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仮装の街と迷子の妖精

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仮装の街と迷子の妖精

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 コンテスト会場近く、多くの客で賑わう喫茶店で笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)アインス・シュラーク(あいんす・しゅらーく)がアルバイトに勤しんでいた。
「以上ですね、かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
 にっこりと笑って接客をする笹奈。まだ開店してそんなに時間が経ったわけではないのだが、笹奈は少し疲れていた。
「紅鵡様、大丈夫ですか?」
 厨房へオーダーを持っていくと、アインスが静かな声で笹奈へ尋ねる。
「アインスお疲れー。僕は大丈夫だよ。ありがとね」
 アインスこそ疲れてない? と尋ねれば、大丈夫ですと返ってくる。
「それより紅鵡様、先ほどのテーブルの注文ですが、アイスティーじゃなくてホットのミルクティーだったと思うのですが……」
「あれ? そうだったっけ」
 慌ててオーダーの確認に行く笹奈。どうやらアインスの言ったとおりだったらしく、急いで伝票を書き直していた。
「紅鵡様、お客様のご注文は間違えないようにしてくださいね?」
 さらに今から人が増えてくることも予想される。そうなればアインスがフォローできる分にも限りがあるのだ。
 少しだけ心配になりながらもアインスは作業に戻ることにした。
 それからさほど経たないうちに、来客を示す鐘が店内にこだまする。
「いらっしゃいませー! 何名様ですか?」
 笹奈が笑顔で出迎えたのは、遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の四人。
「それでは、ご注文が決まったらお呼びくださいね」
 にこやかな笑顔で丁寧に接客を続ける笹奈とアインス。ダリルはそんな彼女たちを見て何かに納得するように頷いていた。
「ねーねー歌ちゃん! このケーキ美味しそうだよ! あ〜でもこっちも美味しそうだし……迷うなぁ〜」
「本当迷っちゃいますね〜。ルカルカさんはどんなケーキが好きなんですか?」
「ん〜……ルカはやっぱりチョコレートが一番かな! ザッハトルテにオペラ、あ、このショコラトルテも美味しそう!」
 歌菜とルカルカが甘い話で盛り上がっているところだが、隣でダリルが何やら苦い顔をしているのに羽純は気付いた。
「どうしたダリル。甘い物はダメなのか?」
「苦手、というか別に甘い物を取る必要がないからな」
 美味いのにな、と少し残念そうな羽純の呟きは、ルカルカの声によってダリルの耳に届くことはなかった。
「あ〜! このケーキセット限定のケーキもすっごく美味しそう!」
「このセットだと飲み物もついてくるし、これならいいんじゃないか」
 羽純が隣でメニューとにらめっこしている妻の歌菜に寄り添って呟く。
「でもね、羽純くん」
 こんなの見つけちゃいました、と歌菜がページをめくる。
「おおおおっ! 歌ちゃん、羽純、もうこれにしよう!」
 そこに載っていたのは、期間限定・カップル限定のケーキセット。通常のケーキセット二人分の値段でケーキが四つ選べるようになっている。ドリンクこそ限られてしまうが、もはや甘い物が目当てといってもいい二人にドリンクの種類などは大した問題ではなかった。
「これならいいんじゃないか? 俺はどうせコーヒーだけだからその分ルカが食べればいいだろうし」
「そうだね。これならいろんな種類頼めるし! 歌ちゃん、分けっこしていろいろ味見してみようよ」
 はい、と笑顔になる歌菜の手をテーブルの下でそっと握りながら、羽純は店内を見回っていた笹奈へ声をかけた。
「ご注文お決まりですか?」
「はい。えーと、この期間限定のケーキセットを……」
 歌菜からメニューを受け取り、先ほどのページを開いて笹奈へと示す羽純。
「そちらのセットですね」
「これを四つで」
「はい、四…………四つ?」
 笑顔で接客していた笹奈だったがさすがに聞き間違えたのかと一瞬素に戻る。確かに数量制限などはどこにも書いてないし、メニューの説明にもケーキが一セットで四つ頼めることはきちんと記されている。
「四つで。で、いいんだよな?」
 一応確認、と歌菜とルカルカを見る羽純。そんな羽純に笑顔であってるよと応じる二人。
 嬉しそうにケーキの種類を注文していく二人の横で必死にケーキの名前をメモする笹奈と、どこか表情の固まったダリルを見ながら、この店にして正解だったなと羽純は考えていた。


 広場近くに並んでいた出店も段々と数を増し、観光客の姿もより一層増えてきている。
 仮装グッズを扱う出店を覗いている清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)もその中の一人だった。
「北都、こういう仮面もいいんじゃない?」
 グッズを眺めながらクナイがふふっと笑う。
「僕はいいから。クナイはこういう可愛いのも似合いそうだよね」
 そういって北都が差し出したのは、天使の羽根の仮装だった。真っ白な羽根がふわふわと風に揺れている。
「……一人で仮装するにはちょっと……」
 消え入りそうな声で呟けば溜息が聞こえてくる。怒らせてしまったのかと少し焦っていると、北都がこれ二つね、と店主にお金を渡しているのを見てキョトンとしてしまう。
 クナイが見つめている間に北都は買ったばかりの天使の羽根を自分の背中に器用に装着して、クナイの方へ向き直った。
 その表情にドキリとして動けずにいた間に、北都が後ろに回って同じように羽根をクナイの背中に着ける。
「ほら、これならクナイとお揃いだよ。それでも……嫌?」
 嫌と言うわけがないだろうと心の中で叫びながら、首を横に振る。よかった、と嬉しそうに笑う北都を抱きしめたい衝動に駆られるが、北都は先に歩き出してしまった。
「人、増えてきたし……はぐれたら困るから」
 クナイの手を握って前を歩く北都は少し照れているようにも見える。
「そうだね。北都が僕からはぐれないように」
 手を繋いで二人は歩き出した。