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リアクション
第二章
あの時、大学受験に失敗して――
何だかボゥッとしていた時に、近所の家にホームステイしていた山下 孝虎(やました・たかとら)に提案され、
なんとなく……ただ、なんとなく天御柱学院に入学し、“こういう世界”に来ただけだった。
ずっと受験勉強に明け暮れた先で、急に何にも無くなってしまったから、だから、あの教室や小さな部屋じゃない何処か違う場所なら『何か』を見つけられるんじゃないか、と思った。
「け、けど……いきなりこんなのって……!」
鍵谷 七海(かぎや・ななみ)はアーミーショットガンを構えた格好で、震えていた。
目の前では、多くの凶悪なモンスターたちが武器を振り、銃を撃ち、七海の仲間たちと戦っていた。
ゴブリン、ホブゴブリン、オーク――かつては創作の中だけの存在だと思われていた怪物たちが、牙を剥き、地を踏み鳴らし、体液を散らし、武器を振り回し、メルキアデスやカルダといった仲間たちを傷つけていく。
彼らもやられてばかりでは無く、反撃し、怪物たちを叩き飛ばしたり斬り伏せたり、魔法で吹っ飛ばしたりしているが。
「みんなちゃんと戦ってる……」
カタカタと構えた銃口が不安定に揺れていた。
膝が落ち着かず、体の軸が定まらない。
まるで――先ほど撃った、たった一発の銃撃の振動がまだ体から抜け切れないようだった。
戦いで巻き起こっている全ての熱と音とがワアワアと響きまわって、それに呑まれて、気が遠くなりそうになる。
「七海! 動けッ、的にされるぞ!」
考虎の声にハッとする。
グレートソードでゴブリンを斬り飛ばした考虎の方を見やる。
「あ、足が震えて、動けないよ」
「“動く”んです!」
前衛の仲間たちの援護射撃を行っていた小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)が強い口調で言う。
七海は表情を崩し、己の握り締めている物を揺れる瞳で見下ろした。
「だって――だって『こんなの』本当に使わなきゃいけないなんて思わなかったんだもの。
冗談だと思ったのに……血が飛び散ってる、やだ……怖いよ」
「クソッ!!」
考虎がグンッと七海へと飛び掛かる勢いで迫ってくる。
「え――?」
そして、七海は路地の影から彼女を狙って銃を構えていたホブゴブリンに気付いた。
そのゴツゴツとした指が引き金を引く。
と、ほぼ同時に鬼神力で巨大化した考虎が七海を強く抱き寄せるように覆い被さった。
銃撃音が響く。
「考虎!?」
「ッ――姫、大丈夫か?」
「姫っていうな! って、考虎、あたしをかばって怪我……ば、ばかじゃないの!? 無理しないで!!」
「この――!!」
雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)がバントラインスペシャル雅羅式でホブゴブリンを撃って牽制する。
考虎は七海の代わりに銃撃を受け、傷を負っていた。
「ッ、まずいわね……援軍はまだかしら?」
雅羅が銃声を鳴らしながら、七海を抱えて物陰へ向かう考虎をフォローしていく。
と、考虎を撃ったホブゴブリンの動きが止まった。
そして、その体が前のめりに倒れる。
倒れたホブゴブリンの後方の影から姿を現したのは、黒衣 流水(くろい・なるみ)だった。
「皆! 私が敵を引き付けるわ!!
その間に態勢を整えて!!」
流水は武器を構えながらモンスターたちの前へと飛び出た。
考虎は思いの他、深手を負った様子だった。
彼が安全な場所に下がれるように援護しなければならない。
そのために、流水は強くモンスターたちを睨みやりながら言い放った。
「私は黒衣 流水! 私は私の愛する皆のために――あなた達と戦う!」
「それ、オレも乗ったー!」
ちょうどこの場に援軍として駆けつけたユーリ・ロッソ・ネーモ(ゆーり・ろっそねーも)が砲型の光条兵器を手に流水に並ぶ。
「オレはまだこの世界に来たばっかりだから、『皆』っていうのもピンと来ないんだけど――
困ってる人がいるんだったら見過ごせないんだよねー」
「この世界?」
挑発に乗って襲いかかってたゴブリンを撃ちながら、流水は小首を傾げた。
光条兵器による光の砲弾を、やや打ち上げるような恰好でモンスターたちの気を引きながら、ユーリが笑う。
「そう。オレ、ちょっと時間軸の違う異世界からやってきたからさ」
「なるほど」
ユーリの話は非常に胡散臭いものだったが、長らく俗世間から離れていた流水は、割とあっさり「そういうこともあるかもしれない」と頷いた。
ともあれ――
「オレ、離れてると当てらんないんだよねー。
出来るだけ連中に近づきたい。援護してくれる?」
「いいわ。……ええと」
「ユーリだよ、流水」
「よろしくね、ユーリさん」
流水が頷くのに合わせて、ユーリがモンスターたちの『中』へ向かって駆けていく。
流水もまた敵に狙われぬように横へ身体を移動させながら、武器を構えた。
ユーリの動きを予測しながら狙いを定め、撃ち放ち、モンスターたちを牽制していく。
流水の援護に導かれながら。
ユーリは大きな光条兵器を手に目の前のオークの懐へと思いっきり飛び込んだ。
「そうそう、この距離。的も大きいし、言うことないね、っと!」
言って、光条兵器の大口径の銃口を、その腹へと擦り付ける。
「ブゴゥ?」
「な、これだけ近ければさすがに外れないだろー?」
そして、彼は、ほぼ零距離で光条兵器の砲弾をオークへぶち込んだ。
「大丈夫?」
依紗は、青ざめた七海の顔を覗き込み、問いかけた。
七海が唇を震わせる。
「どうしよう……あたし、生き残れる自信が無いよ。孝虎も怪我を……」
「孝虎なら大丈夫だよ。治療の術を持つ者が傷を癒している」
考虎の撤退に手を貸してくれていた瑪瑙が言って、「それより」と繋ぐ。
「そろそろ、彼らが限界のようだねぇ」
瑪瑙が見やった先では、モンスターたちと戦い続けるカルダたちの姿があった。
ダメージと疲労が蓄積されてきているだろうことが遠目からでも分かる。
依紗はエペを手に、わずかに視線を強めた。
「ボク、行くね。交代してあげなきゃ」
「……あ」
何か言いたげだった七海を残して、依紗は駆けた。
そして、疲労が見えるカルダをフォローするようにモンスターの前へと回りこみ。
「カルダ、もう下がっていいよ。疲れたでしょ?」
「うん、頼む」
「躊躇ないね」
「だって、疲れた」
カルダが傷ついた頬を拭いながら言う。
依紗はエペでゴブリンを牽制しながら、片眉を垂れた。
「一緒に戦おうと思ってたのに、飛び出すから」
「オレ、一応『男の子』だし」
「でも、疲れたらすぐ下がっちゃうんだ」
「オレ、『男の子』だけど依紗より年下だもん」
キン、とゴブリンの剣を弾き、依紗は小さな身体を馳せた。
「いいよ、カルダ。後は『おねえさん』に任せて」
「分かった――でも、『止め』とか、そういうのはいいから」
そういうのは、オレがやるから。
戦線を離脱していく彼が、そう言ったような気がした。