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リアクション
第三章
ツァンダの森の上空。
「あは――」
常盤 遥(ときわ・はるか)は、やや遊び感覚でプラウドを取り回していた。
鏖殺寺院のイコン・シュメッターリングのアサルトライフルの弾道を避け、無駄に空中ターンなどを挟んでみる。
『遊んでると痛い目に合うわよ?』
同じ編隊のトゥーサに搭乗している鮮杜 有珠(あざと・うじゅ)の冷えた声が聞こえる。
遥は、あっとと、と自分たちの置かれている現状を思い出し、プラウドの体制を整え、シュメッターリングへとビームアサルトライフルを撃ち返した。
「ごめん、ちょっと楽しくなっちゃって」
たははと無邪気に笑いながら言った言葉に、返って来たのはエア・エリドゥ(えあ・えりどぅ)の声だった。
『どいつも緊張感の無い……』
そこへ辻永 翔(つじなが・しょう)からの通信が横入りする。
『そうだ。相手は旧式だし、正式な訓練を受けていない様子だとはいえ、油断はするなよ』
「うん」
素直に頷き、遥はモニターを覗く視線を強めた。
こちらの相手はシュメッターリング一機。
おそらく、実戦経験は向こうの方が上だろう。
一対一での勝負はちょっと遠慮したい。
有珠のトゥーサの射撃に合わせて、シュメッターリングへと距離を詰めていく。
ライフルからサーベルに切り替えた相手の切っ先を、アサルトライフルの先に備えられた刃で斬り弾く。
互い、生じた衝撃に押されるように距離を開く。
機体を伝わった振動――手応え――それは、確かに実戦のそれだった。
胸がドキドキとする。
相手は、このプラウドを本気で落としに掛かってきている。
小さく呼吸を整え、遥は言った。
「じゃ、訓練通りに!」
即席ながらチームを組む流れとなった有珠達の方へ行く。
『いちいち確認しなくてもいいわよ』
「大事だと思うけどなぁ、確認」
くす、と笑いながら再びシュメッターリングへと距離を詰め、銃先の剣をサーベルで受けさせる。
「――コックピットは外してあげてね」
半ば祈るように呟き、衝撃によって弾かれたタイミングで遥はプラウドを急上昇させた。
プラウドの影に重なるようにしていた有珠のトゥーサが開いた射線へとビームアサルトライフルの銃撃を叩き込んでいく。
「やっぱり、たいした事ないのね」
森の方へと不時着していったシュメッターリングをモニター越しに見やりながら有珠は呟いた。
他のシュメッターリングの方も翔や仲間たちが粗方片付けてくれたようだった。
「この分だと家で本でも読んでた方がマシだったかしら……」
「この程度ではしゃぐな」
エアが呆れた様子で言う。
「我が力を貸した以上、当然の結果だ。精進を怠るな」
「にしても手応えが無さ過ぎるわ。これじゃ、まるで……」
ふと、有珠は自身の頭によぎったイメージに的確に当てはまる言葉を探し、少しばかり間を置いてから、呟いた。
「――私たちを誘い込むために現れたみたい」
■□■
村の片隅――。
パーシバル・カポネ(ぱーしばる・かぽね)という少年は、気品と妖しさを兼ね備えた美少年のように見えた。
(黙っていれば)
と、長谷部 恭助(はせべ・きょうすけ)は付け加え、声を潜めながらも楽しげにお喋りを続けるパーシバルを見やった。
「ただの略奪目的や縄張り争いだとかモンスターが村を襲うって状況は幾つも考えられるけど、今回に関しては例えば鏖殺寺院の存在や銃の訓練を受けているっぽいホブゴブリンとか奇妙な点が多くて――」
二人は、村で目撃された鏖殺寺院を追い、発見し、ひっそりとその後を尾行していた。
鏖殺寺院たちが何かを探す様子で村の中を進むのに合わせて、物陰を渡りながら、パーシバルは止まる事無く言葉を並べていく。
「そういったところから考えられるに寺院とモンスターたちが繋がってるってのはほぼ確実で、問題は何でわざわざモンスターに村を襲わせたかってことなんだけど――」
「あー……一口に鏖殺寺院っても色々あるようだからな」
恭介は眠そうな目の片方を細めながら、パーシバルと対照的に、極力しゃべる言葉が少なくなるように言葉を吐いた。
鏖殺寺院。
最近、耳にする『ブラッディ・デバイン』という巨大な組織力を持ったものから山賊や野盗に近い類のものまでが、鏖殺寺院として存在している。
それぞれが強い繋がりを持っているのかといえば、そうではなく――
主義主張や思想もそれぞれに違い、最近ではテログループの総称として扱うことも多い。
とはいえ、ある程度一括りにして考えるのも、あながち間違いでは無かった。
鏖殺寺院を名乗るどの組織も、結局は現状の地球やパラミタの状況が引っ繰り返ることを良しとしている。
そのため、地球に古くからあるテロ組織と同じように、彼らもまた直接の繋がりを持たない組織間で、資金や情報、兵器などの提供を行っているようだった。
「あの連中、鏖殺寺院としては、あんまり大きな力を持ってるってわけじゃないんだろうな。
だから、不意打ちのような形で、モンスターを使い……」
「今、“何か”を探してる」
パーシバルが、やはり楽しそうに恭介を見やる。
恭介は、なんとなく「しまった」と思った。
その思い通り……
「その何かが分からない限りは真っ向から彼らに向かって行くのは危険だし何よりこの辺鄙な村に隠されてるってことなら――……」
パーシバルは、また言葉を弾丸のように吐き出し始めたのだった。
■□■
「チッ――」
カールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)が舌打ちを打って身構える。
後方には自身が連れていた村人たち、そして、前方にはモンスターを引き連れた鏖殺寺院の黒騎士の姿。
おそらく、この黒騎士がモンスター達を先導しているのだろう。
黒い鎧に身を固めた男が、厭らしい笑みを浮かべながら剣を抜く。
「分かっていたこととはいえ、手応えの無い仕事で退屈してたところだ。
無力な者たちを連れ、我から逃れられるなどと思わぬことだな」
「奇遇だな」
村人たちの奥から歩み出た鬼丸 旭(おにまる・あさひ)は言った。
「俺も退屈してたとこだ。てめぇみたいな野郎が出てくるのを待ってな」
彼は強者を探し、モンスターたちと戦いながら村を駆け回っていた。
その途中でカールハインツや、なんだかよく分からない内に村を彷徨っていたらしい浦安 三鬼(うらやす・みつき)と合流し、モンスターの蔓延る地域を抜ける間、村人たちを助けるため協力する形を取っていたのだった。
ヌンチャクを構える。
「掛かって来い。ぶっ殺してやるから」
「ハッ、威勢だけは良いな」
旭の言葉を一笑に付し、黒騎士が剣を閃かせながら地を蹴った。
同時にモンスターたちが動き出す。
村人たちの方はカールハインツや三鬼に任せ、旭は静かに腹へ落とすように呼気を取り込み、黒騎士を見据えた。
相手の動きは予想以上に早い。
おそらく、自身よりも実力を持っているだろう。
旭は足裏を地面に擦るように体を滑らせ、ヌンチャクを降り出していった。
虚空に風切り音を鳴らした剣の腹をヌンチャクの棒部で打ち払いながら、態勢低く相手の懐へと潜り込んで行く。
ヌンチャクを鋭く引いて、紐の先の棒部を回収しつつ身を翻す。
身を回転させるついでに蹴り出した足は、素早く身を引いた相手の鎧の表面を擦った。
そして、旭は足裏を地に返すと同時に、後方へと跳んだ。
相手が返した剣が自身の皮膚と肉を薄く抉り、血飛沫が舞う。
「面白れぇ」
痛みを忘れ、旭は笑んだ。
と、頭上でドルッゥン、とエンジン音が高らかに鳴る。
「そこまでですわ!」
軍用バイクに跨った白鳥 麗(しらとり・れい)はウェーブかかった金髪を風に揺らめかせながら言い放った。
石組の貯蔵庫の屋根の上、ばっちりと太陽を背にして。
呆気に取られるようにこちらを見上げた黒騎士とモンスターたちと、ついでに旭や三鬼たちらの視線が言いたげな何かをキッパリと無視して、麗はズバンッと真っ直ぐに伸ばした人差し指をモンスターたちへと向けた。
「モンスターのリーダー格っぽい方とモンスターの皆さま! この白鳥麗の前で暴虐狼藉は許しませんわ!」
そして、彼女はアクセルを握り込んで、一気に貯蔵庫の屋根から飛び出した。
視界の端、自分自身に視線が集まっている内に村人たちを逃すカールハインツの姿を確かめながら、麗は、踏ん付けたゴブリンをクッションに地面へと軍用バイクを着地させた。
そのままバイクを走らせ、握り込んだセスタスでモンスターを殴り飛ばしていく。
「って、あぶねぇ!?」
あやうく三鬼を吹っ飛ばしそうになり、麗はひょいっとハンドルを切った。
「ごめんあそばせ!」
「気を付けろよ!」
「謝りましたのに」
むー、と軽く頬を膨らませながら、とりあえず、それには構わず麗はモンスターたちを蹴散らした。
「今のはお嬢様が悪う御座います」
麗をサポートするようにモンスターたちの中へと飛び込んだサー アグラヴェイン(さー・あぐらべいん)が、チェインスマイトでゴブリンたちを突き弾きながら陰気臭い調子で言う。
そして、彼は悪い目つきの眉間の皺を更に深めてボヤいた。
「……それにしても。かつての主君も今の主君も、敵の真ん中へ飛び込むのがお好きな事だ……」
やがて、通りの向こうから、連絡を受けて援軍に来たらしいイングリットたちの姿が見え――
黒騎士が吐き捨てるように。
「なるほど、援軍か……。まあいい、今のところは退いてやろう」
言って、彼は身を翻し、路地の奥へと駆けて行った。
「って、勝負はまだ付いてねぇぞ!」
旭の声が響く中、モンスターたちもまた散り散りに逃げ始めていた。
麗はキッとバイクを旭の傍へ止め。
「お邪魔してしまったかしら?」
「あ?」
旭が、おそらく元からと思われるキツイ目付きを向けてくる。
それから、彼は少しだけ間をおいて口端を跳ねた。
「まあ、あのままなら俺の方が負けちまってただろうからな。感謝はしてやるぜ」
「あら、見かけによらず素直な方ですのね」
「お嬢様は率直に感想を述べ過ぎでは」
サーの言葉を無視して、麗は駆けつけて来ていたイングリットの方を見やった。
イングリットが周囲を見回し、悔しそうに拳を掌に打つ。
「少し遅かったようですわね」
麗はそれを、見下したような目で見やり、
「あら? イングリッド、今更ご到着ですの?」
「……何かカチンと来る言い方ですわね?」
「それは、まあ、どうでもいいですけれど。
キャラが被ってますわね、私たち。
でも、私の方が派手に登場して目立っておりますし……――ふっ」
「何故勝ち誇ったようなご様子なのかしら?」
バチバチとお互いをみる目の間に火花を散らしてから、麗はバイクの先を巡らせた。
「納得がいかぬようですわね。――いいですわ。
これからどちらが多くのモンスターをぶっ飛ばしたかで、改めて本日のヒーローを決めませんこと?」
「望むところですわ!」
そうして、麗とイングリットは新たなモンスターたちを求め、それぞれ村の中を駆けて行った。
「……困ったお方だ」
サーが零し、麗の後を追っていく。
よく分からない同情のようなものを感じながら、彼の背を見送り、旭は黒騎士が消えて行った方を見据えた。
「強かったな」
微かな歓喜を覚えながら拳を握り込む。