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リアクション
◆第五章◆
「温泉で湯治か……出血大サービスなプランを堪能するぜ! 温泉が混浴だったりしませんかね? あと、女将さんがサービスで背中流してくれませんかね?」
弥涼 総司(いすず・そうじ)は、勝手な期待を抱いて、風船屋にやってきた。
「フルボッコにされたときの傷、沢山食って、早く治さねーとな……」
ガツガツと山の幸満載の昼食を堪能した後は、露天風呂へ。
「あっ、あの黒髪の少女は……音々さん!」
廊下で出会った女将に、ダメ元で突進。
「音々さん、オレ、まだケガが完治してないんで、背中流してもらえませんかね? 肋骨とか、まだ、ヒビが入ってるみたいで……」
「それは大変じゃ」
すっかり同情してくれたらしい音々が、心配そうに、総司の顔を覗き込む。
「ウチ、男性バイトを呼んでくる。少しだけ、待ってくれへんか?」
OKだったら、背中流してもらうついでに、女将さんや風船屋の昔話とかを聞いて……ちょっと派手に痛がったりして、嬉しいハプニングを期待しよう。
そんな望みを、即座に砕かれて……、
「あ、やっぱいいです! 遠慮します!」
総司は、マッハで逃げ出した。
不埒な目的を隠しているのは、総司だけではなかった。
金欠気味の獣 ニサト(けもの・にさと)の狙いは、バイトついでの商売。
パートナーの田中 クリスティーヌ(たなか・くりすてぃーぬ)を使って、女風呂が覗けるポイントを探し、その情報を売り飛ばすつもりなのだ。
「三食付いて、温泉も入れる。なかなかおいしいバイトだぜ。だが、それだけじゃ終わらねぇ!」
「いきなり『温泉宿に行く』と聞いた時は、どういう風の吹きまわしかと思ったが、やっぱり仕事か。しかも、女湯を覗く場所を調べるためとはな……」
「俺自身、覗きにゃ興味はねぇが金のために、調べさせてもらうぜッ! バッチリ儲けたら、その金でクリスに旨い酒でも買ってやるからな!」
「この辺の地酒は旨いと評判だからな」
「その話……」
「乗った!」
話に割り込んできたのは、夢やぶれて、やぶれかぶれの総司と、蜂峰 永(はちみね・はるか)。
「旅館と言ったら、まあ、料理とか温泉とか温泉とか……つまりメインは温泉なわけよ」
と言う永に、他の3人が首を傾げる。
「女が女湯を覗くのか?」
「女湯も男湯も、まとめていろんな物が見れれば、追い出されようがなんだろうが、幸せだよね」
「なるほど……つまり、俺たちは、同志ってわけだな!」
わかったようなわからないようなことを言いながら、ついに結成されてしまった覗き屋グループは、クリスティーヌが目星をつけておいたベストポジションへと移動をはじめた。
そんなことになっているとは、誰も知らない露天風呂の前。
「ね、今の従業員さん、カッコ良かったね! バイトの人かな?」
「そうだねえ」
見た目のいい男性に出会うたびに、はしゃぐ小鳥遊 アキラ(たかなし・あきら)を、風間 宗助(かざま・そうすけ)が、笑顔でスルーしている。
「そんなことより、あそこにあるマッサージチェア、使っていいのかな?」
「もう……宗助って、じじくさい」
アキラはため息をつきつつ、女湯の脱衣場へ。
「いい? 絶対! 絶対!! のぞかないでね!」
「覗きませんよ」
「覗いたりしたら、ホント承知しないんだから!」
「だから、覗きませんって」
本当に覗きに来ないどころか、全く興味もなさそうな宗助の態度に、地味に女としてショック受けてしまうアキラ。
「お互いに恋愛感情はないけど、女子としてのプライド的な意味で、あの態度は傷つくのよねー」
アキラの嘆きを聞きつけた永は、「そのプライドは、覗き屋グループにおまかせ!」と、こっそり呟いた。
「たまにはのんびり過ごしたいけど……なんだろう。嫌な予感しかしない」
すっかり暮れた夜空に輝く月が見下ろす男湯で、如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)が呟く。
今週末はどこかでのんびり過ごしたいなぁ……と、思っていたところに、都合良く見つけた温泉旅館の広告。モンスターが出るらしいけど、広告打てるくらいなら大丈夫だろう、と計画した一泊二日だったが……、
「一応、モンスターに襲われる事も用心して、刀は持って入ったし、メガネにも、防水スプレーかけてるし……って、なんか女湯が騒がしいな。この声はアルマとラグナさんか? 一体、何を騒いでるんだか……」
その数分前。
「……今年の年越しはここで過ごしたいわ」
紅葉が湯に降る露天風呂で、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)の言葉に、パートナーのマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が、頷いた。
ここ最近は、かなり忙しかったということもあって、湯船に入った瞬間に身体の中から様々なストレスやら何やらが抜け出していくようだ。
「露天風呂って、なかなかの解放感を味わえるのね」
「時折、紅葉が落ちてくるのがいいわ」
カサカサ……。
吹き抜けた強い風に目を閉じたゆかりに、マリエッタが呼びかける。
「ほら、見て」
「あ……」
見渡した露天の湯は、一面の紅葉に染まっていた。
「ふんふ〜ん♪」
そんな風流の極みの女湯に、鼻歌を歌いながら繰り出してきたのは、上機嫌のアルマ・アレフ(あるま・あれふ)。
「温泉なんて久しぶりね〜、ちょっと物騒な動物も出るらしいけど、まあ気にするほどの事でもないでしょ! 夜風に当たりながらの温泉ってのもいいわよねー今まで溜め込んだ疲れが全部消し飛ぶ気分だわ」
ポチャンッ。
紅葉の敷かれた湯船に、身を沈め、「ふへ〜、極楽極楽」などと決まり文句を唱えながら、辺りを見回すと……、
「っと……あら? 由乃羽ちゃんじゃない、奇遇ね。あなたも温泉旅行かしら?」
「あら、アルマ。あなた達も来てたの」
神威 由乃羽(かむい・ゆのは)は、モンスターが出るようになったという噂を聞き、女将に厄除けの御守りを売りに来たのだった。
「で、売れたの?」
「……ふぅ、やっぱり、信仰を得るのは楽じゃないわ」
「ダメだったのね」
「まあ、折角、温泉旅館に来たんだし、露天風呂を楽しんでから帰るわ。やっぱり温泉はいいわね。身体中から厄が抜け落ちるような感覚が至高……」
プカリ、プカリ。
アルマの視線が、湯に浮かんできたものに惹きつけられる。
「むむむ、サイズは、並みよりもやや大きめ。しかしながら中々の形の良さ……よし、ちょっと揉ませなさい」
「……メンドくさい」
そんなふたりのやりとりを、羨ましそうに……いや、妬ましそうに覗き見ているのは、危険な覗き屋グループではなく、
「……はぁ……この貧相な身体が怨めしい……」
と、ため息をつくラグナ・オーランド(らぐな・おーらんど)。
「アルマちゃんが先に温泉に入ったようですし、私は少しだけ時間を置いてから向かいましょうか」
バスタオルを身体に巻いて、入り口から、こっそり中の様子を伺う。
「……ぐぐっ……相変わらず見せ付けてくれますわね、アルマちゃん……!」
そんなラグナを、アルマは、めざとく見つけてしまった。
「なんでラグナさんは入り口で隠れてんのかしら?」
「な、何でもありませんわ。別に、胸の事なんか気にしてませんし……」
「……ああ、胸? そんな事、気にしなくても……」
「そ、そんな事……そんな事って言いましたね!? 私にとっては死活問題なのですよ!
ゴゴゴゴゴ!
不穏な効果音を背負って、ラグナが、アルマを睨む。
「……どうやら、お仕置きが必要なようですね。覚悟なさい、アルマちゃん」
ビューンッ!
「って危ない!? ちょっと、石鹸とか投げないでよ!」
「あなたが! 泣くまで! 投げるのをやめないッ!」
「そっちがその気なら……フフフ、とっ捕まえて揉みしだいてくれるわっ!」
「……胸の大きさで大騒ぎするなんて、本当メンドくさい人達」
呆れていた由乃羽だったが、石鹸だけでなく、手桶まで飛び始めて……、
「ってちょっと、アンタ達契約者なんだから、手桶なんか本気で投げたら……ああほら、仕切りに穴開いちゃって……」
開いた穴から見えたのは、不慮の事態に呆然と立ち尽くす佑也。
「まさか本当にモンスターが……っ! い、いや、アルマとラグナさんと……こ、こんばんは、由乃羽さーん……」
「……悪霊退散ッ!」
「ちょっと待って、これ完全に俺が被害者……アッー!」
由乃羽のバニッシュに、雷術が、さらなる追い打ちをかける。
放ったのは、マリエッタ。
艶やかに彩なす紅葉の美しさに、思わず立ちあがって見惚れるあまり、無防備にも、文字通り一糸まとわぬ姿で立ち、涙を滲ませていたところだったのだ。
「もっと湯船に浸からないと、体が冷えるわよ」
ゆかりに言われて、ようやく湯に身を沈めるマリエッタをなだめるように、きれいな形の紅葉が、ゆっくりと流れてきた。
そして。
「すいません、女将さん、仕切りの穴は、あそこで湯に浮かんでるメガネが、身銭切って直しますので」
由乃羽が、とどめの一言を添える。
「……だめだ、こりゃ。覗きなんて、無理無理」
「契約者じゃ、相手が悪すぎる、ってことだな」
佑也の悲惨な姿が、こっそり一部始終を見ていた覗き屋グループに、犯行を諦めさせたということなど、彼の仲間は、誰も知らない……。
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