも、いる。 そんな中で事後処理にやってきた一団へと簡単な状況説明をしていて、シズルは不意にかけられた声の発せられた方向に視線を向ける。 青年が少女とともに、各々手にしたパネルへとデータを打ち込んでは、なにやらぶつぶつと言っている。 どうやら、シズル当人に向けられた言葉でもなく、単なる独り言であったようだ。むしろ逆に、こちらの注ぐ視線に気付き、あちらが怪訝そうな表情を見せる。 「ああ、すまない。独り言だよ。そっちの聞き取り調査の邪魔をしたか? 続けてくれ」 「大丈夫、今終わったところ。……それにしても、大変そうね。事後処理というのも」 手にした紙コップの中のドリンクに目を落としつつ言うと、そこに彼の側から差し出された握手の右手が映った。 シズルも応じ、右手で握り返す。 青年は、和泉 猛(いずみ・たける)と名乗り。傍らの少女はルネ・トワイライト(るね・とわいらいと)と、自らの名を告げた。──儀礼として失礼のないよう、シズルもまた、自身の名前を告げる。 「まあ、大変なのは……確かにそうだがな」 例えば、弱点への耐性を持った個体の繁殖への対策。 例えば、何も知らぬ一般市民が誤って足を踏み入れてしまわないための、施策。 「大まかには、当面は誰も入れないように封鎖して。その上で定期的に駆除・観測チームを派遣する、といったところでしょうね」 ルネがパートナーの言葉を継いで、予測を伝える。 なるほど、概ねそんなところだろうな、とシズルも思う。 それじゃあ、お疲れ。あとはこっちに任せてくれ。シズルの肩を叩いて、猛はルネとなにやらまた話し込みながら、あちらのほうへと行ってしまう。 『──お疲れ様、シズル』 入れ替わるように、声が届く。 耳に、ではなく。感覚に直接訴えるように、頭の中にひとりの少女の声が響いてくる。 「……つかさ?」 すぐにそれが誰であるのか察せる程度には、シズルにはその声の音色に対し心当たりがあった。 『なんだか、大変だったようですね。お怪我など、していませんか?』 「ええ、大丈夫。……とはいっても、さすがにちょっと、疲れたわね」 遠く離れたところ。マホロバの世界樹、「扶桑」に囚われし友人──秋葉 つかさ(あきば・つかさ)。 『あらあら、うふふ。そんなに私と一夜をともにしたいのですね?』 「そうじゃなくって」 もう。どうしてこの子はすぐにそういう変な方向に話題を持って行きたがるのだろう。たまった疲れごと吐き出すように、深々と息をひとつ。 『そんな、邪険にしないでくださいな。ちょっと、言いたいことがあったから声をかけただけなんですよ、シズル』 言いたい、こと? 『ええ。ひとまず──……お疲れ様でした、って』 話を聞き流し気味に、呷ろうとした紙コップを握る手が思わずぴたりと、止まってしまった。 予想外の相手からの、あまりに予想外のタイミングで、そのねぎらいの言葉を聞かされてしまったがために。 「え、ええと。その。……つかさ?」 『はいな?』 なんだか、どぎまぎしてしまう。 「ほ、他には、なにもないの?」 『うん? そうですねえ……』 ──ほんとうに、お疲れ様。 遺跡の中からは見えなかった青い空の広がる下で、今度は真正面からシズルは、その言葉を受け取ったのだった。 (了)
▼担当マスター
640
▼マスターコメント
ごきげんよう。今回のシナリオは楽しんでいただけましたでしょうか? ゲームマスターの640です。 今回は以前のシナリオからの続き物ということもあり、執筆する側としてもはじめてのことでしたので、前回を踏まえて投稿された皆様のアクションに「おお、なるほど」「こう発展させてくるか」と思わされることしきりでございました。 参加者の皆様には毎度毎度、感服させられます。執筆する側としても皆様のアクションに応えられるよう、一層精進していかなくてはいけませんね。では。