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◆第六章◆

 ビーッ、ビーッ!
 夜の森に、けたたましい警告音が響く。
 藤林 エリス(ふじばやし・えりす)が、トラッパーのスキルで仕掛けた、宿周辺にモンスターが近づくと鳴る罠の音だ。
 狙いは、音で脅してモンスターを追い払うと同時に、警備担当者に知らせること。
「あたし達パラミタ共産主義学生同盟は、真面目に働く労働者と中小企業の味方! ここでバイトして旅館の窮状を救うわよ!」
「は〜い★ みんなの魔女っ子アイドル、アスカちゃん参上♪」
 陽気で明るくお茶目な846プロの新人アイドル、アスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)も走る。
 風船屋の宣伝のためにやってきたはずなのだが、パートナーのエリスがモンスター退治に向かうとあらば、同行しないわけにはいかない。
「ファンのみんな、口コミでの旅館の宣伝もお願いねーって、アイドルの知名度をフル活用するはずだったのに! バスタオル姿で露天風呂入浴中のセクシーショットを撮影して、チラシやホームページでの宣伝用に提供してあげるはずだったのに!」
「だったら、さっさと片付けようね!」
 中小企業救済に燃える革命的魔法少女は、アイドルモード全開の魔女っ子を励ましながら、殺気看破で敵の正確な位置を把握した。
 いつの間にそんなところまで忍び寄ったのか、警告音の鳴った位置は、風船屋からさほど遠くない。
「あっすみません、巡回中なので失礼します」
 猟師の服を着てきた笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)も、鉢合わせした客をさりげなく誤魔化して、走った。
 武器の銃は、音が高い。
 何発も撃てば、露天風呂を楽しんでいる客たちに気付かれてしまう。
「うまく連携がとれればいいんだけど……」
 駆けつけると、アシッドミストで弱ったパラミタ虎は、エリスのサンダーブラスト攻撃を受けていた。
「愛と正義と平等の名の下に! 人民の敵は粛清よ!」
 そこに、頭を狙った紅鵡のワンショットキルが決まる!
 手早くかつ無慈悲に倒されたパラミタ虎の見事な毛皮は、土産物屋の目玉商品となることだろう。
 

「温泉に入る前に、紅葉狩りにでも行きますかね」
 鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)に誘われたパートナーたちは、渋々ながら、山道を登ってきた。
「ボクは、何かあった時の為に、部屋でゴロゴロしたかったのに……」
 と、鬼龍 白羽(きりゅう・しらは)
「温泉に来てヤる事といったら、アレじゃよ。覗きか夜這い。コントラクター特価の今なら若い男衆の裸も見放題じゃよ。露天風呂で『エロ神様』としての名声をいかんなく発揮してやるつもりじゃったのに、紅葉散策なぞに、連れ出しおって……」
 と、医心方 房内(いしんぼう・ぼうない)
「わたくしの目的は、ゲームコーナーのレトロな筐体だったのですが……ゲームや温泉は後でも出来ますものね」
 少々Mっ気のある常闇 夜月(とこやみ・よづき)のフォローですら、フォローになっていないようだ。
「まあ、これも旅行の醍醐味……だよね?」
「そうそう、ゆっくりと山の散策ってのも、風情があって良いものですよ……ほんとは、来るのも面倒くさかったんですが、来たからにはめいっぱい楽しまないとですね」
 そんな一行が、ばったりと出会ったのが、吉崎 樹(よしざき・いつき)
「怪しい……こんな暗いところで、何しているんですか?」
「ええと、つまり……趣味だ。こういう」
「趣味?」
 樹は、こっそりと宿の周辺で防衛にあたっていたのだが、それを誤魔化そうとすればするほど、話は変な方向へといってしまう。
「変態と変態は惹かれ逢う……望もうとも、望まざろうとも」
 そんなことを言いながら、結局、樹も、同行することになった。
 続いて、合流したのは、散歩道をひとりで散策していたセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)
「運が良ければ、モンスターとも出会えるでしょうか」
「モンスターに出会うのは、良い運じゃないと思います」
 のんびり平和そうな見た目とギャップの激しいセシルの、ちょっと的外れな台詞に苦笑した夜月だったが……、
 ドドドドド……。
 山奥から、地響きのような音が近づいてきて……、


「猪やな」
「パラミタ猪の群れ……だね」
 空はすっかり暮れていたが、山道のあちこちに設置された明かりが、七枷 陣(ななかせ・じん)リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)の前を疾走していく獣の群れを、はっきりと照らし出していた。
「全部屠殺して、旅館の女将さんに渡そう」
「何で?」
「食う為に決まってるやろ?」
 陣が、爽やかな笑みを浮かべる。
「旅館周辺の安全が確保される。危険だから辞めたって従業員の人も、戻る可能性高まる。材料費ロハな肉を使った猪鍋や熊鍋を、お客さんに振る舞える。一石三鳥だからなー」
「猪鍋……にははっ♪」
 小さい割に良く食べる健啖家のリーズには、凶暴なパラミタ猪の群れが、すでに、食材に見え始めた。
「沢山やっつけて女将さんへ持って行けば、一杯調理して貰えるね〜楽しみだよ♪」
 猪鍋の話を聞いたせいか、おなかがグーと鳴る。
「がんばれよ、リーズ。一段落したら温泉と飯が食えるんやから。つーか経営危機なんやから食う量は自重しろよ?」
「む〜分かってるよぉ……ボクだってTPOは弁えるってば。お代わりはいつもの4杯から3杯に減らすよ?」


「さあ、いよいよ来るぜ」
 群れの通り道で待ち構えていた猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)が、気合いを入れる。
「こう暴れられる機会はそうそうないし……お客さんたちにばれなければ、多少はっちゃけても良いよね?」
 しかし、魔法担当のはずのライカ・フィーニス(らいか・ふぃーにす)の様子が、どうもおかしい。
「もう一度、えいっ!」
「おまえの魔法……」
「やっぱり、出ないね。イルミン生なのに」
 ちゃんと教えられた通りにやっているのだが……、
「仕方ない、魔法はなしで。行くよポチ!」
 魔法がだめなら、物理戦。傍らの月光竜のブレスで、猪たちの進路を塞ぐ。
 そこに……、
「牡丹鍋、食べたかったんですよ」
 と言いながら、貴仁が参戦。
「こうなったら、出来るだけ早く退治して……」
「お風呂とご飯を楽しむしかないようじゃの」
 夜月、白羽、房内も、仕方なさそうに従う。
「俺は負けられない、負けられないんだ!」
 張り切る勇平が、先頭を切って猪の群れの中へと突入し、
「モンスターは任せろー」
 と、樹が続く。
「セット!」
 陣の援護を受けて、リーズが薙ぎ払い、
「温泉に美味しいご飯、良い景色に加えてモンスターとの戦闘も出来るとは、なかなかサービスの良い旅館ですわね。まあ、欲を言えばもう少し手応えのある相手が欲しいところですが」
 鬼神力、金剛力、チャージブレイクを発動したセシルの両手のトンファーが、殴り倒す。
「レッツ、シュウゥゥゥテイィィインッ!」
 ライカのとっておきと、月光竜のポチも、一頭一頭ずつを確実に倒して……、
「やった−! 大猟だ!」
「鍋〜!」
「は、早く食べたい……!」
 仕留めたパラミタ猪の山を前に、皆の心はひとつになった。


 犬を連れて山に入ったリア・レオニス(りあ・れおにす)レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)は、幹についた爪研ぎの跡や糞から、パラミタ熊の巣穴を見つけ出した。
 さらに、巣穴付近の熊の通り道で、犬の嗅覚と超感覚を使い、熊を探す。
「……いました」
「落ち着いていこう、狙うのは額と心臓だ」
 バーン!
 ババーン!
 リアのライフル狙撃に続いて、レムテネルが猟銃でトドメを刺す。猟に慣れたふたりの仕事は手早い。
「肉は宿の食事に、皮は土産物や敷物に……大切に使わせてもらおう」
 心優しい狩人のリアが、仕留めた獲物の為に、黙祷する。
「食べる為なら恥じる事ではない。命を奪って生きるのは、人も獣も同じです」
 レムテネルもリアの横で、糧となってくれた動物に感謝と黙祷を捧げようとした……そのとき。
「グオオオ……」
 不気味な雄叫びが大地を揺るがした。
 通常の3倍は大きい、ボス格のパラミタ熊の登場だ。
「大きい……」
「気をつけろ!」
 そこに、なぜか響くオカリナの音。
「……通りすがりの……退魔師……」
 加勢にやってきた銀星 七緒(ぎんせい・ななお)は、そう呟くと、超感覚を発動。
 木々を蹴り、変則的な動きで、ボス熊を撹乱させながら、鞭を繰り出した。
「これも、ナオ君の助手として、姉としての務めですから」
 七緒のパートナーのルクシィ・ブライトネス(るくしぃ・ぶらいとねす)が、弓での後方支援と回復に努める。皆の動きに合わせたポイズンアローは、命中するごとに、ボス熊の動きを鈍らせていった。
「あぅ……怖いですガクブルです……」
 巡回中から、モンスターを怖がっていたシグルーン・メタファム(しぐるーん・めたふぁむ)だったが……、
「グウオオオ!」
 くるりと向きを変えたボス熊が、後衛のルクシィめがけて突進していくのを見て、思わず飛び出す。
「私も戦わなきゃ……前に出なきゃ、皆が、マスターが危ない」
 ルクシィを庇うように前に出たシグルーンは、ブースターでダッシュしながら、頭部バルカンで牽制!
「痛いのは嫌です……でも、マスター達が傷付くのはもっと嫌です!!」
 一気に詰め寄りシールドタックル+ライトブレードの連続攻撃!
 七緒の鞭、ルクシィの弓、リアのライフル、レムの猟銃が、立て続けに命中する。
「グ……」
 ズーン……。
 大木が倒れるように、ボス熊は崩れ落ち、動かなくなった。
「肉や皮は宿に引き渡すが、牙だけは数本貰うな。魔を払うお守りに加工したいんだよ」
 獲物に近づいたリアの顔から、微笑みが消える。
「どうした?」
 駆け寄ってきた七緒とレムテネルに、リアは、ボス熊の横腹を示した。
「これを見てくれ」
「なんだ、これは……イコンの傷跡……?」
「こういうことが得意な連中に、教えてやるべきだろうな」
「そのお仕事……私たちに任せてください」
 申し出たルクシィとシグルーンが、風船屋へ急ぐ。モンスター出現の原因について調べている者たちに、この貴重な情報を伝えるために。