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リアクション
プロローグ
先日降った雪がまだあちこちに残るヴァイシャリーの街。
吐く息が白くなって見えるほどにまだ朝の空気は冷たいが、街のそこかしこからにぎやかな声が聞こえてくる。
今日は街で仮装コンテストが行われるとあって、もうすでに多くの観光客の姿が見受けられる。マントや仮面を身に纏う人もいれば、大きな手作りらしい着ぐるみから顔を出している人、どこかの漫画のキャラクターのような衣装に身を包んでいる人など様々だ。
ヴァイシャリーの人々もこのお祭りに多くの出店を出していて、定番の食べ物系屋台から、身体を温めるホットワイン、ホットチョコレートなどの出店、アクセサリーや仮装グッズを扱う店などなどあちこち見て回りたくなるようにいい香りが街中に漂っている。
百合園女学院だけでなく他校からも多くの生徒が出店やイベントの手伝いに街を奔走しているのを見ながら桜井 静香(さくらい・しずか)は笑顔で歩いていた。
「静香先生、おはようございます!」
「先生、後で私たちのお店にも遊びに来てくださいね!」
生徒だけでなく、街の人たちにも声をかけられる静香。
ん〜っと腕を組んで背伸びをしながら、めいっぱい空気とともに今日のイベントへの期待に胸を膨らませた。
「…………っく……」
「……ん?」
仮装用のアクセサリーを数点見繕って一度学院に戻ろうとした静香の耳に入ってきた声に、立ち止まって辺りを見回したが誰もいない。気のせいかと思い再び歩き出そうとしたが、今度は確実にその声が聞こえた。
声のした路地裏の方向に恐る恐る近づいてそっと覗き込む。
「……っく、ひ……っ、うぇ……」
路地裏に入って少しした場所、丁度通りからは死角になる位置で、小さな子供が泣いていた。
「どうしたの? もしかして誰かとはぐれちゃったの?」
静香の言葉に一瞬びくりと肩を震わせて、泣きながら言葉を紡ぐ子供。
「おねえちゃん……が、いなく、なっちゃ……っ」
子供だったことに一瞬ほっとした静香だが、すぐにそれは間違いだったと気付く。
正確には『半分間違いだった』だが。
「おねえちゃ……うあああああああああああん!」
子供の泣き声とともに周囲を白く冷たい風が勢いよく吹き荒れる。
契約者なのか? と頭の隅っこで考えつつも、この状況を何とかしなければと必死で声をかけてなだめ続けた。
何とか泣き止み、辺りを見回せば真っ白な雪が石畳を覆っていた。つい先日似た光景を見て、その名残がまだそこかしこに残ってはいるがそれとは違う。たった今積もったばかりのパウダースノー。真っ白なそこに足跡をつけたらきっと気持ちがいいだろう。
服をぎゅうっと掴んで離さない子供をなでながら、静香は先ほどから何やら違和感を感じてしょうがない。
頭が、重いのだ。
恐る恐る近くの窓ガラスを覗き込む。
「何これえええええええええええっ!!」
路地裏に響き渡る静香の絶叫。
言葉にならない声を漏らしつつ、震える手で頭を触る。
「…………冷たい……!」
見事な流線型のフォルム。純白という言葉がよく似合うシミひとつ無い真っ白な肌。目は黒々として丸く、だがどこか憂いを帯びているような揺らめきをたたえ。
「おねえちゃんは、雪だるまさんだったの?」
「違うよっ!!」
純粋に疑問をぶつけてくる子供に、つい声を荒げてしまう。
あ、と思った時には、もうすでにその大きな瞳からぽろぽろと涙が零れていく。涙が零れて地面に近づくたびに大きな雫は氷の粒となってキラキラと地面へ落ちていく。先ほど積もった雪に氷の粒がぽすりぽすりと埋まっていく。
「ごめんね! 怒ってるわけじゃないんだよっ!」
これ以上泣き出さないように子供から話を聞き出すのがこんなにも難しいものだとは思っていなかった静香だった。
「えーと、じゃあもう一回確認するね?」
小さな子供の目線に合わせてしゃがみこむ静香。その頭部は真っ白な雪だるま頭にすげ変わり、細身の体躯に大きな頭と何ともミスマッチでシュールさすら感じられる。予想外に重量のある頭を片手で支えながら静香は話を続けた。
静香が路地裏で出会った女の子。名前はアル。れっきとした雪の妖精で、お姉さんのエルとともに街に来ていたそうなのだが、学院の近くではぐれてしまったらしい。
まだ小さいアル一人では帰り道も分からない。どうやら自身の能力もコントロールできないようで、また街中で泣かれてしまってはせっかくのイベントが吹雪で台無しになってしまいかねない。
何より、静香もこの頭でいるつもりは毛頭ない。
アルよりも能力の高いお姉さんならば、この雪だるま頭を元に戻すことも出来るかもしれないとアルは言う。一刻も早く見つけだしてこの重量感のある頭を元に戻して欲しかった。
「とりあえず一緒に探しに行こう! 泣いてばっかりいたらきっとお姉ちゃんも心配すると思うし、今日はせっかくのお祭りなんだから、アルちゃんも楽しまないと!」
零れそうになっていた涙を拭ってアルは静香に笑顔を向けた。
重い腰ではなく、重い頭を上げて、手を繋いで二人はお祭りへと歩き出した。
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